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9月1日(金)方法後記
「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。ライムスター宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞し、生放送で評論します。
今夜扱うのは日本では8月11日から劇場公開されているこの作品、『バービー』。
1959年にマテル社から発売され、世界中で愛され続けるファッションドール・バービーを、グレタ・ガーウィグ監督・脚本、マーゴット・ロビー主演・製作で映画化。完璧な世界「バービーランド」では、様々なバービーやケンたちが、夢のような暮らしをしていた。しかしある日、一人のバービーの体に異変が発生。その原因を探るため、ケンとともに人間の世界に向かうのだが……これ、役名がさ、全員「バービー」と「ケン」だからさ、名前だけ言っていてもわかんないよね(笑)。「◯◯が演じているケン」とか言わないといけない、みたいなね。共演はライアン・ゴズリングなど、でございます。共同脚本は、『マリッジ・ストーリー』などのノア・バームバックさん。グレタ・ガーウィグさんのパートナーでもありますね。
ということで、この『バービー』をもう観たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)、メールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、「多い」。まあ、そうでしょうね。番組でもね、日比麻音子さんによるグレタ・ガーウィグさんインタビューなんかもありました。賛否の比率は、褒める意見が「8割弱」。やはり女性からの感想メールが多かったです。でもこれ、男こそ見るべき、というところがいっぱいありますけどね。
主な褒める意見は、「女対男という単純な図式ではなく、可能な限り偏りがないよう描かれてるところがすごい」「性別を超え、全ての生きづらさを抱える人に見てほしい」「純粋にコメディとしても笑える」「ピンクに彩られた美術設定や音楽も楽しい」などがございました。一方、否定的な意見は、「よくやったとは思うが、現実に置かれた女性たちの問題の回答としては不十分」「ケンの扱いがあまりにかわいそう」などがございました。なんかインターネット・ムービーデータベースによれば、ライアン・ゴズリング、ケン役を受けるにあたって、娘さんがケンの人形を砂場かなんかに雑な突っ込み方をしていて、それを見てやろうと思った、っていうことをおっしゃってますけどね(笑)。
(感想メールの読み上げ)ラジオネームがない方から、メールで頂きました。「『バービー』は出産前最後の映画館での鑑賞作品になりそうです (お腹が大きくなり、2時間座っているのが辛い)。お腹の子は女の子なこともあり「この子の将来のためにも見よう!」と見に行きました。そんな私ですが『バービー』は賛否でいうと賛です。「お腹の子が女の子だから」と書きましたが、鑑賞後は女・男といった性別を超え、生きにくいと感じる全ての人に見てほしいと思える映画でした。
正直、自分の子が女の子だと分かった時、私自身、女性として生きることの辛さが分かる分、「この子にも同じ思いをさせるかも。ごめん。」と思ってしまった自分がいます。でも、この映画を見て「女だから」「男だから」は関係なく「あなたのままでいいよ」と言ってもらえることの大事さを改めて考えさせてられました。もし、自分の子どもが悩んだり苦しんだら、映画のラストのように、振り返った先で、「あなたは大丈夫」と声をかける存在でありたいと思います。(劇中で)「母はそのためにここにいる」みたいなことを言ってましたね。
