KAN「​絶対に泣いてはいけない!」ヨースケ@HOMEに捧げるライブを語る

ヨースケ@HOMEを知って欲しい ©STVラジオ

シンガーソングライターで、偉大なメロディメーカー・KANが、音楽シーンをウィットたっぷりに語り通すSTVラジオ『KANのロックボンソワ』。今週は、2年前に37歳の若さで急逝したシンガーソングライターのヨースケ@HOMEを偲んで、交流のあったミュージシャンが集まって開催した「絶対に泣いてはいけない!ヨースケ@HOME ツイットーライヴ vol.1」のついて、KANが思い入れを語ります。奇しくも、今回の放送日の6月20日は、ヨースケ@HOMEの命日でもあります。

KAN:本当は一周忌の去年の6月にZeppTokyoで普通にライブとしてやるはずだったんですが、去年、世の中が大きく変わりましたから、やむなく中止にして、今年は配信という新しい形が広まってきたので、お客様なしで生配信で6月14日にやりました。相当に良かったと思いますよ。

KAN:お客様なしの生配信ですから、ただ演奏してても…。番組を作るというイメージで(開催しました)。ヨースケ@HOMEを知ってくれている方はもちろんですけど、ヨースケ@HOMEは知らないけれど、なんとなく「(根本)要さんと秦(基博)くん出てるから見てみようかな」なんて思った人が十分、ヨースケ@HOMEを知らなくても十分楽しめる。それでいて、ヨースケ@HOMEを聴いてみたくなったな、ってなるように作りたいなと思って、とてもいい形で、(参加ミュージシャン)みんなの思いが伝わったんじゃないかなと思います。

この「絶対に泣いてはいけない!ヨースケ@HOME ツイットーライヴ vol.1」の参加ミュージシャンは、KANの他、キヨサク、ジョンB、菅原龍平、根本要、秦基博、PES、吉田佳史。ライブのアーカイブは6月21日(月)23:59まで見ることができます。詳しくはコチラから。 

絶対に泣いてはいけない! ヨースケ@HOME ツイットーライヴ vol.1

そして、ヨースケ@HOMEの曲はもちろん、ライブで演奏された曲を中心にお掛けしました。

M1. Chu Chu Chu / Cabrells < 2011 
 ⇒2011年にKAN・ジョンB・菅原龍平、そしてヨースケ@HOMEの4人で結成し、東名阪札のツアーを行った『Cabrells』の唯一CD化されたオリジナル曲。ライブでは根本要さん、吉田佳史くん、秦基博くんも加わって演奏しました。

M2. 所在ない / JohnB & the Donuts! < 2011
 ⇒ジョンBくんのソロプロジェクトによるヒット曲。今回のライブで最も印象に残る演奏のひとつになったことでしょう。

M3. バイバイバイ / KAN < カンチガイもハナハダしい私の人生 < 2010
 ⇒菅原くんからの勧めで、私はこの曲を弾き語りました。

M4. パノラマ / ヨースケ@HOME < 2008

緊急事態宣言のため、しばらく東京からお届けしてきましたが、次回(26日深夜)は札幌に戻れるかな…。

STVラジオ『KANのロックボンソワ』(毎週土曜 24:00~25:00)
 

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KANのロックボンソワ
放送局:STVラジオ
放送日時:毎週土曜 24時00分~25時00分
出演者:KAN
番組ホームページ

土曜の深夜、偉大なるメロディーメーカー・KANが音楽を語り尽くす1時間。それが『KANのロックボンソワ』です。

※該当回の聴取期間は終了しました。

「バスの運転士」の一言が、10年前の記憶を呼び覚ました―ラジオが結んだ、不思議な再会

先日、ニッポン放送では『上柳昌彦 あさぼらけ スペシャル ~あけの語りびと~』をお送りしました。実は8人の方を取材させていただいたのですが、皆さんのお話が、どれもドラマがあって、ご紹介しきれませんでした。

※イメージ画像

そこで、ご紹介できなかった4人の方を、4週にわたって、『あけの語りびと』でお届けしています。今週は3人目の方です。不思議なご縁で繋がるラジオネーム「すみちゃん」の物語です。

7月28日に発生した「令和8年熊本地震」。その翌日は水曜日だったので、いつもの『あけの語りびと』は、急遽お休みして、熊本からメールを送ってくださったリスナーさんに電話をつなぎました。

実はその方、10年前にもお話を伺っていたんですが、いただいたメールでは、同じ方だと分からなかったんです。お話の中で、『10年前、バスの運転士だった…』と聞いた瞬間、「あっ、あの時の!」

私の脳裏に、10年前の記憶が、鮮明に蘇ってきたんです。不思議なものですね。「バスの運転士」という言葉が、10年の時を経て、私の記憶の引き出しを開いてくれたんです。

熊本市にお住まいのラジオネーム「すみちゃん」は、50歳です。ラジオを聞くようになったのは、中学三年生の冬。受験前にインフルエンザで寝込んだ時、枕元で聞いたラジオが、とても面白かった。それが、ラジオとの出会いでした。

当時、熊本ではニッポン放送が聞けなかったので、窓際にラジオを置いて、向きを傾けたりして、雑音の中、聞いていたそうです。

「そうそう、上柳さんの声を初めて聞いたのは私が高校二年の時でしたね。こちらのローカル番組が始まる前の、夜7時10分から20分だけ、熊本放送(RKKラジオ)で、『花の係長 ヨッ!お疲れさん』がネットされていたんです。東京のラジオ局は、めちゃくちゃ面白い!と思って聞いていましたよ」

高校へ通う電車の中でもポケットラジオで聞くほど、ラジオ好きになったすみちゃんは、大学を卒業すると教員免許を取り、中学校の「技術」の教師になりました。本棚を作る木材加工や、電子製品のはんだ付けなどを教えていたそうです。

しかし、教師の仕事は勤務時間が長く、生徒や保護者への対応など、さまざまなことが重なり、別の道を考えるようになります。

子どもの頃から乗り物が大好きだったすみちゃんは、36歳のとき、市内バスの運転士になりました。始発バスを担当する日は、朝5時過ぎには発車前の点検作業を始めます。

「朝早く起きるのは、やっぱりつらいんです。眠い目をこすってラジオをつけると、あれ?上柳さんの声が流れてきたんです。『あ、うえちゃんの番組が始まったんだ!』と、朝の楽しみが生まれましたね」

ところが、番組スタートから3週間後、2016年4月14日夜9時26分、熊本地震が発生しました。その夜、地震の様子をメールで知らせてくださったすみちゃんに、翌朝、スタジオから電話をつないだんですね。

あの電話から10年が経った今、バスの運転士さんをされていないと伺って、どうされたのか、ちょっと気になって、お話を伺うと、体調を崩されたとのこと…。検査を受けると腎臓の機能が低下していて、今は週に3回の透析を受けています。昼間の仕事は難しくなって、夜、ガソリンスタンドの事務をされています。そこでは、ラジオが聞けます。

オールナイトニッポンから「あさぼらけ」へ…「明け方、ラジオから、うえちゃんの声が流れてくると、ああ、そろそろ今日も仕事が終わりだなぁ、って思うんですよ。今は、ラジオから聞こえてくる、うえちゃんの声が、ホッとする一日の締めくくりになっています」

ラジオネーム「すみちゃん」、今朝もお仕事、お疲れ様です!

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