北九州で撮影も!映画「大いなる不在」の見どころ
7/12(金)より劇場公開となる日本映画『大いなる不在』。認知症を発症した父と、俳優として活動する息子とのあいだで繰り広げられるサスペンス・ヒューマンドラマであり、劇中の多くのシーンが北九州で撮影されたこの映画。これが昨年から国際映画祭で注目を集めており、この度劇場公開を迎えた。RKBラジオ「田畑竜介GrooooowUp」に出演したクリエイティブプロデューサーの三好剛平さんが、その見どころを紹介した。
映画『大いなる不在』について
まずは映画のあらすじから。
幼い頃に自分と母を捨てた父が、事件を起こして警察に捕まった——。その知らせを受け、数十年ぶりに父・陽二の住む九州へ向かった主人公の卓(たかし)は、認知症で別人のように変わり果てた父と再会する。さらに、卓にとっては義理の母にあたる父の再婚相手・直美もその行方をくらましていた。一体、彼らに何があったのか?卓は、父の家に残されていた大量の手紙やメモ、そして父を知る人たちから聞く話を通して、次第に父の人生をたどっていくことになるが——。
主人公となる息子・卓を森山未來さん、そして父・陽二を藤竜也さん、さらに真木よう子さんや原日出子さんなどいずれも実力派俳優たちが出演するこの映画が、冒頭にご紹介した通りいま世界各国の国際映画祭で確かな実績を残し、注目を集めています。
まずこの映画が世界にお披露目されたのが昨年秋のトロント国際映画祭。映画作品の“監督”にフォーカスを当てる「プラットフォーム部門」というプログラムで初上映されましたが、この部門に日本人監督が選出されたのは2016年の黒沢清監督以来の快挙。その後世界の映画祭サーキットの中でも重視されるスペインのサン・セバスチャン国際映画祭ではオフィシャルコンペ部門にセレクトされ、なんと藤竜也さんが日本人初となる最優秀俳優賞を受賞したほか、作品自体ももうひとつ別部門の賞も獲得しました。さらに今年4月に開催されたサンフランシスコ国際映画祭ではなんと最高賞を受賞。こうした実績も後押しとなり、なんと7/19からはアメリカの一般劇場での公開も決定しているとのことで、これは是枝・濱口監督などの作品や人気アニメ映画を除けば異例の快挙。そんな監督はこれが長編2作目となる近浦啓さん。いま注目しておけば、数年後にきっと自慢できる才能です。
さてそんな本作ですが、この番組をお聞きの皆さんにとってまず一つ目の見どころとなるのは、映画の大半が北九州で撮影されている点です。実はこの映画は近浦監督ご自身が映画の題材と同じように、認知症を発症されたお父様のために、ご自身も幼少期を過ごされた北九州へ通われた実体験が元になって生まれた作品でもあります。
しかし先日監督にインタビューする機会があったので北九州を撮影地に選ばれた理由をお聞きしたところ、その理由は必ずしもそうした監督ご自身の思い出やノスタルジーによるものではなく、何よりまず劇中の物語に必要な「地形」が北九州なら撮れるという確信、そして今や日本屈指の評判を集める北九州フィルムコミッションのサポートという2点が決め手になった、とのことでした。
映画の舞台になる住宅街の緊密さ、息苦しさ、出口のなさと、その奥に抜けて見える山並みや工場の風景。それらはそのまま物語の主人公たちが押し込められていく重層的な物語構造を暗に示しているようでもあり、また高低差が豊富な北九州の地形は、映画本来のスペクタクルである「画面内の運動」をさりげなく観客の視線へ誘い込みます。結果、見慣れた北九州の風景が「なんとなくいつもと違う」風景として新たに立ち起こっているだけでなく、とにかくそのひとつひとつが端正で暗示的なショットとして画面に収められており、僕はまずこの撮影に圧倒されました。撮影監督には是枝映画などでもお馴染みの大ベテラン山﨑裕さんを起用し、今回若き近浦監督側からもしっかり要望を出しながら、一緒に見事な画面をつくりあげていったといいます。
目の前にいる相手の「不在」は埋められるのか
物語についても少しだけ。映画は認知症の父・陽二とその息子・卓のドラマを軸に進行していきます。この主人公の卓という人物ですが、普段は舞台やテレビなどに出演する俳優・役者として活動している人物として登場します。しかし特に父とのことになると、お世辞にも愛想が良いとは言えない振る舞いを見せる。それもそのはず、卓は数十年前に自分と母を捨て、別の女性のもとに消えた父をずっと憎み続けているわけですね。
しかしいま認知症によって改めて対峙することとなった父を前に、そこに役者としての好奇心もあるのか、父・陽二という「人間自体を理解してみたい」という思いを強くします。それはいわゆる認知症の父を介護したりケアしたりすることとは少し違う動機でもあるわけですが、この「相手のことを改めてもっと知ってみたい」という素朴な興味から、彼は彼ならではのやり方で父の内面へ迫っていくことになります。認知症でもはや普通の会話も噛み合わず、同じ地平の会話も成立しない。やっと自分の目の前に居るにも関わらず、やはりそこには居ないままであるような父。こうして息子にとってやはり何重にも「不在」であり続ける父・陽二という人間に迫ってみたいという興味。
その手掛かりとなるのが、父のバッグに残された“あるもの”です。まさしくその“あるもの”こそが後に、役者という彼ならではのやり方で「父と息子」という固定的な関係から「卓と陽二」という一人の人間同士の出会い直しへと導くキーアイテムとなっていきます。そのプロセスを、確かな演出と、何より森山未來と藤竜也の見事な演技のアンサンブルで魅せる。この点がやはり本作の最大の見どころになっていきます。
果たして主人公は、父の「不在」を埋めることができるのか? 映画のなかでみるみるジャンルが変わっていくような見応えもあり、新鋭監督による様々な挑戦がたしかに結実した意欲作になっています。先ほど触れた通り、北九州がまるで違う街のように見えてしまう点も含め、これは福岡でこそ一人でも多くの観客に鑑賞されたい一本です。
映画『大いなる不在』は福岡ではKBCシネマ、シネプレックス小倉ほか各劇場にて7/12から、佐賀・シアターシエマでは8/9から公開となっています。そしてなんと7/15月祝の12:30〜にはKBCシネマにて近浦啓監督ご本人が登壇するティーチインイベントも開催予定ですので、是非ともこの機会を逃さずご覧ください!
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