”たまごクラブ””ひよこクラブ”生みの親の落語家~立川寸志さん

東京の多摩地域にお住まいの方、出身の方もそれ以外の方にも多摩を愛していただきたい!と思っている番組「立飛グループpresents東京042~多摩もりあげ宣言~」(略して「たまもり」)。MCは土屋礼央さん(国分寺市出身)&林家つる子さん(八王子市の大学出身)。

今週のゲストは、落語家の立川寸志さん(立川市出身)。今年10月に真打昇進される寸志さん。つる子とは落語会で一緒になる仲だというが、年下の先輩(つる子)・年上の後輩(寸志さん)という微妙な関係性。今回は立川流の昇進の話を中心に伺います。

「たまごクラブ」「ひよこクラブ」生みの親の落語家~立川寸志さん(立川市出身)

つる子が20歳下の先輩!

土屋:さっそくゲストの方のご紹介です。落語家の立川寸志さんです。よろしくお願いします!

寸志さん:お願いします!

つる子:寸志さんだ~(笑)。今年5月の共演ぶりで。

寸志さん:共演だなんて。つる子姉さんが・・・いや、つる子師匠がトリをとった興行の前をよごさせていただいて。

つる子:そんなそんな(笑)。

寸志さん:すっかりご馳走にもなりまして。

土屋:さすが!

つる子:無国籍料理屋さんで(笑)。

寸志さん:無国籍な夜を過ごしましたね(笑)。

土屋:寸志さんはこの番組は初登場なので、つる子さんからプロフィールの紹介をお願いします!

つる子:かしこまりました。

立川寸志さんは、1967年生まれ、東京都のご出身。大学を卒業後、数社の出版社勤務を経て、立川談四楼師匠と出会い落語への思いが再燃し、2011年、44歳という年齢で談四楼師匠に入門しました。2015年、二ツ目に昇進。そして来月10月、真打に昇進することが決まっています!

土屋&つる子:おめでとうございます!

寸志さん:ありがとうございます。いやいや、このタイミングで呼んでいただけて本当に嬉しい!

土屋:ただ、寸志さんは1967年生まれだから・・・あれ!?つる子さんとはどっちが先輩!?

つる子:(笑)。

寸志さん:全然というと怒られるかもしれないですけど、つる子さんが先輩です!入門順がすべてなので。

つる子:私は「寸志さん」と呼ばなければいけないんですけど、たまに「寸志兄さん」と呼んじゃってます、ゴメンナサイ(笑)。

寸志さん:心の中でそう呼んでいたんですね、ちょっとそれを感じる瞬間があったんです(笑)。でも、それは本来、許されないこと。

つる子:そうなんです。

土屋:そうなんですか!?

つる子:あくまで後輩なので。

寸志さん:僕が「寸志兄さん」と呼ばれたら否定しないと、アイツ否定しなかったなって。だからそれは大否定です。

土屋:でも実際の年齢は年下の人に「寸志さん」と呼ばれるのは大丈夫なんですか?

寸志さん:私はいっさいそういうのが無くて。これはしょうがないですよね。諦めているとか我慢しているとかではなくて、そういうもんだと思って落語の世界に入りましたから。逆に上の人が気遣ってくれて労わってくれているからそれが成り立っているという感じなんです。実際は何歳差?

つる子:(笑)。私は1987年生まれだから・・・

土屋:おお、20歳差!!

寸志さん:はい、20歳違いですね(笑)。

つる子:寸志くん❤️

寸志さん:今、すごい嬉しかった(笑)。

独特の立川流の真打トライアル!寸志さんは「通算1000人投票」

土屋:寸志さんは東京出身ということですが、東京のどこですか?

寸志さん:はい、立川寸志ですが・・・「立川市」の出身です!

土屋:やった!この番組としては“ど多摩人”ということです!

寸志さん:はい、多摩人です!

土屋:生まれ育った「立川」の話も伺いたいんですけど、まずは真打昇進についても伺いたくて。立川流の真打昇進というのは他とはちょっと違うものなんですか?

