「ものをすべて失ってもそこで歌いだせばゼロからイチになる」宮沢和史がマンスリーアーティスト!

FM COCOLOではキャリアを重ねてなお輝くアーティストの魅力を伝えるべく「マンスリー・アーティスト」を選定。全ワイド番組でそのアーティストの楽曲を毎回オンエア。

2月のマンスリー・アーティストは宮沢和史!

2020年を自身の視点で捉え「ゴールが見えない今、できることは新しい次の世界に向けて歩み始めること」という未来へ向けたメッセージを込めた新作『新世界』をリリース。

2月1日、自らも大ファンの野村雅夫がDJを務める FM COCOLO『CIAO 765』に、宮沢和史がリモート生出演し、新型コロナ禍における日々の中で、見つけたこと、気づいたこと、決意したこと、今だからこそ生まれた楽曲たちを収録したニューアルバム「次世界」に加えて、DVD・ブックレットについてもお聞きしました。
 

宮沢:DVDは何年も追ってくれている動画のカメラマンが、昨年のコロナ禍でどのように動いていたか追いかけてくれていて、それをまとめていて、8月15日、大阪の服部緑地のコンサートの模様も少し入っていたり、ブックレットは曲が生まれたりなどゆかりのある場所を、コロナ禍の中で行けるタイミング・場所を選んで行って地元の人に色んなお話を伺って、過去・現在・過去みたいな事を取材してまわったんですけど、その時もカメラマンがついてきてくれて、宮沢の2020年の動きみたいなもので、非常に見ごたえのある、読み応えのあるものになりました。
 

野村:単純に前に戻すのではなくて、次世界、その次なる世界をリデザインしていくというようなそういう視点があちこちに垣間見えるんです。

宮沢:元の生活に戻りたいと誰もが思う事で、元の生活=過去と考えると、きっとまた同じような危機がコロナのあとに、またすぐにやってくるような気がするんですよね。だから、僕らの生活のデザイン、ライフスタイルというものをしっかり描きなおして、どういう未来が人間にとって幸せなんだろうと考えるタイミングなのかなぁと思いますよね。
 

野村:「数え切れないほど作った歌は、どこか遠くへ吹き飛ばされてしまった。そうさそれでいいのさ いつでもどこでもまた歌い出せばまた始まるんだから」という歌詞がありますが・・・

宮沢:歌のもつ力と、歌にはなしえない弱さの両方見えるんですよね。形がないので持てないし、所有できないとう難点があるんですけど、でもどこかで歌いだせば、パッとはじまるし、そこにエネルギーが生まれるし、とても強いメディアというか、そういうこともこのコロナ禍で考えて、たとえば僕がものをすべて失っても、そこで歌いだせば、ゼロからイチになる、一歩前にでるという事を実感した年ですね。
 

野村:演奏に関して、これまでも大切に思っていたけれども、より噛みしめて8/15大阪で歌う事ができたという話もありましたよね。

宮沢:音楽家も仕事、ステージを奪われる中で、考えた事は多いんですけど、ああやってコンサートをやってみると、照明の人とか、音響の人とか、現地のチケットを売る人とかすべての人の活動も止まっていたわけですよね。そう考えると、自分の事に加えて、音楽に関わる全ての人が迷っていて、そして一本のライブにかける情熱というか、そういうものを改めて、僕も気が付いたし、みんなも気が付いたし、一本、一本って奇跡でなりたっていたのかという事を自覚して・・・だから、コロナ禍を抜けたとしたら、音楽のエンタテインメントってすごくクオリティが上がって熱の濃い世界になっていくと、僕は予言しますね。

芸人で小説家の又吉直樹さんのお話も・・・・


■リリース情報
ニューアルバム「次世界」 発売中
YOSHIMOTO MUSIC CO.LTD.
 
■コンサート情報
宮沢和史 コンサート2021【次世界】~NEW ALBUM「次世界」発売記念ライブ~
3月8日(月)18:30 なんばHatch ※チケット発売中
問合せ:キョードーインフォーメーション0570-200-888(月-土 11:00-16:00)

宮沢和史 OFFICIAL WEB

お聴き逃しの方はタイムフリーでお聴きください!

 

 

CIAO 765
放送局:FM COCOLO
放送日時:毎週月曜~木曜 6時00分~11時00分
出演者:DJ:野村雅夫 / ゲスト:宮沢和史
番組ホームページ

※該当回の聴取期間は終了しました。

「招待者が、国家権力との距離感を問われる難しさがある」 安倍元首相「国葬」について辛坊治郎が指摘

キャスターの辛坊治郎が9月27日、ニッポン放送「辛坊治郎 ズーム そこまで言うか!」に出演。ゲストとして出演した政治ジャーナリストの田﨑史郎氏と、同日に執り行われた安倍晋三元首相の国葬(国葬儀)について対談した。

安倍元首相の国葬で、献花し手を合わせるプロ野球ソフトバンクの王貞治球団会長(中央)と巨人の原辰徳監督(その左)=2022年9月27日午後4時23分、東京都千代田区(代表撮影) ©共同通信社

辛坊)今回の国葬を通じて感じたのは、「なかなか難しいところがあるだろう」ということです。国葬には機械的に招待される人がいますよね。現役の国会議員や国会議員経験者、都道府県知事、経済団体のトップらです。「難しい」と感じたのは、その他の曖昧模糊とした招待者に対してなんです。国葬に参列する、しないというのは、おそらく国家権力との距離感を如実に表すバロメーターにもなるからです。当然ながら、ポジティブに受け止める人もいるだろうし、逆にネガティブに受け止める人もいるはずです。

国家権力との距離というものが1つのバロメーターとして見えてくるとなると、招待者は判断を迫られます。ですから、純粋に故人を悼むという観点からすると、葛藤が生じる人も出てくるわけです。国葬とは、「ずいぶん酷なことをいろいろな人に強いるイベントだな」という気がするんですよ。

田﨑)中には、そう感じる人もいるでしょうね。特に苦しい立場にあったと思われるのは、報道機関ですよ。新聞社、テレビ局の各社には案内状が3枚ずつ届いたといわれています。そこで各社は判断を迫られたわけです。例えば、社長を含め誰が参列するか、しないか。あるいは、参列そのものをどうするか。そういう意味では、辛抱さんがおっしゃったことはメディアに対して当てはまります。岸田政権や安倍元首相との距離感をどう保つかが問われてしまいますからね。

辛坊)そういう意味では、私はちょっと腹に据えかねていることがあるんです。安倍元首相をめぐっては、「桜を見る会」の問題がありました。問題が大騒動になってからは、皆が口をつぐんじゃいましたけれども、大騒ぎしているメディアのトップは毎年、桜を見る会に参加していましたよね。

田﨑)そういうメディアもありましたね。

辛坊)「何なんだ!」というのが正直な思いでしたよ。

田﨑)考えものですね。

辛坊)トップどころか報道局長レベルでも毎年、参加して自慢げに写真を撮っていた人もいますよ。

田﨑)いますね。僕の記憶では、首相官邸記者クラブのキャップ、サブキャップらも行っていました。

辛坊)招待されていたんですよね。

田﨑)ええ。僕は行ったことはないんですけれども、招待されたことはあります。

辛坊)そこです。田﨑さんは、権力との距離の測り方が職業倫理に基づいていて、実にしっかりとしています。すごいです。

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