中田花奈、佐野ひなこも!芸能界からの“Mリーグ”参戦に岡田紗佳「麻雀の輪がどんどん広がると思う」
山崎怜奈(れなち)がパーソナリティを務めるTOKYO FMのラジオ番組
「山崎怜奈の誰かに話したかったこと。(ダレハナ)」
(毎週月曜~木曜13:00~14:55)。8月31日(月)の放送には、モデル・プロ雀士の岡田紗佳さんが登場! 本記事では、近年の麻雀プロ事情や、岡田さんの活動に対する思いを伺った模様をお届けします。
岡田紗佳さん
◆岡田紗佳が語る麻雀界の変化
れなち:岡田さんは、Mリーグ(麻雀プロリーグ戦)・KADOKAWAサクラナイツのメンバーとして活躍する一方で、モデルやタレントとしても活動されています。前にも話したことがあるかもしれないですけれど、私がファッション誌「non-no」を読んでいたときに、ちょうどnon-noモデルとして活躍されていたタイミングで。
岡田:はい。
れなち:ただ、もう今は麻雀の世界で認知されているので……だから、岡田さんの第一印象って、人によって全然違ったりするのではないですか?
岡田:そうですね。最近だと、やっぱり「え、モデルもやってたの!?」とか「芸能人で麻雀プロっていたんだね」みたいなことを言われたりして、「そっちが先なんだけどなぁ」とかも思いつつ。
れなち:でも最初から麻雀畑で、このビジュの人ってなかなかいなくないですか? 本人に言うのもどうかと思うんですけど(笑)。
岡田:ハハハ(笑)。でも、これから生まれてくると思いますけどね。
れなち:やっぱり今、いろんな人が出てきますし。
岡田:元々芸能活動をされていたけど、Mリーグに入ってくる人もどんどん増えているので。それこそ、中田花奈ちゃんもそうですし、最近だと佐野ひなこさんがMリーガーになったので、どんどん変わってきている感覚はありますね。
れなち:そういう変化は、どう受け止めていますか?
岡田:えっ、うれしいです!そういう人が増えていくことで、麻雀の輪もどんどん広がるのかなと思うので。
れなち:岡田さんがバラエティ番組とかに出られたりすることも、麻雀を広めているきっかけになっているじゃないですか。
岡田:なっていたらいいですね。私がきっかけで「麻雀を覚えました!」という方が増えれば、それが一番うれしいことだなと思っていて。曲(シングル「国士無双LOVE」)を出したのも、聴いて「麻雀って何?」と思ってもらえる人が増えたらいいなと思います。
(左から)パーソナリティの山崎怜奈、岡田紗佳さん
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<番組概要>
番組名:山崎怜奈の誰かに話したかったこと。
放送日時:毎週月~木曜 13:00~14:55
パーソナリティ:山崎怜奈
※該当回の聴取期間は終了しました。
「バスの運転士」の一言が、10年前の記憶を呼び覚ました―ラジオが結んだ、不思議な再会
先日、ニッポン放送では『上柳昌彦 あさぼらけ スペシャル ~あけの語りびと~』をお送りしました。実は8人の方を取材させていただいたのですが、皆さんのお話が、どれもドラマがあって、ご紹介しきれませんでした。
そこで、ご紹介できなかった4人の方を、4週にわたって、『あけの語りびと』でお届けしています。今週は3人目の方です。不思議なご縁で繋がるラジオネーム「すみちゃん」の物語です。
7月28日に発生した「令和8年熊本地震」。その翌日は水曜日だったので、いつもの『あけの語りびと』は、急遽お休みして、熊本からメールを送ってくださったリスナーさんに電話をつなぎました。
実はその方、10年前にもお話を伺っていたんですが、いただいたメールでは、同じ方だと分からなかったんです。お話の中で、『10年前、バスの運転士だった…』と聞いた瞬間、「あっ、あの時の!」
私の脳裏に、10年前の記憶が、鮮明に蘇ってきたんです。不思議なものですね。「バスの運転士」という言葉が、10年の時を経て、私の記憶の引き出しを開いてくれたんです。
熊本市にお住まいのラジオネーム「すみちゃん」は、50歳です。ラジオを聞くようになったのは、中学三年生の冬。受験前にインフルエンザで寝込んだ時、枕元で聞いたラジオが、とても面白かった。それが、ラジオとの出会いでした。
当時、熊本ではニッポン放送が聞けなかったので、窓際にラジオを置いて、向きを傾けたりして、雑音の中、聞いていたそうです。
「そうそう、上柳さんの声を初めて聞いたのは私が高校二年の時でしたね。こちらのローカル番組が始まる前の、夜7時10分から20分だけ、熊本放送(RKKラジオ)で、『花の係長 ヨッ!お疲れさん』がネットされていたんです。東京のラジオ局は、めちゃくちゃ面白い!と思って聞いていましたよ」
高校へ通う電車の中でもポケットラジオで聞くほど、ラジオ好きになったすみちゃんは、大学を卒業すると教員免許を取り、中学校の「技術」の教師になりました。本棚を作る木材加工や、電子製品のはんだ付けなどを教えていたそうです。
しかし、教師の仕事は勤務時間が長く、生徒や保護者への対応など、さまざまなことが重なり、別の道を考えるようになります。
子どもの頃から乗り物が大好きだったすみちゃんは、36歳のとき、市内バスの運転士になりました。始発バスを担当する日は、朝5時過ぎには発車前の点検作業を始めます。
「朝早く起きるのは、やっぱりつらいんです。眠い目をこすってラジオをつけると、あれ?上柳さんの声が流れてきたんです。『あ、うえちゃんの番組が始まったんだ!』と、朝の楽しみが生まれましたね」
ところが、番組スタートから3週間後、2016年4月14日夜9時26分、熊本地震が発生しました。その夜、地震の様子をメールで知らせてくださったすみちゃんに、翌朝、スタジオから電話をつないだんですね。
あの電話から10年が経った今、バスの運転士さんをされていないと伺って、どうされたのか、ちょっと気になって、お話を伺うと、体調を崩されたとのこと…。検査を受けると腎臓の機能が低下していて、今は週に3回の透析を受けています。昼間の仕事は難しくなって、夜、ガソリンスタンドの事務をされています。そこでは、ラジオが聞けます。
オールナイトニッポンから「あさぼらけ」へ…「明け方、ラジオから、うえちゃんの声が流れてくると、ああ、そろそろ今日も仕事が終わりだなぁ、って思うんですよ。今は、ラジオから聞こえてくる、うえちゃんの声が、ホッとする一日の締めくくりになっています」
ラジオネーム「すみちゃん」、今朝もお仕事、お疲れ様です!