宇多丸『ハント』を語る!【映画評書き起こし 2023. 10.12放送】

TBSラジオ『アフター6ジャンクション2』月~木曜日の夜22時から放送中!

10月12日(木)放送後記

TBSラジオ『アフター6ジャンクション』のコーナー「週刊映画時評ムービーウォッチメン」。宇多丸が毎週ランダムに決まった映画を自腹で鑑賞して生放送で評論します。

今週評論した映画は、『ハント』(2023年9月29日公開)です。

宇多丸:さあ、さあ、ここからは私、宇多丸が、ランダムに決まった最新映画を自腹で鑑賞し評論する、週刊映画時評ムービーウォッチメン。今夜扱うのは、日本では9月29日から劇場公開されているこの作品、『ハント』。

この音楽の使い方もすごくうまくて。ずっと不穏な、繰り返しの音楽が流れていて。事態が本格化したところで、その流れっぱなしだった音楽が、ガーッと(一気に盛り上がる)……音楽流しっぱなしでシーンを構築するようなやり方も、めちゃくちゃうまかったですね。チョ・ヨンウクさんの音楽使い……というかそれをうまく置く、やっぱり監督の手腕といいましょうかね、よかったですね。それもうまかったと思います。

映画『新しき世界』やNetflixドラマ『イカゲーム』などに主演してきた韓国の俳優イ・ジョンジェさんが、初めて監督を務めたスパイアクション。イ・ジョンジェさんは監督の他、主演と脚本も担当しております。舞台は1980年代の韓国。安全企画部に所属するパクとキムは、自分たちの中に北のスパイ「トンニム」が潜んでることを知る。それぞれがトンニムの正体を探る中、パクとキムの対立は深まっていく。そんな中、大統領暗殺計画が発覚する……ということでございます。共演はイ・ジョンジェの盟友、一緒に会社を興したりとかしている、チョン・ウソンさんでございます。

ということで、この『ハント』をもう観たよ、というリスナーのみなさま、<ウォッチメン>からの監視報告(感想)、メールでいただいております。ありがとうございます。メールの量は、「ちょっと少なめ」。ああ、そうですか。ちょっとね、公開から時間が経っているのもあるんですかね? 公開規模もまあ、そんなに大きくはないか。賛否の比率は、褒める意見がおよそ7割。主な褒める意見は、「最初から最後まで緊迫感があり、緊張感が途切れなかった」「銃撃アクションの迫力もすごい」「脚本・監督・主演のイ・ジョンジェ、マルチな才能を見せつけた」「韓国現代史の暗部に向き合う姿勢がいい」などがございました。一方、否定的な意見は、「アクションの派手さや奇をてらったストーリーはいいが、あまりにリアリティがない」……まあ、銃撃戦のシーンとかですかね。「韓国の歴史や当時の世界情勢に疎く、背景が理解できなかった。また、そもそも話もわかりづらい」などがございました。

「韓流ノワールを次の段階に引き上げる傑作!」(リスナーメール)

代表的なところをご紹介しましょう。ラジオネーム「トカレフ三郎」さん。「私的に韓国アクション映画は絶対に外さない、という期待があるので、封切り日にすぐに見てきました。結論として、今年ベストテン入りは当たり前の、最高がいくつあっても足りない傑作でありました。『新しき世界』、今は『イカゲーム』等々、数多の代表作を誇るイ・ジョンジェさんの初監督作品、という事で、正直な所、ある程度粗くても……という失礼な色眼鏡を掛けながら見に行ったのですが、見事にメガネが吹っ飛んでしまうレベルの作品で、平伏してしまいました。

KCIAに潜伏しているスパイ、“トンニム”を炙り出す為にジョンジェさん扮するパク次長と、パク次長と相反する国内班を率いるキム次長の、非常に息詰まる、身内さえも片っ端から尋問し、疑いにかかるスパイサスペンスとしての作風の強さもさる事ながら、その果てに浮かんでくる、パク次長とキム次長の譲れない信念が露わになる中盤からのツイストには、男性同士の情念が熱く粘りつく事で知られる韓流ノワールの、もう一つ上の次元の物を見れた気がして、凄く胸が熱くなったんですね。それが映画的に示されるのが完全なネタバレの範疇になってしまいますが……」っていうことで、ネタバレの部分は省略させていただきます。

