デルタ航空が成田から拠点を移転~日本の空港に求められる変化

ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」(8月12日放送)にジャーナリストの須田慎一郎が出演。デルタ航空が成田空港から羽田空港に路線を移転することを受け、日本の空港の今後の在り方について解説した。

成田国際空港に駐機するデルタ機(デルタ航空-Wikipediaより)

デルタ航空、成田から羽田発着に完全移転

アメリカのデルタ航空は、来年(2020年)3月にアジアのハブと位置付けていた成田空港から撤退し、羽田空港に日米路線を集約することになる。東京オリンピックに向け、都心上空を通過する新しいルートの運用を開始し、羽田が国際線の受け入れを広げるのに合わせた格好となる。

飯田)アジアのハブとしては、ノースウエスト航空時代から成田を使っていたデルタですが、それが崩れるということになりますね。

須田)そうですね。JAL、ANAと対抗するためには羽田路線をこれから増やさないといけないということなのですけれども、離着陸枠が10あったとすると、7程度が日本に割り当てられていて、3が外国航空会社に割り当てられるのです。それを積極的に取りに出たということなのですが、もう1点重要なのは、もともとデルタ航空はアジア拠点で成田をハブ空港にしていました。そのハブ空港を羽田に移したのかと言うとそうではなくて、韓国の仁川空港に移すことになったのですよ。

出発ロビー東側全景(仁川国際空港-Wikipediaより)

デルタ航空~アジアでのハブ空港を成田から仁川へ

須田)航空ビジネスというものはハブアンドスポーク、どこかに拠点を置いて、各地から小型機や中型機でハブ空港に運んで来て、大型機で運ぶのが航空ビジネスの基本中の基本なのですね。それを日本から韓国に移されたということは、日本としては深刻に考えなければいけません。仁川空港というのは、長距離滑走路が3本運用されているのですが、実は4本目もいつでも運用できるように敷地が確保されているのです。しかも、これは平行滑走路なのですよ。ですから、同時に離発着ができるようになっていて、乗り換えももともとハブ空港を意識していたためにスムーズですし、空港での時間待ちを楽しんでもらえるよう、いろいろな施設も充実しています。アジアのハブ空港としてはピカイチなのかな、と思いますね。

東京国際空港-Wikipediaより

日本の空港をアジアでハブ化するために必要なこと

須田)一方、日本はどこをハブ化して行くのかを考えて行かなければいけない。羽田にいちばん競争力があるのですが、まだまだターミナルの足りない部分がありますし、LCCが就航していないのです。横田空域の問題があるため、これ以上の枠を増やすわけにはいかないので、羽田、成田一体化のなかで総合的にサービスを提供するJAL、ANAのような航空会社と、LCCの割り当ての使い分けをして行く必要があると思います。

飯田)仁川もいい例ですけれども、かつては金浦という空港がソウル市内にあって、大きな仁川空港を作ってそこをハブにする考え方。おそらく昔は成田をそうしようとしたのだけれど、地元の反対などもあったし、なかなか大きくしきれなかったわけですよね。

須田)日本と韓国を比べたときに経済規模が違うので、日本にやって来る需要も大きいのですよ。仁川はソウル市内まで1時間以上かかります。ただ、ソウルに来るために仁川に来るのではなく、仁川から乗り継ぐためにやって来る、そこに特化したところがあります。ソウルに来る人のためには金浦を使うという使い分けをした。日本の場合は、ビジネスが活発で経済規模が大きいが故に、その辺りの特化をしにくかったのかなと思います。

Peach AviationのA320(Peach Aviation-Wikipediaより)

LCCの滑走路使用時間制限

飯田)LCCを成田に取り込むかというと、いまは第3ターミナルにLCCが来ていますが、滑走路の使える時間帯に制限があることはネックになって来ますか?

須田)大きいでしょうね。LCCは数少ない航空機を使い回しするので、どうしても遅れが出てしまう。そうすると、「何時以降は離着陸できません」と言われると、成田は使い勝手が悪いのです。その制限をどうクリアするのか。もともと、LCCは既存の空港でも夜間、早朝帯が離着陸の時間でしたから。

飯田)日本のLCCは入っていませんが、羽田の深夜早朝帯に海外のLCCが一部入っていますよね。深夜3時くらいに羽田に降りるのですが、その人たちは仮眠を取って始発で動くようなことを平気でやっています。

須田)そういうニーズもあるのですよ。日本にも成功事例はありまして、関西空港がLCCに特化し始めました。これはピーチアビエーションという日本の航空会社が開拓したものです。かつては「LCC4時間の壁」というものがあったのですよ。座席が狭いため、4時間以上は耐えられないだろうということで、4時間以内のところに路線を張るのが一般的だったのですが、関空は2社がホノルル便を飛ばし始めて、とても安いのですよ。そういうことを考えると、LCCも新時代になって来ました。

飯田)新しい機材を入れたりして。

須田)成田もその辺りを意識すべきだと思います。

ボーイング787-8型機(スクート-Wikipediaより)

LCCの柔軟な利用方法

飯田)この間、シンガポールのスクートというLCCの話を聞きに行ったことがありましたが、「皆さんLCCと言いますけれど、椅子の幅などは殆ど変わらないのですよ」と言っていて、サービス面もいろいろと変わっているみたいですね。

