児童手当の「所得制限撤廃」は少子化問題の全体像を見えにくくする!?

元サンデー毎日編集長・潟永秀一郎氏

児童手当の「所得制限撤廃」は、旧民主党政権当時の子供手当て導入を批判した自民党にブーメランになって突き刺さっている。しかし、元サンデー毎日編集長の潟永秀一郎さんは「ここに焦点を当てすぎると、少子化問題の全体像を見えにくくする目くらましになりかねない」と警鐘を鳴らしている。RKBラジオ『立川生志 金サイト』で解説した。

過去の判断は少子化の加速にどう影響したのか?

どうやら自民党は「所得制限撤廃」の方針を固めたようですね。ただ、旧民主党政権当時、所得制限のない子供手当ての導入が決まったとき、自民党の丸川珠代・参院議員が「この愚か者めが」とヤジを飛ばしました。丸川議員だけでなく、自民党は当時、「所得制限のない子供手当て」を「スターリンか!」とまで批判して、政権に復帰した後、所得制限ありで金額も減らし、元の児童手当に戻した経緯があります。

当時、政調会長だった石破茂氏は「民主党の『子どもは社会で育てる』というイデオロギーを撤回させ、第一義的に子どもは家庭が育て、足らざる部分を社会がサポートする、という我が党のかねてからの主張が実現した」と述べ、今回、衆議院の代表質問で「児童手当の所得制限撤廃」に踏み込んだ茂木幹事長も当時「子供手当はバラマキ政策そのもの。かなりなレベルの所得制限が必要だ」と言っていたのですから「よく言うよ」と思いますし、岸田首相も「反省すべきものは反省しなければいけない」と答えざるを得ませんでした。

誤解のないよう言いたいのは、これ、決して揚げ足取りで言っているのではありません。茂木氏は党の会合で「過去にとらわれず、必要なことはやっていく」と述べ、首相も「10年経って、少子化を巡る社会経済の環境が変化している」と釈明しましたが、それはその通りで、意固地になって方針を変えないより、改めるべきは改める方が、はるかに真っ当です。

でも、それは過去の判断を「なかったことにする」のでなく、その後の少子化の加速にどう影響したのかをきちんと検証しなければ、それこそ「これから何をすべきか」を見誤ります。児童手当に関していえば、「子どもは社会で育てる」という考え方も含めて受け入れたのか、それとも単に所得制限を外すという制度設計の話なのか、そこをはっきりしないと、若い世代が将来を見通せないと思うんです。

婚姻数が激減! さまざまな政策が“逆風”に

そもそも日本では出生数以前に婚姻数が激減していて、仮に児童手当の不十分さが出生数に影響したとしても、婚姻数に直結したとは考えにくいからです。「愚か者」発言があった2010年当時、年間70万組あった婚姻数は、その後の10年で52万組まで、25%も減りました。

この間、日本は「伝統的家族観」を重視する政権が続き、例えば、多くの世論調査で賛成が過半数となった「選択的夫婦別姓制度」導入の検討も進んでいません。そうしたことが、今の若い人たちの結婚観に影響していないのか、特に女性を縛ってはいないか、少子化を考えるとき大事な視点だと思うからです。

また、そもそも80年代から増加傾向にあった婚姻数が減少に転じたのは2000年代に入ってからで、ではこのタイミングで何があったかというと、派遣労働の原則自由化など、非正規労働の急増です。

雇用は不安定化して格差は拡大する一方、過労死自殺が相次ぎ、16年には「保育園落ちた。日本死ね!」で待機児童が社会問題化し、今も取得率が1割台にとどまる男性の育児休業問題や、ここ3年間に及ぶコロナ禍――など、若い人が婚姻や出産をためらう“逆風”が吹き続けた、まさに「失われた20年」です。

つまり、少子化の背景にはいろんな社会問題があって、児童手当の問題はその一つに過ぎません。実際、安倍政権下で3歳から5歳の幼保無償化や保育園の定員増などを実現しても、少子化は加速しました。

