宇多丸『最後まで行く』を語る!

TBSラジオ『アフター6ジャンクション』月~金曜日の夜18時から放送中!

5月26日(金)放送後記

「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論します。

今週評論した映画は、『最後まで行く』(2023年5月19日公開)です。

宇多丸:さあ、ここからは私、宇多丸が、ランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞し評論する、週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜扱うのは、5月19日から劇場公開されているこの作品、『最後まで行く』。

2014年の韓国の傑作サスペンスを、『新聞記者』などの藤井道人監督がリメイク。刑事の工藤は、車の運転中に一人の男性をはねてしまう。男性の遺体をトランクに入れ、隠しきろうとするが、エリート監察官の矢崎が現れ、工藤を追い込んでいく……主人公の工藤を演じるのは岡田准一さん。工藤を追い詰める矢崎を綾野剛さんが演じる。

その他の出演は広末涼子さん、柄本明さん。そして、たとえば名優・駒木根隆介さん、あるいは山田真歩さんといった、『サイタマノラッパー』組……元々ね、藤井さんは入江悠組でもありましたからね。とか、そして我らが元TBSアナウンサー、安東弘樹さん! アンディがね、思わぬところで出てきますんでね(笑)。アンディ、よかったですね。

ということで、この『最後まで行く』をもう観たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)、メールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、「普通」。ああ、そうですか。まあまあまあ、日本映画でね、こういうなかではいい方かな? 賛否の比率は、褒める意見がおよそ「7割」。

主な褒める意見は、「これは良いリメイク! 特に終盤からラストのアレンジがよかった」「面白いノワール映画として最後まで楽しめた」「こんなにアタフタしている岡田准一は初めて。それがとてもよかった」などの意見ございました。一方、否定的な意見は、「オリジナルと変えすぎており、それがことごとく外していた」とか「主人公を追い詰める矢崎というキャラをオリジナル版よりしっかり描いてるため、悪役としての凄みは薄れてしまった」などがございます。

「『最後まで行く』、最高のリメイクだと思います」

というところで、代表的なところをご紹介しましょう。ラジオネーム「ゐーくら」さんです。「『最後まで行く』、最高のリメイクだと思います。オリジナルよりコメディ要素が強くなっており、岡田准一さん演じる工藤のどうしようもなさは、徐々に愛おしささえ感じるようになります。特に防犯カメラの存在に気づいた時のほとんどホラー映画ばりのリアクションをはじめ、棺桶をめぐるくだりや電話の相手を偽装した返答など、思わず声を上げて笑ってしまいました。

さらに本作では『砂漠のトカゲ』にまつわる寓話が付け加えられています。綾野剛さん演じる矢崎のバックグラウンドまで描くことで、工藤と矢崎の両者が様々なしがらみから逃れられない、同じ穴のムジナ、ないしはトカゲであり、途中まで上から踏みつけ、押し潰す存在だった矢崎が対等、はては共鳴する存在へと変化していきます。

オリジナルと同じく中盤のある展開以降、矢崎はやや超現実的な雰囲気ながらも、はっきり(死ねずに)この世にあるものとして描かれています。再び現れた彼は、オリジナルの終着点であった……」とある、これはこれでまた別の砂漠に、「……工藤が飲み込まれるのを止め、地を這うような泥臭い取っ組み合いの後、共に転がり落ちていくのです」。あそこはでも、解釈次第じゃない? 外に向かっていく、とも言えるかもしれませんけどね。はい。

「最後に描かれる真相では、結局ある人物の手の上だったことが明かされ、この世自体が逃れえない砂漠であることが示されます」というようなね、解釈をいろいろ書いていただいたゐーくらさん、ありがとうございます。他にも褒めの方のメール、いっぱいあるんですが。ちょっとダメだったという方もね、結構強い意見がございますので、ご紹介しましょう。ラジオネーム「ヴァンダム」さんです。