寸志さん:そうですね。つる子師匠の所属されている落語協会、そして落語芸術協会というのがありまして。そこは順番になっているんですかね?

つる子:はい、そうですね。

寸志さん:立川流も基本は順番なんですけど、師匠がOKと言えばOK。そこで、真打トライアルというのをやるんですね。

土屋:聞いたことがある。

寸志さん:師匠の前で落語をやって、“おまえは真打でいいぞ”とか“もういっぺんチャレンジだ”というのをみんな、2、3回くらいやるんです。

土屋:一発ではなかなか通るものではないんですね?厳しいものなんですね?

寸志さん:そうですね。それくらい真打の価値を上げていかないといけないので。私もそれを考えたんですけど、もっと継続的にいけないかな、毎回毎回師匠に見てもらってダメ見てもらってダメよりも積み上がっていくものをやっていきたかったんです。

つる子:へえ。

寸志さん:それで、通算1000人のお客さんにご投票いただいて、通算1000名の投票があった段階で師匠に真打として認めてもらおうと思いますという企画をやりました。

つる子:ええ!?

土屋:師匠に言われたのではなくて、ご自身で決めたということですか?

寸志さん:自分で決めて、師匠にOKを取って<ならば、やってみろ!>と。

つる子:すごいですね!

土屋:立川流って、自由ですよねえ。

寸志さん:そういう意味では自由にやらせてもらってますね。

土屋:ただ、1000人って大変ですよね?

寸志さん:いやでも、これは通算1000人と書いてありますけど、その“通算”というところに引っかけがありまして。“のべ”なんです。

土屋:ああ。はいはい。ディズニーランドの入場者数の、のべ何人みたいな。

寸志さん:そうなんです。正味1000人ではなくて、何回もやりますので何回も来ていただいて何票でも投票できますというカタチにしたんです。

土屋:その企画はいつから始めたんですか?

寸志さん:2024年5月から小さい会で始めまして。それから徐々に会場を大きくしていったり、ちょっと今このタイミングで1000人になっちゃうとマズいなという時は会場を少し絞ったりとか、姑息なことをして(笑)。

つる子:(笑)。

寸志さん:その上で1000人に到達したということですね。

土屋:で、師匠に報告して、どうですか?ということになったんですか?

寸志さん:1000人に到達するだろうという日は、師匠をゲストで来てもらって師匠の前で通算1196票まで集まったんですよ。<師匠、これだけ集まりました!いかがでしょうか?><よし、じゃあ真打になっていいぞ!>というところで、皆さまにもお認めいただいた、という流れなんですね。

つる子:素晴らしい!

寸志さん:1番怖かったのが、<師匠。1000人超えました!どうでしょうか?><よくやった!じゃあ1500人で!>ってハードルを上げられるのではと思って。それは怖かったですね。

つる子:ありえる(笑)。

土屋:つる子さんがこんなことを提案したらどうなるんですか?

つる子:うちはそもそも自分で企画するというのが出来ないので。落語協会の理事会が毎月あって、そこでこの者たちが真打に昇進するというお達しが来て。そこから寄席に向けて私たちも支度を進めていくというカタチなので。だから、ここまで設定されるのはすごいです!

寸志さん:自分たちでやらないといけない大変さと楽しさというのはあります。脇から見ていると、ちゃんと理事会があってというのも羨ましくも思います。

土屋:真打昇進が決まって、今の心境はいかがですか?

寸志さん:怖いですね。怖いのと、寂しい感じがしますね。これは、つる子師匠はわかってくれると思うんですけど、二ツ目時代って“青春”じゃないですか。

つる子:これはわかります!

寸志さん:青春だし、まだプロセスじゃないですか。真打になったら結果が毎回問われる気がして。それは怖い。

つる子:責任がね。

寸志さん:トリともなれば責任がありますよ。良い落語をやらないといけない、無国籍料理で奢らないといけない(笑)。

つる子:(笑)。

土屋:つる子さん、先輩としてこれは気を付けろというのはありますか?

