宇多丸、『TENET』を語る!【映画評書き起こし】

ライムスター宇多丸がお送りする、カルチャーキュレーション番組、TBSラジオ「アフター6ジャンクション」。月~金曜18時より3時間の生放送。


『アフター6ジャンクション』の看板コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論します。
今週評論した映画は、『TENET テネット』(2020年9月18日公開)です。

宇多丸:
さあ、ここからは私、宇多丸がランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞し評論する週刊映画時評ムービーウォッチメン。今週扱うのは、9月18日に公開されたこの作品、『TENET テネット』。

(曲が流れる)

『ダークナイト』シリーズや『インセプション』『インターステラー』『ダンケルク』など、数々の大ヒットを手がけるクリストファー・ノーラン監督最新作。謎の組織「テネット」に雇われた主人公が人類滅亡の危機に立ち向かうが、そこには時間の逆行を操る謎の武器商人が立ちふさがる。主人公の「名もなき男」を演じるのは、『ブラック・クランズマン』で映画初主演を務めたジョン・デヴィッド・ワシントン。あのデンゼル・ワシントンの息子さんですね。デンゼルもね、『デジャヴ』なんていう時間逆行物があったりしますけどね。

その他、主人公を助ける相棒ニール役のロバート・パティンソン、謎の武器商人アンドレイ・セイター役のケネス・ブラナー、物語のカギを握るセイターの妻キャット役のエリザベス・デビッキ、などが出演しております。あとはおなじみ(ノーラン作品常連の)マイケル・ケインとかね。

ということで、この『TENET テネット』をもう見たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)をメールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、「めちゃめちゃ多い」。まあ、それはそうでしょうね。来ました、今年最多! といったところでございます。クリストファー・ノーラン、後ほども言いますけども、やっぱりなんだかんだで、全方位的にみんな見ますからね。やっぱりね。

で、賛否の比率は、褒める意見が半分ちょっと。2割程度が否定的意見。残りは「すごいと思うが話はよく分からない」という意見。これも素直なところでしょう。主な褒める意見は、「映像も音楽もすごい。今まで見たことのない映画を見ているという興奮があった」「コロナ禍の中、こうした大作映画見られることが嬉しい。ノーラン監督、ありがとう」。これは本当にそうですね。「ニールがよい」などもありました。(火曜パートナー)宇垣(美里)さんも、そのへんに萌えじゃくっておりました。

一方、批判的な意見としては、「監督が意図した分かりにくさ以上に、何が起こってるかわからない。単にヘタクソで分かりづらい」「映画側が用意した勝手なルールにつきあわされるのにうんざりした」「キャラクターに魅力がない」などがございました。否定派も肯定派も「映像はすごい」「分かりにくい」という感想はほぼ一致していて、まあ同じものを見ている、っていうことですね。

■「ある男が『主役(主人公・プロタゴニスト)』になるまでの、ヒーロー誕生譚」byリスナー
よかったという方のご意見。ラジオネーム「もりちゅう」さん。池袋グランドシネマサンシャインの70ミリIMAXで3回見てきました。とても面白かったです。ノーランの映画への愛情が痛いほど伝わってくる映画でした。度を越した実写へのこだわりや逆行と順行が複雑に入り乱れるアクション描写に『本当にこの人は変態だな』と開いた口がふさがらなかったです。しかしこの映画については順行と逆行のトリックの考察とその矛盾点等について語るより、ある男が『主役(主人公・プロタゴニスト)』になるまでの、ヒーロー誕生譚と捉えるべきではないでしょうか。

はじめからそうなることが決まっていた運命の中で、名を与えられていない主人公が訳も分からず七転八倒しながら、やがては世界を救うという自らの役割に気づくまでのストーリーだと思います。その上で重要なキャラクターはやはりニールの存在でしょう。冒頭で主人公は仲間を助けるかわりに自らの命を絶とうとしますが……」。ちょっとオレ、その解釈がどうなのかな、とは思っているんだけど。

