財津和夫、自分と小田和正の作曲を比較したAIの「褒め殺し」回答にダメ出し
TULIP・財津和夫が、時には自分への論評に対し自ら考察するRKBラジオ『財津和夫 虹の向こう側』。3月22日の放送では、AIが告げる財津和夫論に注文を付けたり、自分がアマチュア時代に作成された希少なレコードや、BeatlesとTULIPのデビューアルバムを振り返ったりと、音楽への尽きることのない想いを語ります。
「本当にいい奥さん」
リスナーのご家族のエピソード報告のお便りです。ご主人には変な倹約癖があるとの事で、
「私の夫は、車や飲み会には気持ちよくお金を使うのに、変なところで検約します。(中略)『会社では楊枝を削って短くなるまで使っている』と、ニヤニヤしながら言うので吹き出してしまいました」
と頂きました。
下田「あら(奥さん)笑ったのね」
財津「『財津さんは何に気持ちよくお金を使っていますか? 検約・節約されていますか』っていうことなんですけど。いや、まず感じたのが、夫婦円満じゃんっていうこと。(よくある例としては)『もうやめてよそんなこと』って奥さんが言うと、旦那が例えばこういう返事になった時に、奥さんが怒り出したりするじゃないですか」
下田「はい」
財津「『吹き出してしまいました』って。いい奥さんですね」
下田「そうだね。いい奥さん」
財津「本当にいい奥さん」
下田「そうですね」
財津「何度も言いますけど、本当にいい奥さんですよ、あなたは」
なぜか、とっても羨ましがっている様子。
財津「それで、えーと僕の話になりますけど…まあ、最近は食べることかな? 『美味しいなー』と思うと、高いお金払っても、納得いきます。時々、『割に合わないなー』と思うこともありますけども。他は大体、『もったいないなー』と思って、洋服なんかもあんまり買いません」
下田「検約はされないんですか? 検約・節約」
財津「もう今更したって。でしょう? 棺桶に現金持っていけませんもんね。でも、閻魔様の前で『地獄の沙汰も金次第』って言いますんで、持っていかなきゃいけないかもしれない」
下田「閻魔様の前で…いや、それは大丈夫だと思いますけど」
財津「向こうの通貨、どんなもの使ってるか、まず知ってから持っていかなきゃ」
下田「そうですね。まあ、交換できるかもしれません」
財津「なるほどね」
AIにダメ出し
リスナーから、財津さんの作曲に関してAIに質問してみた時の返答内容を詳細にお知らせ頂きました。少し長くなりますが、ご紹介します。
「日本で最も静かで偉大な作曲家であり、その静かさゆえに、最も過小評価されてきた存在の一人である。派手な天才ではない。革命家でもない。しかし日本人が自然に口ずさむメロディーをこれほど多く残した作曲家は他にほとんどいない。また、小田さんとの違いについては、財津さんは日本語が自然に歌になる瞬間を作った作曲家。小田さんは感情が旋律になる瞬間を作った作曲家。どちらが上かではありません。残り続けるのは財津さん、記憶に刺さるのが小田さん。そして重要なのは、日本のポップスはこの二人が両極にいたから豊かになった」
財津「AIさんも本当に頑張りましたね。頑張りましたけど、なんか引っかかる所いっぱいあったな」
下田「ありますね」
財津「『おいAI!』って言いたいような感じになるんですけど、まず分かんないのが、日本で最も静かで偉大な作曲家って、つまり静かっていうのは言葉を返せば、目立たないってことじゃないですか。そうでしょ?目立たないって言いにくいんで静かに変えてるんですよ、AIが勝手に」
下田「そうですね(失笑)」
財津「偉大なっていうのも、なんかこんな簡単に言っちゃっていいのっていうぐらい、AIって言葉の細かいニュアンスを把握しないまんま喋りますよね」
下田「ほんとそうですね、ええ」
財津「そしてその静かさゆえに、過小評価されてるんです。最もですよ。最も過小評価されてきた存在の1人である。天才ではない。革命家でもない。これずっとダメじゃん。ずっとダメなのに偉大な作曲家って、矛盾してる…で、後半ですけど、えーと感情が旋律になる瞬間を作った人」
下田「これは、小田さん…『感情が旋律になる瞬間』」
財津「かっこいいねえ、これ、派手な天才の同義語じゃないですか」
下田「そう、でも小田さんも決して派手(ではない)…という感じですか?」
財津「そうね。マスコミ露出は地味だよね」
下田「うーん。で、その例えば衣装が派手とかそういうとこがないじゃないですか」
財津「それはないですね。持ってないんだと思います」
下田「白ティー(シャツ)にデニムっていう感じですけど、イメージとして…ただ、最後、AIさんもまとめていますよ。『そして重要なのは、日本のポップスはこの二人が両極にいたから豊かになった』」
