宇多丸、『夏への扉 キミのいる未来へ』を語る!【映画評書き起こし 2021.7.1放送】

TBSラジオ『アフター6ジャンクション』の看板コーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論します。

宇多丸:
さあここからは、私、宇多丸が、ランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞し評論する、週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜扱うのは、6月25日から公開されているこの作品、『夏への扉 ―キミのいる未来へ―』

僕はね、このLiSAさんの新曲『サプライズ』、これに文字通り本当に、驚きまして。どう驚いたのかは、最後に言いますね。

ロバート・A・ハインラインの名作SF小説『夏への扉』を、舞台を日本に移し映画化。1995年、ロボット開発に従事する科学者の宗一郎は、恩人の娘・璃子と愛猫・ピートに囲まれ、研究の完成を目前に控えていた。しかし、周囲の裏切りにあい、2025年までコールドスリープにかけられてしまう。全てを失った宗一郎は、大切なものを取り戻すため、1995年にタイムトラベルする……主な出演は、山崎賢人さん、清原果耶さん、藤木直人さんでございます。監督は『ソラニン』や『思い、思われ、ふり、ふられ』などの三木孝浩さん、ということです。

ということで、この『夏への扉―キミのいる未来へ―』をもう見たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)を、メールでいただいております。ありがとうございます。

メールの量は、「多め」。ああ、そうですか。やっぱり『夏への扉』を映画化とか、そういうポイントなんですかね。賛否の比率は、褒めの意見が4割弱、否定的意見と中間の意見が過半数を超えました。まあ、どっちにしろ、どっちかに極端に振ってる、っていう感じでもない感じですかね。

主な褒める意見としては、「予想よりずっといい。目新しさはないが、それゆえに安心して楽しめた」とか、「原作の改変もちょうどよかった」とか、「清原果耶さん、山崎賢人さんが魅力的」などがございました。あと、やっぱり当然、藤木直人さんがよかったという方は多いでしょうね。あと、夏菜さんもよかったですよ。『マイゲーム・マイライフ』に来てPSVRをやってびっくりしてガツン!ってテーブルに足をぶつけていた人とは思えない悪役ぶりで(笑)、見事でしたけどね。

一方、否定的な意見としては、「SFとしても恋愛物としても中途半端。盛り上がりに欠けるし新鮮味がない」「原作から時代設定を変えたことでSFとしてのワンダーが失われてしまった」。そして……ああ、これはちょっと取っておこう。僕と同じ意見があったりしました。

「なるべく上品にまとめようとし好感が持てたのだが……」byリスナー

ということで、褒めの方から行きましょう。「アヤノテツヒロ」さん。

「『夏への扉-キミのいる未来へ-』ウォッチしてきました。賛否で言うと賛です! 全体的に物語としてはシンプルな形に納めており、難しく構えなくても見られるのが魅力だと思います。原作が古典SF小説ということもあってか、映像として見せてしまうと物語冒頭でその後の展開がほぼ見えてしまい、伏線回収はただの答え合わせになっているので、そこに物足りなさを感じる人もいるかもしれません。

ただ、その部分を押しのけた上で、『大切な人を救うために過去へと旅立つ』というシンプルな構造がワタシにはダイレクトに伝わりました。三木監督らしい鮮やかなライティングで、ある意味SF映画らしくない、明るめな画面構成は見易いと思いましたし、主人公たちが迎える爽やかなハッピーエンドに、晴れやかな気持ちで劇場を後にすることが出来ました。大傑作!というわけではないですが、素直に見れる良い映画だと感じました」とかですね。

じゃあ、ダメだったという方もご紹介しましょう。「Suggy-MO'」さん。

「『夏への扉』観てきました。観終わってまず浮かんだのがB・U・N・A・N(無難)という言葉でした。原作は未読ですが、『タイムトラベルものの古典』とされている名作を現代日本を舞台にして実写化するのであれば、もっと野心に溢れたアレンジをしてほしかったなあ、というのが正直なところです。