「……個人的に、80年代の日本を可能な限り再現した非常に出来の良いガンアクションや、最終決戦となるタイでの凄まじい銃撃戦などのアクション面の充実も素晴らしかったのですが、僕にとってハントに感動した理由は本当にこの展開。非情なプロフェッショナル同士が甘さもなく終始睨みあう、けれど最後の最後にお互いの信念に気づき、為すべき事をする。そんな、言わば僕らが韓流ノワールに求めている男同士のブロマンスを次の段階に引き上げる様な、ドライなのにこれ以上なく熱い描写の巧さに、イ・ジョンジェ氏……出来る。出来すぎている! と慄(おのの)いた次第です。加えて感心したのが、ジョンジェさんの言わば自国への言及……政治的一面への眼差しの強さだったりします」「……映画監督としてとても真摯な方だと思いました。そういった点も踏まえて、これからの監督としてのイ・ジョンジェさんの活躍をもっと見たい、早く次回作も見てみたい。本当に心からそう思う作品でした」というトカレフ三郎さん。

一方、ダメだったという方もご紹介しましょう。ラジオネーム「みかんの皮」さん。「私の感想はどちらかというと否です。韓国のポリティカルサスペンス映画の面白さは、あくまでも実際にあった事件をベースとしたストーリーに、ギリギリまでエンタメ的に誇張したアクションや演出を盛り込み、史実とフィクションが入り乱れながらも、リアリティを保てるギリギリのラインを攻める絶妙なバランスにあると思います。しかし本作は、基になった実話のない完全なフィクションだからか……」。あ、いや。そんなことはないですよ。そういう(フィクションの)部分もあるけど、はい。

「派手ではあるけれども、あまりにも雑に人が死にまくる銃撃戦含め、序盤からストーリーやアクションに全くリアリティがなく、アクション映画としては見応えがあるけれど、ポリティカルサスペンスとしてはだいぶ白けてしまいました。誰が敵か味方か分からないサスペンスやどんでん返しで引っ張るシナリオも、あまりに奇をてらい過ぎて終盤まで登場人物の真の目的が明かされないため、クライマックスに突入するまで登場人物たちの利害関係や行動の動機がよく分からず、盛り上がり切れませんでした」。これは全くおっしゃる通り。そういう作りですね。はい。

「……ただ、ストーリーにはあまり乗れませんでしたが、80年代を再現した市街地でのド派手なアクションや、イ・ジョンジェを慕う韓国の名優たちの豪華で渋いゲスト出演など、十分楽しめる要素は沢山あったので、映画館に観に行って損はしないと思いました」というような、みかんの皮さん。比較的、否定寄りでもこんな感じの評価、ということで。

韓国ドラマ&映画好きの熊崎風斗「この人、途中で出てくるんだろうなと思ったら……出てこない」(笑)

さて、ここでちょっと今回からの新たな試み。(木曜パートナーのTBSアナウンサー熊崎風斗さんの)クマスウォッチメン。熊崎くん、ご覧になっていかがだったでしょうか?

熊崎:正直、宇多丸さんの映画評を楽しみに来たと言っても過言ではない、というぐらい、映画評が聞きたくなる感じで。

宇多丸:これはやっぱり、史実と照らし合わせて、みたいなことですか?

熊崎:あと、僕個人としては80年代の韓国史がそんなにわかってないまま見始めていて。まあ、別にわかってなかったとしても2時間ちょっとぐらいの作品の中で、徐々に「ああ、こういう感じなんだ」っていうのがわかり始めるんですけど。最初、テンポよくどんどんどんどん進んでいった時に「あれ? これ、今なにが行われていて、どう進んでいるんだっけな?」っていうところを理解するまでに、それ相応に時間かかったなっていうのがありましたね。最初に。ただ、それこそ銃撃とか、あの拷問のシーンの気分の悪さとか。気分が悪くなってるっていうのはすごいリアルな感じなんだろうなとかっていうところもありましたし。それこそ、俳優さんたちの……私、韓国ドラマとか映画、結構いろいろ見るんですけども。

宇多丸:そしたら、結構あれじゃない? 後ろにちらっと出てくる人レベルでも、「ええっ?」っていう(笑)。

熊崎:これは……ちょっとね、「本当かな?」って。一瞬すぎて。

宇多丸:そう。「こんな画面の隅っこで、ピントも合わないような扱いをされる人じゃないんだけど……」みたいな(笑)。

熊崎:5、6人ぐらい、なんかいて。「えっ?」って思って見て。ちょっと、あまりにも唐突に現れすぎて、なんかカメオ出演だっていうのもわからないぐらいの……。

宇多丸:「似た人かな?」ぐらいの(笑)。

熊崎:「でも、そうだよな」って思っていたら、あれって別にセリフとかも特になかったですよね?