「やがては自分の役割に気付き、最後には友情の終わりも受け入れるという境地に至るのです。これまでのノーラン作品のいくつかは大切なものを失った人間がその亡霊に取り付かれたり、また失う恐怖にさいなまれたりするという共通の作家性があったと思います。しかし今回の『TENET テネット』では、『人生の主人はオレだ!』と、あくまでも一人称の視点へと視座が1段上がったのではないでしょうか? コロナ禍の中、ド派手で奇抜な最高の映画体験を通して映画館に足を運ぶ価値を再認識させてくれたノーランに心から感謝しています」というね。劇中でもね、「仲間を守るために」って言うんだけど……実際に起こっていることを考えると、そういうこと?っていう風にちょっと思わなくもないだが。

あとですね、ちょっとこれは長いので全部は読みきれないんですが、現役の素粒子物理学者だというラジオネーム「rubio」さんからいただきました。この方は物理学者として、やっぱり実際の科学というものを、マクガフィン的ではあっても反映させようとしている、それのバランスとかも含めて好ましい、というようなことを、非常に、ご自身のお立場から書いていただいております。ありがとうございます。

一方、よくなかったという方。これにしようかな……ラジオネーム「みかんの缶」さん。「『TENET テネット』、是か非かで言えば否です。映像や音響の迫力はさすがだなと思いましたが、内容自体には正直なところ、がっかりしました。動きが巻き戻る面白い映像と『007が作りたい』というノーランの目的のために、シナリオや場面が取って付けたように感じました。シナリオは『AをするためにBをするためにCをするためにDをやる』という、ムダに折り重なる構造で……」。これはね、『大脱出2』などとも重なるあたりですね(笑)。

「『今、なにをしてるんだっけ?』と見る側をムダに疲弊させます。そして、『時間逆行物ということは、あれはああなんだろうな』と見ながら想像をしていた内容を超えていかないので、びっくり映像以外は正直、退屈でした。登場人物たちの行動原理も全然わかりません。『旦那を憎んでいる人妻』という設定を最初から背負って登場する人妻。前触れもきっかけも特になく、会っただけで人妻に肩入れする主人公。最後の最後で取って付けたように主人公との絆を告白するパートナー。

唯一、背景も事情もすべて理解できるので同情できると思ったのが悪役のケネス・ブラナー、という始末でした。100歩譲ってシナリオやキャラクター造形がダメでも、アクションや映像がものすごいとは言い切れるのですが、この映画の、というかノーラン映画のタチの悪いところは、大真面目な深い映画のふりをして作っているため、多くの観客……それこそ宇多丸さんたちのように、ムダに混乱に陥れてることです。

大規模なバジェットを使って作ったびっくり映像のオンパレード、という意味ではもちろん一見の価値があるとは思います。ただ1回見ればじゅうぶんかな、という感じでした」というあたり、いただきました。あとはね、私が連発してるケネス・ブラナー、セイターのね、「イェ~~~~イッ!」(笑)について注目して書いていただいた「おいもさん」とか。いろんな方の感想をいただきました。ありがとうございます。


■当代随一のスター監督クリストファー・ノーランは常に「映画でしかできないこととはなにか?」を考えている
ということで、行ってみましょう。私も『TENET テネット』、T・ジョイPRINCE品川でIMAX、丸の内ピカデリーでドルビーシネマ、TOHOシネマズ日比谷のIMAXでもう1回、計3回見てまいりました。ちなみにですね、「劇中のあそこってどういう理屈?」とか、「あそこ、おかしくない?」的な、ああでもない、こうでもない……それはもちろん、本作『TENET テネット』の楽しみ方の、小さくない部分ではあるんだけど。

とにかくそういうですね、当然見ている前提の、パズル的な、辻褄合わせ的な件に関して、そういう云々かんぬんに関しては、放送後にSpotifyで配信される「別冊アフター6ジャンクション」で80分、本当にだらだらだらだら、ブースカブースカやっています。

番組構成作家の古川耕さんがね、「これってちょうど、『エヴァンゲリオン』が最初に盛り上がった時に、劇中に出てくるいろんな謎を云々するのが流行ったような感じだよね」って言っていて。それはすごく「ああ、そんな感じね。わかる、わかる」という感じがいたしましたけど。で、やはりこのムービーウォッチメンの時間はですね、本作の、「映画としての本質」という部分に少しでも迫れるような現時点での時評、というのを心がけていきたいと思うわけです。