つる子:やはり、打ち上げのお店選び!

寸志さん:(笑)。

土屋:それは自分でやるの?

つる子:そうです!そういうのも確かにあります。

寸志さん:それで値踏みされるわけか・・・。

44歳で落語の世界へ!

土屋:そもそも、寸志さんは44歳で落語に入門したというのは、普通に考えて変わってますよね?そもそも落語とはどういう出会いがあったんですか?

寸志さん:子供の頃から落語の絵本を見て落語を知って、中学高校くらいに落語を聞いて。それで大学時代は落語研究会にいました。その上で就職はせず、15、6年働いていたところで、うちの師匠・立川談四楼と“作家と編集者”の関係で知り合うようになったんです。

つる子:ああ。

寸志さん:うちの師匠は物書きも盛んにやっていますので、その立川談四楼が書くものを編集している立場だったんです。そこで打ち合わせをしたり、師匠の会に客として行ったりしていたんですが、そのうちに師匠が47歳の新弟子を取ったんですよ。で、その47歳の人の初高座を見たんですね。(これは年齢で断られることはないんだな)と思いまして、そこで思い切って師匠にアプローチして。

つる子:なるほど。

寸志さん:私は大師匠である立川談志がすごく好きだったんで、そこから立川流を選びましたね。

編集者時代に「たまごクラブ」「ひよこクラブ」の生みの親に!

土屋:寸志さんの出身校が「都立立川高校」ということで。びっくりするほどインテリジェンスな学校ですよ!

寸志さん:あのう・・・今の在校生はものすごくレベルが高いらしいですけど、私たちの頃はそれほどでもなかったです。

土屋:でも、学区の中ではトップですよね?

寸志さん:東京都ってご存知のように色々と高校の学区割りをイジるじゃないですか。何年かにいっぺん変わるその2年目くらいだったんですけど、「立川」より「八王子」を除く西の方がまとめられていた時代で。そのグループの中ではやっぱり一番上ではありましたよ。

土屋:ほら、インテリジェンスが漏れちゃった(笑)。

寸志さん:言わされた感じがあります(笑)。

土屋:子供の頃からそれだけ落語が好きで。就職して仕事をされていたわけじゃないですか。その会社はどうされたんですか?

寸志さん:それはもう何ヶ月か前に辞めました。

土屋:ちなみに、編集者時代はどんな雑誌を作られていたんですか?

寸志さん:はい、何紙かには関わりましたけど。1番皆さんがご存知なのは「たまごクラブ」「ひよこクラブ」という。ご存知ですかね?

土屋:知っているどころじゃないですよ。百人一首で言ったら上の句が「たまごクラブ」で下の句が「ひよこクラブ」というくらい(笑)。

つる子:寸志さんは、「たまごクラブ」「ひよこクラブ」を創られた方なんですよ!

寸志さん:ちょうど創刊する時の準備室に配属されていたんですよ。マタニティ雑誌とベビー雑誌を同時に作っちゃおうというのが会社で決まりまして。対になる感じのタイトルを考えましょうというのが社内の公募で回ってきたんですよ。で、私の出したアイディアが・・・「たまごクラブ」「ひよこクラブ」。

土屋:ええーーー!?

つる子:すごい!!

土屋:だって、世間の人全員が「たまごクラブ」って言ったら「ひよこクラブ」って言えますよ!

つる子:すごいセンス!

落語界の「捨て耳」とは!?

土屋:そんな編集のスーパースターが会社を辞めて落語に行くというのは、けっこうな覚悟だと思うんですけど・・・?

寸志さん:「ベネッセコーポレーション」という会社だったんですが、そこで10年働きまして。その後、10年間を3つ会社で出版関連に携わっていたので。「ベネッセ」時代というのは半分くらいだったんですけど、そうやって仕事をしていくうちに(やっぱり落語をやりたいよな)という気持ちが高まってきたという、そんな感じですね。

土屋:経済的な不安はなかったんですか?