宇多丸:という、軽い役。役名とかがはっきりとあるような役じゃないっていう。あったとしても、ちょい役っていう。

熊崎:だからちょっとそこに引っ張られすぎて。「この人、途中で出てくるんだろうな」って思ったら、出てこない、とか(笑)。でも、それも含めて韓国ドラマ、韓国映画好きからすると、「あの作品のあの人、こんな感じでうまいな」みたいなところもあったりして。そこも楽しめた要素にはあったと思いますね。でも総じて、私は楽しかった。楽しかったけど……この、どうでしょう? 順番的には宇多丸さんの評論を聞いた上でまた見るっていうのもいいかなって思いましたし。

宇多丸:はいはい。あと、複雑な話なんで。2度目を見ると、めっちゃいろんなものが見えてきたりしますね。

熊崎:そう。わかった上で2度目の……2度目の最初の30分ぐらいをね、もうちょっとちゃんと見たら、なんか一気に理解が進むなとかっていう風な作品でしたね。面白かったですけども。

宇多丸:ありがとうございます。一発目のクマスウォッチメン。じゃあ、毎回ちょっとね、しばらくはこのリスナーの感想のところに挟ませるというのをやっていきたいと思います。大丈夫? ここでいい? 大丈夫そう?(笑)。

熊崎:大丈夫ですかね? こっちが聞きたいです(笑)。

宇多丸:いいと思いますよ。ありがとうございました。熊崎風斗さんの感想を伺いました。

国際的スターであるイ・ジョンジェが、どうしても作りたかった映画とは

宇多丸:ということで『ハント』、私もT・ジョイ PRINCE 品川で2回ほど、観てまいりました。まあ、でもたしかに正直ね、週末だったんだけど、あんまり(お客さんが)入ってなかった。他の作品は結構混んでたんだけど、あんまり入ってなかった感じで。ちょっと残念な感じがしましたが。

ということで今や世界的スター、イ・ジョンジェさんですね。特にやっぱり、『イカゲーム』ですかね。『イカゲーム』の世界レベルの大成功以降、ということなんでしょうかね。なんと言ってもですね、皆さん、来年配信予定の『スター・ウォーズ:アコライト』という、『スター・ウォーズ』のスピンオフドラマシリーズに、ジェダイマスター役で出演することが……もう撮っているんでね。まあそれはもう、スターの証ですよね。そんなイ・ジョンジェさんが、長年温めてきて、ついには自ら、主演のみならず脚本・監督を手がけた、まさしく入魂の一作!という。

で、韓国現代史をベースにした硬派なポリティカルサスペンス、って言いますと、特に近年、傑作・力作が目白押しのジャンルでございます。この僕の映画時評コーナー、ムービーウォッチメンでここ数年、扱った中で言いましてもですね、たとえば一番本作と繋がるところで言うとやっぱり、2021年1月19日に扱いました、『KCIA 南山の部長たち』というね。まさにこの『KCIA 南山の部長たち』のラストで暗示される、次の軍事独裁政権時代、というのが、今回の『ハント』で描かれる時期なんですよね。これ、粋なラストでしたよね。『KCIA』のラストね。今回の劇中でも、イ・ジョンジェ演じるパク・ピョンホと、チョン・ウソン演じるキム・ジョンドさんという方の、過去の因縁として触れられる、朴正煕(パク・チョンヒ)大統領暗殺事件っていうのを扱った、イ・ビョンホンの本当に渾身の主演作、『KCIA 南山の部長たち』であるとかですね。

あとは、2022年7月15日にやった、さすがリュ・スンワン監督、といったクオリティ、『モガディシュ 脱出までの14日間』とか。あとは、これも大変大変見応え満点の傑作でございました、2022年8月26日に取り上げた、ビョン・ソンヒョン監督の『キングメーカー 大統領を作った男』(書き起こし追記)などなど、という感じですよね。時代的には、これ(『ハント』)で描かれたのの、もうちょい後から先、っていう感じでしょうかね。(『キングメーカー』で描かれる)メインはね。はい。

で、当コーナーで扱っていないものも含め……たとえば『工作 黒金星と呼ばれた男』とかを含めると、多数の秀作があるわけですね。『タクシー運転手』でもなんでもいいですけども。要は、日本の植民地支配から、南北分断、朝鮮戦争。そして、軍事独裁体制下での苛烈な人権弾圧、という……韓国社会に深く刻まれている傷跡──トラウマと言ってもいいかもしれません──というのが、今も、優れた、切実な表現を生み出し続けているということでもあり。あるいは、それを語り継いでいかなければならない、というその意思も、作り手たちの側には強くあるのかもしれません。ひょっとしたらね。ひょっとしたらだから、若い人たちはそういうの見たくない、聞きたくないかもしれないけれども、やらなきゃ!っていう意思があるのかもしれない。

その意味でですね、今やさっきも言ったように国際的スーパースターとなったイ・ジョンジェさんが、どうしても作りたかったもの。そして実際に、盟友チョン・ウソンさんと24年ぶり、待望の再共演をはじめですね、仲間たちと総力を結集して作り上げたというのがこれだ、という……この、韓国近現代史の暗部を集約したような作品だった、というのはですね、やっぱりその韓国映画界、エンタメ界の志の高さ、芯の強さっていうのかな、みたいなものを感じずにはいられないなと思いましたね。まあ、僕の言葉で言う「権力の正しい使い方をしている」っていうやつでしょうかね(笑)。はい。

1983年の「行間」に描かれる物語……看板に『◯◯節考』、と言えば?!