というのもまあ、クリストファー・ノーランっていうね、もちろんその、スーパービッグバジェット超大作の担い手。それで実際、本当にスーパーヒットメーカー。であると同時に、その独自の作家性を強く刻み込んだ、オリジナル作品を常に送り出してきた、という。要するに、あらゆる角度から映画ファンを引きつけずにはおかないというか、当代随一のスター監督、スターアーティストである……特に2008年の『ダークナイト』以降、そうなっていったクリストファー・ノーラン。

そのノーランというのは、常に……まさに僕はさっきね、「映画としての本質」の話がしたいと言いましたけど、「映画とはなにか?」「映画でしかできないこととはなにか?」ということの本質を、常に考えて、その彼なりの答えというのをその時その時の作品に落とし込んでいる、とまずは言える作り手だ、という風に僕は考えておりまして。

それこそ今回の『TENET テネット』もまさにそうですけど、まあご存知の方も多いとおり、ノーラン作品、これまでもですね、「時間」というか、「時間感覚」というところに焦点を当てることが多かった。それはなぜかと言えば、つまるところ、映画というものをね、すごく身も蓋もない説明の仕方をすると、「一定の長さとスピードと順番で提示される映像と音の連なりによって、観客が体験する時間芸術」なわけですよね。

■映画の本質に常に意識的だからこそ、ノーランはそれをそのまま可視化したような作品を作ってきた
で、その特性を際立たせるということが、まさに「映画ならではの」面白さを際立てることに繋がる、という風にノーランは考えている。ゆえにその、時間をテーマにすることが多い。たとえばそれは、僕がよく言うですね、「映画にとって大事なのは、“観客側が時間をコントロールできない”ということだ。だから映画館、もしくは映画館的環境を整えることが、映画を見るという体験にとって本質的に必要なんだ」っていう私の持論とも、ちょっと重なる部分かと思うんですが。これ、たぶんノーランには完全に同意してもらえると思うんですけど。

とにかく映画というのは、作り手側は自在に伸縮加工できる、架空の時間感覚ですね。しかもそれを、複数、同時に並行させて語ることもできる。複数、別の時間感覚を同時に並べて語ることも、カットバック等を使ったりとか、あるいはいろんな形を使ってできる、という。そういうことをするんだけど、その映画の中だけで成立する架空の時間感覚……でも、観客側からそれを見ると、それはいかにもリアルで、本当の事に感じられるような世界であるようになって。観客はそれを、一方的に体感させられる、という。それが映画の本質の一面というか、少なくともノーランは、すごくそういう風に考えてると思うんですね。

で、こんな感じでですね、どんなにその、時間が引き延ばされたり、あるいは縮められたり……この「時間」を、「空間」と言い換えても同じ、っていうところがまた面白いかなと思うんですが。時間が引き延ばされたり縮められたり、あるいは遡ったりジャンプしたり……先にポンと飛んだり、あるいは複数に枝分かれしたりしたとしても、観客側が体感・体験する時間は、常に一定かつ一直線。かならず同じルートで、同じゴールに辿り着く。

僕、今この話をしてるとね、まるで『インセプション』とか『TENET テネット』の話をしてるように感じるかもしれませんが、そもそも映画というのは全て、本質的にそういうものだ、っていうことなんですね。だから、人工的に作られた記憶とか夢、みたいなものに近くて。なので、そういう今、僕が挙げたようなノーラン映画とも、やっぱり非常に本質が近い。

で、逆に言えば、映画というもののそういう本質に常にとても意識的だからこそ、ノーランはその構造をそのまんま物語、そして映像作品にして、可視化したような作品を作ってきた、と言えるわけです。なので、彼のフィルモグラフィが、どこか常にちょっと自己言及的というか、「映画を作るということ」とか、「物語を語るということ」についてのメタファーというか、メタフィクションのような感じをさせるような話が実は多いのも、そう考えると当然というか。常に映画の構造を可視化して作品化しているようなものが多いから、という感じですね。

