小手伸也、40代でブレイクした当時を語る。同世代の堺雅人とは「お噂はかねがね」

大竹まことがパーソナリティを務める「大竹まことゴールデンラジオ」(文化放送・月曜日~金曜日11時30分~15時)、11月4日の放送に俳優の小手伸也が出演した。学生劇団に入っていたころから、大河ドラマ『真田丸』出演をきっかけにブレイクして以降の自身を語った。

大竹まこと「シンデレラおじさん(小手伸也の愛称)。40歳を過ぎてから売れてきた」

小手伸也「もともと小劇場出身で、学生劇団あがりだったので。あまりテレビの仕事がなかったんです。でも42ぐらいのとき初めての準レギュラーのようなかたちで、大河ドラマの『真田丸』に抜擢してもらいまして。そこから少しずつテレビの仕事が増えてきました」

大竹「劇団で、自分で旗を振っていた。失礼なこと言うと、ツッパっているね?」

小手「そういう時期も正直、ありました(笑)。僕より少し上の世代の皆さんはプライドが高いと申しますか。テレビの人間、舞台の人間、映画の人間、という三すくみ構造みたいになって。舞台の人間がテレビに出ると『おまえ、そっちに行くんだ』といったことをおっしゃる先輩が多かった。苦手意識もあったんです。お客様の前でお芝居することが身にしみついていたので、カメラに向かってのお芝居ってどこに向かえばいいかわからなくなって」

大竹「テレビに行ったときは驚いたでしょう。俺も行ったとき、雑兵が主人公に向かって矢を射るみたいな仕事だった。パッと撃ちたいじゃん。でも違う。グッと引いたら主人公の顔がアップ、3秒。それから撃つんだ、と」

小手「ありますね。2拍待ってくれ、みたいな。生の舞台だとその場のやりとりでできるので、余計な間(ま)みたいなものはつくらないようにするんですけど」

大竹「逆に舞台は、稽古に稽古を重ねてガンガンいくじゃん。テレビはカメリハ、なんとかリハ、本番など。あれには、あせった?」

小手「あせりました。舞台の稽古だと1ヶ月ぐらいかけて『相手のお芝居、こういう感じなんだ』と覚えてから考えられますけど、テレビは『当日、出会った人と急に夫婦』とかですから。だから準備しないようにしました。プランをつくっても、思いどおりになることのほうが少ないので。エチュードやアドリブに近い心意気のほうがお芝居できる、と思って」

大竹「早稲田だっけ。早稲田はいろいろな劇団がある」

小手「所属していたのは早稲田大学演劇倶楽部というサークルでして。直系の先輩に劇団カムカムミニキーナの八嶋智人さんらがいて。同世代だったのが、早稲田大学演劇研究会というところに所属されていた堺雅人さんで。同い年なんですけど、僕、二浪したせいで、僕が1年のときに堺さんは3年生で。いまでも敬語で話しかけてしまう、みたいな」

大竹「向こうは『半沢直樹』などであっという間に(売れた)」

小手「当時から『小劇場界のプリンス』と呼ばれて有名でしたね。モテていました。学生当時にお互い、共演する経験はなくて。2016年の『真田丸』で久しぶりに再会するんですけど、お互い『お噂はかねがね』みたいな関係性で。堺さんは主人公としてセンターを張るような人間で。僕はどちらかというとバイプレイヤーというか、脇でにぎやかす役者だったので、立場が違うな、と。『水をあけられた』みたいなことはあまり思いませんでした」

大竹「こっちから見ると、小手伸也さんも真ん中にいる顔、『真ん中顔』だよ」

小手「どういう意味ですか(笑)? 顔のパーツが真ん中に集中している、とは言われます」

大竹「そういう意味じゃないよ」

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