現場で“初顔合わせ”通信制の高校生たちがドキュメンタリー番組を制作
ネット上の高校で学ぶ生徒たちが、ドキュメンタリー番組の制作に取り組んでいる。彼らが住む地域はバラバラで、リモートで企画会議を重ねたうえで、撮影の日に初めて顔を合わせたという。RKB毎日放送で数々のドキュメンタリー番組を生み出してきた神戸金史解説委員長が「その日」を取材し、8月20日のRKBラジオ『田畑竜介 Grooooow Up』で紹介した。
ドキュメンタリー取材でやってきたN高生
高校生がドキュメンタリー番組の制作に挑戦すると聞いて、取材現場をのぞいてきました。ネット上の高校、N高等学校の課外活動の一環です。
N高は2016年に沖縄に本拠を置いて開校し、24時間いつでも勉強できるネットコースや、オンライン通学コース、実際に通学するコースなどがあり、今では茨城県つくば市にS高校もできて、グループ全体で約2万9000人もの生徒が在籍しています。2025年には私の故郷・群馬県にもR高校ができます。
Nは「ニュー」「ネット」「ニュートラル」、Sは「スーパー」「スペシャル」、Rは「リアル」「レボリューション」などの意味があるそうです。
N高生が7月、撮影のために福岡県久留米市を訪れました。高校生が関心を持ったのは、「お母さん大学」という活動で、子育てで感じたささやかな喜びや発見を文字にして、新聞を作っています。横浜市に本部があり、九州では久留米市に拠点があります。
※お母さん大学福岡(ちっご)支局
福岡県久留米市合川町2088 松葉荘201
東北・仙台からきたN高1年、川音怜翠(れい)さんが、「お母さん大学」の池田彩さんにインタビューしました。池田さんは47歳、3児の母です。
川音怜翠さん(仙台):まず「お母さん大学」の活動内容、目指している目標などを教えていただきたいです。
池田彩さん:ありがとうございます。「お母さん大学」は、孤立した子育てをなくしてお母さんの笑顔を広げる、という取り組みをしいます。一番の根っこは、普通のお母さんたちが「お母さん記者」になって、日々子育てで感じていることをペンを持って発信することです。「記者」になったお母さんたちは、日々の小さな出来事がネタになり、それが宝物になっているんです。逆に、読んだお母さんたちは、「同じような子育てをしているお母さんたちがいるんだな」という共感の輪につながってくるので、二つの効果があって、お母さんの笑顔作りをしています。お母さんの笑顔は、やっぱり子供の笑顔につながってくるので、子供の笑顔を作るために活動しているような感じですね。
動画撮影に慣れた高校生
鹿児島から来た2年の山下竜之介さんがデジカメを持って撮影していましたが、ほかにもサブカメラを用意していて、スマホで撮ったり、小さなカメラ「GoPro」を机の上に置いたりしていました。プロデューサー役は、岐阜から来た2年、宮城樹力(じゅりき)さん。撮影前に、2人が打ち合わせをしていました。
山下竜之介さん(鹿児島):全員の時に話す内容と、1人の時にしゃべる内容が、多分違うから…。
宮城樹力さん(岐阜):どうしたい? こっちのスマホは置いとくんじゃなくて…。
山下さん:あっちに。質問する側を撮っててもらいたい。
宮城さん:じゃ、1回こっちに移動してみて、撮れるかどうか……。
山下さん:あ、違う。こっちにしよ。
「こっちを撮りたいんだ」とやり取りしながら、カメラの位置を決めていました。「GoPro」はよくバラエティー番組で芸人たちが頭につけている、放送局でも使われている小さいカメラです。それを机の上に置き、スマホを持つ人はこっちに立っていよう、背景はこんな風にしようかな…と。
どうも、背景のどこに文字を入れようと考えているみたいで、「ここは広めに空けて」と話しているのです。撮影後の編集を考えて、映像に入る範囲や画角を決めているのを見て、「お、なかなかやるぞ!」と思っていました。
母親になった時の気持ちを知る
「お母さん大学」の方たちは、「母になって、予想外の孤立感を味わった」と口々に話していました。
池田彩さん:ほかのお母さんは“できてる風”に見えるので、離乳食も何も作ってあげられない自分がものすごく嫌だったり、泣き止まないのをずっとあやしているだけの自分が否定されているような気持ちになってしまったりとか…。
川音怜翠さん:周りから結構言われたりするのかなって思っていたんですけど、自分の中にあるんだ、と初めて知りました。
インタビューをしながら、お母さんたちの本音に触れていくわけです。子供が泣いている。洗濯物もたためない。食器も洗えない。何もできない…。でもSNSを見ると、輝いている女性たちがいっぱい出ている。みんな楽しそうにしているのに、「私はなぜ?」と自己肯定感がダダ下がり…。「そういうことが、私なんかにも起きるんだなと初めて思いました」と池田さんは話していました。
川音さんは「ああ、そうなんだ…」と驚きながら、インタビューを重ねていきます。そんな時に、心の支えになったのが、「お母さん大学」の記事だったと言います。ささやかな記事だけど、自分がどう励まされたか、という話を聴いているうちに、川音さんが涙ぐんでしまう場面もありました。
この日初めて顔を合わせた高校生
実はこの撮影、高校生自らカメラを回して、ドキュメンタリーを制作するための教材をYahoo!ニュースが作り、7月からN高とS高をモデル校にして開始した授業の一環で、全国で7つのチーム(4人1組)が撮影を始めています。高校生はなぜ、福岡県に撮影に来たのでしょうか。
神戸:「お母さん大学」を取材してドキュメンタリーにしようと思ったのはなぜなんですか?