改めて物語の背景、歴史的背景を、やっぱりこれ、たしかに知っておかないと……っていうのがあるんですかね。ざっくり説明しておくと。舞台は80年代。1980年代に起こった大規模な民主化デモ弾圧、虐殺事件、いわゆる光州(こうしゅう、クァンジュ)事件っていうのがありました。これに関しても、たくさん映画が作られてます。『タクシー運転手 約束は海を越えて』とか『光州5・18』とかありますんで、そちらもぜひご覧いただきたいんですけど。とにかくその光州事件が、ある登場人物の心に、深い影を落としてることが途中で明かされることになるんですね。で、その3年後ってことなんです。光州事件の3年後、という設定なんで。おそらく1983年、という設定ということです。

たとえばね、1983年であることとして……これ、すごい細かい話をしますよ? 観てる人の大半、こんなことを気にしている人はいないと思うんだけど(笑)。前半の一大見せ場となる東京……に大変うまく見せている、実は韓国国内でのロケなんだそうですけども。背景に見える看板、いろいろ文字情報はちょっと、たしかにおかしなところはあるけど。でも概ねちゃんと……東京っていうか、日本のどこかの都市には見える、見事な美術なんだけども。その看板の中に、いいですか? 1983年の東京。なにかが見切れていて。縦に、『◯◯節考』っていう文字だけが見えるんですよ。これ、つまりですね、1983年のカンヌ・パルムドール作品で、当然日本でも1983年に公開されている、今村昌平の『楢山節考』だと思うんですよね、たぶん。だから83年だ!っていうね(笑)。だから結構その作り手が、「83年の東京だから『楢山節考』、やってるよね」っていうことで、乗せたんじゃないかなと思うんですけど。

まあこの1983年、劇中ではっきり名前が口にされるわけではないですが……さっき挙げたようなその実録ベースのものも、名前は変えてたりして、まあ史実はベースにしてるけれども、「まんま」じゃないですよ、って言ってる作品も結構多いですよね。『KCIA』なんか、まさにそうでしたけども。1983年ということで、劇中ではっきり名前を口にされるわけではないが、時代的に言っても、そしてちょっとだけ見える役者さんの風貌、あるいは肖像画がはっきりと見えますんでそれからも、明らかにこれは全斗煥(チョン・ドゥファン)大統領時代であろう、ということになるわけですね。

で、その1983年っていうのは実際、いろいろ不穏なことが起こった年で。本作『ハント』というこの作品は、そうした事実をゆる~くベースにしつつ、その隙間……いわば「歴史の行間」に、「こういうことが起こり得たかもしれない」とか、あるいは「こういうことが本当は裏ではあったかもしれない」という物語を展開していく、という作りなわけですね。だからその、行間の埋め方がうまいというか。

ちなみにその史実関係のことに関してはですね、先ほど言った『キングメーカー 大統領を作った男』の時評の際にも大変大変参考にさせて頂いた、名前も挙げさせて頂きました、本当に勉強させて頂いた、明治学院大学名誉教授の秋月望(あきづき・のぞみ)先生による、まずは劇場販売パンフレットに掲載されている歴史解説。これを読むだけでもだいぶ違いますし。ぜひ劇場で映画を観た方はね、これを合わせてぜひ買うといいと思いますけれども。

さらには、秋月先生のやっている「一松書院のブログ」。これもね、『キングメーカー』の時に引用して……僕、秋月先生がやってるブログって知らないで最初、言っちゃっていて、非常に恥をかきましたけども(笑)。これ、秋月先生が書いている「一松書院のブログ」。これはさらにですね、パンフの内容の拡大版的な文が載っていて、なにしろ本作のより深い理解のための知識としては、申し分ない内容なんでね。『ハント』、面白い!と思った方……あるいは「なんか難しかった」とか、あとは先ほどのメールにもあった通り、「これ、本当なの? 盛ってない?」っていう方。もちろん、盛ってはいるんです!(笑) 盛ってはいる。ただ「ああ、ここは本当なんだ」とか「ここは盛っているんだ」みたいなこともわかる、という意味で、ぜひですね、お読みいただきたい、おすすめしたい感じですね。秋月先生の文章は。

たとえば1983年、韓国にはですね、北朝鮮やら中国やら、そういう共産圏っていうかな、そっちからの飛行機が、実際に次々と来ちゃっていた、という年で。一度は爆撃警報が、誤ってというか、流れちゃって。もう国中が騒然となった、というような。そういうのも、劇中で描かれてますね。あれも、実際にあったことなんですね。