むしろ、岸田首相が予算委員会で言ったように「子育てに関与が薄いとされてきた男性や企業、高齢者なども巻き込み、社会の雰囲気を変える」ことこそが大事で、あまり児童手当に焦点を当てすぎると、それこそ全体像を見えにくくする目くらましになりかねません。

実は私、茂木幹事長が、過去の発言の返り血覚悟で「所得制限の撤廃」に踏み込んだのは計算尽くじゃないかと思っています。というのも、児童手当の拡充メニューの中で一番安上がりだからです。「所得制限の撤廃」に要する費用はおよそ1,500億円なのに対し、対象を高校生まで拡大したらおよそ4,000億円、第2子以降の増額だと2~3兆円かかりますから。まあ、何でも疑うのは記者に染み付いた習性ですが(笑)。

「産休・育休中の学び直し」を政治家が言わないで

それからもう一つ、子育て支援策を巡って批判を招いたのが、岸田首相の「育休中の学び直し支援」発言でした。

これ、正確には「育休中のリスキリング(学び直し)でスキルを身につけたり、学位を取ったりする方々を支援できれば、子育てをしながら逆にキャリアアップが可能になる」と言ったのは、代表質問に立った自民党議員です。首相は「育児中などさまざまな状況にあっても、主体的に学び直しに取り組む方々を後押します」と答弁していて、何も育休中の人に限った発言ではないんですが、ネット上では「育児しながら勉強する暇あると思ってるの?」「育児をしたことのない人の発想だ」などと炎上しました。

こうした女性たちの思いについては、毎日新聞の小国綾子記者が「岸田首相に知ってほしいこと」というコラムを書いているので、一部をご紹介します。

育休中に「学び直し」? 岸田首相に知ってほしいこと

どうか、子育てに疲れ、焦燥感の渦中にある親たちを「リスキリング」なんて言葉でこれ以上追い詰めないでほしい。社会人の学び直しの支援は大歓迎だ。でも、それを産休・育休と結びつけないでほしい。産休・育休中の人に対して、「学び直し」で昇進やキャリアアップを、と政治家が言わないでほしい。なぜなら、出産・子育てによるキャリアの停滞をなくすのは、企業や政治の役目であって、産休・育休中の個人の自助努力ではないはずだから。

そして自身が、社会学者の富永京子さん、サイボウズ社長の青野慶久さんと3人で対談した記事を、首相に「ぜひ読んでほしい」と呼びかけます。小国記者と富永さんは、出産・育児で社会から置いて行かれる不安にさいなまれた経験があり、青野さんは社長自ら育休を取って話題になった人です。

この中で青野社長は「企業の経営者や管理職はみんな、出産に立ち会い、育児休業を取るべきだと思います。どんなに大変かが実感できますから」と話していて、取っていない私も胸が痛かったんですが、これ、毎日新聞デジタルで読めますので、ぜひ今の管理職や経営者の皆さん、とりわけ政治家には読んでほしいと、私も思います。

思えば私も、典型的な「昭和のダメ父」でした。長男が生まれた時、故郷の妻の入院先に行ったのは、生まれて5日後。それも事件取材の徹夜明けで、子どもを見た後、妻のベッドで私が寝てしまって看護師さんに呆れられました。二つ違いで次男が生まれた後も、帰宅は連日深夜。たまの休みは寝てばかりで、今となっては反省しかありません。

ドリンク剤のCMで「24時間戦えますか」と言っていた時代でしたが、私と同世代や、それを美徳と教えていた世代がまだ政治家の多くを占めているから社会は変わらないんだと、この対談を読むと、胸に刺さります。

さて、そんなダメ父だった私が、40代の時、Amazonのレビューで「最高の育児本」と評される本を出すのだから、世の中は皮肉です。この話はまた次回――。

立川生志 金サイト
放送局:RKBラジオ
放送日時:毎週金曜 6時30分~10時00分
出演者:立川生志、田中みずき、潟永秀一郎
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※放送情報は変更となる場合があります。

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