「……そして、この子が大きくなる頃には『バービー』で伝えようとしていたテーマは"当たり前のこと"で、誰もが自分らしくいれる世界となるよう、私なりに出来ることをやっていこうと思いました。あと、単純にピンクだらけの世界やマーク・ロンソンプロデュース音楽が見ているだけで楽しい!となりました。ちなみに、予習に最適と言われているNetflixの『僕らをつくったオモチャたち』のバービー編。これは必見だと思います。一緒に見た夫は「あれを見てなかったらテーマを理解できなかったかも」と話していました。夫も見てよかったと言っていたので、ぜひ男性にも見てほしい映画です」ということでございます。
この方、ちなみに「世のお母さんたちは映画を見たい時、どうしてるのかな? ということで、映画館でママ向けの企画を行ってる事例などを特集してほしいです」という。TOHOシネマズとかでね、お子さん、ちっちゃい子を連れてきてもいい時間帯とか……(照明を)ちょっと明るめにして、音も小さめにしたりとか、っていうのもあったりしますけど、たしかに、それをまとめてご紹介するようなことがあってもいいかもしれません。特集のタネ、ありがとうございます。
一方、ちょっとダメだったという方をご紹介しましょう。ラジオネーム「コンサルコアラ」さん。「バービー観てきました。さすがマーゴット・ロビー! さすがグレタ・ガーウィグ!という賞賛する気持ちと、え? こんなもんなの? というガッカリする気持ちの両方が表裏一体でありました。というのも、映画『バービー』はどこまでも「リアル」だったからです。バービーランドでのケンの扱いも、リアルワールドでの女性の扱いも、グロリアの悩みの多い人生も、あるいは生身の女性の美しさも、ひたすら私たちの日常で、それ以上でも以下でもありませんでした。そこを真正面から描いていたから、さすが! と思いましたし、私たちが「こんな世界だったらいいのにな」というハッピーエンドは見せてくれなかったから、ガッカリもしました」。なるほどね。
「物語終盤には、ケンはバービーの添え物ではなく、ケン自身として尊重されながら生きていいというメッセージが示されています。しかし、にもかかわらず、ケンが何かになりたい、何かをしたいと言ったときには依然としてバービーにおうかがいを立てているのです」。彼はすごくこうね、女性からの視線っていうのに依存してる人として描かれますが。
「そして、バービーランドにおいてケンがどこまで権利を獲得できるかは今後のケンの努力次第、と締めくくられます。マシにはなったかもしれないけど、バービーランドにおいてケンは依然弱者だし、ガラスの天井はあるし、ケンは今後も苦しい闘争を続けなくてはならないのだろうと想像にかたくないのです。これではまるきり今の現実社会の女性の立場そのまま。フィクションの中でくらい、ハッピーエンドを見せてくれよと思わざるを得ませんでした。ただ、それで映画自体の評価が下がるかと言うとそんなことはまったくありません。そして、映画『バービー』がひたすらにリアルな作品で現実社会をそのまま投影している以上、このエンディングを理想的なものに変えるには現実社会の方を変えていくしかないのかもしれませんね」と。
で、ちょっとごめんなさい、時間もあれなんで、省略・要約させていただきますと、バービーランドを乗っ取ったケンたちを打倒するためにバービーたちがやる作戦を、「ちょっとそれはどうなの?」みたいな……そんな感じですかね。これ、要するにミラーリングとして、男女逆転の話として見ると、これはどうなのかな? 普段やられているレッテル張りみたいなものを逆にしただけで、ちょっとあんまり愉快なものではないかな?みたいな感じが書かれていて。それも、ああそうか、なるほどな、と思ったりしますね。はい。ありがとうございます。皆さん、メールは全て拝読しております。私も『バービー』、TOHOシネマズ日比谷で字幕版を2回、観てまいりました。ちょっと吹替版を観る時間がなくて、申し訳ございません。
ということで、まず先に言っておきたいんですけども……この作品を観た、少なからぬ映画好きの男性は間違いなくそうなるでしょうが、特にとある場面で、「顔から火が出そうになる」とはこのことか、というくらい、恥ずかしかった……!(笑)