1956年に発表された原作では、1970年から2000年にジャンプするという時代設定なのに対し、2021年公開の本作は、1995年から2025年にジャンプします。つまり原作では、発表当時の読者にとって、『未来』から『さらに未来』へと飛ぶことにSF的な面白さやワクワクがあったのではと推測しますが、この映画では我々にとっての『過去』から『それほど遠くない未来』にタイムトラベルする設定になってしまったため、センス・オブ・ワンダーが失われているように思います。

また、SF作品では設定の説明に時間をかける必要があり、登場人物たちが『ストーリーを進める駒』でしかなくなる傾向が強くなる気がするのですが、本作も、登場人物の厚みのなさ、動機の弱さが気になりました。特に脇役にあたる人々は、『主人公に異常な理解を示し、全面協力をする親切なキャラクター』か、いまどきどうかと思うほど『非道な悪玉』かのニ極に分かれてしまっています。

また、清原果耶さんや夏菜さんは好演していると取れなくもないですが、『身の回りの世話まで焼いてくれる、主人公に献身的なヒロイン』と『セクシーさを武器に男を騙す、金にしか目がない悪女』というのは、女性キャラクター像として今どきどうなんでしょうか。なるべく上品にまとめようとしている気がしたので、そこは好感が持てましたし、VFXとか頑張っているといえなくもないですが、私としてはイマイチ乗り切れなかった作品でした」」という。これ、ちなみにSuggy-MO'さんが言っている諸々の「ここがどうなんだ?」っていう、特にキャラクターに関する部分は、ほぼ原作です。原作の問題です、それは。ちょっと後ほど言いますけど。

あとですね、これ、「さにわ」さんという方。ちょっと部分でしか紹介しませんけども、この方が言っている部分で僕、笑っちゃったんですけど。冒頭でホーキング博士の言葉が引用されるんですけど、「この話に対して、ホーキング氏のこの言葉は全然合っていないよね」っていう指摘で。全くおっしゃる通りです。なんか、ホーキング博士のセリフがかっこいいから引用したのか知らないけど、『夏への扉』は全然こういう話じゃないというか、むしろ反しているから!っていう感じがする。というのはこれ、「一本道タイムトラベル」話なんで、ということですけどね。後ほど、私も言いましょう。ということで皆さん、メールありがとうございました。

超有名な古典的名作ながら、「『夏への扉』、今やんの?」という危惧もあり

『夏への扉』、私もTOHOシネマズ日比谷で、同じ場所になっちゃいましたけどね、2回見てまいりました。入りはね、まあぼちぼち、って感じでしたけどね。今、ちょっとね、ご時世がご時世なんで、単純比較できないけど。どちらかというと、僕と同世代以上、中年以上の方が目立っていました。たぶんだけど、やっぱり原作小説を元々読んでいた世代のSFファンが、どんなもんかな?と見に来たっていう感じなんじゃないかな、と思いますが。

ということで改めて、とにかく原作小説が超有名なわけですね。ロバート・A・ハインライン。『宇宙の戦士』……まあ、『スターシップ・トゥルーパーズ』ですね。『宇宙の戦士』とか、『月は無慈悲な夜の女王』であるとか、『人形つかい』であるとか……などなどで知られる、アメリカの超大御所SF作家。まあとっくに亡くなられていますけど。が、1956年に発表した、タイムトラベル物の今や古典的名作とされている……あとは、「猫物」の名作なんて言われてますけど。

もちろん僕も、初めて読んだのはたぶん中学生の頃で。最初はね、なんで中学生かって覚えているかというと、竹宮惠子さんの同名漫画とか、あと松田聖子の『夏の扉』とか、そういうのの諸々と混同して、「ああ、これSFなんだ。こっちが元の……って、全然違うじゃないか!」みたいな、まあそんな出会い方をしたんで覚えてるんですけど。ただしですね、非常に有名な作品なんだけど、世界でも初の映画化となるその今回のタイミングで出た、ハヤカワ文庫の新版というのがあって。

