アナウンサーVSタレント「しゃべりのプロ」同士の本気の口喧嘩勃発!?
日曜深夜にチャレンジ企画を放送しているRKBラジオ『日曜 mo R。~明るいラ族計画~』。5月19日は『#キューパレ 服部さやかのシュンすぎ』パーソナリティで、テレビのバラエティ番組でも活躍しているタレント・服部さやかが、局アナに口喧嘩をふっかける!?「服部さやかの口喧嘩討論」をお送りします。
「放送局社員」という守られた立場が気に入らない?
『シュンすぎ』で、全国各地の局アナのSNS投稿を“摘発”するなど、日ごろからアナウンサーたちの言動に対してモノ申したいタレント・服部さやか。深夜枠の番組で、積もり積もった鬱憤を晴らそうと自ら「局アナと口喧嘩したい」と企画した。
第1ラウンドは服部の「意外な真面目さ」が表面化
売られた喧嘩に挑むのは、RKBアナウンサー・井口謙。TBSテレビ『THE TIME,』にも出演するなど、服部と同じく「生中継のリポーター」として活躍中だ。口喧嘩の第1ラウンドは、その中継リポートへの向き合い方がテーマ。
服部が「タレントは(生中継の)1回1回が勝負。爪痕を残さないと、と思って臨んでいる。放送局の社員であるアナウンサーって、上司に怒られないようにとか、きょうこの一日を無事に乗り切ろうとか思ってないか?」と先制パンチ。
これに対し井口は「アナウンサーはタレントのように人物で勝負する勇気はない。自分のことよりも、中継コーナーで紹介するネタ(商品やイベント)を引き立てる、商品を良く見せるにはどうするかを考えている」と反撃。
しかし服部も負けない。「宣伝っぽくならないように、その香りを消す。だから自分たちの頭でしっかり考えて、笑いを誘っている。商品をしっかり見てもらうためにはまず視聴者にチャンネルを変えないようにしてもらわないと」と応戦。このやり取りにはスタッフ一同「服部って意外に仕事に対して真面目に向き合っているんだ」と驚き、思わず感心させらる一幕も。
飲み会はオーディションの場だ!
口喧嘩の最終ラウンドは視聴者の目に触れない、番組スタッフたちとの「飲み会」の席の話に。服部が「タレントにとって飲み会は仕事を取りに行くためのオーディションの場だと思っている。だから、(プロデューサーたちに)楽しんでもらえるために盛り上げ役に徹している。それに引き換えアナウンサーは偉い人たちの横に座って、涼しい顔して! おまけに二次会に行かずに先輩よりも先に帰ったりする」とまたもや先制攻撃を仕掛ける。
もちろん井口も黙っていない。「早く帰って何が悪い! こっちは飲み会の翌日にプロ野球の実況で3~4時間しゃべるんだよ。テレビやラジオに出るということは同じでも、タレントとは仕事内容も違う」と反論。さらに、その後に畳みかけた井口の一言が、服部の急所を直撃!
果たしてこのバトル、喧嘩をふっかけた服部が勝つのか? それとも…。そして、敗者が挑むリベンジマッチは開かれるのか? テレビでは決して見られない、アナウンサーとタレントのホンネと本気がぶつかり合うガチンコバトルは、ぜひradikoでチェック!
※該当回の聴取期間は終了しました。
イラン問題から探る、シーア派とスンニ派の違い
ニュースキャスターの長野智子がパーソナリティを務める「長野智子アップデート」(文化放送・月曜日15時~17時、火~金曜日15時~17時35分)、3月11日の放送に毎日新聞論説委員でノンフィクション作家の小倉孝保が出演した。イランの新最高指導者モジタバ・ハメネイ師がイスラム教シーア派の聖地・マシャドで生まれであることに関連し、イラン問題、シーア派とスンニ派の違いを語った。
鈴木敏夫(文化放送解説委員)「イランの最高指導者を選出する権限を持つ『専門家会議』は、殺害されたハメネイ氏の後継に、その次男であるモジタバ師を選出した、と発表しました。イラン革命防衛隊もモジタバ師への忠誠を表明しています。そのモジタバ師、シーア派の聖地であるマシャドという街で生まれた、という情報も伝わっています」
長野智子「シーア派について改めて教えてください」
小倉孝保「僕は2000年から2005年までカイロを拠点に、モロッコからイランまでカバーして。イランは大きな国で、およそ5年弱の間に10回ぐらいは取材し、長期滞在していました。エジプトはスンニ派の国なんです。イスラム教徒が多いけど、シーア派の人はほぼいないと思います。でもイランに出張すると8割がたシーア派の人たちです。スンニ派とシーア派の人たちって、同じイスラム教なのにこんなに違うのか、と感じさせられます」
鈴木「どういう点で?」
小倉「なぜシーア派とスンニ派がいるのか、ということから言うと、預言者ムハンマドがイスラムをつくって、亡くなったあとに後継者争いになる。ムハンマドの教義をよく理解した人間で、あとを継いでいこう、と考えたのがスンニ派。これがいまの世界の多数派です。シーア派はどういう人かというと、ムハンマドの家族、血を重視して、その血を継いでいく考え方を重視した人たち」
長野「はい」
小倉「ムハンマドの娘婿でいとこでもあるアリという人が中心となって、その人の子どもたちや子供のきょうだいなどで継いでいったものがシーア派なんです。一方でスンニ派が血は関係ない、ムハンマドの考えをいかに理解しているか、ということを重視して。自分たちが後継者だ、と。いまスンニ派、シーア派と呼ばれている人たちの跡目争いが対立を生んだ」
長野「はい」
小倉「そこで7世紀初めぐらいからだと思うけど、かなりの戦争状態になる。イランを見るとき『あれ、イラン人ってこういうマインドがあるんだ』と思わされた出来事がいくつかあって。カルバラ、というシーア派の聖地がイラクにある。カルバラで、ムハンマドの後継者とされていたアリの息子、フサインの軍がウマイヤ朝、いまのスンニ派につながる朝の軍とぶつかって虐殺されるんです」
長野「フサインさんがね」
小倉「フサインのぶつかった場所、遺体の埋められている場所がカルバラで。シーア派の人にとっては非常に思い入れのある、聖地になっているんです。簡単に虐殺というけど、フサインは(軍に)70人ぐらいしかいなかった。それで4000人の軍に挑んで、女性と子供以外は全員、殺されたといわれています。フサインは体をいったんダマスカスに送られて。殺された、というのを確認してカルバラに戻されて、埋葬されたといわれます」
長野「うん……」
小倉「カルバラの悲劇、カルバラの戦いといわれます。西暦680年のことですが、いまもいろいろなところでイラン人がこの話をするんです。するというのは、雑談ではなく、モスクに行ったときのモスクのイスラムの聖職者(法学者)たちが、この話をもう日本人でいえば『平家物語』ってこうだったのかな、というぐらい滔々と上手に物語にしていく。そこで聴いている人が、ものすごく真剣なわけです」