須田)LCCのホノルル便で、2食出さなくてはいけないというルールがありますが、そんなものはいらないだろう、とか。自分の食べたいものを持ち込めばいいし、毛布だって持ち込めばいいのだからと変わって来ているようです。北海道の若い人たちが成田まで飛んで、日帰りでディズニーランドを楽しんで帰る。成田とディズニーランドは近いではないですか。そういう使い方を若い人たちは見つけ出しています。

飯田)可能性は広がっているけれど、空港側もそれを活かす形にできるかというところですね。

須田)メンツの問題であるとか、法律の問題などを変える必要はあると思います。

飯田浩司のOK! Cozy up!
FM93AM1242ニッポン放送 月-金 6:00-8:00

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周防正行「サイレント映画について大変な勘違いをしていました」

黒木瞳がパーソナリティを務める番組「あさナビ」(ニッポン放送)に、映画監督の周防正行が出演。最新映画『カツベン!』の題材となったサイレント映画について語った。

ニッポン放送「あさナビ」

黒木)今週のゲストは映画監督の周防正行さんです。周防監督の5年ぶりとなる最新作映画『カツベン!』が全国公開中です。『カツベン!』は、映画の始まりの時代を駆け抜けたスーパースターである、活動弁士の話なのです。

周防)日本に初めて映画が入って来たときに、「Motion Picture」という言葉をそのまま訳して「活動写真」と呼んだのですね。そのときは、まだ映画に音がなかったのですよ。スクリーンの横に人が立って、写っているものの説明を始めたのです。最初は物語映画ではなかったから、何が写っているかとか、どうして動くとか、まさに“写真が動く”ということは始めてのことだったので、世界中で流行るわけです。当時、日本ではそのように説明する人が、最初の日の上映からいたのです。

黒木)つまりは紙芝居みたいに「こういう物語ですよ」と、ト書きも言えばセリフも言うという…。

周防)最初は単なる出来事が写っていました。駅に列車が到着するとか、工場から人が出て来るとか。それがやがて物語を持つようになって、弁士は物語をきちんと説明することを始めました。こういう文化が根付いたのは日本だけなのです。アメリカやヨーロッパでも説明する人が立った記録はありますが、職業としては説明していません。アメリカ、ヨーロッパは生演奏の音楽だけで魅せていたのです。

黒木)『カツベン!』はオリジナルの作品ですが、どうしてこれを映画にしようと思われたのですか?

周防)僕が浅はかにも、ずっと無視をして来たから。

黒木)え?

周防)大学生のときに、サイレント映画をたくさん観ていました。そのときはサイレント映画だから音がない状態で、活動弁士の説明も音楽もない、まさに無音の動く画を観るというのが、サイレント映画の見方だと思っていました。活動弁士がいることも、音楽があることも知っていたのですが、それを無視していたのです。サイレント映画なのだから、サイレントで観ないと監督の意図は伝わらないのだと、ずっと思って生きて来た。でもつい最近、僕の助監督をして下さっていた片島章三さんが「こんな本を書きました」と、この映画の元になる台本を読ませてくれたのですね。

黒木)いつも周防監督は、ご自分でシナリオをお書きになりますよね。

周防)自分のシナリオではないのは、今回が初めてです。

黒木)そのシナリオを読まれてどうだったのですか?

周防)「僕はなんて勘違いをしていたのだろう」と思いました。当時、明治の終わりから大正昭和の始まりにかけて、無声映画をサイレントで観ていた人はいなかったのです。当然、映画監督は自分の作ったものが上映されるときに、生演奏があり、誰かの説明が入るとわかって撮っていたのですね。要するに、監督がサイレントで観てもらうことを前提に撮っていなかった。それを僕はサイレントで観ていたのですよ。「これはいけない」と。それも僕は映画監督なのに、なぜ日本映画史の重要なことを無視して来たのだと思って、大反省です。音がない状態で物語をつくり上げるというのは、映像を作る人間としての最高のテクニックだ、技術だと思っていたのです。それこそが映画の基本と言うか、映画の本質だろうと。

黒木)それが180度変わったわけですね。

周防)変わりました。

黒木)活動弁士という方々がいて、初めてサイレント映画は成り立つのだと。

撮影・下村一喜

周防正行(すお・まさゆき)/映画監督

■東京・目黒区出身。1956年生まれ。
■立教大学在学中に、高橋伴明監督の助監督を務めるようになり、以降、若松孝二監督や井筒和幸監督の作品に助監督として携わる。
■1984年に小津安二郎へのオマージュを含んだピンク映画で監督デビュー。
■1989年に『ファンシイダンス』で商業映画初メガホン。
■1992年の『シコふんじゃった。』で、日本アカデミー賞最優秀作品賞をはじめ、最優秀監督賞、最優秀脚本賞を受賞。
■1996年には大ヒット作『Shall We ダンス?』公開。日本アカデミー賞で作品賞・監督賞・脚本賞など13部門を総なめ。
■2006年には痴漢の冤罪裁判を描いた『それでもボクはやってない』、2011年にはバレエ作品を映画として収めた『ダンシング・チャップリン』、2012年には終末医療を題材にしたヒューマンドラマ『終の信託』、2014年には花街で成長する舞妓の姿を描いた『舞妓はレディ』を監督。
■最新作は、2019年12月13日公開の『カツベン!』。大正時代に全盛だった無声映画を個性豊かな語りで彩った「活動弁士」が主人公。活動弁士を志す青年・俊太郎を成田凌が演じ、ヒロインを黒島結菜が演じる。

ENEOSプレゼンツ あさナビ(12月9日放送分より)
FM93AM1242 ニッポン放送 月-金 6:43-6:49

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