「『最後まで行く』、オリジナルの韓国版が大好きなので期待して観に行きましたが、オリジナル版にあった印象的なシーンが、かなり改変されていて、ほとんど別物になっててガッカリしました。安置所でのシーンは、オリジナル版ではオモチャを使い死体を運んでくるというシーンが、今作では主人公の工藤が直接ダクトに入るという明らかに『ダイ・ハード』オマージュなシーンに改変されていて……」。これは中でね、ちょっとパロディ的に暗示されていますが。

「あとトイレの格闘シーンが無くなっていたりと、『最後まで行く』を代表する名シーンが悪改変、改悪されていたり、削除されてしたりしていて、怒りがわきました!」。オリジナルが本当にお好きなんですね。「あと本作では主人公家族のドラマが増えていましたが、ほとんどストーリーとは絡まないし、鑑賞中、ずっと、この話いるか? と思って観ていました。

悪役の綾野剛も、オリジナル版の飄々としつつもどこか不気味で怖く強烈な悪役を演じたチョ・ジヌンと比べると、明らかにキャラが弱いと感じました。特に中盤に綾野剛パートがあるせいで、綾野剛演じる矢崎が悪役としての魅力がなくなってしまったので、本当にこのパートは余計だと思いました! 

唯一良かったのは岡田准一の過剰な追い詰められ演技。全編最高に笑えて良かったです! 特にドライアイスのくだりは爆笑しました。別物として見る分には楽しめると思いますが、『最後まで行く』のリメイク作としては個人的に落第点の映画だと思いました。今年ワーストでした!」という、そこまで……だから本当に、オリジナルがすごい好きなんですね、というヴァンダムさんでございます。はい。

『見えない目撃者』『22年目の告白』そして本作と、韓国映画の名リメイクに関わるキーマン

ということで皆さん、メールありがとうございます。私も『最後まで行く』、TOHOシネマズ日比谷、宝塚地下の、12番という大きい方のスクリーンで二度、観てまいりました。

2014年韓国作品のリメイク『最後まで行く』。今回はまず、プロデューサーの方の話からさせていただきたいと思います。というのはですね、当番組、去る5月16日の8時台の特集コーナーで、それこそ「『最後まで行く』勝手に公開記念!」ということで、「第1回リメイク総選挙」企画というのをやらせていただきましたが、そこでリスナー投票堂々の第1位に輝いたのが……結構ぶっちぎりでしたね。第1位に輝いたのが、2019年の日本版『見えない目撃者』で。

加えて僕、その企画の中でですね、話にちょいちょい挟み込む形で、2017年の、これも日本版リメイク『22年目の告白 -私が殺人犯です-』。こちら、2017年6月24日にこのコーナーで時評した時の公式書き起こしがアーカイブされているんで、読んでいただきたいですが。まあ『見えない目撃者』同様、僕はあれも、なんならオリジナルより面白くなってるリメイクだよね、なんて感じで、ちょいちょい名前を出したりしていたわけですけれども。で、だからリメイク総選挙1位の『見えない目撃者』と、入江悠監督の『22年目の告白』、そして今回の『最後まで行く』。全て、制作会社ROBOTのプロデューサー、小出真佐樹さんという方が手がけた作品なんですね。

明らかに、だから韓国ノワールリメイク、それもオリジナルからさらにプラスアルファなアレンジを加えた日本版リメイクというのをプロデュースする名手、という言い方をしていいと思いますが(※宇多丸補足:ちなみに、さらにキャリアをさかのぼると、なんとあの『少林少女』を始め、私がさんざん酷評したような作品にも多く関わられてきた方なので、ぶっちゃけ私は恨まれているかもしれませんね……)。このタイミングで出ている記事でいいますと、『Branc(ブラン)』というところでSYOさんという方がされているこの小出真佐樹さんのインタビューが、ボリュームといい内容といい、非常に読み応えがあったので、ぜひ参考資料としておすすめしたいあたりですが。

加えて今回の『最後まで行く』は、監督の藤井道人さんと共同脚色を手がけているのが、さっき言った『22年目の告白』の、平田研也さんという方なんですね。なので今回の『最後まで行く』リメイクも、この時点で既に、面白くなりそうだな!みたいな感じがすごくする座組みだと思うんですけれども。

