七代目 三遊亭円楽と小杉幸子が語る「人生はまだまだこれから」 年齢を重ねるからこそ見つかる楽しみ

TOKYO FMグループの「ミュージックバード」が制作し、全国のコミュニティFMで放送中のラジオ番組「Friday Night Fever☆円楽のシネマトーク&ミュージック」。ラジオDJの小杉幸子が、2025年2月に七代目を襲名した落語家・三遊亭円楽とともに、さまざまなカルチャーを語り合うトーク番組です。昭和のシティポップを楽しみながら、円楽おすすめの新旧映画も紹介します。

今回の放送では、60歳という節目を迎えた小杉が感じる人生の変化や、家族でも楽しめるフジロックの魅力について語り合いました。


(写真左から)パーソナリティの小杉幸子、三遊亭円楽



◆60歳は「まだまだこれから」

先日、小杉は60歳の誕生日を迎えました。円楽から祝福されると、小杉は、かつて思い描いていた60歳は「もうちょっと落ち着いて、夏の着物なんかを着こなす素敵な夫人だった」と振り返ります。実際に60歳を迎えてみると、周囲には元気いっぱいで新しいことに挑戦し続ける人がたくさんいるといいます。そんな姿に刺激を受けながら、小杉自身も「この1年は、ずっと優先順位の低かった自分のケアをしていこうと思っています」と話しました。

そんな小杉に、円楽は「小杉姉さんは本当に変わらないよ」とひと言。小杉も「そういう師匠も本当に会った頃のまま。でも貫禄が出てる!」と返し、2人の変わらない関係性が垣間見えるやり取りとなりました。

小杉は最近、さまざまな場面で幸せを感じることが増えたといいます。60歳という節目を迎え、年齢を重ねたからこそ、物事に動じなくなったり、新たな楽しみを見つけられたりする良さを実感しているようです。

円楽も、健康であれば年齢を重ねるほど多くのことを知り、人生はより楽しくなるのではないかと語ります。そこで紹介されたのが、上方落語の大先輩・桂文珍師匠とのエピソードでした。60年近く落語を続ける文珍師匠に「飽きません?」と尋ねたところ、「飽きないよ」と返されたそうです。

「若い頃には面白さが分からなかった噺も、経験を重ねることで新たな発見や面白さがある」。そんな文珍師匠の言葉に、円楽も「自分ももっと頑張ろう」と気づかされたと言います。小杉も「まだまだあるんだなあ」と共感し、これから先の人生への期待を膨らませました。

◆家族で楽しめるフジロックの魅力

番組に届いたお便りをきっかけに、「FUJI ROCK FESTIVAL'26」の話題に及びました。フジロックについて、これまであまり詳しく知らなかったという円楽。29回という開催回数に、「もっと昔からあるのかなと思った」と驚きます。

そんな円楽に、小杉が紹介したのが、フジロックならではの楽しみ方です。アウトドアにはあまり興味がないという円楽に対し、小杉は「会場には家族連れも多く、子どもたちが遊べるエリアも充実している」と紹介します。

フジロックは、音楽を聴くことだけが目的の場所ではありません。豊かな自然に囲まれた環境のなかで、音楽を楽しむ人もいれば、家族で過ごす人もいる。訪れる人が思い思いのスタイルで楽しめることも、フジロックの大きな魅力となっています。

一方で、気になるのがチケット代。小杉は「まあまあのお値段」としながら、フジロックを楽しむ方法の1つとして、開催地である新潟県南魚沼郡湯沢町のふるさと納税にも注目します。返礼品としてフジロックのチケットが用意されているため、「これを活用すれば、家族での旅行も兼ねて楽しむことができる」とコメントしました。

さらに話題は、会場までのアクセスの話へ。東京からは新幹線で越後湯沢方面へ向かい、駅からは会場までシャトルバスを利用できます。小杉によると、シャトルバスは40分ほどですが、道路が混雑すると1時間程度かかります。遠いイメージがある苗場も、東京からのアクセスを考えると意外と身近な場所です。小杉は、その近さを「缶ビールを1本飲んでいるうちに着いちゃう」とユーモラスに表現。音楽はもちろん、自然や家族との時間も楽しめるフジロック。その魅力を知るほど、円楽も少しずつ興味を惹かれていったようです。

