杉田智和「楔です」『九龍ジェネリックロマンス』に込めた想い!

声優の安元洋貴と白石晴香がパーソナリティ!週替わりで登場するゲストとのトーク!
リスナーのみなさんからのリクエストを中心に集計したアニメ、ゲーム、声優、特撮に関するナンバーのオリジナルチャートを発表していく1時間のミュージックプログラム、
「A&Gメディアステーション FUN MORE TUNE」!
8月30日はゲストにTVアニメで「工藤発」役を演じた杉田智和さんをお迎えして、『九龍ジェネリックロマンス』特集をお送りしました。

あらためてどんな作品か杉田さん、白石さんに教えてもらいました。「みんな大好きラブロマンス作品。謎が多くて、毎週考察しながら…あとは見てください(杉田)」「まさにミステリーとラブロマンスが魅力になっている作品。自分といつの間にか向き合える作品。“絶対の自分”ってなんだろう、分からないと演じられないなって思って向き合っていくうちに、作品の沼にどんどん、どんどんはまっていて。きっと見てくださるみなさまもどこかで感じられるんじゃないかなって(白石)」

白石さん曰く「アニメ、漫画、劇場版、それぞれオリジナルの展開をして、3つとも違う終わり方をするんです。アニメと実写映画で描ける長さ自体も違うし。アニメは全13話ですけど、2時間にギュっとラブとミステリー、いろんな要素を組み込みながらまとめなきゃいけないって、私、最初可能なのかなって思ったんですけど、見事にまとまっていて凄い!同じ作品として重要な部分はもちろん抑えつつも、全く違う角度からお話がまとまっていくので、入り口として実写映画をご覧頂くのはとてもいいんじゃないかな(白石)」

工藤発を演じるにあたって原作や作品とどう向き合ったのか、杉田さんに伺いました。「工藤はヒロインの鯨井令子にとってのやさしい先輩。あともう難しいこと考えない。やりにくさはどっちかなと思って。最初の姿勢として、結末とか全部知ってた方がいいのか、自分も知らなくて毎週キャラと同じように驚いた方がいいのか、だから漫画読まなくなった。PVのナレーションの話がきた時、近い未来、もしも『九龍ジェネリックロマンス』がアニメ化した場合、自分は工藤役どうしてもやりたいから、今のうちに情報をシャットアウトしようって。だから実写の映画もまだ見てなくて、どんな終わり方するか知らない。横山光輝先生の『マーズ』みたいな終わり方だったらどうしようとか思ったり(杉田)」

杉田さんの役への向き合い方を白石さんはどう受け止めていたのでしょうか?「この作品、難しいところもいっぱいありながらも、工藤という人物にどんどん引っ張ってもらって、演じながら助けられました。杉田さんの役作りが凄く面白くて、きょうも工藤のような格好をしてきてくださって。アニメ第1話の収録の時もこの格好でいらして。もう工藤さんとして現場に来てるんだなって。アフレコが始まる前日に“明日からよろしくな”って連絡くださって、私はここから鯨井令子、杉田さんは工藤さんっていうスイッチが入りました。(白石)」

杉田さんの役作り、アプローチは恰好だけじゃないんです!「普段タバコ吸わないのに、役作りのためにちょっと吸ってみたんですよね。実家で父親が吸ってたんで、タバコは残ってたから。ちょっと試してみようと思ったら、盛大にむせた(杉田)」

さらに作品のなかで重要なワードになってくるのがスイカ。何とスイカジュースを杉田さんが役作りの一環として自作していました。「去年、細谷佳正っていう心の綺麗な子が“杉田さんってスイカのイメージある”って言ってくれて。めっちゃでかいスイカもらって、どうしようかなと思ったけど、九龍でジュースが出てきたから、うちのミキサーで作ってみた。美味しかった。スイカ自体が凄く美味しかった。(杉田)」

今回は映画で鯨井令子役を演じている吉岡里帆さんからもコメントを頂きました。「撮影を終えてからアニメを見て、杉田さんと水上恒司さんが演じる工藤の解釈が完全一致していて驚いた。漫画から飛び出してきたような工藤だった。白石さん演じるレコぽんもチャーミングで大人っぽくてとても素敵。私もアニメに少しだけサクセス役で出演できてうれしかったです」

実は映画にも登場している杉田智和さん。『九龍ジェネリックロマンス』は杉田さんにとってどんな作品になったのでしょうか?
「楔。楔は何かを叩き割るときに添えるものだったり、固定するのにも使う。そういう2つの意味を持ってて、どちらも大事だっていうのが自分の中に確かに息づいてる。だから楔です」

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止まった時計に、また命を。関西から茨城へ移り住んだ68歳が紡ぐ時間