巻末の高橋良平さんによる新たな解説によればですね、ここまでその『夏への扉(The Door into Summer)』という小説の人気が圧倒的に高いのは、正直、日本特有の現象でもあるらしいんですね。で、それは多分にやっぱり、福島正実さんによる名訳の文章……すごく文章が魅力的で。その猫の描写であるとか、最初と終わりが対になって響き合ってる感じがすごく粋で。それはやっぱり、訳がいいから、っていうのも影響してるのかなという気もしますが。

とにかく、その原作小説に長年魅了されてきたという、1963年生まれ、ご自身でも「オタク第一世代」と自認されているプロデューサーの小川真司さんという方がですね、10年ぐらい前から念願の企画としてトライし続け、ついに実現した、というのがこの『夏への扉』実写化、ということみたいなんですね。ただ正直、僕は最初にこのニュースを聞いた時。火曜でしたかね? それこそ宇垣さんもいらっしゃって、宇垣さんももちろん読んでいるんで、2人とも「えっ?」っていうか。「えっ? 『夏への扉』、今やんの?」っていう危惧をちょっと隠せなかったんですね。宇垣さんもそれをすごく言っていたんですけども。それは、どういうことか?

もちろん、日本映画でSFは難しいという通念……近年、そこはだいぶ様々な形でクリアした例は増えていると思いますけども、もちろんそのハードルもあるけれども、それ以上にですね、やっぱりその『夏への扉』という小説、あれをそのまま今、映画化するには、いろいろ問題がある内容を多々含んでいるんじゃないかなと、そういう懸念がやっぱりあったわけです。僕個人はね。でも僕が「えっ?」って言ったのに対して、宇垣さんも「えっ?」って言ったから、「ああ、そうですね。やっぱり思いますよね」って思ったんだけども。

タイムトラベル物のアイデアが出まくったあとに楽しめるかしら?

まず、タイムトラベル物として、もちろん『バック・トゥ・ザ・フューチャー』とか……まあこれ、監督の三木孝浩さんも、その『バック・トゥ・ザ・フューチャー』的な気分というのを意識されているとインタビューでもおっしゃっていますし。あと、日本はね、特にやっぱり『ドラえもん』ですね。とか、要は『夏への扉』が切り開いた領域の影響下で出てきた……『バック・トゥ・ザ・フューチャー』は本当に近いね。そんな作品が、むしろすでにクラシック化している。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』も古典化してるような状況なわけですよね、この2020年代現在というのは。

で、僕なりの解釈で言うと、そのタイムトラベルっていう……要するに、その気で掘り下げていくと、いくらでもディープな世界にまで行ってしまう設定なわけですよ。それを、そういうその世界とか宇宙全体に関わるような大きな話にはあえて広げずに、あくまで卑近な、そのタイムトラベル技術を事実上占有している主人公、個人の問題の解決のために使う、という……言っちゃえば元の『夏への扉』は、復讐譚というか、『巌窟王』的な話でもあるんでね。いったん取られたものを取り返す、という、『巌窟王』のSF版、みたいなところもあるので。

あくまでも「自分」の話として、基本「小さな話」である点に、『夏への扉』から『ドラえもん』『バック・トゥ・ザ・フューチャー』に至る系譜のその特徴、っていうものがあると僕は思っているんですね。で、特にその元祖たる『夏への扉』は、「もう、タイムパラドックスとかそういうのは、心配する必要全くないから!」っていうね。もう全て一本道で、「“なるようになる”ようになってる」し(笑)、もう人類の精神がへこたれない限り、未来も絶対によくなっていくんですよ!っていう、いかにもロバート・A・ハインラインらしいというか、強烈な楽天主義に貫かれていて。まあ、もちろんそこが魅力の小説ではあるんだけど。

