詩人・最果タヒはどんな思いをもって音楽を聞いているのか「もしもし、こちら最果です」

「Whole Earth Station, FM COCOLO」ならではのコンセプトとメッセージを込めて、さまざまなトピックを取り上げていく日曜の1時間プログラム『Whole Earth RADIO』。3月14日(日)と21日(日)の2回は、シリーズで詩人・最果タヒ 本人を迎えて特集をお届けしています。

「もしもし、こちら最果です」前編となる今週は、彼女の詩に想いを寄せる表現者から、大森靖子さんと佐藤千亜妃さんが「私が恋に落ちた最果タヒの詩」を朗読、詩の魅力も語ってくださいました。

大森靖子セレクト「私が恋に落ちた最果タヒの詩」は【小牛と朝を】
セレクト理由...「朝に牛乳を飲むっていう…牛乳ってなんでこんなに美しいんだろうと思って、その真っ白なものを眺める時がすごくよくある。この感覚がずっと自分の人生に染み付いていたもの。自分の生活に土着的なものだなと思って、とてもとても昔からこの詩が好き。

一番静かな自分の中の時間が一番大切で、一番叙情的で一番情熱的だったりとかする。

一番感情をぶつけている時間、人に対して感情をぶつけられる瞬間は、人にとっては感情的に見えるかもしれないけど、自分の中で一番感情が溢れている時間は、一番静かな時間とか一番当たり前な時間だったりするから、それが描かれている朝っていう時間って夜以上にそれが溢れる時間だったりもするし、朝って夜をのりこえた結果だから、この詩がとてもとても大好きです。」


佐藤千亜妃セレクト「私が恋に落ちた最果タヒの詩」は【築20年1LDK】
セレクト理由...「なんだか自分が書いたみたいな、自分が考えてたり、普段感じていたようなことを、言葉にした、みたいな。読んでいて、そんな感覚になる詩だなと。ストレートにこういう感情ですっていう説明があるわけではないけど、こういうことに思いを巡らせている、だったりとか。あと、おそらく生き辛さを感じていたりする中でも、生きる方を選んで日常過ごしている感じだったりとか。自分以外の他者を大切に思う時の気持ちだったりとか、こう言う感情も実は密やかにあるよねというようなところを、すくい上げて、すくい取って、読ませてくれているような気がして、すごく好きな詩です。」


■M1:ハナウタ/[Alexandros]×最果タヒ...最果タヒが作詞を担当した2018年のナンバー。

■M2:hayatochiri/大森靖子...最果タヒ セレクト
「大森さんを初めて知ったときに思ったのが言葉と音楽が密着している。言葉自体が音楽みたいになっていて。歌詞を見るだけで音楽が聞こえるし、実際に音楽を聴くとさらに増幅される。最初に言葉っておもしろいと思ったのは音楽を聴いたときだった。友達や先生と話すときは文脈をちゃんとしないといけないし、相手の気持ちを先回りしてできるだけ気を使って喋らなきゃいけないけど、歌詞だと文脈が飛んでたり。でもその文脈の飛び方がすごく気持ちよくて。むしろ逆にわかってしまう、なにかっていうのがあるっていうのがおもしろいなと。大森さんの歌詞もそういうところがすごく強烈にある。音楽になるために生まれてきた言葉なんじゃないかと思う。この曲はまさにすべてのフレーズがそうなってる気がする。」

■M3:  夜が明けたら/きのこ帝国 ...最果タヒ セレクト
「言葉って受け取ると自分の頭の中の声で黙読するから自分の内側に入りこんでくるけど、歌になった瞬間に歌う人と自分の交流になる。人と人が向き合うことで目の前の人は他人で生きてる人、他人で生きている人って実感を受けながらその人の言葉を聞いている時、自分自身もその人にとっては他人で生きてる人間っていう。一人で本を読んでると自分という枠を一瞬忘れるけど、一対一になった時、自分も本当に人類のうちのひとり、血が流れているひとりの人間なんだと思い出させる。そう思わせるのは他人、他人がその声でこういうメッセージを歌った瞬間、メッセージに対してどう思うかを超えたところで、自分の見ている景色が変えられる力がある。それは歌にしかできない言葉の力。この曲は、佐藤さんの歌い方とここまで歌い上げたものが音源として残るっていうことに感動した。」

■M4:  ペピン/BLANKY JET CITY...最果タヒ セレクト
「ブランキーは10代の私の青春。本当に集中しないといけない時は、ブランキーを聞く。10代の頃のすごくかっこいいものに出会ったときに降参できない、すごくいいと思ってしまったから私は今から必死でそれに対して反応し続けないとかき消されてしまう...みたいな恐怖心みたいなのがあって。それが思い出される。その頃にすごく好きだったものって自分をすごく焦せらせる。でもそれが心地いい。それでしか得られないカッコいい!という気持ちが残ってる。」

最果タヒさんがどんな風に、どんな思いをもって音楽を聞いているのか、たっぷり聞かせていただきました。

来週3/21は「もしもし、こちら最果です」後編。
詩の朗読はアーティストの清川あさみさんが、そして、作詞家の松本隆さんもスペシャルゲストとして登場!! お楽しみに!