で、個人的には、彼のそういう映画ならではの時間感覚の突き詰めが、ひとつ極まったな、と思ったのが、前作、2017年の『ダンケルク』ですね。皆さん、これはもうすでにご存知の通り、実際には……『ダンケルク』って史実ですからね。実際の史実としては、それぞれ1週間/1日/1時間っていう、それぞれ違う時間感覚の3つのエピソードを、あたかも同時に並行して進行している出来事であるかのように、 106分という尺に収めて語る、という。まあ、『メメント』とか『インセプション』とか今回の『TENET テネット』のように、「今からこういう時間の嘘をつきまーす!」っていう宣言をしていない分、より実験的、とも言える映画的嘘……その映画的嘘を、根本的に埋め込んだ作り、語り口だと思います。

で、おそらくは非常に、常にノーランを意識しているサム・メンデス。「『ダークナイト』があったから『スカイフォール』を作った」と言っているサム・メンデスが、「ノーランが3つの別の時間をひとつの時間として見せたのであれば、自分はひとつの時間を使って、その映画的嘘の時間感覚、もしくは空間感覚を表現してみせる!」っていうことで作ったのが、『1917』だと思うんですよね。面白いね。ちなみに、両者とも編集してるのは同じリー・スミスさんですから。とかね、面白いあたりですね。

■「本物の迫力」で人を驚かせる映像にもこだわる。昔ながら大作エンタメ映画の発想も忘れない
で、ですね、それと同時に、そんな時間感覚とか、映画の特性というのを常に考えているノーラン。そのノーランの作る映画は、そういう人工的な時空間をしかし、主観的体験としては本物、現実として感じさせるために、できるだけCGI等には頼らず、実在する場所や物体、現象を、しかもフィルム……特にIMAXという、精細にして没入度の高い、しかし扱う手間は全くもって厄介なその技術を使って、撮影する。そしてそれによって生じる、いわゆる……本当にこの惹句でいいと思います、いわゆる「本物の迫力」っていうね。

昔のエンターテイメント映画の惹句によくありましたけど、やっぱり「本物の迫力」こそが劇場に、スクリーンに人を集める何かなんだ、という確信。それもまた、映画ならではのものなんだ、という。要はスペクタクル映像、まあ言い換えると「人を驚かせる映像」へのこだわり、というのも非常にやっぱり強くあって。で、これがやっぱりノーラン作品の、まさにキャッチーな部分というか。まあ純粋に画的な驚き、そのセンス・オブ・ワンダーの追求っていうものをまずしてるというのと、単純に、普通あり得ないスケールのデカさでビビらせる(笑)っていう、実は割と昔ながらの超大作エンターテイメント映画的なアプローチとか発想で作ってるところも、やっぱりあったりなんかして。

今回で言うとね、あのジャンボジェットのくだりをわざわざやるとかは、ねえ。どっちかというと『ワイルド・スピード』的な感覚ですよね、それはね(笑)。で、今回の『TENET テネット』で言えばですね、まずはやっぱりその、画的な驚きということで言うならば、「フィルムを逆回しさせると面白いよね!」っていう……それこそこれは、映画の撮影という技術が発明されるのとほぼ同時に生まれたに違いない、プリミティブな興味ですよね。それが大元ににあったのは間違いないな、という風に思いますね。

要はこの「フィルム逆回しって、なんかあれって、時間を巻き戻すのも同然じゃん? あれをさ、すごいリアルな物理現象として見せることができたら……」、一応2000年の出世作『メメント』の冒頭でもやったけど、あれは一種の抽象表現かつ、最初だけだったから……「あれを全面的に世界観として展開して、しかもそれを、IMAXでちゃんと逆回し映像を見せて、超リアルに見せたりしたら、ものすごくギョッとする、単純でありながらギョッとする感覚が作り出せんじゃね?」というね。

「じゃあその、フィルム逆回し的なその絵面が、最も効果的に面白く感じられる物語とか設定とは、どんなものかね?」っていうところから、諸々の理屈をあと付けしていった、ということだと思うんですよね。要するにね。で、ちなみにこのクリストファー・ノーランさん自身ですね、今回『メイキング・オブ・TENET テネット』という本がこれ、玄光社から出ていて、そのインタビューとかでもいろいろと語っていますけども、メイキング本でもこんなことを言っていて。