もう、ちょっとバカっぽいぐらいなんですよ、今読むと。「ああ、タイムパラドックスとか、そんなのはないから!」みたいな。なのでとにかく、その『バック・トゥ・ザ・フューチャー』でさえ古典となった今ですね、そのタイムトラベルということに関して、アイデアがもういろいろ出まくった後……一本道物ですら、『テネット』みたいな複雑極まりないものが出てきたりしているわけで。

その現在にですね、『夏への扉』みたいな、ものすごく単純な構造と思想のタイムトラベル物を……過去に1回こっきり、一本直線構造なので、タイムパラドックスも気にする必要がないし、みたいな。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』でさえ、そこは考慮してるわけですから。今さらそれを新鮮に楽しめるのかしら?っていう懸念がまずひとつ。

現代の感覚からするといろいろアウト感の強い原作をいかにアップデートするか?

で、もうひとつは……こっちの方が大きな懸念なんですけども、『夏への扉』は一種、非常にコメディ調にデフォルメ、もっと言えば物語やキャラクターが、かなり分かりやすく単純化された小説なんだよね。たとえばその、悪役のキャラクターのデフォルメもそうだし、企みがちょっと幼稚っていうか、雑過ぎて、「いや、これは別に主人公が動かなくても、お前らどっかで失敗したと思うよ?」みたいな程度の感じの悪役感だったりして。

要は、その意味でやっぱりちょっと、ジュブナイルっていうくくりにはなってませんけど、僕はかなりジュブナイル寄り、っていう印象も持ってたりするような小説で。なので、たとえばその一番の悪役に当たるベル。いわゆる「悪女」ですよね。悪女キャラクターに対する、非常に悪意に満ちた描写の数々。これ、今の感覚から読むとですね、まあセクシズム、ルッキズム、エイジズムがてんこ盛り。女性に対する差別的な視線てんこ盛り、という感じですし。

それと対照的に置かれる女性キャラクター、主人公ダンにとって、妹同然……と同時に、最終的には「理想の恋人」扱いになっていく、という。気持ち悪いね、話しているだけで。リッキィという少女……本当に少女ですよ?原作だとゴリゴリの少女。その、とことん主人公に都合がいいロリータ、というね。これ、「今の感覚からすると」っていうくくりもいらないほど、いろいろ非常にアウト感の強い、でも物語の根幹には関わっているキャラクターの置き方などですね、「あの話を今、やるの?」って正直、ちょっと思ってしまうポイントが多々あるように、僕は思うわけです。原作の『夏への扉』自体が。

でも、もちろん今回実写化するにあたって、作り手の皆さんも、その現代の日本で作られる映画として原作をどうアップデート、もしくは補正していくべきか、ということに関して、当然のことながらいろいろ考えられていらっしゃるわけです。たとえば、脚本に菅野友恵さんという女性……これ、長編デビューがそれこそ、2010年の実写版の『時をかける少女』(※宇多丸補足:言うまでもなく日本におけるタイムトラベル物の古典中の古典、の何度目かの映像化)という、仲里依紗さんが細田版から持ち越しで主演した、というあれだったりして。まあ、あれも僕は以前、この映画時評コーナーで扱いましたけども。ちょっとあれはあれで、言いたいことがいっぱいありますけども。

あとは、その菅野さんが同じく脚本で、三木孝浩監督とのコンビで言うと、2013年に『陽だまりの彼女』っていうのがあって。まあ、一言でいえば猫の恩返し、みたいな話ですけど。あれも、特にオチの部分、「本人の意識できる記憶としては失われてるけども、でも気持ちには何かが残っていて……」みたいなこの感慨は、完全に『時をかける少女』的な感慨の作品でしたよね。特に大林版とか、そこに近い感じ。

なので、この脚本・監督コンビによって、なるほど。「ある奇跡的な飛躍によって、悲恋に終わりかけたカップルがハッピーエンドを迎える、爽やかラブストーリー!」という面を強調するというのは、今の日本映画として『夏への扉』を作るという時のひとつの正解、言っちゃえば彼らにとっての(たったひとつ開かれているかも知れない可能性としての)『夏への扉』、というのはまあ、わからないでもないかな、という風には思います。

