トランプ大統領再任、高市首相誕生。災害多発、コメ問題。今年の重大ニュースを振り返る

ニュースキャスターの長野智子がパーソナリティを務める「長野智子アップデート」(文化放送・月曜日15時~17時、火~金曜日15時~17時35分)、12月4日の放送に元・日刊スポーツ編集局長の久保勇人が出演した。自身のために毎年、1年間のニュースを確認しているという久保が、2025年の重大ニュースを振り返った。

久保勇人「いつもこの時期(12月)になったら、忘れてはいけないことを再確認しなければ、ということを個人的にやっているんです。きょうはリスナーの皆さんにもお付き合いいただこうかなと。確認すると今年はフジテレビ問題から幕を開けていた、ということに気づきます。前年末に発覚した中居正広さんの問題について、フジテレビの港(前)社長が会見して。撮影を制限したり出席者を限定したりして、大炎上した」

長野智子「うん」

久保「それを受けて企業が一斉にCMを撤退して、フジテレビの社長、会長が辞任することになり、2回目の会見を行った。異例の10時間会見です。重要な事件だったと思います。世界にとって1月は何より、トランプさんの2期目の大統領任期が始まった、ということですね。アメリカも世界もトランプさんに振り回された1年といえるでしょう」

長野「本当ですね」

久保「さらに1月は埼玉県八潮市で大規模な道路の陥没が起きて。下水道管の破損によるもので、転落したトラックの運転手は5月にならないと遺体が回収されなかったと。2月で忘れてはいけないと思うのが、岩手県大船渡市で起きた大規模な山林火災です。鎮火まで数十日もかかって。11月には大分県の佐賀関で大規模な火災が起きた。この間、香港でも。そういうことが度重なった年でもありましたね」

長野「大規模な山林火災は海外のイメージがあるけど、『これは日本の映像なの?』ということが今年は目立ちましたね」

久保「3月に入ると旧統一教会に対して東京地裁が、宗教法人法に基づく解散命令を出しました。いま安倍元首相の狙撃事件の裁判が佳境ですけど、旧統一教会の問題はクローズアップされ続けた。9月にはハン総裁が逮捕されました。4月には大阪・関西万博が開幕しまして。いろいろな問題を抱えながら半年間を終えた。大阪府や市は成功だったと主張しますが、予算上、コスト的にどうだったか、という問題は残っていると思います」

長野「はい」

久保「5月にはコメ問題ですね。江藤前農相が『コメは買ったことがない』と発言して国民の不満が爆発した。当時の石破首相が江藤さんを事実上、更迭した。後任に小泉氏を起用した。石破さんは7月にコメの増産をします、と政府の米産の方針を転換するような発言をした。ところが高市さん(が首相)になって、新しい農相の鈴木さんが、逆行するような発言をした。コメ問題は短期的な問題も大事ですけど、やはり主食なので、長期的にどうしていくのか、という観点を考えないといけない。問題提起した年なのではないでしょうか」

長野「猫の目農政といわれます。正反対に振れている」

久保「6月には(静岡県)伊東市長の学歴詐称疑惑が浮上。秋になったら(群馬県)前橋市長にもいろいろな疑惑が出て。自治体の首長にスキャンダルが多かったかなと。6月3日には長嶋茂雄さんが89歳でお亡くなりになって。同3日には韓国でユン大統領の逮捕に伴う大統領選があって、政権交代が起きたと。7月にはなんといっても参院選です。与党が負け、47議席です。野党の国民民主党、参政党が躍進したと。(ほか8月以降のニュースも取り上げて)ざっと振り返りました。長野さん、どういう1年だったと思いますか?」

長野「かねてから意思決定層にもっと女性が増えたらいいな、と思って活動してきました。日本で初めての女性総理大臣の誕生というのは大きな出来事でしたね。私と考え方がかなり違う方なので、その辺は複雑ですけど。景色が変わるってすごく大切で。女性の総理大臣がいるという景色をいまも子供たちも見る。そういったことで今後の流れが、ね。多彩な顔触れが総理大臣に、というきっかけにはなってくるので大きかったと思います」

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止まった時計に、また命を。関西から茨城へ移り住んだ68歳が紡ぐ時間

6月10日は「時の記念日」です。誰もが年齢を重ねるほど、時が経つのが早く感じるものです。最近は終活を意識して、人生に残された時間を考えている方も少なくないでしょう。今回は終活を始めたつもりが、忙しい毎日を送ることになった、時計屋さんのお話です。