「『インターステラー』とは違い、『TENET テネット』では、そのシーンに必要であれば現実の科学では起こりえないことも起こる」っていう風に、もうはっきりと明言してるわけですね。はい。あと、劇中でも科学的な説明、つじつまの話になるとですね、その科学的な説明っていうところでやっぱりどうしても俺らが、「うん?」とかね、「あとで考えたらあそこ、おかしくね?」みたいなことを言い出しそうなところ、くだりになると、これは最初の方でもね、「まああの、未来人の作ったものなので、正確なところまではわかんないけど……」とか言った挙げ句、「考えるな、感じろ」っていうことを言いだす(笑)。

あるいは後半でも、そのタイムパラドックス的な議論、一応触れるそぶりは見せつつ、「頭痛くなってきたでしょう?……寝ろ!」っていう(笑)。そんなことを言って、議論を打ち切る。これはまるでですね、あのライアン・ジョンソンのね、『LOOPER/ルーパー』という作品がありましたけども、あれでの名言。「タイムパラドックスの話はしたくない!」っていうね(笑)。決然と言い放ちましたけどもね。あれにも通じる、非常に思い切りのいい……要はですね、「大事なのはそこじゃないから!」っていう、スタンス表明ですね。はっきりと言ってもいて。

まあ、とはいえ作り手たち自身も認める、その複雑極まりない時間軸のパズルというのはしかし、よく取り沙汰される「これぞ難解時間SF映画の極めつき!」といったところの、2004年の『プライマー』という映画とか、ああいうのみたいにですね、そのパズル性自体が作品の主題、というものでも実はなくて。あくまでやっぱり、その個々のセンス・オブ・ワンダーな、映画ならではのハッタリも含めたその絵面のフレッシュさ、ということをまず味わうべき作品なことは、もう間違いないあたりだと思いますね。

■全体に意識されているのは『007』/往年のスパイ映画オマージュ
皆さんおっしゃる通り、全体にはですね、ものすごく『007』映画っぽい話であり、作りなわけですね。もちろん『インセプション』でも『007』映画オマージュ、たくさん出てきましたけど。あの時は、その IMAXがね、いろいろ制約があって使えなかったので。まあ今回は、地球上のいろんな場所で……言うまでもなく『007』というのは、観光映画でもあるので。そしてそれは、やはりその映画というものが本来持っていた、ものすごく大きな機能でもあったので。

世界のいろんなところで、あるいは、その会話やアクションシーンなどにも大幅に……要するに、IMAXが今まで得意としていなかった領域でも大幅に。もちろんそして、逆回し撮影もIMAXはそのままじゃできないので、カメラを改造してでも、できるだけIMAXで撮るぞ!っていう。言っちゃえばノーランなりの『インセプション』リベンジ、グレードアップ版、的な気持ちも多少はあったんじゃないかな、という感じがいたします。

まあとにかく、今回の『TENET テネット』、より全面的に、もう『インセプション』以上に全面的に、『007』、もしくはその古典的、60年代とかのスパイ物っぽい……まあ今回ね、毎回常連で出ているマイケル・ケインも、今回はもう完全に、『ハリー・パーマー』風で出ている、と思った方がいいんじゃないでしょうか。『ハリー・パーマー』シリーズ風。まあたとえば、「手前勝手極まりない理屈で世界の破壊を計画する大金持ちに接近するために、まずはその近くにいる美女にお近づきに……」なんてね、まあ『007』的な話だったり。

まあそのプロセスで、その悪役ボスと主人公、腕競べ的に……要するお互いを「お前、認めるぜ!」「お前、できるな!」みたいなのを見せる的な意味で、技量を要する何らかの「遊戯」を共にする、今回であればヨットのシーンがそれにあたる、とか。クライマックスは、敵の秘密基地を総攻撃!っていうね、まあなんとも本当に『007』的な段取りだったり。あとはもちろん、ゴージャスなファッション、スマートなスーツの着こなしなども、大きな見どころだったりとかするという。

