珪藻土バスマットのアスベスト混入問題。なぜ規制をすり抜けた?

昨年末から今年にかけて、大きなリコール問題になっている「珪藻土バスマット」について、4月1日TBSラジオ「森本毅郎・スタンバイ!」(月~金、6:30~8:30)の「現場にアタック」で、レポーター田中ひとみが取材報告しました。

吸水性が高くて気持ちよく、乾きやすいので清潔として大人気の「珪藻土バスマット」ですが、昨年末、発がん性物質のアスベストが混入していることが判明し、大規模なリコールに発展。ホームセンター「カインズ」が、29万点の回収を発表し、「ニトリ」も、355万点の回収を決めました。ところが、その後も、アマゾンで売られていたものからアスベストが検出されるなど、まだまだ問題は収まっていません。

主に、中国からの輸入製品ということですが、なぜアスベストが含まれた製品が、大量に出たのか?この問題に詳しい、石綿対策全国連絡会議・事務局長の古谷杉郎さんのお話です。

★輸入禁止なのに、ノーチェックで中国から入ってきた

石綿対策全国連絡会議・事務局長 古谷杉郎さん
「まず日本の輸入業者が、全くチェックしてない、できていないことは明らか。ニトリもカインズもできていなかった。とりわけ中国は、インドと並んで、世界第一位、二位を争うアスベスト消費大国で、一部禁止している製品もあるが、まだ大量にアスベストを使い続けている。だから、アスベスト含有した建材を材料として使ってしまった。或いは、アスベスト製品を作っているラインを使って製造した為、わざとじゃないけど入ってしまった可能性。」

▼ニトリのホームページには、回収対象の製品の見分け方が掲載されています


前提として、アスベストは、髪の毛の五千分の1と非常に細く、極めて発がん性の高い物質です。吸い込むと肺などでがんを発症するとして、日本では2006年から、重量比0.1%を超えるアスベストについて、使用や製造、輸入は、原則禁止。それなのに輸入の際にチェックできていませんでした。

問題となるのは、チェック体制の甘さなのですが、そもそも、騒動のきっかけは「ふるさと納税」でした。大阪府貝塚市の返礼品だった「珪藻土バスマット」にアスベストが混入していたことが、昨年11月に判明。このケースでは、国内でアスベストが禁止される以前に仕入れた、古い材料を使っていたことが原因だったようで、2万6000点の自主回収が発表されました。

▼大阪府貝塚市で回収対象となっている、ふるさと納税返礼品「珪藻土バスマット及びコースター」の概要(貝塚市ホームページより)


▼返礼品の写真(貝塚市ホームページより)

珪藻土は、吸水性を維持するために、削りながら使うため、その際にアスベストが舞って吸い込んだら危険です。

そこで、厚労省が、関係業界に一斉点検を求めたところ、多くの珪藻土製品、それも中国からの輸入製品に、基準値を超えるアスベストが含まれていたことがわかったのです。

★「珪藻土=アスベスト」の誤解が広がる懸念

この事実を、販売企業が把握していなかったずさんな実態に古谷さんは憤っていましたが、一方、この件であおりを受けているのが、安全な製品を作っているメーカーです。「soil(ソイル)」というブランド名で、国産の珪藻土バスマットを販売している、soil株式会社の、代表取締役社長、石動博一さんのお話です。

soil株式会社・代表取締役社長 石動博一さん
「ひっきりなしに電話、「ソイルは大丈夫か?」と聞かれた。簡易検査からJIS規格の検査まで、結果もホームページに出している。言い方悪いですけど(検査)するまでもなかった。一応検査、当然含まれていない。そもそも珪藻土とアスベストは全く別の物質で、珪藻土の中にアスベストが入っている訳ではない。簡単に言うと、珪藻土と石膏を混ぜて水で練って、シリコンの型に入れて成形。他の物質が介在する余地は、一切ない。思い込んでしまった人は疑いの目で見られてしまうので、珪藻土協会の方とも、誤解を解くのは難しいだろうねって話していた。」

▼soil株式会社では、「アスベスト」に特化した専門の検査機関にsoilの珪藻土商品の検査を依頼し、アスベスト含有が無いのを証明しています


soilでは、検査結果を公表するなどして、自社製品の安全性をアピールしていますし、そもそも珪藻土自体は、アスベストを含む物質ではありません。

では、どこで紛れ込んだのか?

実は「七輪」は、珪藻土100%で作られている製品ですが、元々、壊れやすい物質なので、バスマットのように板状にする場合には、石膏やセメントなどを混ぜて、強度を持たせるそうです。ですので憶測にはなりますが、今回問題となった製品の中には、アスベストを「強化剤」として、使用していた可能性も、考えられるということでした。

★珪藻土以外にも、ルール厳格化が必要

この一連の流れを受けて、厚労省は先月、「珪藻土製品」を輸入する際に、アスベスト不使用の検査を義務付けるよう、政令を改正する方針を公表しましたが、しかし、果たして珪藻土だけでいいのか?と批判の声も出ています。石綿対策全国連絡会議の古谷さんは、こんな指摘をしています。