要は、いわゆるマンスプレイニング。我々男はとかく女性に上から目線で教えたがり、解説したがり、という件を、割と容赦ない角度から……「えっ、その件から来ます?」みたいな感じで(笑)、戯画化してみせる、という、本作でも屈指の爆笑シーン……男性にとっては爆死&苦笑シーン、ということでございます。観ながらちょっと、内心ね、「いや、でも! いやでも『アフター6ジャンクション』は、きゅ、キュレーション番組だから! あの、教えたがりなのはしょうがなくて……」みたいな、いろんなことをね、内心抗弁したくなるような(笑)。
でも、事程左様にですね、そのいわゆる「有害な男性性」というのを、はっきり滑稽なものとして、誇張されたコメディタッチの中で描くことで、性差別への異議、フェミニズムというものが込められた他の多くの作品の、間違いなく何倍、何十倍、ことによれば何百倍もの観客に広く観られることになる本作……たとえばこれまではそれほど意識的にそうしたことについて考えてきたわけではないような人、なんならほとんどその自覚もなかったような、たとえばジェンダーギャップとか、そういうことを考えたことがないような男性観客にも、明白に問題のありかがわかる作りにしてあると。
たとえば男性であれば、「ああ、俺たち、たしかにこういうところあるけど、これってたしかによくない! 感じ悪いし、ダサいな……でも、だとしたら俺たち、これからどういう自分になっていけばいいってこと?」みたいなところまで含めて、思わず自分でも笑ってしまいながら気づく、みたいな。そういう射程というのを見据えた……要するに広く見られる、今までそういう問題意識がなかった人も観る、っていうことを見据えている作品なんですよね。それが実際、アメリカ本国中心に、今年一番のメガヒットになってるという。これは本当に驚くべき、すごいことだと思いますね。
そんなこんなで、改めてですね、順を追って話していきますが。バービー……言わずと知れた、先ほどから言っているマテル社製の人形玩具シリーズです。玩具シリーズの映画化といえば、この間やった『トランスフォーマー』とか『G.I.ジョー』とか、ゲームですけど『バトルシップ』など、男児向け……いずれもね、ハズブロですけども、男児向けのものが多かった印象がありますが。特に重要なのは2014年、フィル・ロード&クリストファー・ミラーの大傑作『LEGO® ムービー』。これ、私ですね、2014年4月5日にこの映画の時評をやりました。まだ書き起こしがない時代なんで、ネットで適当に見てください(笑)。
要は、「レゴというおもちゃとはそもそも何か?」「レゴで遊ぶとはどういうことか?」という、めちゃくちゃメタな問いを、作品の主題にしてみせたところが本当に革新的だったし。今回の『バービー』も明らかに、完全に連なる系譜ですよね。「バービーとは何か?」っていうのをちゃんと問い直す、という。ちなみに、ウィル・フェレルの置き方も、『LEGO® ムービー』と今回の『バービー』、かなり重なるものがあったりする。今回も例によっての、小心で無神経だけどキュート、みたいなね、みんな大好きウィル・フェレルのバランスで、楽しそうにやっております(笑)。ただしこの『バービー』は、そのメタ視点というのが、さらに突っ込んだものになっている、ということがある。そこがすごい!というのがありますが、それは後ほど言いますね。
で、バービーの実写映画化というこの企画自体も、ご多分に漏れず、結構前からありまして。映画会社や主演なども、二転三転を重ね、一時はアン・ハサウェイがやるとか、ガル・ガドットがやるとかありましたけども。2019年にようやく、現状のマーゴット・ロビーが決まり。当番組、去る8月9日に放送しました、水曜パートナー日比麻音子さんによるグレタ・ガーウィグさんインタビューによれば、主演兼プロデューサーでもあるマーゴット・ロビーの意向・指名で、グレタ・ガーウィグとノア・バームバック夫妻が脚本。グレタが監督もやるということになった、っていうね。マーゴット・ロビーがそれを決めたというか、「マーゴット・ロビーがすごいよね」っていう話をグレタさんもしていました。
