土岐麻子 歌手デビュー前に憧れた職業はコント作家!?

「おとなりさん」(文化放送)のゲストコーナー「10時のおとなりさん」の1月25日のゲストに、シンガーの土岐麻子さんが登場! 大学生の頃に就職しようとしていた仕事について語った。

土岐麻子さんは、1997年にバンドCymbalsのリードシンガーとしてデビュー。2004年にバンド解散後ソロデビュー。来年2024年にソロ活動20周年を迎える。

鈴木おさむ「大学時代に組んでいたバンドでデビューしたそうですが、就職しようと思わなかったんですか?」

土岐麻子「実は内定をもらっていたんですけど、就職する前にバンドのメジャーデビューが決まって。悩みましたけど、バンドを選びました」

鈴木「内定をもらったのは、どんな会社だったんですか?」

土岐「テレビ番組の制作会社でした」

鈴木「えぇ!? なんでテレビ番組の制作会社を受けたんですか?」

土岐「放送作家になりたかったんです(笑)」

鈴木「マジですか! 良かったですね、こんな仕事にならなくて(笑) お母さん、未だに俺の仕事がなんだか分かってないんだから」

土岐「大学生の頃、全然面識のない放送作家の方のホームページから、“どうしたら放送作家になれますか?”って訊いてみたんですよ。そしたら“制作会社に入って番組の作り方を知ってみるのが良いんじゃないですか”とアドバイスをくださって」

鈴木「へ~、その人は珍しくちゃんとしてますね。(笑) そもそも、なんで放送作家になりたかったんですか?」

土岐「小さい頃、『オレたちひょうきん族』とかをよく観ていて、お笑いを観るのが当たり前だったんですよ。なかでも大掛かりなセットでやるようなコントが好きで。ちょうど私が大学生の頃、コント番組が無くなって寂しかったので、“じゃあコント番組を作るスタッフになりたい!”と思っていました」

鈴木「へ~、おもしろい! でも音楽もやってたんでしょ?」

土岐「大学で音楽サークルに入ってました。父がジャズミュージシャンで、素晴らしいミュージシャンを見て育ってきたので、“自分には無理だな”と早めに思っていたんですよ」

鈴木「子どもの頃は音楽をやってなかったんですか?」

土岐「やってなかったんですよ。中学生の頃に『イカ天』とかバンドブームがあって、それでバンドを組んでギターをやっていたんですけど、何年やっても上手くならなくて。“これは、プロは無理だな”と。別の道を考えて、“コント番組が作りたい!”と思ってました(笑)」

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みちょぱ、広瀬すずへのご法度な展開に「やっちゃった~!と思いながらも、心の中で……」

1月29日(日)、みちょぱこと池田美優がパーソナリティを務めるラジオ番組「#みちょパラ」(ニッポン放送・毎週日曜22時30分~23時)が放送。自身が出演した『櫻井・有吉THE夜会』(TBSテレビ系)での一幕について語った。

「やっちゃった~!」と『櫻井・有吉THE夜会』出演時のエピソードを語るみちょぱ

「ゲストに同い年の広瀬すずちゃんが来て。キックボクシングを習っているという話から、『強くなりたい』『同い年の那須川天心さんに教えてもらいたい』みたいな流れになって。

よくゲームセンターにある“パンチングマシン“をスタジオに用意して。「まず、(パンチ力が)どれぐらいか一度やってみよう」という話になったんですよね。

平均のスコアが、女性で20、男性で40って言ってたかな? さっそく広瀬すずちゃんがやってみたら、29とかで『平均より全然上じゃん!』って盛り上がって。

確かに、姿勢もすごくきれいで『さすが習っているだけのことはあるね~』みたいな感じで……」

広瀬のスコアを見て、誰もが称賛するような空気に。そんな中、ほかの出演者に促される形でみちょぱも挑戦してみると……。

「あたし、今まで(パンチングマシンを)やったことなくて。『パンチって、どうやって前に出したらいいのかな?』みたいなレベル。

だから、思うままにやってみたら、え~っと、31ですか……?(笑)

もう最悪だよね。メインゲストのスコアを上回るっていう……。ボクシング習ったことないのよ?1回も(笑)『最悪~!』『やっちゃった~!』って思いつつも『え、あたしってこんなに強かったっけ?』みたいな。

そのときに、天心君とかにも『(みちょぱは)ストリート育ちな雰囲気が出ていますね』みたいに言われて。有吉さんも『昔を思い出せ!』って言ってきたけど、何もないから(笑)」

自分でも予想外の数字が出て、ゲストの記録を超えてしまう展開に慌てたみちょぱ。思いがけず自分のパンチ力を知らしめるような結果になり、「まさかでしたね~」と驚いたことを明かしていた。

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