韓国公開時に現地で観ていたオリジナル版。言葉が分からなくてもむちゃくちゃ楽しめた

で、とにかくですね、この小出真佐樹Pがですね、2014年に韓国での試写でいち早く、この『最後まで行く』を観て。特に冒頭の30分がめっぽう面白い!っていう……逆に言えば、これを日本に置き換えてもっと面白いものを作れるんじゃないか、という勝算を得たという。

僕はそのオリジナルの『最後まで行く』、最初は、弊社(株)スタープレーヤーズの社員の荒井麻里さんの結婚式で、ソウルに行った時に、一人で劇場に行って。英語字幕とかもないまま……なので、あんまりそんなに何を言っているかとかはわかんないまま、それでもすごく楽しく観たんですね。

もちろん後から、2015年5月に日本公開されて、その時に日本語字幕付きでも見ましたけど。でもね、やっぱり、元の言葉がわからなくても、全然入り込める……言っちゃえばすごく直線的な、シンプルで、ある種プリミティブな「映画の面白さ」に満ちた、ダークコメディ色強めなノワール、という感じだったんで。まあ、結構面白みの部分はわかりました。さっき言ったその霊安所の場面とか、全然、面白いのはわかりますからね。

特に、後ほど言いますけども、複数のリメイク全てでも……ちなみに私、2021年のフィリピン版リメイクは現時点で観られていないので、ちょっとそこだけは保留した状態で話すしかなくて申し訳ないですが。とにかく、その後でのリメイクでもほぼ、見せ場として常に踏襲されている、さっきから言っている霊安所での死体を巡る、スリリングにして抱腹絶倒のすったもんだであるとか……これは今回の日本リメイク、予告でも出てたところなんでまあ言っちゃいますけど、車の上にでっかいものがドカーン!と急に落っこちてくるショッキングなシーンであるとか。

あるいは、まあクライマックスと言っていいかな、爆弾がいつ爆発しちゃうの?っていうサスペンスとか……みたいな、そういうその、ストーリーの細部を忘れても強烈に印象に残っている場面とか名場面、というのがあって。それまで謎の脅迫者だったチョ・ジヌンさん演じる男の正体が、中盤、明らかになる、そこの「ええっ?」な感じとか。もちろんその、チョ・ジヌンさんの本当に謎の存在感というか、「なんなの、この男?」っていう感じ(笑)。

あとはもちろん、映画というものの「感情移入」の機能を全面的に活用した、ド頭から一気につかむ作りですね。ヒッチコックがよく言ってる、『サイコ』でアンソニー・パーキンスが死体の入った車を沈めるところで……彼は犯罪を犯してるんですけども、観客というのは、「ああ、車が沈まない? どうしよう!」って思っちゃうもんなんだ、映画ってそういうもんなんだ、って言っていて。まさに、それを全面的に使ったような作品ですよね。とにかく、むちゃくちゃ楽しめる作品だったのは間違いないわけです、オリジナルの『最後まで行く』。

世界各国で作られたリメイク版と比べ、明らかにアレンジ要素多し。

で、さっき言ったようにですね、そういうプリミティブな映画的面白さが買われたということでしょう、2017年には中国で『ピースブレーカー』というタイトルで、これはDVDも出てますし、配信で買ったりすることもできますが。とか、2021年にはフィリピン版、これは英語タイトル『A Hard Days』っていう……元も英語タイトルは『Hard Days』ですが、フィリピン版の『A Hard Days』。そして2022年にはフランスで、英語タイトル『レストレス』っていう。こちらはNetflixで観れますけれども、どんどんどんどんリメイクされていくと。

で、さっき言った通り、僕はそのフィリピン版は観れてないんで、本当に申し訳ない、これだけはちょっと留保した状態で話しますが。もちろん、キャスティングや演出、お国柄の違いなどによる、ニュアンスの差異や細かいアレンジはそれぞれにあるんですが、基本的に中国版とフランス版は、割とオリジナルをなぞった作りですね。プロットとかセリフとか、割とそのまんま、という感じだと思います。なので僕、このタイミングでですね、オリジナル版を含めて、3回連続でこれを観たらですね、「ちょっとずつ違うけど基本同じ話」を繰り返し観る羽目になりですね、ちょっとクラクラしてきた、っていうね(笑)。なんか、ちょっとずつ変わるループを聴いてる感じになっちゃった。