とか、本作第三幕に控えし、クライマックス。まあ、それこそ「本当かよ?」っていうクライマックス。もちろん、盛っています。めっちゃ盛っています!(笑) めっちゃ盛っているけど、あのクライマックス。国こそ、ミャンマー、当時のビルマから、なぜかタイに変えられてはいるけれども。でも、ああいうテロ事件は、実際にあったわけですね。驚くべきことですよ。「ああ、一応あれ、本当なんだ!」みたいなことになるわけです。

先ほど言った「一松書院のブログ」の記述でさらにさらに僕、「へー!」となったのはですね、このね、「KCIA」なんて言ってますけど、1981年に中央情報局っていうのから名前が変わりまして、安全企画部っていう風に名前が変わって。ただ、この組織、KCIAというその時代からですね、代名詞的に言っていた「南山」(ナムサン)っていうね。まあ「桜田門」みたいなもんですよね。警察のことを「桜田門」って呼んだりするみたいに、その建物がある土地が代名詞になっているという、その南山のそういう庁舎の他にですね、里門洞(イムンドン)っていう、そこにも庁舎があって。で、この南山側が、国内の情報収集と分析、あとはいわゆる「反国家団体」の捜査・殲滅が任務なのに対して、この里門洞の方は、海外の情報収集分析、抱き込み工作が任務なんですって。で、同じ組織内でも、南山と里門洞との間で対抗意識が強かったと言われる、と書いてあって。

だから本作『ハント』の劇中で、もうまさに物語の主軸をなす、イ・ジョンジェ演じるそのパク・ピョンホ海外次長と、チョン・ウソン演じるキム・ジョンド国内次長の対立、というのも、そうした事実をもとにしているんだっていうのがわかるわけですね。こんなの、どうやって調べたんでしょうね。というか、韓国ではこれ、有名なんですかね? なかなかすごいなと思います。

とにかく改めて、秋月望先生の「一松書院のブログ」は本当に勉強になるので。なんか『ハント』に限らず、韓国映画で現代史を扱っていて、「これ、どういうことなんだろう? これ、本当かな?」って思うことはだいたい、秋月先生が書いてくださっていたりするんでね(笑)。はい。本当に参考にされるとよろしいんじゃないでしょうか。

本格諜報戦物ゆえの、あえてのわかりづらさ……ただしポイントはシンプル

とにかく登場人物全員が互いを「スパイなんじゃないか?」と疑い合う、疑心暗鬼状態というのが、ほとんどずっと続く話なので。たしかに途中で、何が何だか、誰が味方で敵なんだか、何のためにこんなことをしてるんだか、よくわからなくなってくる、という方も多いでしょうし、実際それでいいジャンルなんですね。これ、別にこの作品に限らず、たとえばジョン・ル・カレの原作の、『裏切りのサーカス』でも何でもいいですけど、本格スパイ物、本格諜報戦物っていうのは、基本そういう「なにが本当だか……」っていう(感覚をこそ味わうジャンルと言える)。だから『ベルリン・ファイル』とかでもいいですけど、少なくとも途中までは、誰が敵だか味方だかわからない、何が本当だかわからない、そのなんか、「迷い込む」感じ。で、目的を見失う感じ、っていうのを味わうものではあるんですけどね。

なんですけど、ただですね、この今作『ハント』に関して言えば、極端な話、このポイントだけ押さえておけば十分、と言えるポイントがある。それはなにかというと、先ほど言った通り1983年韓国、全斗煥大統領時代。その数年前にはさっき言ったように光州事件があったりして。劇中でも、引き続き苛烈な人権弾圧というのが行われてたっていうので、結構繰り返し、しつこいほどに拷問シーンとか、あとは全く関係ない学生がボコボコにされてたりとか……まあ関係あろうとなかろうと、学生運動ぐらいにしてはもう明らかにやり過ぎ、みたいなことをやってるというのが、繰り返し、描かれますよね。要は、主人公たちが守っているこの現体制、あるいは大統領も、決していいもんじゃない。このままでいいとも思えないものである、という。この認識さえ押さえておけばまあ、大丈夫です! つまりその、全斗煥時代ってこういうことですよ、という、韓国の方であれば何となく思う、そのネガティブな共通認識みたいなもの、そこだけ押さえておけば大丈夫、ってことだと思います。

初監督イ・ジョンジェの、骨太な手腕!