宮城樹力さん:まず、全員いろんな場所に離れていて、集まれる場所が限られるので、「じゃ、どこがいいだろう?」とこの地域に絞って調べた時、ホームページとインスタグラムがすごくひんぱんに更新されていたことと、今も自主的に活動していることがわかったのと、今回我々が作りたいショートドキュメンタリープロジェクトにちょうど合う活動をしている団体だとわかって、初めて連絡を入れさせてもらうことになりました。
神戸:4人のメンバーが、今までリアルに会ったことはあったのですか?
宮城さん:ないですね、今日が初めてなので。Zoomのカメラを通して顔合わせした感じで。
神戸:仙台から来て初めて会って、みんなの印象はどうでした?
川音怜翠さん:私たちのチームは、他のチームよりもミーティングをひんぱんに行っていて、仲の良さは結構一番だと思うんですけど、今日初めて会った気がしなかったですね。
カメラマンは鹿児島、プロデューサーは岐阜、インタビュアーは仙台。欠席の1人は福岡だったんですけど、集まりやすい場所としてまず福岡を選んでから、ターゲットを絞っていく。ネット社会ならではの取り組みなのでしょうね。「初めて会った」と言うのにはちょっとびっくりしました。
「頭で考えた企画書より、現実は面白い」
一方で、「現場で取材をする」ということが、ドキュメンタリーにとって一番大事。やっぱり、行ってみたら予想と違うわけです。そういうことが僕らの取材ではとても大事なので、みんながどう思っているのか気になっていたんですが、撮影後にこんな発言がありました。
神戸:カメラワークはどうでした? 納得できる感じで撮れた?
山下竜之介さん:すごく撮れましたね。1週間前から、ドキュメンタリー用のカメラワークの勉強をすごくしていて、自分の勉強の成果も発揮できたかなー、と。
宮城樹力さん:行ってみるのとオンラインでやるのって違うし、集合場所はみんな手間取っちゃったんですけど、やっぱり「調べておけば」とかはあるんですけど、逆に「調べておかなくてよかったな」と思うこともあったと思います。
宮城さん:お母さん大学の方たちのことも調べてはいたんですけど、めちゃくちゃ細かくまでは調べていなかったんですよ。だからこそ、わざわざ知っているのに聞いたというより、本当に初めて聞いて、初めてリアクションしたという体験を、写真や動画に撮れたというのがすごく良かったことかな、と思いますね。
神戸:ばっちり作れるかな。
宮城さん:作れます、はい。めちゃくちゃ良い動画にしてみせます。
この発言は、なかなか本質的です。取材現場に行って「あー!」と驚いたことにとても意味があります。事前取材したところよりも、むしろそっちを出したくなります。頭の中で考えた企画書より、リアルの現実は面白い。どんどん企画書の方を変えていけばいい。それがドキュメンタリーの一番面白いところじゃないかと僕は思っています。宮城さんたちもそういう体験をしていて、すごくいいな、と思いました。
高校生たちは、編集もオンラインで進めていて、3分半の動画がほぼ完成してきているそうです。作品は、札幌国際短編映画祭のMicro Docs U18部門に出品するということです。
https://sapporoshortfest.jp/page_update_jp/micro-docs-opencall/
現代的な高校生の活動にはびっくりしましたが、リアルを知って、ドキュメンタリーを作る苦しみや喜びを少しでも感じてもらえたらいいな、と思いながら僕は取材していました。
◎神戸金史(かんべ・かねぶみ)
1967年生まれ。毎日新聞入社直後に雲仙噴火災害に遭遇。福岡、東京の社会部で勤務した後、2005年にRKBに転職。ニュース報道やドキュメンタリー制作にあたってきた。やまゆり園事件やヘイトスピーチを題材に、ラジオ『SCRATCH 差別と平成』(2019年)、テレビ『イントレランスの時代』(2020年)・『リリアンの揺りかご』(2024年)を制作した。
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