6月10日は「時の記念日」です。誰もが年齢を重ねるほど、時が経つのが早く感じるものです。最近は終活を意識して、人生に残された時間を考えている方も少なくないでしょう。今回は終活を始めたつもりが、忙しい毎日を送ることになった、時計屋さんのお話です。

湯川貴弘さん

それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。

東京駅から常磐線の中距離電車で1時間あまりの茨城県牛久市。JR牛久駅前のショッピングセンターにオレンジ色の看板の時計修理専門店があります。お店の名前は、「町の時計屋さん 匠」。開店4年あまりですが、その高い技術に、修理が1年2か月待ちになるほどの人気です。

ご主人の湯川貴弘さんは、兵庫県のご出身で、1957年生まれの68歳。シベリア抑留から引き揚げてきたお父様が開いた時計の専修学校「湯川時計学院」で、高校に通いながら時計の技術を学び始め、23歳からは自らも教壇に立っていました。

物心ついた時から時計に囲まれて育ってきた湯川さんですが、ものづくりに憧れたのは、車のプラモデルと、アニメ「チキチキマシン猛レース」がきっかけ。作るだけでは飽き足らず、自分で作ったプラモデルの車同士を思い切り衝突させて、どこに力が加わると、どう壊れるのかを調べることに興味を持ちます。

プラモデルを作っては壊し、作っては壊すことで、車の複雑な構造を把握した湯川さん、ものづくりの基本を、プラモデルを通じて体で憶えていきました。自然と興味・関心も時計へと向いて、お父様と一緒にお店と学校を支え、やがてお父様から受け継いでいきました。

「直した時計を手にすると、お客さんが喜んでくれるんです。その喜ぶ顔を見たいという気持ちだけで、修理を続けてきました」

町の時計屋さん匠

そんな湯川さんでしたが、60歳を過ぎた頃、体調を崩してしまったことをきっかけにいわゆる「終活」を始めることを決意、自分のお店を閉めてしまいました。そして、自宅を売り、長年使い込んだ時計の修理道具も一切処分してしまった湯川さんの脳裏に、ふと、こんな考えがよぎります。

『一度きりの人生、せっかくなら、全国から条件に合う住まいを探してみようか?』

2020年、湯川さんはインターネットで北海道から沖縄まで物件を探し始めました。検索条件は「雪があまり降らない」「コンビニ・スーパーが近い」「鉄道駅が近い」の3つ。予算内でこの条件をクリアできる街は、いったいどこか???パソコンの画面に現れた街は……なんと!茨城県取手市でした。

『茨城県ってドコ?大阪の茨木市しか知らんけど、牛肉より豚肉を食べる機会が増えるくらいで、まあ、何とかなるんじゃないか?』

湯川さんは、還暦を過ぎて初めてふるさと・関西を離れ、遠く離れた関東での暮らしを始めましたが、気になったのは、やはり時計です。近所の時計屋さんに電池の交換をお願いしましたが、その作業内容に、どうも納得がいきませんでした。

『お客様のためになる、ちゃんとした時計屋さんが、街に1軒ぐらいはないといけない!』

奮い立った湯川さんは、改めて時計の電池交換が出来る小さなお店「町の時計屋さん 匠」を、取手駅の近くで開きます。最初は電池交換を行う程度でしたが、茨城でも湯川さんの腕の良さが評判を呼んで次第にお客さんが増え、いろいろな時計が持ち込まれるようになっていきました。

「ほかの時計屋さんはどこも直してくれないんです。ご主人ならきっと、出来ますよね?」

そう頼み込まれると職人の血が騒ぐ湯川さん、改めて修理用の道具一式を揃えます。縁あって、取手から郊外の牛久に移転すると、さらに持ち込まれる時計が増えました。実は牛久周辺、まだまだ農家が多くて、昔からの蔵が残っているお宅も多いんですね。その蔵のなかで眠っていた古時計が、お店に運ばれてきたというわけなんです。

大正生まれの時計を修理する湯川さん

日々、100年物の、レトロなぜんまい仕掛けの古い時計と格闘する湯川さんですが、電池で動くクォーツ時計の修理にも対応するなど、時代に合わせ、腕も磨いています。時計メーカーに部品が無くなってしまったら、自らの3Dプリンターで、部品を手作りして、修理してしまいます。

「時計は、結婚の記念で買い求めたり、形見として親から子供に受け継がれたりする、まさに人生の相棒のような存在なんです。そんな大切な時計の針が再び動き始めると、皆さん、涙を流して喜ばれます」

そして湯川さん、時計の鐘が鳴り響くお店で、笑ってこう話してくれました。

「終活を始めたつもりが、前より忙しくなって、今は『時計』に追われてます」

関東・茨城でもまた、様々な人の思いが詰まった時計に、新たな命を吹き込み続けます。

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