で、その意味で今回の日本版『最後まで行く』は、その各国のリメイク版と比べて、明らかにもちろん、ぶっちぎりでアレンジの要素が多いんですね。オリジナルな解釈や工夫を加えて、「さらに面白くしてやろう!」という気概にあふれた、リメイクとして志が高い作りなのはもう、これは断言できますし。もっと言えば実際、これは概ね、元より面白く、あるいは納得度が高いものにちゃんとなっている、という風に僕は思いました。

ドラマ『アバランチ』でも見せたストレートなエンターテイメント。藤井監督、もっとこういうの作ってよ!

まあ、先ほど言ったようにですね、小出プロデューサーが、当時はやはりROBOT所属だったというこの平田研也さんとプロットの開発を進める中、監督として白羽の矢を立てたのはですね、本作のプロデューサーとも後になった日活の西村信次郎さんの元でですね、やはりノワールテイストの『デイアンドナイト』という作品を撮ったこともある、藤井道人さん。近年はもちろん、『新聞記者』(2019年)で大ブレイクしました。

でですね、直近の『ヴィレッジ』という作品、今年の4月に公開された『ヴィレッジ』を、僕ね、観られてないんで、本当にこれ、申し訳ないんですけど。ただ、藤井さんの作品、初期の短編までですね、U-NEXTで今、全部観られたりして、いろいろ拝見していく中でですね、とにかく、これは私の見方ですが、どんなジャンルの作品であってもですね、平たく言えば、今の感覚でちゃんとかっこいいルックで……言い方はあれだけど「見栄えがしっかりよいエンターテイメント」に、どんなジャンルでも高打率で仕上げることができる。もっと言えば、そういうチームを的確に率いることができる方、っていう。そういう風に私、藤井道人さんを評価しておりまして。

そういう感じで、非常にだからルックがバチッとしていて、エンターテイメントとして、ちゃんと仕上げてくる。ジャンル的には、さっき言った『新聞記者』みたいにポリティカルなメッセージ、重いものがあるものでも、結構「エンターテイメントとしてかっこいいルック」に仕上げてくる、という、そういうチームをちゃんと率いることができる方。藤井道人さん。で、それってまさに、今の日本映画界に一番求められる資質っていうか……アート映画的に優れたものを撮る人は結構いても、エンターテイメントとしてちゃんと見栄えがするものを作れるって、結構やっぱり求められている資質だと思うし。だからこそ、引っ張りだこなんだとは思うんですけれども。

たとえば今回の『最後まで行く』に連なる要素で、藤井さんが絡んでる作品で言いますと、同じくやはり綾野剛さん主演……他にもあの駿河太郎さんであるとか、磯村勇斗さんといった藤井組常連、今回の『最後まで行く』にも出ている常連の方々が出ている作品で、カンテレ制作かな、テレビドラマシリーズで、『アバランチ』っていう、僕はこのタイミングで遅まきながら拝見したんですけど。

藤村さんはそのうち、シリーズの軸となる2話ぐらいを担当されてるんですが。1話と、途中の結成秘話みたいな、エピソード0的なのを担当されてるんですけど。言っちゃえばまあ、「アップデートされた『ハングマン』」みたいなもんですね(笑)。現代版仕置人と言いましょうか、『ハングマン』。で、特に綾野剛さんが本当に素晴らしい、キャラクター造型であるとか、アクションの見せ方といい、ポリティカルなバランス感覚も見事なダークなコメディセンスといいですね……要はですね、「新世代和製ノワールアクション」的なものがですね、本当ばっちりやれていて。あれこそ、『アバランチ』こそ本当に、劇場版をやってくれないかな、っていう風に思うぐらいなんですけど。

なので要は、今や世界に冠たる韓国ノワールアクション、その中でもエンタメ性が高いこの『最後まで行く』という傑作を、日本で迎え撃つにあたって、藤井道人さん……新世代和製ノワールアクションみたいなものがたとえば『アバランチ』とかでできている、ということで、まさに最適な人材だった、という風に言えるんじゃないかなと思うわけです。『アバランチ』、めちゃくちゃ面白かったです!

