絶賛公開中!映画『遠い山なみの光』の魅力

クリエイティブプロデューサー・三好剛平氏 ©RKBラジオ

9/5(金)より現在、全国各劇場で絶賛公開中の日本映画『遠い山なみの光』。RKBラジオ『田畑竜介GrooooowUp』では既に9/2に神戸金史さんがCatch Upでも取り上げた一本だが、クリエイティブプロデューサーの三好剛平さんも遅ればせながら拝見したところ、これが期待をかなり上回る仕上がりで思わず圧倒されたとのこと。まだ劇場鑑賞に間に合うこのタイミングで、その魅力を紹介した。

『遠い山なみの光』について

本作は、主演に廣瀬すず、二階堂ふみ、吉田羊という豪華キャストを迎え、戦後間もない1950年代の長崎、そして1980年代のイギリスという、2つの時代と場所で交錯する“記憶”の秘密を紐解いていくヒューマンミステリー作品です。

 

原作は、これまでノーベル文学賞やブッカー賞を受賞され、現代最高峰の小説家の1人ともいえるカズオ・イシグロさんが1982年に発表した長編デビュー小説です。イシグロさんは1954年に日本人の両親のもと長崎でお生まれになり、5歳の時、家族とイギリスに渡られ、英国籍を取得。この『遠い山なみの光』の舞台となる長崎の描写には、ご自身の幼少期の記憶も反映していると語っています。ちなみにイシグロさんは文学だけでなく、映画にも大変造詣が深く、国際映画祭での審査員なども務めるほか、2023年には黒澤明監督の映画『生きる』を英国でリメイクした『生きる LIVING』でプロデューサーとして企画・制作総指揮に加え自身で脚本まで手掛け、アカデミー賞の脚色賞の候補となった実績もある、筋金入りです。

 

そして本作で監督・脚本を務めたのは、石川慶監督。一般大学を卒業後、ポーランドに留学して映画づくりを学んだという異色の経歴からスタートし、2016年の『愚行録』、この番組でも「リスナー名作劇場」でご紹介したことのある『蜜蜂と遠雷』(19)、日本アカデミー賞最優秀作品賞を含む最多 8 部門受賞という快挙も達成した『ある男』(21)と、作品発表ごとに評価を高めている国際派&実力派監督です。

 

今回はそんなお二人によるプロジェクトということもあり、制作の座組も国際的です。世界三大映画祭や英国・米国アカデミー賞の常連であるイギリスのプロダクション Number 9 Films(先述の『生きる LIVING』(23)や『キャロル』(15)などを手掛けた名門)、そして近年国際映画祭でも存在感を高めているポーランドの Lava Films という2つのプロダクションが製作に加わり 3 か国合作映画として本作は完成されました。さらに今回、原作者であるカズオ・イシグロさんもエグゼクティブプロデューサーとして名を連ねており、これがこのあと説明する映画と原作の見事な発展&昇華に繋がったポイントだとも思います。

物語と見どころ

さてそれでは作品のあらすじをご紹介します。

 

日本人の母とイギリス人の父を持ち、大学を中退して作家を目指すニキ。彼女は、戦後長崎から渡英してきた母・悦子の半生を作品にしたいと考えている。娘に乞われ、口を閉ざしてきた過去の記憶を語り始める悦子。それは、戦後復興期の活気溢れる長崎で出会った、佐知子という女性とその幼い娘と過ごしたひと夏の思い出だった。初めて聞く母の話に心揺さぶられるニキ。だが、何かがおかしい。彼女は悦子の語る物語に秘められた〈嘘〉に気付き始め、やがて思いがけない真実にたどり着く──。

 

映画のキーパーソンは、この悦子という女性です。終戦後の長崎でお腹に子供を宿していた1950年代の悦子を廣瀬すずさん、1980年代に娘に当時の話をする悦子を吉田羊さんというダブルキャストで演じられています。そんな悦子が当時の長崎で経験した出来事が、悦子自身に、そしてその娘であるニキにどのように影響しているのか。そして当時悦子がひと夏を共に過ごした佐知子やその娘とは何者なのか——ということが徐々に明らかになっていく物語です。

 

