FM802『802 RADIO MASTERS』内「MUSIC MATE 」6/10(水)は台湾のMUSIC MATEが登場!

中島ヒロトがDJを担当しているFM802のラジオ番組『802 RADIO MASTERS』では、毎週水曜 17:00〜17:10 にて『MUSIC MATE』をお届けしています。
EXPO 2025 大阪・関西万博の開催により、国内外のヒト、モノ、カルチャーの交差が一層活発となったここ大阪。そんな大阪のMUSIC STATION FM802が、各国/地域のMUSIC STATIONと連携し、その国のカルチャーや音楽を共有するというコーナーです。
毎週さまざまな国/地域のラジオ局で働く音楽を愛する仲間=MUSIC MATE が、現地の最新音楽情報を届けてくれます!

●6/10(水)の放送では、「台湾」のMUSIC MATEが登場!
台湾のMUSIC STATION「HIT FM」のDJアーグァンから現地の最新情報が届きました。

●Hit FmのDJアーグァンは、毎週月曜日から金曜日の午前9時からお昼12時までの番組を担当されています。

●そんなDJアーグァンに、最近の身近なニュースについて伺うと…
今年も「hito Music Awards」の司会を務めました!今年は、Bryan(ブライアン)、そしてGigi(ジジ)と共に、3人で授賞式の共同司会を務めました。
イベントは、ファンと音楽業界の双方から非常に大きな反響を呼び、会場では素晴らしいライブパフォーマンスが繰り広げられました。当日のすべてのステージは、Hit Fmの公式YouTubeチャンネルでもご覧いただけます。とのこと。
※「hito Music Awards」は、HIT FMが主催する音楽授賞式。

【DJ中島ヒロト】
Bryan(ブライアン)は前回日本に来てくれて仲良くなりましたね!

●そして最後にFM802リスナーにオススメしたい、台湾のアーティストを教えてくれました!

アーティスト:周杰倫(ジェイ・チョウ)

DJアーグァン によると…
ジェイ・チョウの新作「太陽の子」を聴いて、最も感じたのは彼がまた画期的な成果を上げたことではなく、「懐かしい感覚が戻ってきた」ということ。今回のメロディや編曲の空気感は、どれも彼の初期の姿を強く連想させるのです。
2026年現在、音楽界で26年ものキャリアを積み重ねてきた彼が、大衆の期待にどう応え、そのバランスをどう取るかということは、決して簡単なことではありません。
しかし、このニューアルバムで彼は見事に「美しいメロディのセンス」を取り戻し、感情の流動をより重視しています。とのこと。

●オススメしてくれた曲は、「七月的極光 Aurora in July(チーユェーデェジーグゥァン)」

DJアーグァンによると…
この曲は、繰り返されるサビが非常にキャッチーで記憶に残りやすく、感情が何層にもドラマチックに積み重なっていく名曲です。とのこと。

【DJ中島ヒロト】
かっこよかったです!すごくメロディを大事にしているなと感じました!

こんな感じで、毎週水曜のこの時間は各国のMUSIC MATEが登場します!
コーナーの感想もぜひ送ってくださいね〜お待ちしています!

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『802 RADIO MASTERS』「MUSIC MATE」来週もお楽しみに〜!

聴き逃した方はradikoのタイムフリーでぜひ。

THE NAKAJIMA HIROTO SHOW 802 RADIO MASTERS
放送局:FM802
放送日時:毎週月曜~木曜 14時00分~17時51分
出演者:中島ヒロト
番組ホームページ

※該当回の聴取期間は終了しました。

筑紫哲也がニュースを伝えていた、テレビに「健全な競争関係があった」時代

大竹まことがパーソナリティを務める「大竹まことゴールデンラジオ」(文化放送・月曜日~金曜日11時30分~15時)、6月11日の放送にジャーナリストの金平茂紀が出演した。6月5日に著書「筑紫哲也『NEWS23』とその時代」の文庫版を発売した金平が、まさに筑紫哲也がニュースキャスターを務めていた時代に関して語った。

大竹まこと「この御本(販売中「筑紫哲也『NEWS23』とその時代」)は、前にお出しになったものが文庫版になった、と考えてよろしいですか?」

金平茂紀「そうですね。ただ5年前でしょう。5年間で激変した、特にメディア状況がね。私なんかがいるテレビや新聞といったところがオールドメディアと言われて、揶揄される対象になった。そんなものは要らないんだ、みたいな議論が出てきたけど、僕はそこで育てられた人間だから、しっかりしないとダメだ、という思いがまだあって。立て直しや『こういうことがあったんだ』みたいなものは残していかなくてはいけない、と思うんです」

大竹「はい」

金平「たとえでよく言うんです。福島や能登へ行くと、復興という名で、元々あったものをブルドーザーで解体して、更地にする。そこにあった記憶がすべて吹き飛んで、何もなくなる。いまのメディア状況って更地化が進んでいるんじゃないか、と。そういう状況が進むと、口幅ったい言い方ですけど『ジャーナリズム』といったものがなくていいんだ、SNSがあるんだから、と。首相や大統領が記者会見ではなくSNSに書き込む、みたいな」

大竹「一方通行ですね」

金平「きのう河野洋平さんが亡くなったでしょう。首相はお悔やみの言葉をSNSに書いていました。違うんじゃないか、と。僕がいままで育てられたところにあったものとは異質なものだろう、と思いますね」

大竹「SNSの発達だけで、いま『オールドメディア』と呼ばれるんですか? それとも呼ばれる原因がどこかにあるんですか?」

金平「あると思いますよ。切り込んでいかない、現場主義を放棄する、仲間内で群れる、など。天下国家のことが大事で芸能や文化のことは下に見る、そういう構造になっている」

青木理「僕なんかが大学生ぐらいのときにテレビ朝日で久米宏さんの『ニュースステーション』が生まれて。追いかけるように筑紫さんの『NEWS23』が始まって。いま考えると贅沢な時代だったな、と。オールドと呼ぶかは別として、テレビというものがある種、メディアの中心に飛び出してきた。特にニュース報道の中心に。80年代末から90年代、00年代の最初ぐらいまではテレビジャーナリズムが輝いていたな、と思います」

金平「ああいうときに仕事ができた。ラッキーだなと感じます。あと久米さんのところから皆、ハシゴしていた。お互いに比較して、意識していた。あっちはこうしているんだから、こっちはそうじゃないことをしよう、と。ある意味で健全な競争関係がありましたね」

大竹「筑紫さんの番組には『多事争論』というコーナーが設けられて。久米さんも、ニュースは読むけど、ちゃんと自分なりの意思が乗っている。それが伝わってくる」

金平「言葉じゃない。久米さんの場合は黙る。『はい、次』とは言わない」

青木「久米さんや筑紫さんがいて。金平さんのような人たちもいて。80、90年代はテレビジャーナリズムが輝いていた。きちんとファイティングポーズをとっていた、というかね。メディア、ジャーナリズムの役割として、少なくとも権利は監視しましょう、弱者の側に立ちましょう、というのは基本で。筑紫さんや久米さんの番組は、万全だったかはともかく、ポーズはとっていた。とらなくなったのは、なぜでしょうか?」

金平「怖がっているんじゃないですか。そこで血を流した人、いけにえになった人もたくさんいますからね」

このあとも金平が自身の経験も踏まえ、かつてのニュース番組にまつわるエピソードを語った。

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