で、逆に藤井さんにとってもですね、長編劇映画で、ここまでアクションエンターテイメント……割とストレートなエンターテイメント、それもノワールでありつつコメディ的でもある、というような、要は「ストレートに“面白さ”に特化した」ような作品というのは、過去にない挑戦でしょうし。割と今まではね、とはいえシリアスな作品が多かったんで。同時に、先ほど僕も言ったようなその資質からすれば、本来とても向いている、ついに本領発揮!の局面であるのかもしれない、と思います。『アバランチ』とかを観ると、コメディも全然いいし、こういうテイストでもっと作ってよ、みたいな感じがしました。企画さえあれば、当然やりたいんでしょうけど。そういう意味では、藤井さんのキャリア的にも、ちょっとネクストレベルな一作と言えるかもしれません。

オリジナル版や他のリメイクと比べると分かる。本邦版リメイクの「感情的な追い込み」の明快さ

で、実際に出来上がった今回のこの日本版『最後まで行く』は……ということですね。まずですね、物語の「改めての解釈」、という部分がですね、さっきの平田研也さんと一緒にした脚色も含めてですね、実はとても丁寧で。そこに何より感心してしまいました。たとえば冒頭で、主人公の刑事が、客観的に見ればもうもちろん間違った、正しくない、とんでもない行動を取る。つまり、車で轢いてしまった死体を、隠蔽しようとするわけですけれども。

本作ではですね、まず最初ね、バーッと雨の中を走っているそのタイヤのところが映されてですね。で、続いてのカットは、車の周りをグルーッと回る、ゆっくりグルーッと回る長めのワンショットで、じりじりじりじりと……その中で、すごくイライラする電話を主人公がしているわけです。で、もう一回、奥さんから電話がかかってきたところで……要するに「お母さんが危篤よ」って最初、言ってるんですけど。で、実はその自分の汚職がバレるっていうことで、「なんだよ!」ってどんどんどんどん焦りが増していく中で、もう一回、奥さんから電話かかってくる。そこでちょうどカメラが反対側にグルーッと回っていったところで、「お母さん、亡くなりました」って。そこでフッと、音が止まるわけですね。

ということでつまり、カメラワークと、音を含む編集で、主人公の心理とか感情を、加速度的に追い込んでいく、という。で、その追い込みの積み重ねが実は丁寧にされてるからこそ、全てのことの発端となる、この主人公の本来なら許されざる行動に、説得力や感情移入の余地が、より増してるんですね。これぜひですね、日本版と、そのオリジナルとか、あと他のリメイク作の同じくだりを比べると、この日本版が、より感情的な追い込みがすごい明快っていうか……グーッと追い込みが加速していく、「ああ、だったらこういう行動に出るのも……」みたいな感じがするみたいな、そんな感じに、(今回の日本版は特に)ちゃんとなっているんです。これ、見比べると本当にわかりますから。

「同じことをやってもしょうがないし、せっかく岡田さんが出ているんだから、これは体を使ってもらいましょう!」(想像)

でね、その岡田准一さんの演技テンション。これ、予告を見た段階ではですね、「ちょっとこれ、コメディ寄りにデフォルメしすぎじゃないかな?」って気もちょっとしたんですが、ちゃんと本編の流れの中で見ると、この物語のそのダークコメディ的な、もっと言えばスラップスティックコメディ的な側面を、しっかり解釈として提示したものとして、流れで観ると、これはこれでアリなバランスにちゃんとなっています。

なによりその本作の主人公、岡田准一ならではのフィジカル力……これを存分に生かしたアレンジ要素が効いていてですね。たとえば、さっき言った霊安所での一大見せ場。オリジナルのあの、「おもちゃ」を使った仕掛け。これ、もちろん最高です! だから「ここがなくてがっかりした」っていう人がいるのは、ちょっと理解はできます。僕も元のやつを観ていて一番、「うわっ、この映画、おもしれえな!」と思ったのはこの、おもちゃを使った仕掛け。なんだが……ただ、同じことをやってもしょうがないじゃないですか、っていう気概もわかるし。