寸志さん:家内も働いていましたので。結婚はしていました。

土屋:え、ご家族がいてですか?

寸志さん:子供がいなかったので。逆に子供がいたらこういう決断はなかなか悩んだどころかしなかったかもしれないなというふうには思いますけどね。

土屋:僕も落語を少しかじっていますけど、年々落語を覚えることが対応できなくなって若い頃の記憶の定着でなんとかやってますけど。44歳から落語を覚えるというのはいかがですか?古典ですもんね?

寸志さん:はい。覚えるのにあまり苦労を感じたことは正直無いですね。

つる子:やっぱり落語研究会から落語に馴染みがあったからですかね?

寸志さん:そうですね。落語研究会もそうですし、中学高校と勉強している時間は勉強が嫌なのでずっと落語を聞いていたんですよ。我々、楽屋で“捨て耳”という言葉があるんですけど・・・

土屋:捨て耳?なんですか?

つる子:着物を畳んだりお茶を入れたりしているんですけど、高座で話している師匠方の噺を修行しながら聞いていようと。

土屋:なるほど。耳がいっていることで聞いている状態になっていると。

寸志さん:それが染み込んでいた感じがあります。

つる子:なるほど。

「砂川九番」で遊んだ幼少期

土屋:最後に、多摩の話も少し伺いたいのですが。「立川」で落語を好きになった時代というのは1970年代ですか?

寸志さん:そうですね。落語の児童書を見て落語って面白いなと思って。それでテレビ・ラジオで聞くようになったのが学生時代ですからそうですね。

土屋:僕は1976年生まれで中央線の最寄駅は「立川駅」だったんですけど、親に<「立川」の南口だけは行くな>とずっと言われていて。なぜかはわからなかったんですよ。

寸志さん:私は「立川」の北口、それもわりと駅から離れたところだったので、のんびりとした土地だったんですね。でも、ガードをくぐって一歩南口に行くと空気が変わりましたよね。

つる子:(笑)。

土屋:1970年代の話ですよ(笑)。「立川」の北口に住んでいて、遊ぶ場所はどこだったんですか?

寸志さん:実家の近くは牧歌的なところなので、普通に公園とかその駐車場とかで子供だからむやみに駆け回るとか、むやみに遊具に登るだとか。あとは小学校の中学年くらいになったらみんなで野球をやるとか。そういうところですね。非常にのんびりとした地方都市の感じでした。

土屋:僕は「五日市街道」沿いだったので、それなりに近いかもしれないですね。

寸志さん:具体的にいろんなこと言ってもいいんですか。「砂川九番」の坂をずっと下りてきて、むかしむかしJマートってあったのご存知ないですか?

土屋:はいはい、ありました!

寸志さん:あそこの裏手です(笑)。

土屋:近い!昔は全然飲食店も少なくて苦労したけど、今は増えました。ということで、今週はお時間です。来週は「立川」の話を伺いたいです。では、立川寸志師匠にお知らせを伺いたいのですが。

寸志さん:師匠って呼ばれて、はいって返事したらつる子姉さんの目がキラッて。

つる子:(笑)。

土屋:じゃあ、寸志さんお知らせをお願いします(笑)。

寸志さん:はい。10月1日に真打に昇進いたしまして、10月21日、この日は夜になりますけど渋谷の桜ホールという所で披露目の落語会をさせていただきます。ゲストにもちろん師匠の立川談四楼が出ますし、立川流の重鎮、立川龍志師匠、それからの立川談春師匠、立川吉笑師匠が揃って口上に並んでいただきますので、ぜひとも10月21日いらしていただきたいです!

土屋:近い!来週もお話を伺います。今週のゲストは、立川寸志さんでした。ありがとうございました。

寸志さん:はい、ありがとうございました。

(TBSラジオ『東京042~多摩もりあげ宣言~』より抜粋)

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