湯川貴弘さん

それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。

東京駅から常磐線の中距離電車で1時間あまりの茨城県牛久市。JR牛久駅前のショッピングセンターにオレンジ色の看板の時計修理専門店があります。お店の名前は、「町の時計屋さん 匠」。開店4年あまりですが、その高い技術に、修理が1年2か月待ちになるほどの人気です。

ご主人の湯川貴弘さんは、兵庫県のご出身で、1957年生まれの68歳。シベリア抑留から引き揚げてきたお父様が開いた時計の専修学校「湯川時計学院」で、高校に通いながら時計の技術を学び始め、23歳からは自らも教壇に立っていました。

物心ついた時から時計に囲まれて育ってきた湯川さんですが、ものづくりに憧れたのは、車のプラモデルと、アニメ「チキチキマシン猛レース」がきっかけ。作るだけでは飽き足らず、自分で作ったプラモデルの車同士を思い切り衝突させて、どこに力が加わると、どう壊れるのかを調べることに興味を持ちます。

プラモデルを作っては壊し、作っては壊すことで、車の複雑な構造を把握した湯川さん、ものづくりの基本を、プラモデルを通じて体で憶えていきました。自然と興味・関心も時計へと向いて、お父様と一緒にお店と学校を支え、やがてお父様から受け継いでいきました。

「直した時計を手にすると、お客さんが喜んでくれるんです。その喜ぶ顔を見たいという気持ちだけで、修理を続けてきました」

町の時計屋さん匠

そんな湯川さんでしたが、60歳を過ぎた頃、体調を崩してしまったことをきっかけにいわゆる「終活」を始めることを決意、自分のお店を閉めてしまいました。そして、自宅を売り、長年使い込んだ時計の修理道具も一切処分してしまった湯川さんの脳裏に、ふと、こんな考えがよぎります。

『一度きりの人生、せっかくなら、全国から条件に合う住まいを探してみようか?』

2020年、湯川さんはインターネットで北海道から沖縄まで物件を探し始めました。検索条件は「雪があまり降らない」「コンビニ・スーパーが近い」「鉄道駅が近い」の3つ。予算内でこの条件をクリアできる街は、いったいどこか???パソコンの画面に現れた街は……なんと!茨城県取手市でした。

『茨城県ってドコ?大阪の茨木市しか知らんけど、牛肉より豚肉を食べる機会が増えるくらいで、まあ、何とかなるんじゃないか?』

湯川さんは、還暦を過ぎて初めてふるさと・関西を離れ、遠く離れた関東での暮らしを始めましたが、気になったのは、やはり時計です。近所の時計屋さんに電池の交換をお願いしましたが、その作業内容に、どうも納得がいきませんでした。

『お客様のためになる、ちゃんとした時計屋さんが、街に1軒ぐらいはないといけない!』

奮い立った湯川さんは、改めて時計の電池交換が出来る小さなお店「町の時計屋さん 匠」を、取手駅の近くで開きます。最初は電池交換を行う程度でしたが、茨城でも湯川さんの腕の良さが評判を呼んで次第にお客さんが増え、いろいろな時計が持ち込まれるようになっていきました。

「ほかの時計屋さんはどこも直してくれないんです。ご主人ならきっと、出来ますよね?」

そう頼み込まれると職人の血が騒ぐ湯川さん、改めて修理用の道具一式を揃えます。縁あって、取手から郊外の牛久に移転すると、さらに持ち込まれる時計が増えました。実は牛久周辺、まだまだ農家が多くて、昔からの蔵が残っているお宅も多いんですね。その蔵のなかで眠っていた古時計が、お店に運ばれてきたというわけなんです。

大正生まれの時計を修理する湯川さん

日々、100年物の、レトロなぜんまい仕掛けの古い時計と格闘する湯川さんですが、電池で動くクォーツ時計の修理にも対応するなど、時代に合わせ、腕も磨いています。時計メーカーに部品が無くなってしまったら、自らの3Dプリンターで、部品を手作りして、修理してしまいます。

「時計は、結婚の記念で買い求めたり、形見として親から子供に受け継がれたりする、まさに人生の相棒のような存在なんです。そんな大切な時計の針が再び動き始めると、皆さん、涙を流して喜ばれます」

そして湯川さん、時計の鐘が鳴り響くお店で、笑ってこう話してくれました。

「終活を始めたつもりが、前より忙しくなって、今は『時計』に追われてます」

関東・茨城でもまた、様々な人の思いが詰まった時計に、新たな命を吹き込み続けます。

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