財津和夫、TULIP55周年ライブに本音「今でも迷ってるんです」
TULIP・財津和夫が、時には音楽業界の扉を叩いた頃を回想してみるRKBラジオ『財津和夫 虹の向こう側』。8月9日の放送では、「TULIP55周年ライブの可能性」、「自著の出版記念イベントの裏話」、「デビュー時の音楽業界」、といった古今のトピックスが盛りだくさんです。
下田アナ、原稿なしのファーストテイクがOK!
財津和夫の著書『大丈夫さ 私の履歴書』の発売日前日の4月23日、東京・大手町の日経ホールで刊行記念のトークイベントが開催されました。
このイベントに参加されたリスナーから、「トークライブは楽しくて、サプライズで下田アナの映像が出てきたのにはびっくりしました」との感想を番組宛にお寄せいただきました。
財津「私もびっくりしました、本当」
下田「ご存知だったんじゃないですか?」
財津「いや、ほんと知らなかったの、びっくり。ありがとうございました」
下田「お目汚し失礼いたしました」
財津「会場がね、パーッと盛り上がって。あれが下田さんかーっていう声が、あちこちで聞こえてました」
イベントでの下田アナのサプライズ登場は、ZOOMで事前収録した映像を、当日の会場で流しています。
財津「後で聞いたんですけど、ワンショットでパッって撮ったんですって。無編集で」
下田「はい、無編集で」
財津「すごいですね。さすが喋りを生業にされている方」
下田「いやいや、そうじゃありませんけど」
財津「僕の真ん中褒めていただいてありがとうございました」
下田「いええ」
財津「褒めるしかないもんね、でもね」
下田「ふふっ、いええ」
財津「(お便りの続き)『来年チューリップが55周年でコンサートを予定していることを、財津さんが話されたことがとても印象に残りました』ということなんですけど…予定しているとは言ってないと思うんです」
下田「ふふふっ」
財津「ええ。予定できたらいいな、ぐらいのこと」
下田「そうね」
財津「もう55周年って気が遠くなるんですよ、数字見ただけで。だいたい20周年くらいから気はずっと遠くなってるんですけど、55周年ですよ、ほんとに。もう爺しかいないバンド。それを見に来てくれるのはありがたいんですけど、どうやってステージ作っていっていいかわかんないじゃないですか。全員ギターの代わりに杖ついて」
下田「あはは(笑)」
下田アナの爆笑につられて、財津のジョークがさらに饒舌になります。
財津「杖つきギターで、重いからギターの下に、つっかい棒を。で、杖でギターを支えてもらいながらというようなステージになったりするかもしれませんけど、まあ、それはそれでコメディタッチでおもしろいとは思うんですけど、まあ昔の歌は歌えませんよ」
下田「歌えませんよ、うん」
財津「ええ、そうですね、キーをずっと下げて。ま、5度くらい下げないと歌えないじゃないですか。5度下げて歌ったらもう、曲の雰囲気とかもうむちゃくちゃですからね」
下田「変わっちゃうかしら」
財津「もう、ですから、この曲なんという曲だったっけって言われるくらい気持ちが悪くなってますから」
下田「そう」
財津「ええ。本当に55周年は、今でも迷ってるんですけど、やっぱりある程度条件が整わないと、まあ正直言って、やろうっていう気持ちにはならないですね。難しいですよ、本当に」
下田「そうです。だから無理強いしないでください、皆さん」
財津「はい。無理強いしないでください。無理爺に、ジイしないでください」
オヤジギャグも無理矢理しないでください。
村井邦彦と新田和長
TULIPのデビューアルバム『魔法の黄色い靴』を高校生の時に買った、という69歳男性のリスナーから「今、村井邦彦さんの『音楽を信じる』を読んでいます」とのお便りを頂きました。
財津「村井邦彦さん、懐かしいですね。私たちTULIPの前身である4人組のTULIPの時に『私の小さな人生』っていう曲を出したんですけど。これもうレコーディングして翌日に福岡に戻りまして、バンドも解散…じゃなくて、メンバーを大きく交代したんですよ」
下田「ええ」
財津「で、その時のプロデューサーだった方が村井さんで、『私の小さな人生』のレコーディングの時にオルガンを弾いてくれたのも村井さんなんです」
下田「うーん」
財津「初めて東京行って、プロとしてレコーディングしたんで、インパクトのある記憶がございまして。『東京っちゃあ、すごい街やねー』って思いました」
下田「そうですよね。博多から出てきた青年たちが本当に接する、最初の仕事としての大人っていう感じですか?」
財津「そうなんですよ。音楽業界っていうものに、本当に足を踏み入れたわけじゃないんです。もう垣間見たぐらいでした。踏み入れたんだったらそのままいたかもしれないけど、垣間見ただけなので、そのまま福岡に帰っちゃった、っていう感じなんですけど、村井さんとはそれっきりで」
財津「村井さんはなんか新しいことをやろうとしてました。僕たちの、ニューミュージックと呼ばれていた世代は本当にいっぱいアーティストがいて、学生上がりの連中が多かったんです。赤い鳥って、皆さんご存知だと思うんですけど、その赤い鳥を村井さんはやられていまして、赤い鳥には親切だったんですけど、僕たちにはあんまり親切じゃなくて」
下田「あら」
財津「残念でした。(TULIPが)九州から出てきて、しがらみで仕方なくプロデュースしてやろうか、ということになったのかもしれません」
財津「当時はね…あの、新田(和長)さんってよく(当時の業界の話題に)登場しますでしょ? TULIPのプロデューサーをやってくれた。あの人も、多分しがらみで、しょうがないなって『私の小さな人生』の担当(ディレクター)をしたんですよ。でも、これがきっかけで、僕は『魔法の黄色い靴』って曲を作った後、接点がそこしかない新田さんを訪ねたんですよ。ですから、新田さんとはその後ずーっと濃い関係になりましたけど、村井さんとはそのままだった。人生色々ありますね」
下田「ありますね。でも唯一無二の、大切な一曲が生まれた」
財津「そうですね。村井さんありがとうございました」
今日の一曲は、財津和夫『サイド・シート』。4枚目のソロオリジナルアルバム『I must be crazy』(1990年発売)に収録されています。財津のソロコンサートで初めてこの曲に触れたファンも多くいらっしゃるかと思います。
次回8月16日の放送は、今までの18時15分(午後6時15分)からの放送に戻ります。
「松本隆」についてお話しします。
- 財津和夫 虹の向こう側
- 放送局:RKBラジオ
- 放送日時:毎週日曜 18時15分~18時30分
- 出演者:財津和夫、下田文代
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※該当回の聴取期間は終了しました。