まあ、要はある種の優雅さ、余裕かました遊戯性、みたいなものが、本作が手本としたような古典的スパイアクションの肝で。個人的には、そうだとするならば、もうちょっとユーモアが強めだといいんだけどな……とは思ったんだけど、そこはね、明らかにノーランは苦手科目なんですね。ユーモアはね。まあ『ダークナイト』ではそこをヒース・レジャーのジョーカーが補完していた、というところがあったかもしれません。で、それより、ユーモアがあんまりない分、その冷酷な悪漢ボスが、ヒロインに片思い的執着を見せている、というですね、これは『007』で言うと『サンダーボール作戦』……つまり『ネバーセイ・ネバーアゲイン』でもあるんですけども、ラルゴというあの悪役であるとか。

それこそ、その『007』のさらに元をたどっていけば、そういうスパイ的アクション、『北北西に進路を取れ』の、ジェームズ・メイソン演じるヴァンダムとか……ああいうような、ちょっと切ないメロドラマ風味の味つけに、本作『TENET テネット』ではどっちかというと重心が置かれていて。そこは特にやっぱりそのケネス・ブラナーが、さすがの貫禄でね。「ウエーッイ!」と(笑)印象を残しているし。キャット役のエリザベス・デビッキさんも、演技云々っていうよりはやっぱり、ちょっと往年のハリウッド女優のようなゴージャスさ……しかもあの背丈で、っていうところでいうと、現代性もあったりなんかして。それを醸し出していて、それもよかったなと思います。

■物語の一番先にいた自分が「主人公」なんだ、というノーラン監督の「主人公論」
で、面白いのはですね、やっぱりジョン・デヴィッド・ワシントン演じる主人公が、役名を持たず、そして明快な背景、バックストーリーなども語られず、という、その何者でもない存在のままですね、文字通り純粋に「主人公」でありうるのかどうか、という、やはり非常にメタな物語論的な問答が、劇中堂々と繰り広げられる、ということで。特別な技能をはっきりと発揮するわけでもないし、強い内的動機があるわけでもない。言っちゃえば、ほぼ全編に渡って受動的に状況に飲み込まれて、それでも前に進み続けていくというだけ、とも言える存在が、だからこそ、観客の意識のいわば乗り物……つまり、だからこそ「主人公」たりうるのだ、と。

もっと言えば、観客を「物語の一番先」まで連れて行ける者が「主人公」なんだとするならばですね、これはネタバレしないように伏せますけど、結果として「物語の一番先」にいたことになる自分がやっぱり、「主人公」なんだよね、みたいな……そんな一種、本当に抽象的な主人公論、物語論みたいなことを、スクリーンの中心にシレーッと置いてみせるという。この大胆さというか、あざとさというか、構想がたしかにやっぱり、ノーラン映画っぽいな、ノーラン映画を見ているな、という部分じゃないでしょうかね。非常に僕は面白かったです。醍醐味としてね。

まあ、宇垣さんもね、非常に萌えじゃくっていた、ロバート・パティンソン演じるニール役。まあ、タイムパラドックス、タイムトラベル物だとちょいちょい出てくる「おいしい役柄」ですし。ノーラン映画にも割と頻出する「人しれぬ自己犠牲」キャラ、ということで。まあ、いずれにせよおいしいあたりかなと思います。で、肝心のその画的なセンス・オブ・ワンダーに関しては、もちろんね、単純に逆回しだけじゃなくて、たとえば実際に逆回し的な動きを体得した上でのアクション、などなどですね、複数の手法をカットによって使い分け、組み合わせて作られたらしい、その逆行世界を体感させてくれるくだりは、やっぱりさすが、知的な興味とか興奮も相まって、非常にわくわくさせられるし。

特に、逆行世界に主人公が途中で「踏み出していく」くだりは、本当にわくわくさせられますし。よく見ると、自然現象が逆行しているショットでは、順行の動きをしている人物が、実は逆の動きで撮影したのであろうことをうかがわせる、ぎくしゃくした動きをあちこちでしていて。これがまたですね、さっき言った映像、映画というもののプリミティブな不思議さ、面白さを改めて醸していて、これはやっぱり楽しいかな、って思うしね。

