四千頭身がメインパーソナリティ『四千ミルク』の魅力とは?

radiko(ラジコ)では、全国各地のラジオ番組をもっと多くの人に知ってもらえるように、SNSでアンケートを実施。リスナーの皆さまからいただいたアンケートの回答をもとに、まだ番組を聴いたことがない人に向けて「ラジオ番組応援シート」を制作しました!

今回は、FM FUJIで毎週水曜21時から放送されている『四千ミルク』。お笑いトリオ・四千頭身をパーソナリティに、"忘れかけていたあの頃の放課後"のような空気感が魅力のラジオ番組です。『四千ミルク』の魅力をたっぷりとご紹介します。

四千頭身のラジオ番組はこちらでチェック!

四千頭身出演 FM FUJI『四千ミルク』

2018年4月から放送されている四千頭身の初冠ラジオ番組。「ミルクのように白く、爽やかで、母性本能もくすぐったりする生放送」を番組コンセプトに、投稿コーナーやアーティストをゲストに迎えてのトークを展開します。

四千ミルク
放送局:FM FUJI
放送日時:毎週水曜 21時00分~23時00分
出演者:四千頭身
公式X

出演番組をラジコで聴く

※放送情報は変更となる場合があります。

リスナーに番組の魅力を質問!

ここからは、『四千ミルク』を聴いているリスナーの皆さんから寄せられた番組の魅力をご紹介します。

番組の魅力を一言で伝えるなら?

アンケートの回答では、番組公式Xでも「忘れかけていたあの頃の放課後」と表現しているように、のびのびとラジオを楽しむ様子や仲の良さを推す意見が多く寄せられました。

主な回答
・ポカポカする日陰みたいな番組
・放課後に友達同士わちゃわちゃしながら話してる雰囲気なラジオ
・くだらない会話劇は面白く、20代若手芸人のリアルな葛藤も感じれる
・気を張らないゆるっとラジオです
・3人の仲良し感を味わい、母性本能がくすぐられる。

その他の回答
・永遠の学生の休み時間
・20代の懐かしいが今ある場所
・何も考えずに笑えるラジオ
・高校生の青春を思い出せる番組
・キャッチコピー通りのゆる〜い放課後感

四千頭身はどんなトリオ?

アンケートの回答からは、漫才でも見られる脱力系の雰囲気や3人の関係性を挙げる意見が多く寄せられました。ワタナベコメディスクール22期生として出会った3人は、ラジオでもそれぞれの個性を活かしながら、番組リスナーたちを楽しませています。

主な回答
・持ちつ持たれつそれぞれが違うものを持っているトリオ
・意外と相方愛がある面白いトリオ
・長男の都築くん 真ん中っ子の後藤くん 末っ子の石橋くん 会話や行動にそれが見えるしそれぞれのいいところやダメな部分が面白い3人
・同級生同士みたいな、お互いへの愛を感じるトリオ
・1+1+1が4にも2にもなってしまうトリオ

その他の回答
・永遠の高校生
・とにかく仲良し。ひとりでも欠けたらダメ。
・なんだかんだバランスのいいトリオ
・ゆるい脱力系
・元気陰気能天気

番組にキャッチコピーをつけるなら?

キャッチコピーに関する質問では、男子学生の雰囲気で繰り広げられる番組の世界観を押し出した回答が寄せられました。

主な回答
・最高の内輪ノリ
・悪ガキラジオ
・あの頃の思い出
・俺たちはこうして生きてる
・極上の悪ふざけ

その他の回答
・水曜日のゴールデンラジオ
・男子校の放課後

好きな番組内のコーナーは?

