国際的にも高い評価!ドキュメンタリー映画『Four Daughters フォー・ドーターズ』の魅力

福岡市にあるKBCシネマで来週、6/6(金)〜12(木)の1週間限定の上映が予定されているドキュメンタリー映画『Four Daughters フォー・ドーターズ』。チュニジアで暮らすある母親と4人の娘の物語について、斬新なやり方で迫り、2023年のカンヌ国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー映画賞を受賞、そしてアカデミー賞でもドキュメンタリー部門にノミネートされるなど国際的に高い評価を集めた。作品の背景と魅力を、RKBラジオ『田畑竜介GrooooowUp』に出演したクリエイティブプロデューサの三好剛平さんが語った。
「オオカミの餌食」?
まずはこの映画の予告編でも触れられる作品の導入から。本作の監督自身によるモノローグで、以下が語られます。
「この映画で私は、オルファの娘たちの物語を話したい。オルファには娘が4人いる。下の2人、エヤとティシールは今も一緒に暮らしている。そして上の2人は、オオカミの餌食となった」
え、2020年代にもなってオオカミに襲われた家族の話?と思いきや、実はこれが真に意味するものが何であるかは、映画を見ていくうちに徐々に明らかになっていきます。ということで、ここからその詳しい紹介に入る前にお伝えしたいことは、本作は「出来れば何も知らずに見るのが一番スリリングな映画」であるという点です。ですのでこの時点で興味を惹かれた方は出来ればもう来週末に劇場へ行って、後日この放送のアーカイブをお聞きいただくのがおすすめです。
とはいえそのオオカミの正体は映画公式のあらすじにも記載されていますし、実はこの本作のこのオルファ・ハムルーニという母親とその妹たちは、その出来事を理由に当時現地メディアなどでもかなり注目された有名人でもありました。
なぜ当時16歳と15歳だった長女と次女はいなくなってしまったのか?——それはふたりが過激派テロ組織IS(イスラム国)のメンバーとなったことが理由でした。つまり本作は、ある日突然2人の娘が過激派組織ISに身を投じ失踪してしまった事実を前に、その母親と妹たちがその経験と向き合うようすを描いた作品ということになります。しかし、ここで注目したいのがその手法であり、それによって本作は凡百のドキュメンタリーとは次元の違う真実まで辿り着くことに成功します。
革新的な手法とその効果
その手法とは何かといえば、本作でこの母親と妹たちは、プロの俳優の助けを借りながら、自分たちの人生の重要な出来事を追体験することになります。まずは、実際の出来事を経験した母と妹たちの前に、いなくなった姉二人にそっくりな二人の女優がやってきて、彼女たちと共に家族の何気ない瞬間から事件のきっかけになった重要な場面などをひとつずつ「再演」していくことになります。
それに加えて本作で重要なのは、母親の代役としてもうひとり俳優があてがわれたことです。これはもちろん一つには、この悲劇の中心となった母親にとって、娘たちとともに暮らした日々を、俳優とはいえ実在の「よく似た」人々と「再演」することによる精神的負担を軽減することを目的としており、自分で演じるのがキツいと感じる場面については、代役の女優がスイッチしてその場面を演じカメラに収めていく、というかたちで進行していきます。
しかしこの母親の代役というシステムには監督のもうひとつ重要な狙いがありました。というのが、このオルファ・ハムルーニという母親は、まさしく娘2人をテロ組織に奪われた母、ということで当時メディアに幾度も取材紹介されていた経験のせいで、彼女自身がカメラの前では「悲劇の母親」というステレオタイプな振る舞いを無意識にしてしまう現実と直面したからでした。それは実際に監督が出会ったオルファの実像をカメラに収めるためにはどうしたら良いか、そして更には彼女自身も受け入れきれていない「2人がいなくなった本当の理由」と真摯に対峙するための手立てはないか、と考えた先に選ばれた手法でした。
オルファはこの映画制作のなかで、現実に自身に起きた数々の場面について、代役の女優に「当時の私はそんな言い方はしていない」「あのときはこんな気持ちだったからこう振る舞った」といった具合で、“自分自身への”演出指導をすることになります。そのプロセスは当時の自分を客観視することだけでなく、その出来事全体を俯瞰的に捉え直す一種のセラピー的なアクションとなり、当然彼女自身が当時の自分の振る舞いの正しさも過ちも、一歩引いた目線で見つめ返すこととなります。この映画を見ていて新しいなと思ったのは、目の前で自分に実際に起きた場面を、その数歩後ろで本人が冷静に見つめているショットです。まるで幽体離脱した意識で当時の記憶を見つめている、もっといえば「過去を生き直す」ような実験を自身が目撃するようで、本作を象徴する非常に雄弁な場面になっています。
そうした手法を通して、徐々にこの家族がそれまで言葉にしてこなかった思いや真実が次々と明らかにされていきます。そこには「娘を思いやるだけの善良な悲劇の母親」にはおさまらない複雑な母親の思いや彼女自身の育ちにまで立ち返るような社会的背景までもが次々と立ち現れるし、またこの形式を通してはじめて言葉にできる妹たちの本音も紡がれていきます。
ここでもう一つ際立つのがこの映画の場面がチュニジアであるという点です。チュニジアでは2010年12月、当時20年以上続いていた独裁政権とその政府の抑圧に抗議を申し立てるためにひとりの青年が市庁舎の前で焼身自殺を行い、それがSNS越しに瞬く間に拡散されその1ヶ月後に大統領を失墜させた通称「ジャスミン革命」が起きた場所であり、これがきっかけで中東圏に一大民主化の波を巻き起こした「アラブの春」の発端の地でした。しかし現実にはこの革命による混乱状態から力をつけたのが、歪んだかたちで秩序を求めた保守系の人々の声でありまた他ならぬ過激派組織ISであった、という事実がそこには横たわってもいるのです。
この映画で見届けることになるのは、普遍的な母と娘のあいだで継承されるトラウマの連鎖であり、またチュニジアやイスラム圏、ひいては私たちの社会全体のなかで十分に尊厳を与えられてこなかった人々が、社会や宗教の動乱に飲み込まれていった悲劇の顛末だといえます。しかしその先に希望はないのか?ということについては、ぜひとも劇場で映画のラストまで見届けてもらえたらと思います。実験的な手法でありながら、宗教、社会、家族といった様々なテーマに真摯に踏み込んだ雄弁な一作で、ぜひとも皆さんにご覧いただきたい一本だと感じました。
映画『Four Daughters フォー・ドーターズ』はKBCシネマにて、6/6(金)〜12(木)まで1週間の限定公開となっているようなので、くれぐれも劇場でお見逃しなくご覧になってみてください。
映画『Four Daughters フォー・ドーターズ』公式サイト
※放送情報は変更となる場合があります。