ASHA「KOKONAは『横にいる人』が一番合う」注目のユニット・TAKARAが明かしたお互いの本音

山崎怜奈(れなち)がパーソナリティを務めるTOKYO FMのラジオ番組「山崎怜奈の誰かに話したかったこと。(ダレハナ)」(毎週月曜~木曜13:00~14:55)。8月27日(木)の放送では、TAKARA(ASHAさん、KOKONAさん)が登場!当記事では、お互いの印象について語り合った模様を紹介します。


(左から時計回りに)パーソナリティの山崎怜奈、KOKONAさん、ASHAさん


◆TAKARA、お互いの印象を語る

れなち:お2人は、ガールズグループオーディション「No No Girls」を経てTAKARAを結成されましたが、KOKONAさんが(ASHAさんに)お声がけしたんですよね?

KOKONA:そうですね。私がやりたいことをいろいろ考えたときに、最終的にASHAちゃんとやりたいっていうことで、私から誘わせていただきました。

れなち:ASHAさんは、そのときどう思いました?

ASHA:びっくりして「なんでなんやろう?」って思ったんですけど、楽しそうやし、面白そうやなと思ったんで、「やります!」って言いました。

れなち:今までも「楽しそう、面白そう」みたいな自分の直感に従って生きてきたタイプですか?

ASHA:そうですね、それにしか頼ったことがないです(笑)。

れなち:これから活動も増えていくと思いますけど、今のところ実際やってみてどうですか?

ASHA:えー、なんか「面白いところに連れてきてくれてありがとう」っていう感じです。

KOKONA:うれしい(笑)!

れなち:おぉ! KOKONAさんから見て、ASHAさんはどういう人ですか?

KOKONA:私から見たASHAちゃんは、ずっと素直な心を持っているので、私としてもすごく助かる部分が多いです。

れなち:へえー! ASHAさん自身も、そこはやっぱり、大事にしていることではあります?

ASHA:「大事にしてる」っていう感じは自分のなかではあまりないですけど……素直ではあるほうやと思います(笑)。

れなち:人に言われることが多い?

ASHA:多いです。「正直」って言われます。

れなち:ASHAさんから見てKOKONAさんってどういう人ですか?

ASHA:えー、なんか「横にいる人」っていう感じなんですけど(笑)。

れなち:ハハハ(笑)。これからわかっていく?

ASHA:いや、仲間とか友達とか家族っていう言葉よりも「横にいる人」っていう言葉がしっくりくる存在です。

れなち:距離感の取り方だったり、関係の築き方的に横並びでいてくれるというか。

ASHA:説明が難しいんですけど、本当に「横にいる人」っていう言葉が一番合う存在です。

KOKONA:お互いに結構そう思っています(笑)。

――番組では、ほかにもデビューシングル「Time is money」やファーストEP『宝』について語る場面もありました。

<番組概要>
番組名:山崎怜奈の誰かに話したかったこと。
放送日時:毎週月~木曜 13:00~14:55
パーソナリティ:山崎怜奈
番組Webサイト:https://www.tfm.co.jp/darehana/
番組公式X:@darehanaTFM

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「バスの運転士」の一言が、10年前の記憶を呼び覚ました―ラジオが結んだ、不思議な再会

先日、ニッポン放送では『上柳昌彦 あさぼらけ スペシャル ~あけの語りびと~』をお送りしました。実は8人の方を取材させていただいたのですが、皆さんのお話が、どれもドラマがあって、ご紹介しきれませんでした。

※イメージ画像

そこで、ご紹介できなかった4人の方を、4週にわたって、『あけの語りびと』でお届けしています。今週は3人目の方です。不思議なご縁で繋がるラジオネーム「すみちゃん」の物語です。

7月28日に発生した「令和8年熊本地震」。その翌日は水曜日だったので、いつもの『あけの語りびと』は、急遽お休みして、熊本からメールを送ってくださったリスナーさんに電話をつなぎました。

実はその方、10年前にもお話を伺っていたんですが、いただいたメールでは、同じ方だと分からなかったんです。お話の中で、『10年前、バスの運転士だった…』と聞いた瞬間、「あっ、あの時の!」

私の脳裏に、10年前の記憶が、鮮明に蘇ってきたんです。不思議なものですね。「バスの運転士」という言葉が、10年の時を経て、私の記憶の引き出しを開いてくれたんです。

熊本市にお住まいのラジオネーム「すみちゃん」は、50歳です。ラジオを聞くようになったのは、中学三年生の冬。受験前にインフルエンザで寝込んだ時、枕元で聞いたラジオが、とても面白かった。それが、ラジオとの出会いでした。

当時、熊本ではニッポン放送が聞けなかったので、窓際にラジオを置いて、向きを傾けたりして、雑音の中、聞いていたそうです。

「そうそう、上柳さんの声を初めて聞いたのは私が高校二年の時でしたね。こちらのローカル番組が始まる前の、夜7時10分から20分だけ、熊本放送(RKKラジオ)で、『花の係長 ヨッ!お疲れさん』がネットされていたんです。東京のラジオ局は、めちゃくちゃ面白い!と思って聞いていましたよ」

高校へ通う電車の中でもポケットラジオで聞くほど、ラジオ好きになったすみちゃんは、大学を卒業すると教員免許を取り、中学校の「技術」の教師になりました。本棚を作る木材加工や、電子製品のはんだ付けなどを教えていたそうです。

しかし、教師の仕事は勤務時間が長く、生徒や保護者への対応など、さまざまなことが重なり、別の道を考えるようになります。

子どもの頃から乗り物が大好きだったすみちゃんは、36歳のとき、市内バスの運転士になりました。始発バスを担当する日は、朝5時過ぎには発車前の点検作業を始めます。

「朝早く起きるのは、やっぱりつらいんです。眠い目をこすってラジオをつけると、あれ?上柳さんの声が流れてきたんです。『あ、うえちゃんの番組が始まったんだ!』と、朝の楽しみが生まれましたね」

ところが、番組スタートから3週間後、2016年4月14日夜9時26分、熊本地震が発生しました。その夜、地震の様子をメールで知らせてくださったすみちゃんに、翌朝、スタジオから電話をつないだんですね。

あの電話から10年が経った今、バスの運転士さんをされていないと伺って、どうされたのか、ちょっと気になって、お話を伺うと、体調を崩されたとのこと…。検査を受けると腎臓の機能が低下していて、今は週に3回の透析を受けています。昼間の仕事は難しくなって、夜、ガソリンスタンドの事務をされています。そこでは、ラジオが聞けます。

オールナイトニッポンから「あさぼらけ」へ…「明け方、ラジオから、うえちゃんの声が流れてくると、ああ、そろそろ今日も仕事が終わりだなぁ、って思うんですよ。今は、ラジオから聞こえてくる、うえちゃんの声が、ホッとする一日の締めくくりになっています」

ラジオネーム「すみちゃん」、今朝もお仕事、お疲れ様です!

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