本作では、その直前にテレビ画面に映るパロディ映像として予告されるように、『ダイ・ハード』ばりに(笑)、肉体を本当に使ったサスペンス、スラップスティックシークエンスになっていく。そういう独自アレンジをしている。これ、やっぱり「同じことをやってもしょうがないし、せっかく岡田さんが出ているんだから、これは体を使ってもらいましょう!」っていうアレンジ、僕は全然アリだと思うんですよね。

あるいはですね、後ほど言いますが、オリジナルにはない、何段構えかのクライマックス……これ、この何段構えかのクライマックスがあるだけで、僕は「ありがとう! よくぞいろいろ考えてくれて、ありがとう! 本当にサービス、ありがとうございます!」みたいな、「えっ、これもつくんですか? 締めでラーメン? さっきのスープでラーメンが?」みたいな(笑)。そんな何段階か構えのクライマックスで、銃撃戦っていうのがあって。で、ここは岡田准一さん自身のアイディアで、劇中ですね、象徴的な扱いで何度か出てくるその「トカゲの寓話」のイメージで、シャシャシャシャシャッ!と、トカゲみたいに動き回ったり、七転八倒したりする、という。やっぱりここも、フィジカルなパワーとか面白さ、みたいなものが生かされた作りになっているわけですね。

文句がないわけではないが、これは申し分ない達成。日本版オリジナルエンディングも見事!

で、その「物語の改めての解釈」という意味では、これも予告編等でね、ガンガン出ているところなんで言ってしまいますが、綾野剛さん演じるエリート監察官。彼が実はその、謎の脅迫者なわけですけど。オリジナルのその、チョ・ジヌンがですね、割とモンスター的サイコパス……要するに怪物的存在感という感じで、その「圧」ですね。体もでかいから、圧でグイグイ来て……あれはあれでもちろん、すごい怖いですよ。もう、意味不明っていうか、「なんなの、この人?」みたいな、圧だけで押してくるっていう、あれはあれで、もちろん素晴らしいんですが。

本作では、まず割と早めに彼を登場させてしまう、という。で、オリジナルとは全く違う、よりショック度の強い正体ばらし展開。僕、あれはあれですごい、やっぱり映画的っていうか……要するに彼が、さっきまですごい物腰柔らかなエリート監察官然としていたのが、いきなり向こうから、ちょっとピントも合わずにやってくるのが見えたな、と思ったら、「オラァ!」って(思わぬ角度から襲ってくる)。「ええっ、怖い!」っていう(笑)。あの豹変の怖さがね、ちゃんとある。

で、そこから皆さん、メールに書いてる通りですけども、藤井道人さんの「キネ旬」インタビューの言葉を借りるなら「B面」、つまりその、矢崎側のアナザーストーリーが語られ出すという、完全オリジナルアレンジが始まるわけですね。

まず、ここでパッと変わる、その矢崎側のストーリーになった時に、映画冒頭と同じカメラワークが出てくるわけです。同じように車の周りをグルーッと、右から回って左に行くというワンショット。つまり矢崎が、実は主人公の岡田さんとほぼ鏡像関係、本質としては同じ「砂漠の中の一匹のトカゲ」であることが、カメラワークなどで映画的に示されていく、という。

しかも、このバックストーリーが語られることで、僕はこれ、嫌がる人がいる気持ちも、オリジナルが好きなのもわかるけど、怪獣映画と同じで、「なぜこの二匹が戦わなきゃいけないのか?」っていう、強烈な理由付けになっていて。僕はこれ、全然アリだと思うんですよね。

ただしですね、その主人公と鏡像関係と言いながら、矢崎の世界はですね、色調もよりブルーで冷たくなってるし、画調もよりシャープになっていてですね。要は、彼の方がよほど冷たい、ヤバい崖っぷちを歩んでいる……こっちの方がもう、血の気が失せる状態になっている。すなわち、ダークコメディ度が高まっているんですね。実は、矢崎の方がより追い込まれている。