さてこの映画の何がそんなに素晴らしかったかといえば、まずはひとつ、石川慶監督の驚くべき「映画の上手さ」です。的確な演出、複数の時間軸が交錯する&どの語りも真実とは限らない複雑な物語にもかかわらず核心をブラさず描き切る構成力など、ちょっと本気で驚かされました。めちゃくちゃ上手い。さらには物語に登場する50年代の長崎の場面がなぜあれほどに「つくりものっぽい」のかについても映画内できちんと辻褄が合うアイデアも練られていて、本当にどの戦略にも隙がありません。

 

しかし僕がここで推したいのはそうした映画の技術的な部分もさることながら、何よりもうひとつ、本作はこの原作を2020年代、もっと言えばこの2025年にこそ映画として公開することの意義に意識的であること。さらにはそれこそがこの原作をより「いま語り直すべき」普遍的な物語に昇華させることに成功しているからに他なりません。というのも実は本作、原作とは少し異なる変更点や強調され直した点がいくつか用意されており、そこに思わずハッとさせられるうえに、その変更が原作への解釈として非常に豊かな広がりを描いています。ここから駆け足ですが、3つのポイントからそれらを紹介したいと思います。

 

一つ目は「原爆」そして「放射能による被曝後遺症の恐怖」を押し出した点です。もともと原作では戦後の長崎という舞台は、あくまで作家自身の故郷という記憶も含めひとつの「背景」だったのですが、映画ではより具体的に登場人物たちの人生に深くかかわる、原爆そして放射能の「被曝」経験が打ち出されます。そこにはカズオ・イシグロさんも、戦後80年を迎え社会全体が『核攻撃とは何か』を忘れ始めている危機感から、改めてその体験を「語り直す」必要があったとも語っているだけでなく、その「被曝」の恐怖の打ち出しという翻案こそが、見事に原作に登場していた各場面の不穏さをよりブーストするだけでなく、人物たちにもう一層新しい物語のレイヤーを追加しています。

 

二つ目はその「被曝」という事実が強調されたことで、それが当時の「女性たち」にどのように作用したか、という不条理さがより際立つ語りとなった点です。悦子には結婚したての旦那さんがおり、お腹の中には小さな命も宿されている。そうした当時の女性が、原爆のトラウマや、自身が被曝したかもしれない放射能の母体への影響などとどのように対峙せねばならなかったか。その決して拭いさることの出来ない恐怖が映画には漂っており、原作での暗示的な描写をより具体的に際立たせるだけでなく、そのなかで彼女たちはどのように自分の未来を選び取ることができるのか、ということにもよりフォーカスされていくものになっていきます。

 

そして三つ目。そのように「当時の長崎を生きた」「女性たち」を描き出すことで、刻々と移り変わる時代のなかで女性は、人々は、もっと言えば私たちはどう生きるか、ということがより際立つ物語になったことです。映画には、かつて子どもたちに戦争教育をしていた教育者が終戦後に時代の変化に直面させられる姿や、敗戦後に導入されていった新たな価値観や道徳規範に新時代の解放を予感し始める女性たちの姿、そして80年代に入ってより進歩的な生き方の選択肢を見出し始める女性たちという具合に、さまざまな時代の人々が描かれます。こうした「不確実な時代の変化」にさらされるなかで取り残される人、必死にもがいて新しい自分を獲得する人、といった様々な人々を見つめる眼差しは、多分にカズオ・イシグロ的な世界観でもあると思います。

 

まだまだ具体的に推薦したいポイントが山ほどあるのですが、時間もいっぱいなのでこれくらいで。とにかく僕はこれかなり2025年にこそ見逃し厳禁の日本映画だと推薦したい一本です。映画『遠い山なみの光』はユナイテッド・シネマ、Tジョイ博多ほか各劇場で絶賛公開中ですので、ぜひご覧になってみてください。

映画『遠い山なみの光』公式サイト

田畑竜介 Grooooow Up
放送局:RKBラジオ
放送日時:毎週月曜~木曜 6時30分~9時00分
出演者:田畑竜介、田中みずき、三好剛平
番組ホームページ
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※放送情報は変更となる場合があります。

【くらぶカルデア FGOラジオステーション】第44回 放送レポート

 

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