宇多丸、『哀愁しんでれら 』を語る!【映画評書き起こし】

ライムスター宇多丸がお送りする、カルチャーキュレーション番組、TBSラジオ「アフター6ジャンクション」。月~金曜18時より3時間の生放送。

『アフター6ジャンクション』の看板コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論します。
今週評論した映画は、『哀愁しんでれら』(2021年2月5日公開)です。

 

宇多丸:さあ、ここからは私、宇多丸が、ランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞し評論する、週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜扱うのは、2月5日から劇場公開されているこの作品、『哀愁しんでれら』。

(曲が流れる)

……この音楽もね。だいたいワルツにすると、優雅さの反面、ちょっと皮肉な感じが出るって僕、いつも思っていて。なんかそれがすごく効いていている、この音楽もよかったですよね。

監督の渡部亮平さんがTSUTAYA CREATORS' PROGRAM FILM 2016でグランプリを獲得したオリジナル脚本を、自身の手で映画化。市役所に勤める小春は、ある夜、祖父が倒れた上に実家が火事に見舞われてしまう。

不幸のどん底に落ちた小春は偶然、8歳の娘・ヒカリを男手ひとつで育てる裕福な開業医・大悟と出会う。やがて2人は結婚し、小春は幸せの階段を登り出すのだが……。主な出演は、小春役の土屋太鳳、大悟役の田中圭。2人の子供、ヒカリ役の、世界的キッズインスタグラマー、COCO。COCOさんというのは演技経験はないんだけど大抜擢、というようなことらしいですね。

ということで、この『哀愁しんでれら』をもう見たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)をメールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は「多め」。そうですか。ありがとうございます。(公開規模的に)結構見やすいというのもあるのかな? で、賛否の比率は褒めの意見がおよそ2/3。賛の方が多いものの、最近の作品の中では賛否が分かれてる方かもしれません。

褒める意見として多かったのは、「家族という名の呪いを描いた新たな名作」「前半のブラックコメディ的なノリから一転、後半のホラー的な展開が本当に怖かった」「土屋太鳳、田中圭もそれぞれよかったが、子役のCOCOちゃんがヤバかった」などなどがございました。一方、「説明不足や描き込み不足が『あえて』というより単なる稚拙に見えてしまった」とか、映像やセットに対する意見であるとか。「ラストであれだけショッキングな絵面を見せたいのならば、そこに至るまでの流れをもっと丁寧に見せるべき」などの声もありました。

あと、中島哲也監督作品……たしかにそのテイストはあるかもね。中島哲也監督作品とか、アリ・アスターの『へレディタリー』を思い出した、といったような声もありました。

■「家族という呪いを描いている点でアリ・アスター監督作の『へレディタリー/継承』と通じる」(byリスナー)
代表的なところをご紹介いたしましょう。ラジオネーム「みつ」さん。「賛否はあるかと思いますが、私はこの映画が大好きです。個人的な話になりますが、私の家族は機能不全家族です。父、母との個々の親子関係は良好なのですが、両親同士は事実上、家庭内別居状態で数十年、会話がありません。両親が仲違いしたきっかけはおそらく私が小学生の低学年の頃に父親が母親に振るった暴力です。

家族という呪い。『家族は無条件で互いに信じ、愛し、助け合うものだ』といった社会に蔓延する空気を感じると『愛し合えていない家族で育った自分には大事なものが欠けているのだ』と思ってしまい、私の自尊心を傷つけます。また、一番苦しいのは、私も将来、結婚できて、子供ができたとしても健全な家族は形成できないんだろうなと考えずにはいられないことです。この映画は今まで、ずっと私が抱いていた目に見えない不安を、観客に不快感を抱かせてしまうほどに具現化しています。土屋太鳳さん演じる小春が最後に決断したことは、伝統的な家族観では当然とされる『我が子を無条件に愛すること』です。家族という呪いを描いている点でアリ・アスター監督作の『へレディタリー/継承』と通じるものを感じました」というね。