で、矢崎が特に追い込まれて面白いのはですね、この人、あくまで表面上は「クールなエリート」を装わなきゃいけないので。露骨になんか焦った顔を見せていい岡田准一さんサイドよりも、もっとこっちの方がキツいんですね。なので、どんどんどんどん、裏では事態が悪化していく、というこのコメディ的対比が、より面白くなる、という感じだと思いますね。たとえばその、綾野剛さんであるとか、その上司にして義父、千葉哲也さんが演じている凄みなんかもあって、絶妙にその表情なんかも含めてですね、めちゃくちゃ笑える感じになっている。これ、劇場で本当に笑いがめちゃくちゃ漏れていたあたりで。日本版独自の見せ場を大いに作り出していて、これも僕はナイスアレンジだと思いました。

で、オリジナル版には、とあるオチがあるわけですね。それはそれで……これがまたね、各国のリメイクのそのラスト、やってることは同じなんだけど、解釈が違うのがすごい面白いんですけど。中国版とかはあれを「ハッピーエンド」として描いている(ように見える)んですけど、それはないだろ?っていう感じなんだけど(笑)。まあ、オリジナルのあるオチ。でもこの日本版は、そのオチの「先」をまた、用意しているんですね。日本版オリジナルの、何段目かのクライマックスがある。これ、シチュエーションとかロケーションの見せ方のフレッシュさ、リッチさも含めて、これは僕、めちゃくちゃ嬉しかった。日本特有のこういう場所を、こういう見せ方をした例、あんまりないな、みたいな。画としてもかっこいいし、「へー!」って思いました。

あえて言えば、ちょっと勝ち負けにもうひとロジック、欲しかったですけどね。なんでこっち側が勝つのかに、もうちょっと論理的な、この場所ならではのなにか仕掛けが一個ある、もしくはなんか伏線の回収があれば、最高でしたけど。

で、一瞬、終わりの方はやっぱりこれ、日本映画らしく多少ウェットにして締めるのかな、と思ったら……それは「あえて」でしたね。あの、日本オリジナルエンディング。この終わり方、僕は完全に、オリジナルを超えた!と思いました。これしかない!っていう終わり方ですね。なんか、容赦ないけど、どこか元気が出てくる……という、見事なエンディングだったんじゃないでしょうか。

あえて文句を言うならばですね、娘をさらわれたお母さんが、すんなり黙って一晩待つ、とかは、多少無理が増しちゃってるな、とは思うし。あと、一番の文句! トカゲのたとえ話、これ自体はいいです。これはすごくいいアレンジですが、主人公によってもう一回、トカゲのたとえ話が繰り返されるんですが……二度目も、全く同じ文言を繰り返すのは、どうでしょうね? そこは主人公、たとえば『カラーズ』のラストのショーン・ペンみたいに、二度目、同じことを言うんだけど、こっちはうまく伝わらないとか。あるいは僕が思ったのは、そのトカゲ、砂漠のトカゲも、そこに生きてるなりの理由があるんだ、っていう、その岡田准一なりの独自アレンジでもう一回、するとか。とにかく、(同じことが)二度あったら(二度目は)ちょっと変える、っていうのが映画のミソでしょう?って思うんで。ここは本当、はっきり文句です。

でもですね、ほぼ僕は、結構大満足……すごくクオリティーが高いリメイクですし、当然社会的な問題提起とかも込められつつも、本当にアクションエンターテイメント、しかもダークコメディという、日本映画でこういうタイプのものの成功作って、あんまりないんで。もう十分な、申し分ない達成じゃないでしょうか。非常に面白いです! 後に繋げる意味でも、ぜひ皆さん、映画館に行っていただきたいので。ぜひ劇場でウォッチしてください!

ちなみに藤井道人さん、次はやっぱり、オリジナルでこのレベルを目指したいっすよね……でも、そこを目指すその第一歩、助走としては申し分ないんじゃないでしょうか。ぜひ映画館で……映画館で今、かかってる中でも、結構僕は、「面白さ」っていう意味では上の方に来ると思います。おすすめでございます。ぜひ劇場でウォッチしてください!

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