こっちをカバーするとこっちに不都合が出てくる

じゃあ、実際に出来上がったこの実写日本映画版、そして世界初の『夏への扉』、どういう風になっているかと言うとですね……まず冒頭、主人公の生い立ちを説明するくだりで、古いテレビの映像と共に、これを見せていくんですけど。これ、冒頭。僕はこのド頭が、一番ひょっとしたら感心したかもしれない。「1968年、3億円事件の犯人が捕まった年に」……って言うわけです。この1点だけでまず、我々が知る現実の日本の歴史の流れとはちょっとだけ違う世界なんですよ、というのを、これだけで端的に伝えることができている。僕はだからこの一発目で、「ああ、面白いじゃん!いいじゃん、いいじゃん!」って、SF的にもすごくワクワクさせられた。

正直こういう、「微妙に現実と違うニュース映像」とかみたいなのが、もっと見られればよかったな、と……たとえば、「平成」って出すのが、小渕さんじゃなくて竹下登、だとかさ(笑)。なんかそういう一工夫、二工夫が、もうちょっと見れたらよかったけども……正直、こういうのは3億円のところだけなんですけども。で、ともあれ、その瞬間移動実験だの、民営のコールドスリープ会社だの、いろいろSF的なガジェットがあるという1995年。つまり、2021年の我々からすれば過去、という……過去だけど、ちょっとSFガジェットがある、という、よく考えると入りくんだ設定。

それのおかげで、その後もそのテクノロジーの進化的に「うん?」ってなる部分が仮にあったとしても、「まあ、パラレルワールドの話なんで」ということで、一応スルーはしやすくなっている、という仕掛けでもありますよね。

まあ本当は、「僕らが見てる現実とちょっと違う今」が描かれていると、それこそ小川プロデューサーがパンフでおすすめSFに挙げている『高い城の男』じゃないけども、そこにもなんらかの理由がちょっとほしくなってはしまうところなんですけども……そういうタネ明かしも、ひょっとしたらどこかでしてくれたりする?と思ってたらね、そんなのはありませんでした。そんな話じゃないんです。

というのは、そういう考え方ほど『夏への扉』という話から遠いものはないからです。ロバート・A・ハインラインは、そういうの嫌い!って言ってますから(笑)。そういうゴチャゴチャしたこと、嫌い!っていうね。この実写版ならではの設定アレンジで言うと、山崎賢人さん演じるその主人公の宗一郎に対して、原作で言うそのリッキィというのを、璃子──リッキィを璃子に置き換えている──演じる清原果耶さんがですね、だいぶ年齢が引き上げられている上に、まあ清原さんご自身が、非常に大人っぽい雰囲気を出す時は出せる人で。非常に知的で、意思的に決定している、というのが出せる人なんですよね。

で、なおかつ山崎賢人さんは逆に、ちょっと若めに、爽やかに見える方ですよね。20代後半だけど、まあ全然10代と絡んでいても嫌な感じがしないバランスなので。まあさっき言ったような、原作のですね、もう明らかにロリコン的な危うさっていうのは、かなり中和されては、いるかな?と。あとはその、璃子のキャラクターが自ら技術者として(活躍してゆく)、っていうような描写もある上に、あとはその、終盤のオチになる部分で、彼女の意思で……まあ言っちゃいますけど、コールドスリープします、っていうのがあるから。まあ、よりそこはよくなっているとは言える。

ただしですね、そのリッキィこと璃子の年齢が上がったことで、今度は後半、その主人公が仕掛けていく計画の中で……彼女の人生が、根こそぎ書き換えられてしまうわけなんですね。その重みというか、歪みというか……要するに彼女に事前の相談なく、いろいろと彼女の人生全体に関わるような重大事が決定されていく。それってどうなの?っていう感じが、ちょっと増してしまってもいる、という。だから、こっちをカバーするとこっちに不都合が出てくる、みたいな。他の部分にもちょっとあるんですけど、それは後ほど言いますね。