まあ、このテーマをちゃんと描いたことも評価しつつ、ということで。ご自分にね、そこまで重なるとね。はい。あと、ラジオネーム「ゐーくら」さん。「『哀愁しんでれら』、私の評価は賛です。冒頭、ハイヒールを履いた主人公が学校の机の上を歩く印象的な逆さまのショットから始まり、続く廊下で割烹着を脱ぎ捨てドレスになるシーンでは、『なるほど。シンデレラの物語をなぞっているのか』と思っていましたが、まさか最後のあの展開に繋がっていくとは。幸せな結婚生活のはずなのに、シンデレラ序盤のような床掃除の構図があったり。中盤、娘のヒカリがその本性を現し、小春のミスをはやし立てるシーンでは、魔法が解ける12時の鐘が後ろで鳴っていたり」。

そう、小春さんがあと、結婚を決意するところは、12時の針がちょっと手前のところ……要するに、12時にシンデレラの魔法が解ける前に結婚を受けよう、とかね。要所要所でその、シンデレラオマージュが入っていますよね。「……ラストシーンだけ切り取れば、しっかりと彼らなりのめでたし、めでたしで終わったりするところも寓話的で面白かったです。家族という地獄を描いた『へレディタリー/継承』のようでもあり、最初は異質に見えていた集団に迎合していく『ミッドサマー』のようでもある。むしろ育児に思い悩む大悟や、赤ちゃん帰りするヒカリの人間的一面が現れてからの、彼らを先導しさえする小春は『ミッドサマー』のもう一段、先を行ったように思えました」というようなご意見。

一方、よくなかったという方。「ジャイアントあつひこ」さん。「完全否定というわけではありませんが、どちらかと言えば否です。自分はジョーダン・ピール監督の『ゲット・アウト』や『アス』が大好きなのですが、話の方向性とエンディング的には似ている部分が多くあるものの、日本の中ではなかなかに発生しにくいであろう展開に進んでいる上に、最後はやり逃げ感が否めず、納得感や社会風刺感が少なかったのでどうしてもB級感以上に感じることができません。

もっと複雑に社会との交わりがあれば、童話のレベルから隣の家のドキュメンタリーになって、作品が本来見せたい方向のジャンルに近くなっていったのかなと思いました。話の展開の持っていき方として、すごく分かりやすい伏線が張られて丁寧に回収していくので、どうしてもクドくなるのと、オチの展開も容易に想像ついた部分は残念に感じました。総じてもっと社会に近い部分で描けていれば、和製ジョーダン・ピール作品になりえるポテンシャルを感じた作品だったという感じでした」とか。

あとはラジオネーム「めんトリ」さんは、かなり厳しい言葉で酷評を重ねていらっしゃったりとか。「『はい、ここ伏線ですからね。注目!』とあからさまな見せ方をしているもかかわらず、よく言えば観客に委ねる、悪く言えば投げっぱなしになっていて、あまりにも雑な印象でした」とか。本当にいろいろ書いていただいているんですが、ちょっと時間の関係で省略させていただきます。「全てがラストのあのシーンありきで、とにかくそこに至るまでのディテールが雑で違和感しかなく、物語の部分に全く入り込めませんでした。今年の暫定ワーストワンです」というような厳しいご意見もございました。

■アリ・アスター、ヨルゴス・ランティモス、ポン・ジュノといった世界の異能監督たちに挑んだ気概溢れる一作
さあ、といったあたりで『哀愁しんでれら』。私もTOHOシネマズ日比谷で、2回、見てまいりました。これね、2回見た意味がすごくあった、僕の場合は。平日昼にしてはまあまあ、男女比が3:7ぐらいで、結構入ってた方かな、と思いますね。改めて言いますと、本作、TSUTAYA CREATORS' PROGRAM FILMという、次世代の作り手を発掘・支援する公募企画があって、それのグランプリなんですけども。で、たとえばここから実際に製作されて劇場公開された作品って、今までも結構いっぱいあって。

たとえば2015年グランプリの『嘘を愛する女』、あれとか。2016年審査員特別賞『ブルーアワーにぶっ飛ばす』とか。「あれか!」っていう感じですよね。あと2016年準グランプリ、これ、僕は『週刊文春エンタ!』で短評させていただいた『ゴーストマスター』とか、他にもいろいろあって。ということでまあ、すでにいろいろあって、プロジェクトとして非常に志が……すごくいいですよね。若手の発掘、なおかつ支援をする、というTSUTAYA CREATORS' PROGRAM FILM。今回のその『哀愁しんでれら』は、それの2016年度のグランプリ企画ということで。ちょっと実現まで時間がかかった方かなと思いますけど。