アンケートでも意見が多く寄せられた「四千すごろく」のコーナーは、リスナー考案によるすごろくのマスをもとに、四千頭身がマスの数字を判定。マスを進めていく楽しさ、他の投稿者との競い合い、四千頭身のリアクションなど、さまざまな要素で楽しめるコーナーです。

主な回答
四千すごろく
・リスナーのネタの発想力がシンプルにすごいと感じるから。
フリートーク
・フリートークで数々のネタやミルク内の流行が生まれてるから。毎週色んな話を聴けるし、イベントがあったらそれの裏側とか知れるので。
曲クイズ
・プレゼントが当たるかもしれないワクワクと選曲が意外と違ったりする楽しみがある
ミルキッズ自己紹介
・ミルキッズのメールも面白いし、それに対する反応やツッコミも面白いから

その他の回答
四千すごろく
・ミルキッズの皆様の面白いネタやお三方のリアクションが毎週楽しいです
フリートーク
・振り幅が大きく、毎週聴ける
曲クイズ
・ハガキ職人でなくても、誰でも参加が出来て、プレゼントをもらえるチャンスまである

過去の放送で神回だったと思うエピソードは?

アンケートでは、石橋遼大さんがメインとなるエピソードを推すユーザーが多く見られました。学校の校長を務める石橋さんの父親も度々番組に絡んでおり、2020年12月2日放送分の「元旦ベイビー」や、2021年12月1日放送分の「石橋食べ放題ダービー」など、盛り上げ役として貢献しています。

その他の回答
都築・石橋、後藤への誕生日プレゼントで…(2021年2月3日放送)
・奇跡が重なり過ぎてるし、本人達の反応も面白かった
都築の額にワイパー出現(2021年8月25日放送)
・ラジオでどれだけ伝わるのか分からないのに、とにかく笑いました
エンディング「余ったら拍手」(2023年1月4日放送)
・ゆるくて面白い雰囲気が出てるエピソードだから

『四千ミルク』を聴くには?

スマートフォンのアプリやパソコンでラジオが聴けるサービス「radiko(ラジコ)」なら、『四千ミルク』をいつでも楽しめます。

『四千ミルク』をリアルタイムで聴くことが難しい場合や、聴き逃してしまった時、またもう一度聴き直したい時には「タイムフリー」機能を利用して後から聴くことも可能です。

聴き逃したラジオ番組を聴ける「タイムフリー」【radiko使い方ガイド】

また、放送エリア外にお住まいで「電波が届かないから聴けない…」という人は、全国のラジオ番組が聴けるradikoプレミアム会員限定サービス「エリアフリー」がおすすめです。

「エリアフリー」は、通常のradiko(無料・放送エリア内聴取)とは異なり、日本全国のラジオ局の番組を聴けるサービス(有料・放送エリア外聴取)です。

全国のラジオ番組が聴けるradikoプレミアム会員限定サービス「エリアフリー」【radiko使い方ガイド】

radikoプレミアムのメリットとは? 有料・無料会員の違いを解説!

四千頭身のラジオ番組はこちらでチェック!

この記事を書いた人

radiko編集部

radiko編集部員が「ラジコを通じて、ラジオの良さをもっと知ってもらい、皆さんが面白い番組に出会うキッカケ」になるように、ラジオ各局の情報をまとめて発信中。radiko newsでは、新番組へのインタビュー、さまざまなテーマに沿ったまとめ記事など、独自の切り口でも番組をご紹介しています。ラジコ公式SNSの情報更新も行なっています。

radiko公式X

radiko公式Instagram

ラジコプレミアムに登録して
全国のラジオを時間制限なし
で聴く!

戦争を知らない世代へ平和の尊さを説く─東京大空襲を生き延びた女性が語る空襲体験

戦後81年が経ち、太平洋戦争を体験した方は、本当に少なくなりました。当時、空襲を体験した小学生たちも、いまや90歳前後です。今回は、戦争の悲惨さ、平和の尊さを語り継ぐ「空襲体験者」のお話です。

東京大空襲の写真を解説する二瓶治代さん

それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。

B29による空襲は、昭和19年6月16日、北九州・八幡製鉄所から始まり、翌年の終戦まで、全国200以上の都市で続きました。中でも、昭和20年3月10日の東京大空襲は、およそ300機のB29から32万発ともいわれる焼夷弾が投下され、下町一帯は火の海に……わずか2時間半の空襲で、およそ10万人もの命が奪われ、「世界史上最大の空襲」ともいわれています。この東京大空襲の惨状を今に伝えているのが、東京都江東区北砂にある「東京大空襲・戦災資料センター」です。

