日本の卓球がここまで強くなった理由

黒木瞳がパーソナリティを務める番組「あさナビ」(ニッポン放送)に、元プロ卓球選手でスポーツウェアデザイナーの四元奈生美が出演。日本のジュニア卓球の育成方法について語った。

女子シングルス2回戦、荻原直子(JR北海道)と対戦する個性的なユニホームを着た四元奈生美(東京アート)(東京体育館)=2010年1月14日 写真提供:時事通信

黒木)今週のゲストは元プロ卓球選手でスポーツウェアデザイナーの四元奈生美さんです。最近の日本の卓球は、世界でもトップクラスの実力になりましたけれど、日本が強くなった理由について、どう分析していらっしゃいますか?

四元)特に目立っているのが若い選手の活躍です。日本のジュニア育成のエリートアカデミーというものもありますし、とにかくジュニア育成がとても上手く行っています。小学生、中学生の有望な選手を、日本のナショナルチームのトレーニングセンターに集めて一緒に寝泊まりして、朝から練習します。

黒木)やはり、小さいときから訓練した方がいいということですか?

四元)そう思いますね。いまは小さいうちからやるのが当たり前になっていて、2歳半くらいからボールを出して、フォームはなっていなくてもいいから、とにかく当てさせる。少し大きくなって台から顔が出れば、どんどん打たせる。そしてサーブが出せるようになれば、もう試合に出します。4歳くらいから試合に出ていますね。

黒木)四元さんのお子様は小学校2年生ということですが、四元さんのところでは何歳から始められたのですか?

四元)家に卓球台があるので、もっと早くから始めさせたかったのですが、なかなかスイッチが入ってくれなかったのですよ。本人のやる気がないと駄目だよな、なんて思っていたら、小学校に入る2ヵ月前の2月にチームに連れて行ったとき、同じくらいの年齢の子どもたちがいたので、楽しいと言ってくれました。そこからはみんなについて行くために、毎日、小学校が終わった4時半~9時までは練習を繰り返しています。

黒木)ご自分の意思はあるのですか?

四元)本人が「強くなりたい」と言っています。親がいくらやらせよう、やらせようと思っても、本人のやる気がないと練習しても無駄になってしまいます。

黒木)卓球は小さいボールを強く打つので、優れた動体視力が必要ですよね。

四元)返って来るまでに0.2秒くらいなので、本当に速い速度です。目で見て、「あ、こっちかな」と考えている時間がないのですね。ラケットを引いたときに肩の動きを見て、クロスに来る、ストレートに来るということを瞬時に脳が判断して、あとは体が勝手に行っていますね。

黒木)怖くないのですか?

四元)いまやったら怖いかもしれないですね。

黒木)現役のプロの当時は?

四元)当時は怖いということはなくて、撃たれると瞬間的に手が出ている。ブロックしようと思って、手がもう先に出ている。ブロックで決まると楽しいです。

ニッポン放送「あさナビ」

四元奈生美(よつもと・なおみ)/元プロ卓球選手・ウェアデザイナー

■1978年。東京都立川市出身。
■4歳から卓球を始め、数多くの大会で優勝。
■2001年4月、大学卒業と同時にプロに転向。
■2004年には中国超級リーグに参戦。北京チームに所属。北京チームの超級クラスでは外国人初の所属選手となり、総合優勝に貢献。
■2007年の全日本選手権で「誕生」をイメージしたユニフォームで出場。
■卓球を華やかなイメージにし、メジャーな競技にしたいという思いから、自らのウェアデザインを始める。「革命」「喜怒哀楽」「希望」等、様々なテーマで衣装デザインを手掛け大会に出場、卓球界のジャンヌ・ダルクと呼ばれる。
■2008年に全日本選手権・混合ダブルスで準優勝。
■2009年~2011年までは、自身のスキルアップの為、東京モード学園へ。2010年には、中国・広州で行われた国際卓球連盟主催プロツアー大会にて、自身のファッションショーを開催。
■2011年に結婚・出産後、2013年1月の全日本選手権に出場。
■2014年、自身のブランド「Final Winner」を立ち上げ、卓球ウェアなどのデザイン・プロデュースを手掛けている。
■現在はコメンテーター&スポーツウェアデザイナー、ママプレーヤーとして活動。

ENEOSプレゼンツ あさナビ(11月13日放送分より)
FM93AM1242 ニッポン放送 月-金 6:43-6:49

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周防正行「サイレント映画について大変な勘違いをしていました」