あと、逆行とは別のところでも、特に冒頭、オペラハウスでのね、全員昏睡!の中での銃撃戦、とか。もちろんね、「そこまでやるか!」っていう感じの、本物ジャンボジェットを使っての破壊シーンとか。まあ、「こんな絵面のアクションがあったら面白くね?」っていうのをストレートに実現してしまう、まさに今のノーランの立場だからこそできる、ケレン。これももちろん、堪能できますしね。あとは、新規参加、音楽のルドウィグ・ゴランソンの、あの「回文的な構造で作られた」音楽というのも、これまでのノーラン作品とまたちょっと違った、ハンス・ジマーとはまたちょっと違った、現代的グルーヴを全体的にもたらしていてですね。少なくとも本作のイケイケ感には、すごく合っていたかな、という風に思います。

■3つのレベルの問題が別個に、時に同時に存在することで「トータルでのわかりづらさ」を生んでいる
一方で、ノーランの決して器用とは言えないところ、語り口として単純に上手くないがゆえに、ギクシャクと飲み込みづらい、あるいは非常に不格好、というようなところも、今回やっぱり、手数が多い分、目立ってはいて。たとえば、これみよがしな格好悪さだけが際立つ、異様なまでに不自然な、伏線の張り方とか……「なに、その思い出話?」みたいな(笑)。あと、難解というのとは違う、単に上手く観客に情報を伝えきれていないが故に、何が起こっているのかよく分からないことも多い、特に手持ちカメラでのアクションシーンとか。

もちろん、理屈としてどう考えてもおかしいところ、というのもあったりなんかして。つまり、大きく言って3つ……ひとつは、「作品そのものに、意図的に、構造的に組み込まれた難解さ」。2つ目、「語り口が上手くないが故の伝わりづらさ」。3つ目、「そもそも含まれている矛盾」。この3つが、時に別個に、時に同時に存在することで、本作のトータルでのわけのわかりづらさ、っていうのが演出されているというのがあるわけです。

せっかく劇中でね、「考えるな、感じろ」と宣言しているノーラン……つまり、映画らしさ、映画館に行く体験っていうのを追求した作品なのに、結果として、あたかもパズルかクイズのように、映画そのものの外側に、ひとつの確固たる「答え」があるかのようなミステリアスさ、こそが受けているという、ちょっとこれ、皮肉な構図。でも、この皮肉な人気のあり方もまた、ノーラン的だったりする、というあたりかなという風に思います。

まあでも、少なくとも、やっぱりこのノーラン流の映画論として、ひとつ非常に興味深いですし。センス・オブ・ワンダーもあるし、なによりも今、映画館で体験する映画として、これを完成させて公開してくれたことを、ノーランに感謝するしかない、というのは間違いないと思います。ぜひぜひ今すぐ、劇場でウォッチしてください!


(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『82年生まれ、キム・ジヨン』です)
以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

 

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ヤクルトファン・三宅裕司「頼むから“ヤり返して”くれ!」

プロ野球の開幕にあたり、東京ヤクルトスワローズファンの三宅裕司さんが、ヤクルトへの応援メッセージを寄せた。

三宅裕司

いよいよ球春到来! 

各チームのファンが期待に胸を膨らませる春。ニッポン放送のショウアップナイター応援団“チーム・ショウアップ”の高田文夫さん、三宅裕司さん、森永卓郎さん&垣花正アナウンサー、ナイツ塙さん、春風亭一之輔さんから、今シーズンにかける意気込み、応援メッセージが寄せられました。

今回は、ニッポン放送「三宅裕司のサンデーヒットパラダイス」のパーソナリティで、東京ヤクルトスワローズファンの、三宅裕司さんからのメッセージをご紹介。

<東京ヤクルトスワローズファン 三宅裕司さん>

今年のスワローズは、まず先発。去年はほら……。先発陣がガシっとして、外国人投手がどれくらいやってくれるか。もう一つ、去年はけがに泣きましたから、けが人が出たときに実力が落ちないだけの補強ができているか。今年は、選手層が厚くなったので、大丈夫だと思います。選手の皆さんは、ファン以上に悔しい思いをしていると思います。我々ファンの気持ちは、「頼むから“ヤり返して”くれ!」

 

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