石綿対策全国連絡会議・事務局長 古谷杉郎さん
「珪藻土バスマットだけの問題ではない。今回初めてではなく、日本で禁止されてから厚労省が公表した事案だけで10件以上あって、自動車や自転車のブレーキ、ガスケット、パッキンなど、いろんな製品にアスベストが含有。従って、製品の種類を特定せずに、すべからくアスベストが入ってないことを保証しなければいけない。法令改正して、珪藻土製品にだけ分析を義務付けるのであれば、国際的に笑われる。アスベスト問題のイロハのイも知らないんじゃないかと思います。」

▼石綿対策全国連絡会議・事務局長の古谷杉郎さん


今回は、珪藻土バスマットのアスベスト混入が、「偶然、可視化された」だけ。ほかのものにも混入はあり得るということです。

オーストラリアでは数年前、中国製のクレヨンに混入していたことが問題になり、輸入業者にアスベストが含有していないことを証明することを義務付け、違法なアスベストの輸出入には、最高、5年の懲役を課しています。

古谷さんは、日本の政府が公表した改正案では、あくまでも「珪藻土」に絞った検査なので、おかしいと指摘していました。そして、輸入していた企業も、「知らずに違法品をつかまされた被害者」ではなく、チェックを怠った「加害者」として罰則が課されるべきだと話していました。

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戦前・戦中・戦後を語り継ごう。昭和館が育成する「次世代の語り部」を紹介

8月15日「西川あやの おいでよ!クリエイティ部」(文化放送)、特集コーナーは「戦争を語り継ぐ」をテーマにお届けした。東京都の昭和館で育成されている「次世代の語り部」について、昭和館の担当者・坂尻麻子さん、語り部の活動もしている長谷部愛さんに話を聴いた。

西川あやの「昭和館はどのような施設なのでしょうか?」

坂尻麻子「東京の九段下にあります。厚生労働省が戦没者遺族の援護政策の一環として、戦中戦後の国民生活の労苦を、次世代に伝えることを目的に設立しました。1999年に開館しまして今年24年目です。7階建てなんですけど、窓がないので、前を通る方は割と不審に思う(笑)」

山内マリコ「ランドマークみたいになっていますもんね」

坂尻「常設展示室では、激動の時代だった昭和10年から30年ごろの、戦争に翻弄された人々がどのような暮らしの変化をしていったのか時系列で展示しています」

重藤暁「へえ~……」

坂尻「戦争が始まる少し前から、戦争中心の生活になっていって。昭和20年の8月15日に終戦を迎えて。空襲におびえるような毎日からは解放されたんですが、家族を失ったり、住むところをなくしたり。そういう中から生活を再出発させていく方たちの苦しさみたいな、戦後の様子を知ることができる施設です」

昭和館を訪れたことのある山内が、特に印象的だった点を挙げる。

山内「玉音放送をフル尺で聴けるんですよ。初めてでした」

坂尻「その横に文章になっているものがあって」

山内「読みながら聴いて、こういう感じだったんだろうな、本当は、って思いました」

坂尻「玉音放送は当時の方も何を言っていたかわからなかった、というのがあって(笑)。小学生たちも興味を持って聴くんですけど、意味がわからない。その中に入ってくる『新型爆弾』みたいな単語を拾う、ということはあります。玉音放送を聴いている人たちの写真も飾ってあるので、『こういうことがあって敗戦を知らされましたよ』と説明しながら、理解してもらえていると思います」

坂尻さんは昭和館で実施している「次世代の語り部」の育成についても詳述してくれた。戦争を体験している人の減少を受け、2016年に厚生労働省が、昭和館をはじめとした3つの施設で、戦後世代による語り部の候補を一般公募し、これまでに1~3期までが育成授業を受けたという。今回はその中から1期生で、普段、気象予報士としても活動している長谷部愛さんが登場してくれた。

長谷部「小学6年生のとき、広島に行ったんです。平和式典に参加して、沼田鈴子さんという語り部の方にお会いして、語りを聴いたんです。すごく胸を打たれて。将来的には私も『伝える』というか、あったことをいろんな人に伝えることをやりたい、と思っていたので応募しました」

西川「小学6年生から、ずっと気持ちはあったんですね……!」

長谷部「社会人になったあとも体験者から話を聴く、ということはしていたんですが。やはり人に伝えるには知識もなければいけないし、それなりの覚悟もないと、と思っていたんですね。仕事もあるしまだ先かな、と思っていて。2011年に沼田さんがお亡くなりになって、ちょうど語り部の募集が出たときに永六輔さんが亡くなられたんですけど、永さんとは私、ラジオの番組でご一緒することが多くて、それがすごく大きかったんです」

西川「はい」

長谷部「なりふり構わず『もう始めよう』と思ったときにちょうど募集があったんですね。肩をポン、と押された気持ちで応募したのが始まりです」

「次世代の語り部」には3年間のカリキュラムがある。長谷部さんは受けてみてどうだったのだろうか。

長谷部「私も戦時中のことを学ぶという時間がなかったんですね。それを座学で体系的に教えていただけたので、戦前から戦後のことをまとめて昭和館の方がわかりやすく教えてくださったので、下地ができたというか。伝えるうえでの基礎知識みたいなものは学べたなと。安心感を得ました」

授業を受け、実際に講和をしている長谷部さん。講和で心がけていることや、実際にもらった感想などを聴かせてくれた。長谷部さんによる講和の一部も披露され、気象予報士であることを活かした内容に、スタジオからも拍手が起きた。

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