黒木瞳がパーソナリティを務める番組「あさナビ」(ニッポン放送)に、映画監督の周防正行が出演。最新映画『カツベン!』の題材となったサイレント映画について語った。

ニッポン放送「あさナビ」

黒木)今週のゲストは映画監督の周防正行さんです。周防監督の5年ぶりとなる最新作映画『カツベン!』が全国公開中です。『カツベン!』は、映画の始まりの時代を駆け抜けたスーパースターである、活動弁士の話なのです。

周防)日本に初めて映画が入って来たときに、「Motion Picture」という言葉をそのまま訳して「活動写真」と呼んだのですね。そのときは、まだ映画に音がなかったのですよ。スクリーンの横に人が立って、写っているものの説明を始めたのです。最初は物語映画ではなかったから、何が写っているかとか、どうして動くとか、まさに“写真が動く”ということは始めてのことだったので、世界中で流行るわけです。当時、日本ではそのように説明する人が、最初の日の上映からいたのです。

黒木)つまりは紙芝居みたいに「こういう物語ですよ」と、ト書きも言えばセリフも言うという…。

周防)最初は単なる出来事が写っていました。駅に列車が到着するとか、工場から人が出て来るとか。それがやがて物語を持つようになって、弁士は物語をきちんと説明することを始めました。こういう文化が根付いたのは日本だけなのです。アメリカやヨーロッパでも説明する人が立った記録はありますが、職業としては説明していません。アメリカ、ヨーロッパは生演奏の音楽だけで魅せていたのです。

黒木)『カツベン!』はオリジナルの作品ですが、どうしてこれを映画にしようと思われたのですか?

周防)僕が浅はかにも、ずっと無視をして来たから。

黒木)え?

周防)大学生のときに、サイレント映画をたくさん観ていました。そのときはサイレント映画だから音がない状態で、活動弁士の説明も音楽もない、まさに無音の動く画を観るというのが、サイレント映画の見方だと思っていました。活動弁士がいることも、音楽があることも知っていたのですが、それを無視していたのです。サイレント映画なのだから、サイレントで観ないと監督の意図は伝わらないのだと、ずっと思って生きて来た。でもつい最近、僕の助監督をして下さっていた片島章三さんが「こんな本を書きました」と、この映画の元になる台本を読ませてくれたのですね。

黒木)いつも周防監督は、ご自分でシナリオをお書きになりますよね。

周防)自分のシナリオではないのは、今回が初めてです。

黒木)そのシナリオを読まれてどうだったのですか?

周防)「僕はなんて勘違いをしていたのだろう」と思いました。当時、明治の終わりから大正昭和の始まりにかけて、無声映画をサイレントで観ていた人はいなかったのです。当然、映画監督は自分の作ったものが上映されるときに、生演奏があり、誰かの説明が入るとわかって撮っていたのですね。要するに、監督がサイレントで観てもらうことを前提に撮っていなかった。それを僕はサイレントで観ていたのですよ。「これはいけない」と。それも僕は映画監督なのに、なぜ日本映画史の重要なことを無視して来たのだと思って、大反省です。音がない状態で物語をつくり上げるというのは、映像を作る人間としての最高のテクニックだ、技術だと思っていたのです。それこそが映画の基本と言うか、映画の本質だろうと。

黒木)それが180度変わったわけですね。

周防)変わりました。

黒木)活動弁士という方々がいて、初めてサイレント映画は成り立つのだと。

撮影・下村一喜

周防正行(すお・まさゆき)/映画監督

■東京・目黒区出身。1956年生まれ。
■立教大学在学中に、高橋伴明監督の助監督を務めるようになり、以降、若松孝二監督や井筒和幸監督の作品に助監督として携わる。
■1984年に小津安二郎へのオマージュを含んだピンク映画で監督デビュー。
■1989年に『ファンシイダンス』で商業映画初メガホン。
■1992年の『シコふんじゃった。』で、日本アカデミー賞最優秀作品賞をはじめ、最優秀監督賞、最優秀脚本賞を受賞。
■1996年には大ヒット作『Shall We ダンス?』公開。日本アカデミー賞で作品賞・監督賞・脚本賞など13部門を総なめ。
■2006年には痴漢の冤罪裁判を描いた『それでもボクはやってない』、2011年にはバレエ作品を映画として収めた『ダンシング・チャップリン』、2012年には終末医療を題材にしたヒューマンドラマ『終の信託』、2014年には花街で成長する舞妓の姿を描いた『舞妓はレディ』を監督。
■最新作は、2019年12月13日公開の『カツベン!』。大正時代に全盛だった無声映画を個性豊かな語りで彩った「活動弁士」が主人公。活動弁士を志す青年・俊太郎を成田凌が演じ、ヒロインを黒島結菜が演じる。

ENEOSプレゼンツ あさナビ(12月9日放送分より)
FM93AM1242 ニッポン放送 月-金 6:43-6:49

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