とはいえですね、複雑怪奇であることには変わりない、ひねりにひねった……でもね、根っこはこれ以上ないほどド直球で、アツい話でもあることが後に浮かび上がっても来る、ということなんだけども。でもやっぱり基本は、二転三転。次から次へと予想外のことが起きていく、こうだと思った人がこうじゃなかった、みたいなことが出てくる、というこのお話。もちろん下手な語り手であれば、ただただ混乱するばかり、単に本当にわけがわかんないだけ、ということにもなりかねなかったところを……さあ初監督の、イ・ジョンジェさんですよね! 決してこれ見よがしに、新奇な見せ方とか、ああこれは!みたいな、いわゆる「わかりやすくすごい」みたいなことをやるタイプじゃないんだけど。とにかく骨太っていうか……まあアクションの見せ方なども、テンポやスピーディーさは保ちつつ、しっかり腰が据わってる、っていうんですかね。

たとえばですね、冒頭。ワシントンD.C.での狙撃犯追跡~銃撃戦。でもあの狙撃犯追跡銃撃戦は、表に出てないあれなんで、ああいうことがあったとしてもそれは、「ああ、あったかもしれませんね」みたいな感じになる、という感じですけどもね(笑)。あれね、たとえばそこの途中で敵が……敵はイングラムを持っていて、追っかけてる人をどんどんどんどんやっつけちゃう、っていうね。あれも、持ってる銃も含めて、「こういうこともあろうか」みたいな感じがしますけども。イ・ジョンジェが、その狭い廊下を追っていく。それをカメラは左から右のパンで追っていく……そこをパッと追っていくと、ドアの向こう側がバーン!って爆発する。するとイ・ジョンジェがそのままポーンと吹っ飛ばされる、というショットがあるわけです。短いショットですけど。まあ、おそらくはワイヤーなんかも使ってはいるんだろうけど……というアクション演出の的確さというか。そのボーン!という吹き飛び方の強さと、でもなんというか、(露骨に)「ワイヤーを使っているな」っていうような飛び方っていうよりは、「ああ、爆発ではこうなるだろうな」っていうような、そのショック性とリアルさのバランス感覚というかな。それがまず……その爆発の見せ方で、「ああ、うまいな」と思ったりして。

あとですね、この冒頭のワシントンD.C.の場面は、皆さんね、これね、よっぽど注意深く覚えていないと忘れちゃうかもしれないけど、ここ、クライマックスの伏線に、めちゃくちゃちゃんとなっていますから! ちゃんと観てね、本当にね……誰と話してるか? 誰がどう話しかけてくるか? ちゃんと観ててね、って感じですね。はい。

あと細かいところですけど、序盤から僕も「ああ、イ・ジョンジェ、なかなかうまいぞ」って感心させられたのは……今、ディズニープラスで評判の、『ムービング』という韓国ドラマシリーズ、超能力ドラマがあります。あれにも出ているコ・ユンジョンさんが演じる、ユジョンという学生がですね、教室の中にいるわけです。で、教室の中から、窓の外をワーッとデモ隊が通っている、っていうのを……2階のところから、1階の窓の外のデモ隊を、左から右にカメラがパンをして見せていく、というショットがあるわけです。

これによって、事態のスケール感というか、時代全体が動いているという、そのなんていうか、うねりの大きさみたいなもの……でも教室の中の、窓の中から見てるので、個人の視点からしっかり見せる、っていう。さりげないけども、実はめちゃくちゃコストもかかってるし、いいショットなんですね。ああすごくいいショットだって思うんだけど、これ、なんかっぽいぞ?と思ったんですけど……これ、アルフォンソ・キュアロンの『ROMA/ローマ』という、Netflixでも観られる作品。2019年3月11日に私、このコーナーで評しましたけど。あれの後半に出てくる、やはり学生運動弾圧・虐殺事件。非常に状況が似ています。コーパス・クリスティの虐殺、いわゆる「血の木曜日」事件といわれる事件を背景にした、同じようなショットがあるんです。建物の中で、デモがこう行く、っていう、そういうショットがあるんですね。おそらくはこれ、イ・ジョンジェさんね、このあたりを参照してるんじゃないかと思います。僕、改めてその場面も比べたんで、非常に近い……少なくとも、非常に連想させるショットの構成ではある。

これ、撮影監督がイ・モゲさんなんですね。イ・モゲさんは、間違いない! キム・ジウン監督の諸作、もちろんルックがめちゃくちゃかっこいい諸作もそうですし。このコーナーで扱った中だと、チョン・ウソンさん主演の『アシュラ』。2017年3月18日に扱いました。あの『アシュラ』も、イ・モゲさん。そして今年でも、1月13日に扱った『非常宣言』とかね。とにかく画作りが間違いない撮影監督、イ・モゲさん。だからたぶんイ・ジョンジェさんも、「自分が作るならイ・モゲじゃないとダメ」っていうのがあったんじゃないですかね?

あとはやっぱり美術の、パク・イルヒョンさんですね。本作と同様の韓国現代史物でいうと、あの『工作 黒金星と呼ばれた男』とかもやっていて。こういう世界、得意なのもありますし。たとえばさっき言った東京のシーン。さっきも言ったように細かい文字情報など、「(日本ネイティブの)我々が見るとわかる」範囲のズレはあるけども、やっぱり割とちゃんとしっかり、80年代日本……東京かっていうと、まあ盛岡ぐらいの感じかな?という気もするけども、(ちゃんと当時の日本の都市に)見える風景をちゃんと作り出していて。これも感心させられたあたりでございます。すごいしっかりしている。

豪華すぎるカメオ出演にも、意外な効果が?