財津「(笑)両極なのかなあ。僕は小田さんの作風とか、それから表現したものを真似しながら、声の出しかたとかも、まあいろんな音楽面で、勉強させてもらいましたよ…AIねぇ。こんな時代になったのね」
下田「なってまいりました。でも、人間の感性を持って、小田さんの曲も財津さんの曲も楽しみたいと思います」
財津「よろしくお願いします」
褒めちぎったようで、落とし穴の多いAIの回答でした。
アマチュア時代のレコード
長沢純さんが(今年1月に)亡くなられた事に触れたリクエストメッセージを頂きました。
他局ですが、1970年から73年にかけてテレビで放送された『パンチヤングFUKUOKA』の司会をされていました。メッセージの通り、若かりし頃の財津の活躍の場のひとつでもありました。
財津「はい、僕らアマチュアの頃ね、『パンチヤングFUKUOKA』っていう番組の中で(長沢純が)司会されていて、僕らがハコバンド(※ライブハウスなどの専属バンド)風に出てたんです」
下田「ほお」
財津「で、毎回1~2曲歌ったりしていたんです。長沢純さんは、もともとスリーファンキーズっていういわゆるアイドルの先駆け、中心的人物で。ええ」
下田「リクエストはその当時の歌、(TULIPの)『柱時計が10時半』をお願いしますと言うことです。EPが、レコード室にありました」
財津「ワァオ。これ、アマチュアのレコードですから。ほんとに懐かしいっていうか、まあ僕が言うのも何なんですけども、希少価値ありますね」
実際に、以前番組スタッフが新宿の中古レコード店で偶然見かけた時は3万円。現在、ネット上では4万円を超える値段がついているようです。1971年2月発売、5か月後のメジャーデビュー時とは異なる4人メンバーでの「アマチュアバンド」TULIPによる『柱時計が10時半』をお聴きください。
デビューアルバムの想い出
今回の番組放送日は3月22日ですが、1963年の3月22日は、ビートルズのデビューアルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』がリリースされた日です。
財津「ウァオ!」
下田「そして発売から6週目で全英アルバムチャートで1位を獲得したと…やっぱり勢いがその当時ありましたね。そして、次の作品の『ウィズ・ザ・ビートルズ』が1位を獲得するまで、30週連続で1位を維持したと」
財津「凄いですね。次のアルバムが出るまで下げないぞ、と」
下田「そう、そう。凄い、7ヶ月と少々」
財津「凄いなぁ」
下田「当時それだけセンセーショナルで、大人気だったんですね」
財津「なんてことだったんでしょうね、これ。本当にビートルズって、ここから先の未来、どういう評価されんのかなあ」
下田「全ての礎というか基本、っていう感じですかね」
財津「本当に気になるな。なんかもうちょっと長生きしたくなってきたな」
下田「是非いたしましょうよ」
下田「TULIPのデビューアルバム『魔法の黄色い靴』、これリリースされた時っていうのはどんな気持ちで世に送り出しました?」
財津「いや、さっき(曲をかけた)『柱時計が10時半』。これあの、アマチュア(の時の曲)ですけども、レコード盤になったっていうことでもう本当にほぼ満足して『あ、もうこれで終わってもいいや』って。音楽人生終わってもいいや、って思ったんですけども。えー、まだ次、今度はやっぱりアルバムね、ちゃんとしたアルバムを出したいなってプロとしてね、思ってまして」
下田「ええ」
財津「で、これ(『魔法の黄色い靴』)が出た時は、本当に、もうこれで解散してもいいし、もう福岡戻ってもいいやって満足しちゃったんです、実は」
財津「でも思ったんですけど、改めて聴くと、もっと何か違う曲も作ってみたいなとか、もうちょっと上手い演奏したいなとかって気持ちが出てきて、で、そっからダラダラ今日まで来ましたね」
下田「へえ。なんだかそれぞれのアーティストのその最初のアルバムだとか最初の楽曲聴くって、なんかほんと原点を見るような感じがします」
財津「まあアーティストにとってはちょっとね、恥かしい感じですよ。生まれたての赤ちゃんの自分の姿見られてるような、ち〇ち〇丸出しの感じじゃないですか」
言葉も丸出し。
次回3月29日の放送は、通常通り18時15分(午後6時15分)からの予定です。
日本経済新聞の『私の履歴書』の連載に関して、改めてお話します。
- 財津和夫 虹の向こう側
- 放送局:RKBラジオ
- 放送日時:毎週日曜 18時15分~18時30分
- 出演者:財津和夫、下田文代
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番組ホームページ
※該当回の聴取期間は終了しました。