これね、朝日新聞の監督のインタビューによれば、この間に大手映画会社から映画化のオファーもあったけど、これね、「『ラストは感動して泣けていい気持ちで劇場を出られるように』という変更を提案され、断った」っていうんですよ(笑)。まあもちろんね、後味の良さが必要なタイプの作品というのは間違いなくあると思うけど、少なくともこの話に関して言えば、そこを……そこで言うことを聞いてなくて本当によかったね!っていうことに尽きるし、その「大手映画会社」の、案の定といえば案の定な考え方のレベル、「やっぱりそんなもんか……」ってのを突きつけられた感じで、ちょっと暗澹たる気持ちになるような感じがします。

とはいえですね、逆に言えば、こうして実際に出来上がった本作は、本来のその作品としての本質、志を曲げずに作った、ということだし。それでいて、キャスティングから撮影、美術、衣装に至るまで、少なくともこの物語に求められるものとしては十分以上に、堂々たるメジャー感をたたえた娯楽作品にもなっていて。まあ正直、たぶんそんなに予算があるはずはないと思うんですよね。見た目よりはないと思います、この映画は。なのでまあ、かなり頑張っている。前述したような、旧態依然というか、硬直した思考がまだまだ支配的と言っていいらしい昨今の日本映画界の中では、かなり意欲的な……その意欲性をもって、まずはちょっと評価に値するような一作ではあるかなと思います。

つまりですね、要は「ラストは感動して泣けていい気持ちで劇場を出れる」というような作品の、ある意味正反対だ、ってことですよね。人によっては気分が完全に悪くなるような、しかし見方によってはひねりにひねったハッピーエンドとも言えるような、インパクト大にして解釈の幅があるような、なんともしれんその鑑賞後の余韻が残る……とかですね。もちろん、そこに至るまでの毒気たっぷりな、グロテスクな展開。しかし同時にそれは、アーティスティックにコントロールされた、美しかったり楽しかったりする画面で、ある種ポップに語られていって。

で、その背景には、現実の社会に対する鋭い問題意識みたいなものも透けて見える、というような。それはたとえば、本作のその音楽担当であるフジモトヨシタカさん、先ほどワルツ風の曲がかかっていましたけども、監督から「参考に」ということで勧められたという『アス』の、ジョーダン・ピール……これ、実際に監督がジョーダン・ピールをやっぱり参照してるわけです。

あるいは、アリ・アスターであるとか、ヨルゴス・ランティモスでもいいですしね。あと、この間も評したばかり、『Swallow/スワロウ』のカーロ・ミラベラ=デイヴィスさんもそこに加えていいかもしれませんし。もちろんその頂、頂点にいるのは、ポン・ジュノ、というところでしょうけども。とにかくそうした、このコーナーでも数々絶賛してきたような、そして(金曜パートナー)山本匠晃さん好みの(笑)、クセが強い、世界の異能監督たち、異能の作家たちの域に、日本からも俺たちが挑むんだ!という気概に、全編あふれた一作だと思います。この『哀愁しんでれら』はね。

■主人公の小春に土屋太鳳という配役で8割、この映画は勝っている
脚本・監督の渡部亮平さん。脚本家としてすでにいろいろと活躍されてる方なんですが、監督も手掛けられてるものとしては、2012年に自主制作映画、これ、ぴあフィルムフェスティバルで入選して、後に劇場公開を……僕はこのタイミングでU-NEXTで拝見したけど、これ、ぴあフィルムフェスティバルで入選というレベルの自主制作作品にしてはすごい、めちゃめちゃちゃんとできている、『かしこい狗は、吠えずに笑う』という。これ、すごい面白い作品でしたけど。僕もこのタイミングで見ましたけど、こっちは女の子同士の友情がどんどん行きすぎたことになっていく、っていう話なんですけど。

