報酬よりも「お酒」を選んだ? マイケル・ジャクソンからの欧州ツアー同行オファーを断った元専属料理人が語る奇跡の1週間

放送作家・脚本家の小山薫堂とフリーアナウンサーの宇賀なつみがパーソナリティをつとめるTOKYO FMのラジオ番組「日本郵便 SUNDAY’S POST」(毎週日曜15:00~15:50)。1月18日(日)の放送は、元マイケル・ジャクソンの専属料理人、シェフの高谷敏雄さんをゲストに迎えて、お届けしました。


(左から)パーソナリティの小山薫堂、高谷敏雄さん、宇賀なつみ


◆マイケル・ジャクソンの食事は「量よりもバリエーション」

今回の放送では、1987年の来日公演時にマイケル・ジャクソンの専属料理人を務めたシェフ・高谷敏雄さんをスタジオに迎え、その貴重な経験が語られました。

高谷さんは、軽井沢のホテルで料理人として腕を磨き、その後は自宅で居酒屋を開業。引退後も、小学校の給食や社員食堂などで料理を提供し続けてきました。そんな高谷さんが、世界的スターであるマイケル・ジャクソンの食生活を支えることになったのは、まさに「ひょんなきっかけ」でした。当時、ホテルの料理長として時間に余裕があった高谷さんのもとに、知人経由で「急きょ面接に行ってほしい」という話が舞い込みます。マイケルが帯同していた料理人が突然いなくなり、その代役を探していたのです。

面接当時、高谷さんは40歳でした。しかし、その場で問われた「マイケル・ジャクソンを知っていますか?」という質問に対し、高谷さんは「全然知らない」と答えたといいます。軽井沢で仕事に打ち込む日々を送っており、「面倒くさい料理のオファーが来たな」というくらいの感覚だったと笑顔で振り返ります。

さらに高谷さんは、「水戸黄門なら知っていますけど、マイケル・ジャクソンは知りません」と正直に答え、これで帰れると思っていたと振り返ります。しかし、その率直さが功を奏しました。しばらく待たされたあと、「知らなかったのがよかった」と評価され、その場で専属シェフとしての起用が決定。「着の身着のままでしたので、家に連絡をして下着を送ってもらうぐらい、バタバタしていましたね」と、慌ただしい幕開けを明かしました。

最初に用意した料理は、風邪をひいていたマイケルのためのおかゆでした。胃に負担をかけないように配慮した一品でしたが、反応は読めず、「難しい顔をしていて、何ともわからなかった」と当時を語ります。そんななか、初めて明確な好反応を感じたのが、味噌汁に入れた絹ごし豆腐でした。「喉が痛かったんじゃないかと思う」と高谷さんは振り返ります。

料理は日本食を中心に用意していたものの、マイケルからの要望は独特だったと当時を思い起こす高谷さん。後に本人から「もっとアメリカンなものがほしい」と要望が出るまで、日本料理中心の日々が続きます。マイケルが持参していた食材は豆類がほとんどで、高谷さんはそれを使い、ペースト状にするなど工夫を重ねました。また、マイケルは非常に小食で、「一皿につきスプーン一口程度」しか食べなかったといいます。

そのため高谷さんが心がけたのは、「量ではなく種類」。毎日20皿ほどを用意し、少しずつさまざまな味を楽しめるようにしました。その食卓を、マイケル自身が「毎日がパーティーみたいだ」と喜んでいたことも、印象深いエピソードです。

◆専属料理人の継続を断った理由

ツアーの最終日には、マイケルから帽子やサインといったプレゼントも贈られました。代表曲「ビリー・ジーン」で着用していた帽子もその一つですが、当時は特別な価値を意識することもなく、紙袋に入れて天袋にしまっていたといいます。現在はスーツケースに大切に保管しているそうです。

ツアー終了後、ヨーロッパ公演への同行も打診されましたが、高谷さんは辞退しました。理由として挙げたのは、「お酒をはじめとした自分の時間が持てなくなること」、そして「ナチュラルフードを現地で十分に用意できるか」という不安でした。報酬の話まで出たものの、最終的には「お酒のほうが勝った」と笑いを交えて振り返ります。今となっても、その判断について「これで正解だったと思います」と語り、後悔はない様子。