<番組概要>
番組名:Friday Night Fever☆円楽のシネマトーク&ミュージック
放送日時:毎週金曜日 21:00~22:00
パーソナリティ:小杉幸子、三遊亭円楽


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「バスの運転士」の一言が、10年前の記憶を呼び覚ました―ラジオが結んだ、不思議な再会

先日、ニッポン放送では『上柳昌彦 あさぼらけ スペシャル ~あけの語りびと~』をお送りしました。実は8人の方を取材させていただいたのですが、皆さんのお話が、どれもドラマがあって、ご紹介しきれませんでした。

※イメージ画像

そこで、ご紹介できなかった4人の方を、4週にわたって、『あけの語りびと』でお届けしています。今週は3人目の方です。不思議なご縁で繋がるラジオネーム「すみちゃん」の物語です。

7月28日に発生した「令和8年熊本地震」。その翌日は水曜日だったので、いつもの『あけの語りびと』は、急遽お休みして、熊本からメールを送ってくださったリスナーさんに電話をつなぎました。

実はその方、10年前にもお話を伺っていたんですが、いただいたメールでは、同じ方だと分からなかったんです。お話の中で、『10年前、バスの運転士だった…』と聞いた瞬間、「あっ、あの時の!」

私の脳裏に、10年前の記憶が、鮮明に蘇ってきたんです。不思議なものですね。「バスの運転士」という言葉が、10年の時を経て、私の記憶の引き出しを開いてくれたんです。

熊本市にお住まいのラジオネーム「すみちゃん」は、50歳です。ラジオを聞くようになったのは、中学三年生の冬。受験前にインフルエンザで寝込んだ時、枕元で聞いたラジオが、とても面白かった。それが、ラジオとの出会いでした。

当時、熊本ではニッポン放送が聞けなかったので、窓際にラジオを置いて、向きを傾けたりして、雑音の中、聞いていたそうです。

「そうそう、上柳さんの声を初めて聞いたのは私が高校二年の時でしたね。こちらのローカル番組が始まる前の、夜7時10分から20分だけ、熊本放送(RKKラジオ)で、『花の係長 ヨッ!お疲れさん』がネットされていたんです。東京のラジオ局は、めちゃくちゃ面白い!と思って聞いていましたよ」

高校へ通う電車の中でもポケットラジオで聞くほど、ラジオ好きになったすみちゃんは、大学を卒業すると教員免許を取り、中学校の「技術」の教師になりました。本棚を作る木材加工や、電子製品のはんだ付けなどを教えていたそうです。

しかし、教師の仕事は勤務時間が長く、生徒や保護者への対応など、さまざまなことが重なり、別の道を考えるようになります。

子どもの頃から乗り物が大好きだったすみちゃんは、36歳のとき、市内バスの運転士になりました。始発バスを担当する日は、朝5時過ぎには発車前の点検作業を始めます。

「朝早く起きるのは、やっぱりつらいんです。眠い目をこすってラジオをつけると、あれ?上柳さんの声が流れてきたんです。『あ、うえちゃんの番組が始まったんだ!』と、朝の楽しみが生まれましたね」

ところが、番組スタートから3週間後、2016年4月14日夜9時26分、熊本地震が発生しました。その夜、地震の様子をメールで知らせてくださったすみちゃんに、翌朝、スタジオから電話をつないだんですね。

あの電話から10年が経った今、バスの運転士さんをされていないと伺って、どうされたのか、ちょっと気になって、お話を伺うと、体調を崩されたとのこと…。検査を受けると腎臓の機能が低下していて、今は週に3回の透析を受けています。昼間の仕事は難しくなって、夜、ガソリンスタンドの事務をされています。そこでは、ラジオが聞けます。

オールナイトニッポンから「あさぼらけ」へ…「明け方、ラジオから、うえちゃんの声が流れてくると、ああ、そろそろ今日も仕事が終わりだなぁ、って思うんですよ。今は、ラジオから聞こえてくる、うえちゃんの声が、ホッとする一日の締めくくりになっています」

ラジオネーム「すみちゃん」、今朝もお仕事、お疲れ様です!

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