江東区北砂一丁目にある「東京大空襲・戦災資料センター」

もともとは、東京都が「平和祈念館」の建設を進めていました。ところが、財政難から計画は凍結されてしまいます。「それではいけない」と、民間による建設の動きが始まり、4000名を超える人たちから、1億円を超える募金が寄せられました。そして2002年、民立民営の平和博物館、「東京大空襲・戦災資料センター」が開館しました。

焼夷弾のレプリカ。その構造や威力もわかりやすく展示

館内では、空襲の悲惨さを伝える写真や映像、絵画、地図、焼夷弾などが展示され、講演会やシンポジウム、特別展などが行われています。開館当時は、20人ほどの「空襲体験者」が戦争の悲惨さを伝えていました。しかし今、その数は少なくなりました。その中の一人が、二瓶治代さんです。二瓶さんの空襲体験の一部をご紹介します。

~・~・~・~

昭和20年3月10日、私は8歳で、家は亀戸駅の近くにありました。その夜、父が「今夜はいつもと違う、起きろ!」と叫んだので、私は飛び起きました。外に出ると、砂町方面が真っ赤に見えました。家族で防空壕に避難しましたが、やがて人々の叫び声が聞こえてきました。父が「ここにいたら、蒸し焼きになるぞ。防空壕から出ろ!」と言いました。私たちは線路の土手に登りました。そこから見た下町一帯は火の海でした。

燃え盛る炎がゴーッと音を立てて家々をのみ込み、人々は燃えながら走っていました。背中に背負った赤ん坊が燃え、手を引かれた子どもが燃え、転んだ子どもは、その場で火の塊になって燃え尽きていきました。やがて、土手にも火が迫ってきたので、私たちは炎が渦巻く火の海の中を、亀戸駅方面へ逃げました。その途中、被っていた防空頭巾が燃え出し、「頭巾をとれ!」と父が叫び、私はあわてて紐を解こうとしました。その時、父とつないでいた手が離れ、強い風に煽られ、私は炎の中に吹き飛ばされてしまったのです。

気がつくと、家族とはぐれて、一人で逃げ回りました。うずくまっている人が、緑色の炎をあげて燃えているのを見ました。馬が燃えながら走っているのを見ました。どこからか、「こんなことで死んでたまるか。みんな生きるんだ!」と叫ぶ男の人の声を聞きました。

私は動けず、その場にうずくまっていると、意識が遠のいていきました。明け方、私は重なり合った人たちの一番下から、父に引きずり出されました。私の上に重なっていた人たちは、真っ黒な炭になって亡くなっていました。この日、私は、生きたまま焼き殺された多くの死者たちに、命を助けていただいたのだと思っています。

~・~・~・~

二瓶さんが「東京大空襲・戦災資料センター」を初めて訪れたのは、2002年、開館して間もない夏の終わりでした。その時、センターの担当者から「当時の体験を語ってほしい」と頼まれます。「こんな私の話なんて……」と断ろうとしますが、岩手県から修学旅行でやってくる中学生50人のために話してほしいとお願いされます。

戦時中に使われていた防火用水

「東京大空襲のことは、我が子にも話さなかった」という二瓶さん。悩んだ末に、当日を迎えます。用意した原稿に目を落としたまま、20分間、顔を上げられず、空襲体験を語り終えました。「そっと顔を上げたんです。すると50人の生徒さんが全員、じっと私を見つめていたんです。身を乗り出して聞いてくれていた生徒さんもいて、ああ、戦争を知らない子どもたちに勇気をもらった……と涙が溢れました」これがきっかけとなり、二瓶さんは、今も空襲体験を語り続けています。

地図の丸印は東京大空襲の直後、仮埋葬が行われた場所

「戦争で一番の犠牲になるのは、いつの時代も、幼い子どもたちです」二瓶さんの言葉が、戦争を知らない私たちに平和の尊さを問いかけています。

Facebook

ページトップへ