専属シェフとして過ごしたのは、わずか1週間。それでも、その経験は高谷さんの人生に静かに影響を残しました。後日、マイケルのファンから本や雑誌が届くようになり、ページをめくるたびに、その存在の大きさを実感していったといいます。「寄付や慈善活動など、(マイケルの)音楽以外の一面を知るうちに、自然と興味が深まっていきました」と、高谷さんは振り返ります。

番組のテーマである「手紙」にちなみ、高谷さんは「夜中にふと書きたくなることがある」と明かし、寝床のそばにはいつも紙とペンを置いているといいます。今回、「今、想いを伝えたい方」として手紙を綴った相手は、マイケル・ジャクソンでした。

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<番組概要>
番組名:日本郵便 SUNDAY'S POST
放送日時:毎週日曜 15:00~15:50
パーソナリティ:小山薫堂、宇賀なつみ
番組Webサイト: https://www.tfm.co.jp/post/
番組公式X:@sundayspost1


日本郵便 SUNDAY'S POST
放送局:TOKYO FM
放送日時:2026年1月18日 日曜日 15時00分~15時50分
公式X

※放送情報は変更となる場合があります。

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坂上忍「あんな化け物がいたら無理」元プロ野球選手・荒木大輔の衝撃を語る

テレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」レギュラーコメンテーターの玉川徹とフリーアナウンサーの原千晶がパーソナリティを務めるTOKYO FMのラジオ番組「ラジオのタマカワ」。「テレビではまだ出せていない玉川徹の新たな一面を発信!!」をコンセプトに、ビジネス、キャリア、マネー、カルチャー、エンタメ、音楽など、さまざまなジャンルをテレビとは違った角度から玉川が深掘りしていきます。今回の放送では、坂上忍さんがゲストに登場。ここでは、スポーツ選手への憧れとリトルリーグ時代について語ってくれました。


(左から)パーソナリティの原千晶、坂上忍さん、玉川徹



◆スポーツ選手への憧れが強い

原:これから坂上さんにお話を伺っていくんですけれども、坂上さんへの質問がたくさん届いていますのでご紹介したいと思います。「コトダマ」さんです。「坂上さんが今一番気になっている人は誰ですか?」

坂上:いません!

玉川:ああ、終わっちゃったじゃない。

原:一言で終わっちゃった。いらっしゃらないのですか?

坂上:気になっていることがあるとすれば、オリンピック。

原:オリンピックの中で、特にこの選手が気になっているとかありますか?

坂上:名前をど忘れしちゃった。スピードスケートの4連ちゃんで出ている方。

原:髙木美帆さん。

坂上:そう、あの人は本当にすごいと思っていて、プロ中のプロだと思っています。本当に頑張っていただきたいな。やっぱりスポーツ選手への憧れが強いので。

玉川:そうなんですか。

坂上:大好きですね。

玉川:もし、生まれ変わったらスポーツ選手になりたいとか。

坂上:僕、いまだに夢を見るんですよ。ずっと野球をやっていたので、それこそ大谷選手みたいにメジャーのマウンドに立って、バシって外角低めにストレートを投げて「ストライク!」って。チャンピオンリングをもらう夢をいまだに見たりするんです。だから野球を断念したことだけは後悔していますね。

原:おいくつぐらいまでやっていたんですか?

坂上:リトルリーグまでですね。自分で諦めたんですよ。そのときに荒木大輔さん(元プロ野球選手で調布リトル時代にリトルリーグ世界一に貢献)が先輩にいたんですけど、「あんな化け物がいるんだったら無理だ」と思って。やっぱり現実を知って、妥協を覚えていくんですよね。

原:じゃあ、生まれ変わったら野球選手に。

坂上:もう一回トライしてみたいですね、無理でも。

玉川:いいね。

<番組概要>
番組名:ラジオのタマカワ
放送エリア:TOKYO FM
放送日時:毎週木曜 11:30~13:00
パーソナリティ:玉川徹、原千晶
番組Webサイト:https://www.tfm.co.jp/tamakawa/


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