本当にグレタさんがおっしゃる通り、その判断がすごい。明らかに、単にお気楽に楽しめればいいブロックバスターエンターテイメントにする気は、ハナからない。つまり、バービーという存在が象徴するものの問い直し……たとえばこれ、『ブックスマート』。皆さん、覚えてますかね? 2020年8月28日(に映画評をした)、『ブックスマート』の中でも、揶揄されましたよね、バービーって。非現実的な体型をはじめとする、女性の、わけても少女たちのロールモデルとしての、問題点ですね。絶対になれないような理想を提示してしまっているという、まあある種の前時代性、みたいなものも含めて……だからまさに今回出てくるあの娘さんの世代が、『ブックスマート』の世代ですよね。「バービーってさ、変じゃね?」みたいな感じですよね。
で、それと正面から向き合った上で、主人公たるバービーが新たなるアイデンティティを再構築していくという、そういう構造の話にする必要が絶対にあると、マーゴット・ロビーはハナから確信していたに違いない……だからこそ、それを語るにふさわしい人材として、グレタ・ガーウィグとノア・バームバックに白羽の矢が立った、ということですよね。きっとね。これ、今日のライブコーナーゲストの竹内アンナさん風に言えば、「たぶん、きっと、ぜったい」そうだな、っていう感じがする(笑)。
グレタ・ガーウィグさん、これまでも語ってきた話、こんな感じだと思うんですよね。ある種の無垢な理想とともに生きてきた女性が、人生のある段階で外の世界、社会の現実とぶつかり合うことになり、アイデンティティの危機を迎えるんだけど、すったもんだの果てに、改めて本当の自分……今までの自分でも、まだなにか「らしさ」みたいなものに囚われていたんだけれども、その中の本当の自分っていうものを改めて見出して、世界に踏み出していく、みたいな。大きく言えばそんな話をずっとね、グレタ・ガーウィグさんは語ってきたし、演じてきた、と言えるかもしれないなと思うんですが。
あまつさえ前作『ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語』、このコーナーでは2020年6月26日にやりました、書き起こしもあります、こちらではですね、古典的なその原作小説を、「原作者オルコットの真意」というメタな視点を入れ込むことで、完全に現代にふさわしく再解釈、再構築してみせた。まさに今回の『バービー』で求められる構造を、既に見事にやってのけていた作品でもあった、ということですね。
加えて、共同脚本のノア・バームバックさん。いろんな作品を撮ってますけども、それこそ2005年の脚本・監督作『イカとクジラ』からしてですね、まさしくマンスプレイニング地獄……特にですね、「俺はわかってる」つもりの、俺たち文系隠れマッチョ(笑)がいかに悪質か、いかにクソであるかというのを、ひたすら容赦なく暴き立てていたりしてるわけですね、ノア・バームバックさん。とか、『マリッジ・ストーリー』とかでも、「男、クソじゃね?」みたいなのを容赦なく暴く。ということで、さっき言ったような本作『バービー』における「俺たち男、恥ずかしすぎるんですけど」な視点はですね、ひょっとしたらこれ、ノア・バームバックさんによって、よりエッジーになってる可能性もあるなという気がします。なんかちょっと意地悪すぎませんか?(笑)ってところはね、ノア・バームバックの可能性があるな、って気がするんですよね。
あと、本作『バービー』の、「カラフルな脱力ミュージカル」みたいな側面ね。本格ミュージカルというよりは、ちょっと脱力ミュージカル感、みたいなところはですね、ジャック・ドゥミの一連のミュージカル、特に僕も大好き『ロシュフォールの恋人たち』という作品がありますけれども、これの影響大、ということなんですけれども……ノア・バームバック監督でグレタ・ガーウィグ主演の『ホワイト・ノイズ』というね、Netflixで観られる作品ありますけど。あれのエンドクレジットがまさに、『ロシュフォール』風のミュージカルですよね。だからこういうことを既にこの二人、コンビはやっている、ってことでもあるわけです。