要は、最良の出会い、最良の関係だと思っていたその相手の、隠されていた暗い一面が明らかになっていく……しかし、共依存的でもあるその絆を断ち切ることもできず、どんどんどんどんヤミ、「ヤミ」というのは暗闇でもあり、その病気の方の「病み」でもある、そのヤミの濃度が、閉ざされた関係性の中でひたすら濃くなってゆく。で、破滅が待っている、みたいな話。という意味では、完全に今回の『哀愁しんでれら』とこの『かしこい狗は、吠えずに笑う』は、通じる作品でしたね。完全にだから作家性としては一貫しているな、という渡部亮平さん。

ただね、この渡部亮平さんにとって商業映画の監督デビューとなる今回のその『哀愁しんでれら』は、その前作の『かしこい狗は、吠えずに笑う』、とはいえやっぱり自主制作映画らしい荒削りさっていうのは非常にあるんだけど、それとは打って変わって、さっきも言ったようにキャスティングは豪華だし、あとは画面の、ルックのコントロールもちゃんとやっている。とてもメジャー感あふれる、ポップな作品にちゃんとなっている。

さっきも言ったように、とはいえそこまで予算がたっぷり用意されているというような作品でもないでしょうから、間違いなくこれは、作品に関わったスタッフとか出演者全員の、強い意志……要するに「この物語、脚本に、本当の意味でふさわしい映画にみんなでするんだ!」という、気概の賜物だと思うんですね。すごい頑張っているんだろうな、っていう感じがすごいするわけです。

最大の勝因はやっぱりね、これはキャスティングですね。特に主人公の小春に土屋太鳳!というこの絶妙さで、もう僕、8割この映画は勝っている、という風に思いますけど。日本女子体育大学体育学部、運動科学科舞踊学専攻、という。それで今、まだ在籍されてるってことですけど、というだけあってと言うべきか、とにかく皆さんご存知の通り、土屋太鳳さんの、身のこなしのしなやかさ、ダンスの上手さ。今回もね、ダンスシーンが出てきますけど。身のこなしのしなやかさ。そしてそこからにじみ出る、その人柄の真っ直ぐさ、というあたり。

■渡辺監督いわく「真面目すぎるがゆえの危うさ」を持つ土屋太鳳は、脚本を読んで3回断り、4回目に引き受けた
たとえば女優さんとしてはですね、非常に評価もされましたけど、『8年越しの花嫁』という2017年の作品。これ、まさに体当たり演技が素晴らしかった。あれもやっぱりその、「身体のコントロールが上手い&真面目」ならではの役柄、って感じでしたし。で、その彼女のそういう真っ直ぐさ、ピュアな真面目さというあたり、まさにそこを渡部亮平さんも買った上でのキャスティング、ということみたいで。これ、シネマカフェっていうところのインタビュー記事によれば、今回、そのキャスティングが決まったところで、作品に関して自信が持てたという。

「その自信が持てたのはなぜなんですか?」っていう質問に対して、渡部亮平さんがこんなことを言っている。「土屋さんが持っている普段のパーソナリティー、真面目すぎる感じからです。それがあるから大丈夫だと思った。たとえばInstagramひとつ取っても、ものすごく長文を書くようなあの真面目さ」「異常なレベルの真面目さだと思います。これは褒めてるんですが。真面目すぎるがゆえの危うさみたいなものが、小春という人物とすごくリンクするように僕には思えました」と言ってるわけです。

まさにその通り。この主人公・小春。幼少期のその体験、お母さんに捨てられたという体験であるとか。また、その社会が植えつけてくるその、「幸せ」っていうものの強迫観念。「こういうのが幸せですよ」っていうような強迫観念。そして序盤、素晴らしいテンポでたたみかけてくる、不運の釣瓶打ち……ここ、本当にダークコメディとして見事だと思いましたけど、不運の釣瓶打ち。そのあまりの不運の反動もあって、その「正しい母親」像とかですね、「正しい妻」像といった観念に、強くとらわれてしまっている人なわけです。小春さんは。

