日本では少子化に歯止めが効かず人口は減り続けているが、かつては人口を抑制していた時期があったという。8月5日の「大竹まことゴールデンラジオ(文化放送)」では、独身研究科でコラムニストの荒川和久が人口抑制していた時期について語った。
荒川「国が少子化にしなさいって言っていた時期があったんですけど、意外に新聞記者の方々も知らないんですよ」
大竹「いつくらいですか?」
荒川「第二次ベビーブームが終わった後です。だから1970年代の前半ですね。第二次ベビーブームで出生数が増えた団塊ジュニアの頃です」
小島慶子「まさに私がその時代です」
大竹「私は第一次ベビーブームの頃です」
荒川「第一次が生まれて、その人たちが親になって第二次が生まれたのが1970年代前半なんですけど、1974年にあまりにも人口が増えすぎることが日本だけではなく先進国各国で問題になって“人口を抑制しましょう”という人口会議が世界中で開かれたんです。日本でも公式の人口会議が開かれ“子どもは2人までにしましょう宣言”をしたんです。言い換えると“2人っ子政策”っていうのを日本ではやっていたんです」
小島「えっ~、知らなかった。だからモデルとする家族の形は、お父さん、お母さん、子ども2人って言ってたんですか?」
荒川「それを標準世帯としていたんです」
小島「本来は『子どもは2人までにしておけよ』っていう意味だったんですか?」
荒川「そうなんです。それ以前は3人目、4人目、5人目、6人目を産むお母さんっていっぱいいたじゃないですか。でも日本人って素直なんですかねぇ~、1974年以降、結婚した女性が子どもを産む数が大体2人で、それが現在まで続いているんです」