で、その東京で、北朝鮮からの亡命者希望者を、車に乗せるの? 乗せないの? 乗せるの? 乗せないの?っていう緊迫の駆け引きから、なかなかにドスンと、派手ではあるけど……やっぱりさっき言ったように、派手さ、ショック感と、リアルさのバランスがすごく僕は絶妙だと思うカーチェイス。そして、本当にマイケル・マン『ヒート』ばりの、銃撃戦ですね。言ってみれば、「発砲の重み」をちゃんと感じさせる、非常にしっかりした銃撃戦。それも、今風のスピード感ではなく、あくまで80年代のスピード感、スタイル、スキルで構築されていて。それがまたマイケル・マンっぽい(笑)っていう、そんな『ヒート』ばりの銃撃戦。特に、イ・ジョンジェがですね、バンに載せてあったM16アサルトライフルをやおら取り出してから、いよいよ『ヒート』感が出てくる!という感じですけども。あと、イ・ジョンジェがですね、移動しながら予備のマガジンを持って……移動しながらマガジンチェンジをガシッとするんですよね。でもなんていうか、『ジョン・ウィック』的な軽やかなそれというよりは、プロとしてそれをやる、みたいな……なんかとにかく、そういう地味なディテールとかもちゃんとやっていて、「さすが! やるねえ!」っていう感じで、嬉しくなったあたりでございます。

そもそもこの東京シークエンス、先ほどね、熊崎くんも非常に気になっちゃったという、ムダに豪華なカメオ出演(笑)が投入されまくり。誰が出てるかは、ちょっとあえて名前は出しませんが……韓国映画、韓国ドラマを観慣れてる人だったらおわかりの通り、普通なら主役級の人が、セリフも役名も、なんならアップにもほとんどならない、ほとんどピントも合っていないような画面の中に、うろちょろしている。しかも複数。たしかに気になるわ!って感じかもしれないけど(笑)。

ただこれですね、あながちこれ、イ・ジョンジェの人望からの豪華サービス、というだけではなく……もちろんそれもありますけど(笑)、要はですね、この場面をちょっと思い出していただきたいんですけど……電話がかかってきて、パク次長率いるこの海外チーム、それが要するに豪華カメオメンツなんですけども、この海外チームの中に、北側のスパイがいるんじゃないか?っていう、先ほど言った「誰もが互いに疑い合う」状態が、初めて現出する場面なんですよ。ここね。で、ここでこの、ムダに豪華なカメオ出演たちが、意外と生きてくるんですよ! つまり、元々こんな軽い扱いなわけがない人たちばっかりがそこにいるから、その場の全員が疑わしい感じに見えてくる、という効果があるわけですよ。だからさっきの熊崎くんの、「後で出てくるのかな?」っていうのは、まさにそういうことかもしれないけど、「えっ、っていうことは……?」みたいな感じがするわけですね。これ、非常に(豪華すぎるカメオ出演が)生きているあたりだし。

豪華ゲストといえば、もちろん中盤……僕は知らずに見ていて、思わず「あっ!」と劇場で声を上げてしまった、カメオ出演の「あの人」というのが出てきますね。これ、本当にまあ、ハマり役っていうか。ああいう人懐っこい……人懐っこいけど、図太すぎて怖いんですけど!みたいな(笑)、ああいう役がぴったり!という「あの人」が出てきますんで。こちらはもちろん見てのお楽しみ、という感じでございます。

対立する二者を映画的にどう見せるか? ねっとりみっちり計算され尽くした演出

もちろん本作のキモはですね、さっき言ったように、一緒にその会社を作るほどの盟友、イ・ジョンジェさんとチョン・ウソンさん、両者24年ぶりの共演、という。で、彼らが演じるパクとキム。異なる立場、信条ゆえに、激しく対立する男たち、この二人の関係性。これがもちろん、キモなわけですね。特にこれ、皆さんご注意していただきたい。二人が同じ場所、あるいはこの同じ画面内、同じショット内にいる時、どのような位置関係にお互いがいるのか? 二人はどちらを見ているのか? あるいは、我々観客には二人がどのような位置関係にいて、どちらを見ているように見えるのか?っていう。おそらく監督イ・ジョンジェが本作において最も気を遣ったのは、この二人の関係性の演出、塩梅に違いない、と思うわけです。

