皆、頭の中の世界で生きている―養老孟司が語る、自然と隔絶された現代人への危機感

人間が自然と共存するために必要な知恵とは何か? 専門家のトークを通じて考える番組『J-WAVE SPECIAL TSUCHIYA EATHOLOGY』が3月21日にオンエア。小山薫堂と中野美奈子がナビゲートした。

今回は、2021年に世界自然遺産として登録された沖縄県「西表島」にフォーカス。島へ取材に訪れた小山とアコーディオン奏者のcobaが、畏敬をもって自然と触れ合う旅「エシカルツーリズム」を体験する中で、海や草木とともに生きる多様な人々の声を届けた。番組はポッドキャストで配信中だ。



この記事では、自然の中にいる様々な生物が関係し合い、複雑な生態系を形成するという概念「生物多様性」をテーマとした、解剖学者・養老孟司氏へのゲストインタビューを中心に紹介する。

10歳の小学生に「良い人生とは何?」と聞かれ…

累計400万部を超える大ベストセラー『バカの壁』の著者として知られる養老氏は、昆虫愛好家としての顔も持ち、自然への造詣も深い。

小山:養老先生は生物多様性をどのようにお考えになっていますか?

養老:生物多様性は抽象的な言葉というより、感覚的な言葉で、造語のため非常にわかりにくくなっています。自然には植物含め、本当に様々な生き物がいますが、そのことを実感している人と、自然と触れ合わない人では理解の仕方が大分違ってくるはずなんです。つまり、説明できることではないんですよ。

今の人は、言葉さえあればすべてのものが説明可能だと思い込んでいる。先日、10歳の小学生から「良い人生って何ですか?」という質問を受けました。人生始めてもいないのに良いも悪いもあるか!と思ったんですけど、どうしても現代に生きていると、子どもですらそうなってしまう。人生なんて簡単に説明できるものではないのに、一言で言えるものだと勘違いしてしまうんです。生物多様性もその典型で、一言で言えるようなものではありません。

小山:では、ご自身が生物多様性を肌で実感したのはいつでしたか?

養老:子どもの頃からです。今の人に言うと嘘だと思われちゃうんですけど、僕が小学生の頃、生まれ育った鎌倉では牛と馬がたくさんいました。だから、街の中に馬糞も牛糞もいっぱい落ちていて、そこに虫がきたりもして。

小山:そういった虫たちと接している中で「学び」などはあったのでしょうか?

養老:だんだん呆れるようになってきました。

小山:呆れる?

養老:はい。5mmや1cmにも満たない虫がこんなに数多くの種類いるのかと、捕まえているうちにわかってくるんですね。これはもう呆れるしかありません(笑)。

若者に田んぼを指して「将来のお前だ」と説く理由

番組のテーマは、人間と自然の共生。そこで小山は「この質問をしただけで叱られてしまいそうですが…」と前置きしつつ、“知の巨人”に対し率直な質問をぶつけた。

小山:人と自然の共生のためにはどうすれば良いとお考えですか?

養老:食べ物を摂らないと生きていけないことからもわかるように、我々は直接、自然と繋がっています。もっと言えば、皆さんの身体を作っているのは、まさに自然なんです。自然の材料を使っているわけです。自然の材料が形を変えて自分になっているわけで、まずそのことをはっきりと感覚的に意識しなければなりません。僕はよく若い人に田んぼを指して「あれは将来のお前だ」と説教をするんです。

小山:どういうことですか?

養老:田んぼに稲が育てば、いずれは米ができる。その米を食べることで、あなたたちの身体の一部になるわけだから、という意味です。でも、そんな感覚、今の子にはありません。

小山:たしかに。

養老:今言ったみたいに、物質的に考えても、外の世界と自分は完全に地続きなんです。「自然と共生」とわざわざ言うまでもなく、初めから共生している。「自分の身体を作っていったものはいったい何だろう」と考えれば、おのずと植物も動物も、さらには菌類も入っていることがわかるはずです。

小山:まずはそこに気付く、意識するというところから始めるべきということですね。

養老氏が次世代を担う子どもたちに伝えたいメッセージとは?

自然とともに歩む上で、人間が一番大切にしなくてはいけない能力は何なのか。養老氏は「生物多様性への感覚」と説き、論を進める。

養老:外の世界から自分に何かが入ってくることを感受性、感性と言いますが、現代は皆、頭の中の世界で生きてしまっています。一番極端な例を挙げれば、AIで作ったバーチャルの世界の中を生きるということを真面目に考えている人さえいる。その場合、外から入ってくるものがないんです。その世界に入ってくるものといえば、人が作ったものだけですから。ところが、普通に生きていると外から勝手に色々なものが入ってきます。音はするし、匂いはするし、風は吹く。太陽でさえじっとしているわけじゃなく、2~3時間したら違う場所に移ってますよね。そういった外からの刺激を受け取る能力が、現代人には特に不足している気がします。

中野:なるほど。では、次世代を担う子どもたちに向けて、どんなメッセージを伝えていきたいと思いますか?

養老:生活の中で自然と対面・直面する時間をできるだけ取ってください、ということです。日常に自然的な何かと触れ合うことが非常に大事だと思っていて。僕自身は子どもたちの相手をする際、虫取りという名目だけ付けて、一緒に外へ連れてっちゃうんです。外に連れ出せば、子どもたちはみんな適当に遊んでますよ。もともと人はそういう環境で育ったわけなので、ひとりでに五感が育っていくんです。

小山:とにかく経験が大事ということですね。

養老:そうですね。僕の知り合いが夏に30日間キャンプというイベントをやっていて、キャンプをしている場所からトイレがある水場まで100段、山の階段を上らなきゃいけないんですよ。でも、子どもたちはキャンプ場に到着して次の日ぐらいにはすっかり慣れちゃう。そういうふうに、日常の中に必然性が組み込まれていると、自然に親しむも何もなくて、ひとりでに親しんでしまうわけですよ。今は子どもをできるだけ楽に安全に育てる時代。しかし僕は、できるだけ大変で不自由にしてあげたほうが、かえって親切だと思うんです。

さらに、「僕は80歳半ばになっても、子どものときと同じで虫を見ています」と養老氏は続ける。

小山:お話を伺っているうちに、「自然とどのように付き合うか」とかそういうことではなく、自分の好きなものを自然の中に見つけて楽しんでいけばいいぐらいに思えるようになってきました。

養老:その通りだと思います。必ず自然の中に自分の興味を惹かれるものがあるはずですよ。

養老氏との鼎談を終え、小山と中野は振り返る。

小山:養老先生のお話を聞いて、自分も自然の一部で、「楽しい」「面白い」「これは何だろう?」という感覚をもって自然と触れ合うべきと感じました。だから、中野さんはお子さんをナビゲーターとして自然と接するといいかも知れませんね。

中野:学ばなきゃいけないですね。子どもからよく「この草はなんで緑なの?」とか「何でカメムシは臭いんだろう?」とか聞かれるんですよ。そういう質問に対し、面倒くさがらずにちゃんと向き合わなきゃいけないと気付かされました。

小山:そういう疑問って自分ではなかなか出てこないじゃないですか。だけど、お子さんの疑問に「何でだろう?」と一緒に考えて2人で共有したらいいんじゃないですか?「こういうことなんだ!」って。

中野:そうですね。

番組の公式ページでは、沖縄県「西表島」での取材の様子など、多くの写真を掲載している。

(構成:小島浩平)
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