ということで、最初は「『バービー』、(監督を務めるのは)グレタ・ガーウィグ」って聞いて、「ええっ? 意外!」って思ったけど、本質的にはめちゃくちゃ的確な人材・人選で……プロデューサーとしてのマーゴット・ロビー、本当にすげえ!ってことだと思いますね。しかも、それでヒットさせてるんだからさ。そもそもこの方向性にGOを出した、マテル社もすごすぎ!ってことですよね。
ちょっとここで一応、言っておきたいのは、なので、なんか日本の映画館で散見される、お子さん連れ……結構小さめのお子さんを連れてきちゃって、途中でお子さんが「えっ?」っていう感じになって出ていっちゃう、みたいなの、あるそうなんです。あの、子供向けではないです、完全に! 少なくとも、中学生以上ぐらいですかね? だと思いますけどね。小学校高学年かな? わかんないけどね。親の説明があれば小学校高学年でもいいかもしれませんけどね。
要はマテル社、それだけリスキーな方向みたいなのに行くのは、自信がある、ってことですよね。バービーっていうのの象徴性、それの前時代性みたいな話をしましたけど、とはいえバービーシリーズは、最初のオープニングでも語られていた通り、フェミニズムも含めて、時代の変化をどこよりも敏感に取り入れてもきた、ということにもおそらく自信を持ってるだろうし。
中盤、マテル社社内のですね、女性高級幹部の比率を巡る……ウィル・フェレルがめちゃくちゃおかしく話すんだけど。「ええと、90年代に一人と……もう一人、別の時にもいたよ? うん、二人はいた!」なんてね(笑)。ウィル・フェレルが言うと面白いんだけど、日本社会の現状を考えると全く笑うに笑えないジョークの部分も、要はマテル社的には「実際の我々は全くそうじゃない」っていう自信がないと、あんな場面はできないから。まあ、圧倒的自信があればこそ、ってことですね。
で、挙げ句は、バービーを作ったルース・ハンドラーさん……もちろん、演じているのはリー・パールマンで。もうご本人は亡くなってるんで、リー・パールマンさんが演じてますけど、ルース・ハンドラー役を出して、「私が(バービーを)作ったよ。まあ、いろいろ脱税とかありまして……」みたいな、「えっ、そんな話までします?」みたいなところまでやっていて(笑)。だから、マテル社の自信と、そのゴーサインを出した勇気がすごい!っていう感じですね。
で、話の骨格はですね、ズバリ旧約聖書と言いましょうか、アダムとイブですよね。何ひとつ欠けることのない楽園に住んでいた二人が、禁断の知恵をもたらされて。で、「私、恥ずかしくなってきた」みたいな……恥という概念を知り、だんだんパラダイスは堕落していく。ただしここでは、その性別が逆転している、という構図になっているわけですね。
まず冒頭、『2001年宇宙の旅』パロディっていうのが出てくる。『2001年』パロディっていうのは星の数ほどありますけど、インターネット・ムービーデータベースによればですね、最初「めちゃくちゃ本格的なパロディだな」と思ったら……あれね、それはそのはず、本当に『2001年』の「人類の夜明け」パートの、未使用フッテージを使用してるんですって!(笑) 本物なんですよ! それがゆえの本物感、半端ねえ! 『2001年』パロディ、いっぱい見てきたけど、いやこの岩場、こんな……すごい! みたいな。
で、ヘレン・ミレンのナレーションに乗せて、バービーが女児向け玩具として、前時代的赤ちゃん人形と比べていかに革新的な「進化」であったか……『2001年』流に言うならば。それがポンポンと語られていくという、そのへんの手際が本当にいいですね。で、もちろん皆さんメールに書かれてる通り、美術を見てるだけで楽しい理想郷バービーランド。ここで流れるリゾの「Pink」もね、特にあの「P-I-N-K」のアルファベット分解が、2周目の時に、「K!」って……「全然K、入ってねえじゃん!」っていう(笑)、あの適当さ加減がマジで最高なんですけどね。