で、この小春さんは、本当に真面目な、「いい人」なだけにですね、自分の思い込んだ「正しさ」にとらわれがちだし、それにそぐわない他者に対しては、ちょっと思いの外、キツめ。ばっさりした断定口調で否定したりするわけです。それがちょっと、序盤でも、「真面目ないい人なんだけど、あれ? ちょっと決めつけが怖いんですけど?」みたいな感じも、ちゃんとする。そこにこの土屋太鳳という絶妙なキャスティング。本当にね、見事にハマっていて。これね、土屋太鳳さん自身、脚本を送られて3回断って、4回目に受けた、という。

まあ要するに、ラストの展開がどうしても受け入れ難くて……というような。これも含めて、でも3回言われて、4回目に、「この役柄が私を……小春ちゃんが泣いてる気がした」なんていうことで、この受け方もやっぱりもう土屋太鳳、真面目で最高!っていう感じだし(笑)。その、3回断られても確信を持って口説き落とした、この作り手側も、もう本当に最高! という感じだと思います。まず、この土屋太鳳のキャスティングでもう、僕は8割、親指を立てた感じですけどね。

■「一皮剥いたらクソ」な演技はお手の物の田中圭と、「記号的なロールを演じる子供」を演じるCOCOさん
また、本作における……これもいいですよね、「白馬に乗った王子様より、外車に乗ったお医者様」っていう、こういうセリフも渡部亮平さん、脚本家として活躍されてる方なんで、さすがだと思いますけど。とにかくその、小春を見初める大金持ちのシングルファーザー・大悟。これを演じる田中圭さん。まあ前半のね、非常にカジュアルな人柄。田中圭さんがすごくカジュアルにしている感じで、「ああ、いい感じの人だな」っていうのはもちろん田中さん、素でいけるわけだけど。

ただ、その中の端々に、これも本当に小春によく似た、他者への非常に……「あれ?」っていうぐらいの、ばっさりした厳しい口調。「あれ? ちょっとこれ……いい人っぽいけど、なんかちょっとこういうところだけキツいな」っていう。で、やっぱり「一皮剥いたらクソ」っていう感じはこれ、田中圭さんはお手の物ですね。こんなものはね。一皮剥いたらクソ役は全然お手の物、みたいな。特にあの、敬語を多用しての、本当に感じの悪いモラハラ演技みたいな。これは本当に圧巻でございましたね。さっき、ちょっと山本匠晃さんと言っていた、あの焼肉を巡る言い合いっていうか、怒り演技もさすがでしたし。

さらにキャスティングが素晴らしいのは、これ、大悟の娘役を演じるこのCOCOさんという方。この方は、演技経験がある子役じゃなくて、インスタグラマーなんですね。お父さん・お母さんが、ヴィンテージ物の古着のお店なのかな? そういうお店をやっていらっしゃって、その関係もあって、様々なブランド物を着こなすインスタグラマーで、世界的にも注目されてるような方らしくて。要はですね、いろんな上手い……演技的にもっと上手い子役もオーディションには来たらしいんだけど、ここで子役的な、その「自然な」上手さではなくて、「ロールを演じる子供」なりの賢さや計算に長けた存在、っていう。

つまりある種、演技であることがきっちり見えるぐらいの感じ。「賢くて、ロールを演じるために計算をしてるな」っていうことが見える存在として、このインスタグラマーであるCOCOさんをここに置く、という。これ、慧眼なんですよ。なので、「演技が子役的で記号的だ」っていう批判のメールがあったんだけど、僕はそこは半ば意図的だと思います。つまり、その「記号的なロールを演じる子供」を、COCOさんは演じているんですよね。非常に見事なキャスティングだと思います。

この役は本当に重要で、主人公・小春を通じて、我々観客にもですね、強いバイアス、つまり「この子は嘘をついているんじゃないか? 実は強い悪意を抱いてるんじゃないか?」という強いバイアスを与え、現実、事実の認知を歪ませる、非常に重要な役割なので。COCOさんはこれに、見事にハマっています。だからこの、主要3キャストのハマり方で、ほぼもう、いいんですよね。今回の映画はね。