たとえば、二度目にこの作品を観ますとね、その二人の立たせ方、視線の向け方、あるいは窓越し、反射越しの見せ方……ガラス越しにどう見せてるか、とか。あるいは、たとえば終盤であれば、バスで同じ方向を隣り合って座る、とかですね。実にねっとりと、ねっとりとみっちりと、この二人の関係性というのの計算が行き届いて、作劇されている……さらに物語を堪能できてしまう、という感じなんで。これはだからやっぱり、こういうブロマンス的な要素、という面でもですね、味わいだすと実はめちゃくちゃ味が濃いぞ、っていう感じが、(演出をじっくり観てゆくと)味わえるんじゃないでしょうかね。

とにかく言えるのは、イ・ジョンジェさん、監督としてもさすが、一級品の腕をお持ちです。なんていうかな、あんまり新奇なことをやってない分、巨匠の風格と言っていいような重厚さ、骨太さ、既にたたえているな、という風に思ったりします。

大きな目的のためとは言え、主人公としてさすがにこれは……?な部分も

逆にですね、二回目、何がどうなるかがわかった状態で観ているとですね、たしかちょっと冷静に見ると、先ほどのメールで苦言を呈していた方、ちょっとネタバレになるんで伏せたところなんですけども、「たしかにわかる」と思うんです。まず、イ・ジョンジェさん演じるパク次官、それはいくら何でも……っていうことを一個、途中でしでかすんですね。いくら大きな目的があるとはいえ、ちょっとこれ、さすがに気持ちは離れますな……っていうことをして、あんまりその件についての落とし前もつかないっていうか、そんな感じなんですよね。あそこでドン引きする、っていう感じがちょっとあるんで。それは皆さん、ご覧になってご自身で判断いただきたい。

あと、特にクライマックスですかね。まずクライマックス、あれですよね。スパイの名前が韓国の方の国歌の「トンニム」……韓国の国歌の小節の最後が合図で。「トンニム」ってところに来たらそれが合図だ、っていうことで。で、最初は「止めろ、止めろ!」ってなって、一回目、違った。で、二回目に本当に全斗煥が来た、っていうところがあるんだけど。あそこ、せっかく音楽、国歌の最後が合図、っていうのがあるんだったら、あそこはあえて音楽(劇判)はやっぱりなしにして、その国歌が演奏される……どこまで演奏されてしまうのか?っていう、ヒッチコック『知りすぎていた男』的な、音楽を使ったサスペンス演出みたいなものを、しかも一度目やって二度目もやってるんだったら、それをもうちょっとねちっこくやったら、サスペンスとしてもう一個、さらに面白味が変わったんじゃねえの?って気はちょっとしました。

あと、何よりやっぱりその、クライマックスの部分ですけどね。これもネタバレを伏せて言いますけど、「あなた、いま余計なことしなければ、目的を果たせてましたけど?……バカなの?」みたいなものが、ちょっとね、冷静になって見るとあったりしますけどね。「お前、いま本当に余計なことしたよ?」みたいな(笑)。そういうのもある。ただ、それは結局、やっぱり全ての暴力というものの虚しさ、暴力は解決にならない、ということの表れでもあると思うんで、それもありなのかな、って感じかもしれません。

ラスト、初期北野映画風、というふうにも僕は感じました。初期北野武映画風とも感じられたようなラストの余韻も含めてですね、まあでも見事です。俳優出身監督、また一人優れた人が出てきた、という風にこれはもう言っていいと思います。イ・ジョンジェさん。

そして、国際的スーパースターが満を持して作る映画がこの、自国の暗部をしっかり見つめ、それを表現に、メッセージに昇華する……この姿勢こそが、何といいましょうか、「世界レベル」ってやつじゃねえの?という感じもいたしました。『ハント』、見事な、本当に見応えある作品でございました。

もし韓国現代史、あんまり知識がない……って思ってる方はもちろん、その秋月先生のブログなんかをね、そういうのを押さえていただければすぐわかりますんでね。でも中身は本当に骨太な、誰もがわかるような話になってますんで。『ハント』、見事な作品でございました。ぜひぜひ劇場でウォッチしてください!

(次回の課題映画はムービーガチャマシンにて決定。1回目のガチャは『オペレーション・フォーチュン』。1万円を自腹で支払って回した2回目のガチャは『イコライザー THE FINAL』。よって次回の課題映画は『イコライザー THE FINAL』に決定! 支払った1万円はウクライナ難民支援に寄付します)

以上、「誰が映画を見張るのか?」 週刊映画時評ムービーウォッチメンのコーナーでした。

タグ

金丸夢斗4度目のブルペン入りで 岩瀬仁紀氏がコメント

TOKAI RADIO『Live Dragons!』(月17:15~18:00 火~金17:15~19:00 DJ平松伴康)2月12日(水)のコメンテーターは、ドラゴンズOBでプロ野球解説者の岩瀬仁紀氏。12日に4度目のブルペン入りした金丸夢斗(かねまるゆめと)投手についてコメントした。

Facebook

ページトップへ