■「最果タヒ展 われわれはこの距離を守るべく生まれた、夜のために在る6等星なのです。」
 は、3/21(日)まで心斎橋パルコ 14階 パルコイベントホールで開催中。
 ▼最果タヒ展 展覧会ホームページ

 

Whole Earth RADIO「もしもし、こちら最果です」前編
放送局:FM COCOLO
放送日時:毎週日曜 17時00分~18時00分
出演者:出演:最果タヒ、進行:池田なみ子、朗読&コメント:大森靖子/佐藤千亜妃

※該当回の聴取期間は終了しました。

全ての人が楽しめるディスコを!「人生120年! ディスコミュージックでいつまでも楽しく健康に!」

「ディスコ世代」と言えば、60代から70代でしょうか。今回は「人生120年! ディスコミュージックでいつまでも楽しく健康に!」と提案する、ディスコDJのスペシャリストのお話です。

「人生120年」を提案するDJ OSSHYさん ©エス・オープロモーション

それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。

テレビ司会者の第一人者として長く活躍された、押阪忍さん。民放テレビから「フリーアナウンサー」第1号となり、「ベルトクイズQ&Q」など、数々の人気番組を担当されました。また、奥様の栗原アヤ子さんとのおしどり夫婦ぶりでも親しまれました。その長男が押阪雅彦さん。「DJ OSSHY(オッシー)」の名でラジオやテレビ、ディスコで活躍されています。「よく父親のことを聞かれます。優しいお父さんだったでしょう、と。家では躾に厳しく、ちょっと頑固な父親でしたね」

立教高校に進んだオッシーさんは、父の言いつけで学生寮に入ります。当時の学生寮はスパルタで、まるで軍隊のような雰囲気だったそうです。寮友には、あの長嶋一茂さんがいました。一年だけの寮生活……。ただただ我慢の日々だったといいます。

高校2年生になり、やっと自由になると、先輩に連れられて、初めてディスコに行ったオッシーさん。そこで衝撃を受けたのが途切れなく流れるディスコミュージックでした。ノンストップミュージックに魅せられたオッシーさんは、17歳からDJの道に入ります。「学校が終われば、ディスコでDJのアルバイト。しかし、父は、”ディスコ=不健全”と考えていたので、私がDJをしていることに、まったく理解せず、応援もしてくれませんでしたね」

親子で楽しめる「ファミリーディスコ」 ©エス・オープロモーション

立教大学卒業後、広告代理店に入社しますが、音楽に関わる仕事がしたいと、その後、「FM横浜」に転職。昼はラジオ局の編成部員、夜はDJ。まさに二刀流でした。「よなよなディスコに出かける私を見て、『こんな時間に……』と父はよくぼやいていましたね」

当時のディスコは、「マハラジャ」「ツバキハウス」といったお店が主役で、DJは単なる音響係。バーテンダー、ホールスタッフと同じ裏方でした。

そんな環境でキャリアを積んだオッシーさんが表舞台に立ったのは、独立してから12年後の2012年……。ラジオ業界初となる、お昼のディスコ番組を担当したことが転機でした。それが好評だったことで、テレビでもお昼のディスコ番組を受け持ち、「ディスコDJは安心・安全・クリーン」という新しいイメージを打ち出し、爽やかなスーツにヘッドホン姿で登場! 今ではオッシーさんの定番スタイルになっています。

座ったままでディスコを楽しむお年寄りの皆さん ©エス・オープロモーション

昼間のディスコ番組は、ファミリー層からの反響がとても多く、親子で楽しめる「ファミリーディスコ」というイベントを企画しました。すると、父・押阪忍さんが「健康的で素晴らしい!」と、初めて息子の活動を認めてくれました。さらに2017年、慶應義塾大学の准教授から、「これからの福祉のために、高齢者がディスコを踊ったら元気になれるか、研究テーマとして発表したい」と相談を受けます。そこで座ったままで踊れるディスコ体操を考案。渋谷のデイサービスで初めてディスコ体操をやったところ、お年寄りに大変喜ばれました。額に汗を浮かべた107歳というご高齢の女性から、「今日は楽しかったわ。本当にありがとう」と花束を贈られたオッシーさん。「人生100 年というのは、100歳以上のお年寄りには失礼にあたる。これからは『人生120年時代』。還暦から後半の人生が始まるんだ!」と実感します。

青春時代が蘇る「シルバーディスコ」 ©エス・オープロモーション

現在は老人ホームだけではなく、元気なシルバー世代に向けて、市民センターなどで『シルバーディスコ』を定期的に開催しています。必ず昼間に開き、ノンアルコール、ノンスモーキング。会場には介護福祉士の資格を持ったダンサーもいて、安心して楽しめます。「当初は”高齢者ディスコ”とか”シニアディスコ”と名乗っていましたが、会場のミラーボールを見て『そうだ!』とひらめいたんですよ。ミラーボールは銀色に輝くものだから、いつまでも人生というステージで輝き続けて欲しい!ミラーボールの輝きと、シルバー世代の二つの意味を込めて『シルバーディスコ』と名付けました」

将来は、年齢、性別、国籍、障がいの有無を問わず、すべての人が楽しめる「ユニバーサルディスコ」を全国に広めたい、とオッシーさんは言います。押阪忍さんは、2024年、89歳で亡くなりました。晩年は、ご夫婦でオッシーさんのイベントに足を運び、応援してくれました。

その父からの三つの教えを、オッシーさんは、今も忘れません。「年配の方に対しては、特にゆっくりと話すこと」「簡単な言葉で話すこと」「ご当地の話題を盛り込むこと」還暦を迎えたオッシーさん、ミラーボールとともに新たな輝きを放ちます。

*DJ OSSHY 公式サイト
https://www.osshy.com/index.html

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