ただですね、本作の本題はやはりその後。バービーとケンが現実社会に行く、二幕目以降でございまして。いわば無菌状態だったバービーランドと比較して、当然というべきか悲しいというべきかいまだ男性社会のこのリアルワールド、「この世界」の、暴力性。やっぱり観客にも、この対比で改めて、「あっ、こんな怖いところに来ちゃダメ!」みたいに、生々しく恐ろしく感じられる作りになってますし。
一方で、(バービーランドの中では)ずっとそのいわゆる第二の性、おまけの性に甘んじてきたケンが、「ここは男社会か!」ってブチあがる様。もちろん滑稽なんだけども、同時に、まさにミラーリング的というか、特に男性には、ジェンダーギャップについて改めて、逆説的にであれ考えさせられる構造でもある、ということですよね。
一番ゾッとしたのは、途中でケンと話す、まあまあインテリそうな眼鏡の男性、(宇多丸の友人であるMIT教授)イアン・コンドリー風の(笑)眼鏡の男性が、ケンに「男社会、うまく回ってないのか?」って問われて、返す言葉。間違いなく本作で、一番ダークな瞬間ですよね。僕、ちょっとあそこ、ゾーッとして鳥肌が立っちゃったんですけど。しかし、アメリカでこのダークなギャグがまだ成り立つということは、日本なんかもう、冗談以前の話っていうか……っていうことですよね。
なんにせよライアン・ゴズリング、本気でケンとして苦悩し、舞い上がるさま……おかしいし、同時に悲しい、みたいなところを見事に演じてますし。一方、マーゴット・ロビーが、驚くべき繊細さで演じる、バービーですね。本当に演技が繊細ですね、彼女はね。
まず、皆さんおっしゃいます、このバス停のところ。「完璧ではない世界」の豊かさ、美しさ……つまりその、悲しみとか、ふさぎ込んでいる男性みたいなものさえも、「世界」っていうかね。悲しみさえも、その世界の豊かさであり、美しさである、ということを彼女が「発見」するシーン。ここで出てくるのは、超ベテラン衣装デザイナー、アン・ロスさん。目線を交わし合い……そこでする会話も含めてですね、これはクライマックスでのバービーの決断と対をなす、ある意味本作のテーマの本質であり、白眉の部分ですね。
ただし、その完璧でない世界の中には、バービー自身がある種の有害性をも帯びているんだよ、ということを彼女自身が知ってしまう(という現実も含まれていた)。これも、本当に胸が締め付けられるような……こういう時の、つまり「ふと素が出てしまう」みたいな。あの完璧な美しさの中からふと、素のなにかが……素の喜びでもいいし、素の悲しみが出る、みたいな時のマーゴット・ロビーは、本当に上手いし、魅力的だなと思いました。
一方ね、ケンは、男社会イズムを持ち帰る。ケンは男社会イズムを、バービーは現実に対する理想の挫折を、それぞれバービーランドに持ち帰ることになる。同時に、でもですね、その狭間には、男社会イズムにも染まりたくないというか、居場所がない男性キャラ……多分にクィアな雰囲気も持っている、マイケル・セラ演じるアランがいたりとか。あるいは、元々あった「理想郷」バービーランドではアウトサイダーとして扱われている、ケイト・マッキノン演じる「変てこバービー」と言われているキャラとか……これは要するにどちらも、旧来の「らしさ」「理想」にははまらない存在、みたいなものが置かれていたりして。非常に重層的なわけですね。
で、アメリカ・フェレーラさん演じるグロリアの、そもそも「女性らしさ」というものの中に含まれている矛盾、それを引き受けなければいけないこの理不尽さみたいなこと……もうテーマそのもの、みたいなのがガツンと浮かび上がる、大演説。でも、その大演説で「はっ!」(と男社会の洗脳から覚める)みたいな……「チーン!」みたいな(笑)。そのなんていうか、アホらしさと真剣さの落差が、すごくいいバランスの作品でもあるんですけど。そんな感じで誰もが「そうですね」ってなるあの話を通じて、みんなが「目を覚ましていく」中で、最終的に本作は──これも多くの方が書いてました──女性のみならず、男性自身の「男らしさ」からの解放をも(描いている)。しかもそれは……要するに「男らしさ」から抜け出したからイエーイ!っていうよりは、「でも、じゃあ、どうしたらいいのかな……」っていうケン自身の、男性の、戸惑いも含めて提示してみせる、ということだと思いますね。はい。