■キャスティングの良さに加えて、色使いなどのルックもお見事
あと、キャスティングで言うと、細かい話ですけど、先ほども話題に出ていた小春の父親役の、石橋凌さん。「理想の出会い、パートナー候補だと思っていた相手のことを、実は何も知らなかった……ということから起こる、恐怖の体験」というこの話。その意味ではですね、彼主演のあの恐怖の名作『オーディション』、これがまさにそうで。『オーディション』の立場をちょっと逆にした、と言えるかもしれない。この配役、『オーディション』オマージュがちょっとあるのかな、という風に僕は思ったりしました。まあ、これは僕の想像ですが。

あと、小春のあのバンドマンの彼氏。これ、水石亜飛夢さんという方が演じていて。あの、浮気の詫び入れに作ってきた弾き語り曲をバサッと切る、あの編集も含めて、めちゃめちゃ笑えたし(※宇多丸追記:ここ、土屋太鳳が言う「切るならおちんちんだろ!」も最高でしたね)。

その彼の浮気相手、職場の先輩。綾乃彩さんが演じている。あそこでね、彼が、指を噛ませているでしょう?、その「指を噛ませている」っていうのを、あとで、ものすごくいやらし〜い回収の仕方をするんですよ。これがね、やっぱり渡部亮平さん、「性格悪っ!」っていう……これ、褒めてますけど(笑)。こういうだから、異能の作家群に加わる資質あり、っていう、「性格悪っ!」っていう感じだったと思いますが。指を噛む、というディテール。ほかにも、その「幸せ」をめぐる価値観についての議論をする、友人たち。これ、非常に、テーマをめぐる重要なポイントなので。この友人たちを演じていらっしゃる、安藤輪子さんとか金澤美穂さん。非常にこのあたりもばっちりハマった好演をされていました。

ちなみに僕、考え方としては、金澤美穂さんが演じるあの友人が言う、「そもそも夢とかなんとかのイメージを、最初に抱かない方がいい」っていう、僕はこの考え方に近いんですけども。そうした見事なキャスト陣に加えてですね、本作のもうひとつの主役と言えるのが、先ほどから言っている、ルックのコントロール。つまり、吉田明義さんのその撮影をはじめ、矢内京子という方の美術であるとか、境野未希さんの衣装なども含めて形づくられる、その画面そのものが訴えかけてくるもの、語ってくるもの、という部分。

これが、特に日本映画の中ではかなり比重が高めっていうか、ルックの作り込みが非常に……しかも、何度も言いますけど、予算はそんなにな中で、よくここまで作り込んでるな、って思ってますね。まずあの、メインの舞台となる大悟の邸宅。これ、ハウススタジオを使ってるらしいんですけど、ちゃんと『透明人間』とか『Swallow/スワロウ』の邸宅とも引けを取らないような、リッチさ、空間に、ちゃんと見えてるし。よくここを見つけてきたなとも思いますし、上手く使っているなとも思うしね。

あの、向かいが海で、土屋太鳳さんが途中、ある重要なアイテムを捨てるんですけど、あそこで──これ、シナリオを読むと、シナリオではそうなっていないんですけども──土屋太鳳さんが、海じゃない方を見て、投げ捨てますよね。あれも見事な演出でしたね。まあ、それはいいんですけども。そんな感じで、邸宅も素晴らしいし、なによりも本作で印象的なのは、色使いですね。これ、ぜひ皆さん、色使いに注目して見ていただきたい。

たとえば、小春の実家などで際立つ、ブルー。あるいは、小春の精神が揺らぎだすと増えてくる、パープル。中盤から目立ち始める、赤。そして何より、幸せの絶頂とどん底の、どちらでも印象を強烈に残す、黄色の使い方とか。とにかく全体に、明らかにある意図を持って配されたこれらの色使いが、本作にある種の寓話性を……だからね、リアリティと言うよりは、そもそも寓話的に作り込んでいる、っていうことだと思うんですけどね。現実から少し乖離したムードを醸成している、ということだと思います。