原作からのアレンジでプラスになっているところ、マイナスになっているところ

原作からのアレンジで最も大きく、そして概ねプラスになっていると言えるのは、藤木直人さん演じるアンドロイドのピートというのが、コールドスリープ後の未来世界で主人公・宗一郎をサポートする、まあ一種、バディとなっていく。この部分が本当に原作にはない部分なんですね。で、三木孝浩監督もインタビューでおっしゃってますけども、これは完全に僕、パッと映った時に、「ああ、これはランス・ヘンリクセンだ」っていうね。

要するに、「『エイリアン2』でランス・ヘンリクセンが演じていたアンドロイドのビショップ」感を直接に連想させる、藤木直人さんの、お顔立ちそのものもそうですし、佇まいもそうですし、そして見事にコントロールされたその立ち振舞い、というのがですね、特にやっぱりその、単調かつ説明的に陥りかねない前半の真相調査パートにですね、非常にユーモラスな、エンターテインメントの味わいをもたらしていて。これはすごくよかったところだと思います。

ただ、それによって失われたものは、主人公の、無一文で何も知らない世界・時代に放り出された絶望感、孤独感。これはめちゃめちゃ薄れましたけどね。なんかお前、大丈夫じゃない?っていう感じがするようになってきちゃいましたけどね、はい。あと、「いかにもアンドロイド的」な振る舞いと、「らしからぬ」振る舞いのギャップで生み出す笑い、というのがあるわけですけど。場所によっては、ちょっと踏み越えてないかな? 「それ、アンドロイドはしないでしょう?」っていうのが、僕個人的にはあったりもしましたけどもね。

まあ、原作だとその、ベルに当たる……ここでは白石「鈴」と置き換えられていますけども、夏菜さん。本当に見事に悪役を演じられていたと思いますが、あの未来の姿……さっきね、ルッキリズム、エイジズム、トータルでのその性差別感がすごく原作は強いと言いましたけども、結局やっぱりこれ、特殊メイクで太らせちゃってるんで。そういうことをやることで、主人公に「ああ、こいつじゃなくてよかったわ」と思わせる、みたいな……そんなこと、(今、作られる作品として)いります?太らせる必要、ある?しかも、そこまで太っているわけでもない感じとかがまた、なんだかな……って、僕は正直、思ったりしましたけど。今、作る映画としても。

ともあれ、2025年。我々からすればちょい未来の、しかしパラレルでもあるその社会の描写、というのがある。主人公が95年の人であることから生じるカルチャーギャップを、我々はどちらかというと、2025年側から見る構造になっているんですね、今回は。自動運転であるとか、完全キャッシュレスとか。なので、SF的に楽しいっていうよりは、どっちかって言うとその、未開人が文明に戸惑う描写、みたいな面白みになっていて。SF的にどうか、っていう感じにもなってはいる。

ただ、なぜそうなったかの説明はないけど、金の価値の変化を利用して資金作りをするとか……で、それによってタイムトラベル技術を作るその博士、田口トモロヲさん演じる博士が主人公に協力する経緯に、比較的、原作より無理がなくなっている部分もある。ただ、それによって逆に、「この博士は、主人公のためだけに、タイムマシーンを作ったの?」みたいになっちゃっていて。そのためだけに30年間待っていて……そしてこれ、お役御免になったらどうなるの?みたいな。なんかちょっと納得できないところも浮上しちゃっていたりする、という。

ラストで「あの曲」が流れないのが近年で一番の「サプライズ」!

