「THE W」優勝の阿佐ヶ谷姉妹、文化放送『大竹まこと ゴールデンラジオ!』に生出演

10 日に行われた「女芸人No.1決定戦 THE W」で優勝したお笑いコンビ、阿佐ヶ谷姉妹が、文化放送の『大竹まこと ゴールデンラジオ!』(月-金 午後1時00分~3時30分)の本日の生放送に緊急出演しました。

阿佐ヶ谷姉妹が訪れたのは同じ事務所の大先輩、シティボーイズの大竹まことがパーソナリティを務めるラジオ番組『大竹まこと ゴールデンラジオ!』。

「THE W」で優勝したことで多忙な数日を過ごす阿佐ヶ谷姉妹ですが、大竹まことと、この日レギュラー出演のためスタジオに来ていた同じくシティボーイズのきたろうに「どうしても挨拶を」と文化放送を訪れたところ、急きょ番組に生出演することになりました。

阿佐ヶ谷姉妹がスタジオに入るなり、きたろうは

「まさか優勝するなんて思ってもいなかったな~」
と第一声。大竹まことも
「誰も思っていなかった」
と続けました。

きたろうは「THE W」の本番3日前に二人に頼まれネタを見たといい、
「緊張するからな、緊張しないやつはいないんだから、その緊張は自分で騙さなきゃだめなんだから、集中しているんだと思えと、自分で思い込むんだよ」
とアドバイスをしたとのこと。

江里子が
「私たちのネタに柿を取り出すところがあったんですが、『取り出した時に柿を"キカ"って言ったらどうか?』って言われて、ちょっとその案は却下させていただきました(笑)」
と振り返ると、大竹まことは

「ただしい!お姉ちゃんえらい!それ聞いてたら落ちてたよ!」
と爆笑しました。

その大竹まことからも本番当日にアドバイスをもらった二人。
「『9組ともプロなんだし、お前たちはおばあちゃんがただ参戦するだけだから、優勝するとか考えなくていい。ただスベった時とか間違えた時に、楽しんでやってるぞとか、落ち着いてやってるぞというフォローの言葉を用意しておいたらどうだ』って。そしたら案の定、美穂さんがネタ中に噛みまして。その時に『噛んでんじゃないわよ!』って言えたのは大竹さんからアドバイスをいただいたからだなって思って」(江里子)
と感謝しました。

同じく番組レギュラーの壇蜜が
「お祝いパーティーとかしたんですか」
と聞くと、
「まだです。昨日夜まで収録や生番組で。ようやく夜10時くらいに帰って。そしたら家の前にシクラメンの鉢が置いてあって。なんだろうとおもったら阿佐ヶ谷の神社の宮司さんが感動してくださったということでいただいて。それをゆっくり家に入れてから、よく行く中華屋さんに行って、二人でニラ玉で食べて。美味しかったです~」(江里子)
と優勝の幸せをかみしめた話を披露しました。

二人は優勝後、シティボーイズの斉木しげるとも電話で話をしたとのこと。
「『俺は優勝するとおもってた』って言われました」
とその時の様子を語りました。

最後に大竹まことから笑顔で
「はっきり言わせてもらうけど、最初の通過点を通っただけだからね!それも47になって」
と愛の溢れる激励が飛ぶと、阿佐ヶ谷姉妹の二人は
「お陰様で。まだまだですが、本当に頑張ります」
と力を込めていました。

今すぐオンエアを聴く!

大竹まこと ゴールデンラジオ!
放送局:文化放送
放送日時:毎週月曜~金曜 13時00分~15時30分
番組ホームページ
公式X

【メールアドレス】
golden@joqr.net

【FAX】
03-5403-1151

※該当回の聴取期間は終了しました。

イラン問題から探る、シーア派とスンニ派の違い

ニュースキャスターの長野智子がパーソナリティを務める「長野智子アップデート」(文化放送・月曜日15時~17時、火~金曜日15時~17時35分)、3月11日の放送に毎日新聞論説委員でノンフィクション作家の小倉孝保が出演した。イランの新最高指導者モジタバ・ハメネイ師がイスラム教シーア派の聖地・マシャドで生まれであることに関連し、イラン問題、シーア派とスンニ派の違いを語った。

鈴木敏夫(文化放送解説委員)「イランの最高指導者を選出する権限を持つ『専門家会議』は、殺害されたハメネイ氏の後継に、その次男であるモジタバ師を選出した、と発表しました。イラン革命防衛隊もモジタバ師への忠誠を表明しています。そのモジタバ師、シーア派の聖地であるマシャドという街で生まれた、という情報も伝わっています」

長野智子「シーア派について改めて教えてください」

小倉孝保「僕は2000年から2005年までカイロを拠点に、モロッコからイランまでカバーして。イランは大きな国で、およそ5年弱の間に10回ぐらいは取材し、長期滞在していました。エジプトはスンニ派の国なんです。イスラム教徒が多いけど、シーア派の人はほぼいないと思います。でもイランに出張すると8割がたシーア派の人たちです。スンニ派とシーア派の人たちって、同じイスラム教なのにこんなに違うのか、と感じさせられます」

鈴木「どういう点で?」

小倉「なぜシーア派とスンニ派がいるのか、ということから言うと、預言者ムハンマドがイスラムをつくって、亡くなったあとに後継者争いになる。ムハンマドの教義をよく理解した人間で、あとを継いでいこう、と考えたのがスンニ派。これがいまの世界の多数派です。シーア派はどういう人かというと、ムハンマドの家族、血を重視して、その血を継いでいく考え方を重視した人たち」

長野「はい」

小倉「ムハンマドの娘婿でいとこでもあるアリという人が中心となって、その人の子どもたちや子供のきょうだいなどで継いでいったものがシーア派なんです。一方でスンニ派が血は関係ない、ムハンマドの考えをいかに理解しているか、ということを重視して。自分たちが後継者だ、と。いまスンニ派、シーア派と呼ばれている人たちの跡目争いが対立を生んだ」

長野「はい」

小倉「そこで7世紀初めぐらいからだと思うけど、かなりの戦争状態になる。イランを見るとき『あれ、イラン人ってこういうマインドがあるんだ』と思わされた出来事がいくつかあって。カルバラ、というシーア派の聖地がイラクにある。カルバラで、ムハンマドの後継者とされていたアリの息子、フサインの軍がウマイヤ朝、いまのスンニ派につながる朝の軍とぶつかって虐殺されるんです」

長野「フサインさんがね」

小倉「フサインのぶつかった場所、遺体の埋められている場所がカルバラで。シーア派の人にとっては非常に思い入れのある、聖地になっているんです。簡単に虐殺というけど、フサインは(軍に)70人ぐらいしかいなかった。それで4000人の軍に挑んで、女性と子供以外は全員、殺されたといわれています。フサインは体をいったんダマスカスに送られて。殺された、というのを確認してカルバラに戻されて、埋葬されたといわれます」

長野「うん……」

小倉「カルバラの悲劇、カルバラの戦いといわれます。西暦680年のことですが、いまもいろいろなところでイラン人がこの話をするんです。するというのは、雑談ではなく、モスクに行ったときのモスクのイスラムの聖職者(法学者)たちが、この話をもう日本人でいえば『平家物語』ってこうだったのかな、というぐらい滔々と上手に物語にしていく。そこで聴いている人が、ものすごく真剣なわけです」

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