ということで、これだけ鋭い、性差別などに対するメッセージを突きつけながら、非常に多層的、多面的で、オープン、っていうことだと思います。そこがすごく……ゆえに、もうちょっと明確な、フィクションならではのメッセージ性みたいなものを求める向きにはちょっと、なんていうかな、このグレーな感じっていうのが、人によっては「ぬるい」と感じられたり、映画の中までこんなところに着地させないでよ、っていうのもわかりますけどね。ただ、少なくとも本作のバービーは、世界の複雑さ、完璧でなさ……まだ思い通りには行ってないところまで含めて受け入れてなお、自分たちの人生を祝福しようよ、という。それぞれの女性たちの人生を祝福し、それぞれに生きていこうよ、という方を選ぶ、という。
で、その彼女の選択を示すのが、彼女の、ラストの足元。これ、ケイト・マッキノンが途中で二択として出す靴が、二つあるんですけど。その二つが伏線となり……最後、彼女がどういう結論を出したか? それを、足元のファッションで示してるわけですね。これもバービーらしくていいですし。
そして最後、彼女がね、どこに行くのかな?っていうところでね、「なるほど!」っていう、めっちゃ大人なオチがつくところとかも含めて、僕はやっぱりなんていうか、よく「バービー」っていうテーマで、このバランスで、ここまで掘り下げて……でもめちゃくちゃみんなが笑えて、オープンで。で、我々男性も居心地は当然悪いけど、でもその中からの気づきもちゃんとある上に、なんなら……すいませんね、もうちょっと(本来なら男性側をもっとコテンパンに)やっちゃってもいいんだけど、「なんならアンタらだってさ、結構これまでも大変だったかもしんないし……ここからもさ、お互いちょっと(新しい自分たちのあり方を)探していこうよ!」みたいなさ、そんなことまで言っていただき、みたいな。よくまあこんな、全方位的なバランスクリア!みたいなことができたな、みたいな。ちょっと感服いたしましたね。これはね、本当にね。
なにより、皆さんいろんな読み解きができる映画なんで、当然こう(議論が活発に)なりますが……観ている間は、めちゃくちゃバカ映画ですから! 「ワーッ!」って驚いて車がビヨーン!(とひっくり返る)とか(笑)。杉作J太郎さんが、いま出てる(雑誌)『BUBKA』の中で、昔の「東映ゲリラ部隊」的な、鈴木則文さんとかの映画のテイストを感じるみたいな(ことをおっしゃっているが)……なるほどたしかにその感じもある!みたいな。なのに、提示しているものは深いし、多層的だし……要はここからの議論の入口が、めちゃくちゃある。だから、「あれはひどすぎないか?」とか、そこも含めて、議論することも含めて、「開かれている」んですよね。ということで、これが世界的メガヒット……『マリオ』を超えてですよ? になっているって、素晴らしいことだと思います。ということで、ぜひぜひ。これ、とにかく劇場で……。
あとやっぱりね、アメリカでもこの問題提起が成り立つということは……じゃあ翻って日本社会は、たぶんこの三歩、四歩、五歩、十歩ぐらい手前の話なんで。まあ、どげんかせんといかん、っていうことも含めて。今まさに必見の、今年絶対に観ておくべき映画の一本なのは間違いないですし。私はもう、感服いたしました。
ただあの、『ゴッドファーザー』が今後、普通に観づらくなるのは困る……(笑)。たださ、「『ゴッドファーザー』に何の罪があるんだ!」って一瞬、言いたくもなるんだけども、でも『ゴッドファーザー』って実際、めちゃくちゃ父権的な、めっちゃマッチョな、「さすがトランプが好きな映画でもあるよな」みたいなところ、あるよね……っていう。まあでも、あれはあれでいいところがある映画で、ごにょごにょ……みたいな(笑)。ぜひぜひウォッチしてください!
(中略)
宇多丸:ちなみに、先ほどメールにもあった「それじゃただの現実じゃん」問題は、劇中でも、アメリカ・フェレーラさん演じるグロリアの口から語られてもいるんで、作り手はやっぱり、そこも見据えてもいるな、という風には私、思いました。