加えて、さっきも言ったようにですね、タイムトラベル物、様々なアイデアが出まくっている今、ただでさえ、その単純な構造と思想を持つ『夏への扉』。話として今、どうなんだ?っていう部分に関して言うと……ぶっちゃけ現代の観客の大半は、前半で謎かけ的に登場する「黒幕」的な存在の正体、最初っからわかると思いますよ!少なくともタイムトラベル物だと知って来ている人は全員わかるし、そうじゃない人にとっては、逆にタイムトラベルが急に出てくるから、ご都合主義的に見えるんじゃないかな、という風に思いますが。

とにかくそのタイムトラベルとしての構造は、すごく単純。しかしその割に、主人公があれこれ手を打つんですけど、「これはなんで必要なのか?」っていうのを、あんまりちゃんと飲み込ませてくれないんですね。これ、いちいち挙げてるときりがないので、ちょっと省略しますけど。なんというか、タイムトラベル物ならではの、パズルのピースが1個ずつあるべきところに収まっていく、ような知的カタルシスを、あんまり味あわせてくれないんですね。

じゃあ、何があるか?っていうと、強調されるのはやっぱり、「主人公とヒロイン璃子の思い」的な、情緒の方なんですけど。しかしその、情緒演出という意味でも、僕は本作には、決定的に不満が残りました。それは何かというと、劇中で何度かキーポイント的に出てきては、途中で「あえて」という感じでブツッと切れる、Mr.Childrenの93年のヒット曲「CROSS ROAD」。当然のように、クライマックスかラストでこれが高らかに流されて、気持ちいい~! ベタだけど、気持ちいい~!みたいな感じになるんだと思って、見ているわけですよ。

で、最後。主人公が未来に帰ってきた。そこには、愛するあの子もいる。もちろん「CROSS ROAD」はその愛するあの子が好きだった曲ですから。「なんか曲が流れだした……キター!」って、ベタではあるけども、待ってました!とばかりに「CROSS ROAD」が流れるのか、と思いきや……『鬼滅の刃』でおなじみ、LiSAの新曲『サプライズ』!  びっくりしたー!っていうね。「CROSS ROAD」じゃないんかーい!っていうね。エンドロールまで待っていたんですけども、「CROSS ROAD」は結局流れない。僕、近年で一番の「サプライズ」でしたよ、悪い意味で。いやー、がっかりしたわー。

あとね、「猫演出」は難しいんだろうなと思いました。「あっ、猫が動いてるように(見せるために)、夏菜さんが動いている」みたいな(笑)。

一応フォローをしておくと、1から10まで全くダメ、なんてことは言ってません。演者の皆さんは本当に素晴らしいと思います。特に主人公の2人と藤木直人さんは本当に素晴らしかったと思いますし、さっき言ったように原作からのブラッシュアップ、アレンジも、うまく行ってるところは行ってるかなと思います。

それによる不都合が出ていたとしても、まあわからないわけじゃない。日本製SFとして問題なくも見られるし、そもそもの話が持つ、要は『巌窟王』的なカタルシスの部分、そういう普遍的な面白さの部分は、あるはある。ただ同時に、ここまでやっているのに……という惜しさは残るというか、諸手を上げて、とはちょっと言い難い感じ。そもそも『夏への扉』というチョイスがもしくは悪かったのか、というあたり。そのへんは、皆さんご自身の目で、たしかめていただきたいと思います。ぜひぜひ劇場でウォッチしてください!


(ガチャ回しパート中略 ~ 来週の課題映画は『RUN/ラン』です)
以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

 

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(監修者:東京・池袋占い館セレーネ所属 小林みなみさん)





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社交的な天秤座は、誰とでも仲よく接することが得意なタイプ。反面、断ることが苦手な八方美人のところがあります。恋人がいても誘いを受けたら、なかなかNOと言うことができないかもしれません。それが恋人と間に、不信感を生んでしまうことに。余計な誤解を生まないよう、誠意ある対応を心がけて。

■監修者プロフィール:小林みなみ(こばやし・みなみ)
編集・ライター。出版社、大手占いコンテンツ会社勤務を経て、フリーランスに。会社員時代に占いに初めてふれ、その世界にはまる。現在は、雑誌・Webで占い記事をメインに執筆している。

■協力:東京・池袋占い館セレーネ
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