ちょっと不思議!?今の時代にこそ必見のカナダ映画『ユニバーサル・ランゲージ』とは?
今週は、福岡はTジョイ博多で8/29(金)より公開中のカナダ映画「ユニバーサル・ランゲージ」。昨年のカンヌ国際映画祭の監督週間で観客賞を受賞し、アカデミー賞ではカナダ代表にまで選ばれた話題の一作。ちょっと不思議な映画でもあるのだが、作品の背景を知ると皆さんの特別な作品にしてもらえるかも、と思っていると、RKBラジオ「田畑竜介GrooooowUp」に出演したクリエイティブプロデューサーの三好剛平さんは語った。三好さんは今の時代にこそぜひ見てほしい一本として推薦したい映画とのことだ。
カナダのウィニペグが、ちょっと不思議な架空の都市に
まずは作品のあらすじからご紹介します。
舞台はカナダに実在するウィニペグという街。通常なら英語とフランス語が公用語となっているこの街ですが、この映画ではフランス語はそのままに、なぜか英語の代わりに中東のペルシャ語が公用語になっているという“もしも”のウィニペグとして物語が展開します。
映画はこの街のフランス語学校の教室から始まります。不機嫌な男性教師が教室でやんちゃに遊びまわる子どもたちを叱りつけ、なかでもオミッドという少年に目をつけると、黒板に書いた問題をすぐ答えてみせろと迫ります。しかしオミッドは「お父さんに買ってもらったばかりのメガネを失くしてしまったから黒板が見えない」と答えると、先生は理不尽にも「黒板の字が読めるまでは授業を受けさせない」と言い渡します。
そんな可哀想なオミッドに同情した同級生の少女は、街の凍った湖で氷漬けになったお札を見つけます。少女はお姉ちゃんと協力してそれを取り出し、彼に新しいメガネを買ってあげようと思いつきます。姉妹は大人たちに協力を求めて町中を駆け巡りますが、この街の人たちはみんなちょっとヘンテコな人たちばかりで、なかなかうまくいきません。果たして彼女たちはオミッドにメガネを買ってあげられるのか?——というストーリーです。
このようにちょっと不思議なおとぎ話のような映画なのですが、実は幾重にも本作の監督・脚本を務めたマシュー・ランキンその人自身の個人的な経験が着想源となっている作品です。まず映画の舞台であるカナダのウィニペグという街ですが、これは監督自身の出身地であるうえに、映画には監督自身もその名もずばり「マシュー」という役で出演もしています。
さらに注目すべきはこの物語です。先ほどご紹介したあらすじを聞いて、劇中にペルシャ語が登場することを差し引いても、映画好きの方なら「めちゃくちゃイラン映画っぽい物語だな」と連想された方もいるかもしれません。子どもたちの素朴な願いから始まる寓話のようなストーリー、そして子どもと街の人々のやりとりを通じて徐々にその街と人々の生活文化や歴史が浮かび上がってくるようなつくり。いかにもイラン映画の巨匠アッバス・キアロスタミ監督あたりの傑作群が連想されるあらすじです。
それもそのはず、この監督は高校時代からイラン映画に夢中になり、20歳の時には憧れのイラン映画の巨匠たちと映画制作をすべく数ヶ月間イランへ渡ったこともあるような人物なのでした。そして本作の物語の核となる「氷漬けのお金を取り出すべく町中を駆け巡る少女」のエピソードはなんと彼のおばあちゃんの実話であり、彼はこのエピソードに兼ねてよりどこかイラン映画的な情緒を感じていたといいます。そこで監督はカナダで暮らすイラン系の脚本家や俳優たちと一緒にウィニペグとイランの首都テヘランを訪れてみると、2つの街がその風景から街に漂うちょっと憂鬱なムード、そして自虐的なユーモアが人々に息づいているところまで、不思議なほど似ていることを発見し、そこから彼らは、カナダを舞台にしながらもイラン映画的な詩情を讃えた国籍を超えたユニバーサルな物語を映画にできるのではと本格的に取り組んでいきます。
第3の映画の領域を再発明する
そして生まれたのがこの「ユニバーサル・ランゲージ」ですが、これが最終的には「カナダ人監督が/カナダを舞台に/自身の記憶も織り込んだ/イラン映画のような物語を/劇中ほとんどペルシャ語で届ける/カナダ映画」というなんとも分類不可能な作品になりました。監督はこれについて「この映画は本当にハイブリッドな作品です。イラン映画ともカナダ映画とも言えない第3の領域にあります。ストーリーは私自身の人生、家族、思い出からきていて、すべてのシーンも私が個人的に生きてきたことと繋がっていますが、それらはすべてこのプリズムを通して届けられます」。そして、長い映画史の先頭にあたる現在を生きる自分たちは、これまでのどの分類法にも当てはまらない、こうした映画づくりを通じてこそ、新たな映画の構造や考え方を発明できるのではないかとも語っています。
そして、ここからが一番のポイントなのですが、このように交わるはずのなかった異なる2つの要素を、たとえ無茶に思えても一度混ぜ合わせてみて新しい第3の可能性を探るといった手つきは、単なる監督ひとりの思いつきや個人的嗜好によるものではない、ということが何より重要です。そこには実は、映画の舞台となるウィニペグを含むマニトバ州が数百年前から重ねてきた歴史があったのです。
舞台となる街ウィニペグを含むカナダのマニトバ州には、もともとそこで暮らしていた先住民がいました。しかし後から入植者がやってきて、当然そこでは対立もおきましたが、結果的にはその両者の出会いから独自の文化体系を持つカナダの混血の共同体が新たに育まれていきました。つまりこの街そしてカナダという国家自体の背景には、幾世代にもわたって先人たちが重ねてきた「協力と共有のコミュニティ」があるわけです。監督はこのことについて「大きな隔たりがあると思われた人たち同士を引き合わせ、ともに何かを作り上げることが出来るというアイデア(…中略…)、私たちはこれを共同体としてやらねばなりません。混血(メティサージュ)という考え方は、政治的共同体としてのマニトバの創始以来の考え方なのです。そのことは私たちの映画と深い関係があります」と語ります。
このように互いに異なる言葉や文化が混ざりあって自分たちの歴史が形成されてきたことに触れながら、監督は「この映画の最も重要なテーマの一つは“人に優しくすること”」であり、自分たちはこの映画づくりを通して「how to see(=どのように世界を見るか)」を学んでいった」を重視したと続けます。
これはカナダのウィニペグやこの映画に限った話ではない、とても重要なことです。近年、実際には存在しないような民族幻想を担ぎ出して「なんとかファースト」と排他的に振る舞う人々が後を絶ちませんが、そうした現代にこそ、改めて「異なるもの同士が一緒になって、ともに新たな世界の捉え方を見つけていくこと」そして何より「人に優しくあること」を核心に抱いたこの映画を鑑賞することは、大いに意味があります。と思わず熱がこもりましたが、作品自体はちょっと可笑しくてチャーミングな、愛すべき作品になっています。
映画「ユニバーサル・ランゲージ」はTジョイ博多にて8/29(金)より公開中です。ぜひお見逃しなくご覧ください。
※放送情報は変更となる場合があります。
