キャベツ800玉1tが盗まれたというニュースに大竹憤り!「毎回毎回。だめだよ盗んじゃ!」

2月12日(水)の大竹まことゴールデンラジオ(文化放送)は、東京新聞の「無残なキャベツ畑に…一夜で20万円分盗まれた農家の無念 「手慣れた人の仕業。2人がかりでも犯行4時間」」という記事を紹介し、大竹がコメントした。

記録的な高騰が続くキャベツが、愛知県田原市の畑で大量に盗まれた。被害を受けた農家の男性(50)によると、約800玉(出荷額20万円相当)が盗まれ、5日に県警田原署に被害届を出した。署は売却目的の窃盗事件とみて捜査している。

男性によると5日の朝、男性の母親が収穫しようとしていた畑のキャベツがなくなっていることに気が付いた。被害は800玉、およそ重さは1tで2人がかりで収穫しても4時間ほどかかる量だといい男性は複数人が夜間帯を狙ったとみる。田原市はキャベツの一大産地だが天候不順の影響で生育不良が目立つ。男性の畑にも大きさが不揃いのキャベツが並び、大きくなったものから収穫するため、畑がまだら模様になり盗まれたことが分かりにくいという。男性は「手馴れた人の仕業だと思う。不作で四苦八苦しながら大きく育てたのに腹が立つ」と憤った。

水谷アナ(パートナー)「わざとまだら模様にしてるの?」

砂山アナ(アシスタント)「生育不良なので、育ったやつから収穫しているみたいです」

大竹「育ちのいいのだけ持って行ったってことだね。一生懸命作って、農家の人はそれが農家から出荷する価格はいつも決まっていて、それが卸売りとか、いろいろな流通経路で高くなって街に出るんだけど、1番最初の値段は農家としては変わらないわけだよね。だからそこの儲けは、多かろうと少なかろうと農家はそんなに儲からないシステムがずっと続いているわけだよね。それなのにキャベツ盗まれたりぶどうを盗まれたり、あとメロンも盗まれてたね。毎回毎回。だめだよ盗んじゃ!」

いとう「もう基本的なこと」

水谷アナ「800玉ってすごい数ですよ」

大竹「かわいくないよな。なんかな」

砂山アナ「1tですからね」

いとう「相当な人数だったのかな」

大竹「キャベツないとなると食いたくなるな。これが不思議で」

いとう「好き。キャベツ本当に」

水谷アナ「私今もう千切りキャベツのパックしか買ってないですもん」

大竹「ああそう」

水谷アナ「その方が安い気がする。110円ぐらいで」

いとう「とんかつ屋さんも、もうキャベツ買わないでそれを買うってニュースでお話になってる方もいらっしゃいました。そっちの方が安いからって。もう袋の千切り買った方が」

水谷アナ「もうでもキャベツ食べ放題なんかやってないのかね。どうしてんだろうね」

いとう「なんか白菜にしようなんておっしゃってる方も1回いらしたけど、結局白菜も高くなっちゃったからそっちもできないみたい」

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イラン問題から探る、シーア派とスンニ派の違い

ニュースキャスターの長野智子がパーソナリティを務める「長野智子アップデート」(文化放送・月曜日15時~17時、火~金曜日15時~17時35分)、3月11日の放送に毎日新聞論説委員でノンフィクション作家の小倉孝保が出演した。イランの新最高指導者モジタバ・ハメネイ師がイスラム教シーア派の聖地・マシャドで生まれであることに関連し、イラン問題、シーア派とスンニ派の違いを語った。

鈴木敏夫(文化放送解説委員)「イランの最高指導者を選出する権限を持つ『専門家会議』は、殺害されたハメネイ氏の後継に、その次男であるモジタバ師を選出した、と発表しました。イラン革命防衛隊もモジタバ師への忠誠を表明しています。そのモジタバ師、シーア派の聖地であるマシャドという街で生まれた、という情報も伝わっています」

長野智子「シーア派について改めて教えてください」

小倉孝保「僕は2000年から2005年までカイロを拠点に、モロッコからイランまでカバーして。イランは大きな国で、およそ5年弱の間に10回ぐらいは取材し、長期滞在していました。エジプトはスンニ派の国なんです。イスラム教徒が多いけど、シーア派の人はほぼいないと思います。でもイランに出張すると8割がたシーア派の人たちです。スンニ派とシーア派の人たちって、同じイスラム教なのにこんなに違うのか、と感じさせられます」

鈴木「どういう点で?」

小倉「なぜシーア派とスンニ派がいるのか、ということから言うと、預言者ムハンマドがイスラムをつくって、亡くなったあとに後継者争いになる。ムハンマドの教義をよく理解した人間で、あとを継いでいこう、と考えたのがスンニ派。これがいまの世界の多数派です。シーア派はどういう人かというと、ムハンマドの家族、血を重視して、その血を継いでいく考え方を重視した人たち」

長野「はい」

小倉「ムハンマドの娘婿でいとこでもあるアリという人が中心となって、その人の子どもたちや子供のきょうだいなどで継いでいったものがシーア派なんです。一方でスンニ派が血は関係ない、ムハンマドの考えをいかに理解しているか、ということを重視して。自分たちが後継者だ、と。いまスンニ派、シーア派と呼ばれている人たちの跡目争いが対立を生んだ」

長野「はい」

小倉「そこで7世紀初めぐらいからだと思うけど、かなりの戦争状態になる。イランを見るとき『あれ、イラン人ってこういうマインドがあるんだ』と思わされた出来事がいくつかあって。カルバラ、というシーア派の聖地がイラクにある。カルバラで、ムハンマドの後継者とされていたアリの息子、フサインの軍がウマイヤ朝、いまのスンニ派につながる朝の軍とぶつかって虐殺されるんです」

長野「フサインさんがね」

小倉「フサインのぶつかった場所、遺体の埋められている場所がカルバラで。シーア派の人にとっては非常に思い入れのある、聖地になっているんです。簡単に虐殺というけど、フサインは(軍に)70人ぐらいしかいなかった。それで4000人の軍に挑んで、女性と子供以外は全員、殺されたといわれています。フサインは体をいったんダマスカスに送られて。殺された、というのを確認してカルバラに戻されて、埋葬されたといわれます」

長野「うん……」

小倉「カルバラの悲劇、カルバラの戦いといわれます。西暦680年のことですが、いまもいろいろなところでイラン人がこの話をするんです。するというのは、雑談ではなく、モスクに行ったときのモスクのイスラムの聖職者(法学者)たちが、この話をもう日本人でいえば『平家物語』ってこうだったのかな、というぐらい滔々と上手に物語にしていく。そこで聴いている人が、ものすごく真剣なわけです」

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