もちろん、フード演出の数々ね。さっき山本匠晃さんともちょっと話してましたけど。そこも含めて非常に面白い、というのがある。

■「シンデレラストーリー」の欺瞞性、そして本作を見ている我々に突きつけられる「バイアス」
で、ここまで、ストーリーそのものにはあえてあまり触れずに来ましたけど。いわゆるその「シンデレラストーリー」そのものの展開かと思いきや……というところから、要はそもそもシンデレラストーリーというものが持つ、言うまでもなくその、「力を持った男性の、庇護の下で生きるのが女性の幸せだ」という価値観の持つ、そもそもの欺瞞性とかいびつさ、みたいなところであったりね。もちろん性差別的でもあるし。

あとは実際、小春さんは、家族ぐるみで経済的に大悟に依存してるからこそ、どんな歪みにも順応するしか道がなくなってしまっている、という。そういう歪みですね。だから、「シンデレラって本当にいいのか?」って、あの友人が言ってましたよね。「怖くない? シンデレラ、あの話って」っていう。まさにその通りのことが浮かび上がってきたりとか。同じく、「よき母親たれ」と社会は言うけども、その「よき」とは一体何なのか……そもそも、「親の愛」幻想の危うさですよね。

「子供のためなら俺は何でもできる。社会、世界全体を敵に回しても!」っていう。それは、気持ちとしてはね、わかりますけど。でも、それってつまり、社会性と乖離しても親の愛というのは肯定されるんだ、っていう考え方はつまり、「私の子供なんだから社会と乖離してもいいだろう」っていう、これは虐待する親とか……まあモンスターペアレントと虐待は、結構紙一重だよね、表裏一体だよね、っていうことが浮かび上がるような、そういう構造であったりとか。

まあ現在の日本社会がいまだに脱却できていない、歪な女性像、妻像、母親像、ひいては家族像……そうした普遍的な問題というものが、背後から、寓話的な中から浮かび上がってくる、という作りになっている。特に、本作において重要なのはですね、我々自身が思ってること……見ていて、「ああ、こういう話だな」と思っていることは、実はさっきも言ったように、すごくバイアスがかかった見方かもしれない、っていう。ここが重要なんですね。

たとえば、ヒカリちゃんは、本当に悪い、怖い子なのか?っていうね。これに関しては、パンフレットで、監督がですね、かなりはっきりした「真意」を述べていらっしゃっていて。これ、ぜひ鑑賞後に答え合わせすると、なかなか面白い。というのは、僕自身ですね、1回目を見て、「ああ、こういう話だな」って思ってたのと、監督の真意が……「えっ、ああ、そういうことだったんだ! ああ、オレはものすごい偏見で見てて、わかってなかったわ……」みたいなことが、よくあって。

それで2度目を見ると、「たしかに監督が言ってるバランスに、全然見えるじゃん! どれだけオレ、バイアスをかけて見ていたの?」みたいなことに、気づいたりする。その、自分の中のバイアスに気づくところまでが、本作の醍醐味なんだな、って思ったんですね。なので、ぜひここから先は、皆さんご自身の目と頭で、味わっていただきたい、考えていただきたい、と思います。

ラストの一大飛躍は、ちょっと飲み込みづらいところも、たしかにある気がします。批判も多かったですけど、実際、要するに現実的な段取りとして考えると、ちょっとありえないですよね、「あれ」が成立するのは。なんだけど、個人的にはあれは、一種の比喩表現だと解釈すれば、ありかな、と思います。つまり、完全に社会と乖離してしまった……あの家族からついに「他者」が消失してしまった、というエンドという風に取るならば、バッドエンドにして、彼らからしたらひょっとしたら究極のハッピーエンド? という風に取れる。他者が消失した状態、他者を締め出してしまった状態の比喩として取るならば、ありかな、という風にも思って。ただ、飲み込みづらいのもたしかだし。現実にはありえないじゃん、という突っ込みが入る余地があるのは、間違いない。

ただ、とにかくこの渡部亮平さん。今後ももちろん脚本家としても活躍されるでしょうけども、作家性とエンタメ性を両立した、このようなオリジナル作品、どんどん作っていただきたいし。この、世界の異能の監督たちに挑んでいくんだ、という志は、本当によし! なので。僕はめちゃめちゃ面白かったし、応援したいと思いました。ぜひぜひ劇場で、ご自分のバイアスに気をつけながら、ウォッチしてください!

(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『あの頃。』です)


以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。
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