鼻水吸引器。1人で全部試した結論

TBSラジオ Podcast番組「ベビーのいる生活~迷える子育て応援Podcast~」毎週月曜午前10時配信!

今回は、みなさん懸案だった…?鼻水吸引器。実際どれが一番おススメなのか問題を取り上げました。

ベビマヨ。ここまで「買って良かったもの」の話を何度かしてきましたが、どうやら最終的には、メルシーポットかpigeonかの2択に。ここまでは絞れるものの、メルシーポット派とpigeon派にパックリ分かれている問題が気になっていました。お互い、いいところを言い合って平行線。SNSやネット記事を見ても、いろんな人のレビューをまとめているか、メルシーポットと知母時(ちぼじ)など自動と手動の比較レビューはあるものの、メルシーポットとpigeon問題は解決できず。

じゃぁ、その結論は、ベビマヨで出そう。ということで、スタッフが両方使いました!

結論から言います。1つ買うなら…

1位:pigeon 2位:メルシーポット 3位:知母時 4位:BabySmileハンディタイプ

それでは、買った順番にレビュー!

知母時(手動)

最初はSNSでいろんな比較を見て、知母時を購入。ポンプを、自分の手をグーパーグーパーしてレバーを引く速さで吸引力を調整する。が、最初にこれから入ると、どれくらいの強さで吸っていいのかわからない。思いっきりレバーを引いたら「強すぎてダメなんじゃないか?」。「ちょっと優しく吸おう…」なんてやってたら、弱くて吸えず。正解がわからない。うまく使いこなせず、放置気味に。(後に復活し、強めに吸えて活躍する場面も)

また、電動と違って使用時に両手がふさがるため、子供の顔を固定できず、嫌がる子には特に、吸うコツが必要。

メルシーポット(電動)

知人が「メルシーポット買った方がいいよ!」とススメてくれて購入し、感動!ジュッと吸える。音はブイーーーンと大きいけど、慣れれば問題なし。新生児の頃から、沐浴後にはこれで鼻ケア。結果的に1年以上使用する大活躍!主に、別売りで購入した鼻の中にも入る細いノズル使用(ベビースマイル 鼻水吸引用 透明ロングシリコンノズル ボンジュールプラス)。

「なるほど、これくらいの強さで吸っていいのか!」という理解もできたので、知母時も復活して併用。夜中に布団の上で吸引したいときには知母時を。でもほぼメルシーポット生活に。ホースについた部品で、一瞬ホースをギュっとつぶすことで解放したときの吸引力が強まる。引っかかりにくい鼻水やカタマリを、この一瞬の圧でキャッチできたり。

メルシーポットは手入れが複雑…と言われていたものの、これしか知らない分には「別にまぁ、こんなもんだろう」と特に不満無し。先っぽのノズル/ホース/鼻水受けカップ部分・カップの蓋部分を洗う。が、だんだん面倒になってきて、ノズルとカップをササッと洗い、ホースに1、2度水を通すのみに。1年近くなるとカップやホースがそこそこ黒ずみ…「でもまぁいいか」と使っていた。

また、使う時に水の準備が必要なことも特徴。鼻水がまずホースを通ってカップに入っていく構造で、吸った鼻水をカップまで落とすために、水を吸わせなければいけない。そのため、吸引時には、別途、マグカップなどに水道水を入れて一度吸わせてから、子供の鼻へ。

電動の場合は片手でホースを持ち、もう片方の手で子供の顎をしっかり持つなど、顔を固定して使用する。

BabySmileハンディタイプ(電動)

帰省時など、持ち運びやすいものがあると便利かなと思い、購入。が、メルシーポットに比べると吸引力が弱く、なかなか使いこなせませんでした。

pigeon(電動)

メルシーポットを使っているときは、「pigeonを使ってます」と言われると、「え~、メルシーポットのほうがいいのに…」と思っていた。「pigeonは手入れが簡単」とよく言われたが、メルシーポットに不満がなかったので特に響かず。ただ、メルシーポットの黒ずみが目立ってきたころに購入してみた。

ヒトコト「とてもいい…」。

手入れが、とにかく、本当に、相当簡単!鼻水がホースを通らない構造。鼻水吸引のノズルが直接、プラスチックの鼻水キャッチャー部品につながっていて、ノズルと、手のひらに十分おさまる鼻水キャッチャー部分を洗うだけ。こりゃ黒ずまない。「ブイーーンという音が大きい」とも聞いていたけど、スタッフの体感ではメルシーポットとさほどかわらず、気にならない。

メルシーポットに慣れてると、あの、ホースを潰して解放することで一瞬吸引力が強くなる というのが無くてカタマリが引っ掛かりにくい…というのはあるが、それを上回る簡単さ。吸引力は十分。また、別途、水を準備する必要がないのも良い。

なお、付属品のノズルだと、鼻の穴に入れずに穴の入り口をふさいで吸引するタイプのため、奥のネバネバが取れないこともあって物足りなさも。でも、メルシーポットで使っていた細いノズルがPIGEONにもはまる。ベビースマイルのボンジュールプラスを購入してつければよい。

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亡き親友との約束胸に「スタジアムを応援フラッグでいっぱいにしたい」

プロ野球をはじめ、先日のメジャーリーグ開幕戦、そしてサッカーのJリーグでもよく目立つのが、巨大なフラッグによる応援です。今回は、このスポーツ応援に欠かせないビッグフラッグを染め上げている男性のお話です。

影山洋さん

それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。

日本一小さな市・埼玉県蕨市に、一軒の工房があります。有限会社染太郎、スポーツの試合で現れる大きな旗を作る会社です。トップは、影山洋さん、昭和30年生まれの69歳です。

蕨出身の影山さんは、小さい頃は空き地で友達とサッカーボールを蹴ったり、お小遣いがたまると後楽園球場へ行って、王さん・長嶋さんの野球を見て育ちました。そして、百貨店で催事のお知らせをする巨大な垂れ幕を作る会社に勤めます。

仕事に脂がのってきた30代のある日、影山さんは小さい頃のサッカー仲間で、当時の読売クラブに在籍していた奥田卓良選手から、こんな話を聞きました。

「今度、日本でもサッカーのプロリーグが始まるんだ。絶対応援してくれよ!」

「だったら、ヨーロッパみたいに、おっきな応援フラッグを作って、応援するよ!」

影山さんがそう答えて迎えた1993年5月15日のJリーグ開幕の日。国立競技場の熱狂の渦のなかに、奥田さんの姿はありませんでした。奥田さんは不慮の交通事故で、Jリーグを見ることなくこの世を去っていたのです。

『奥田との約束を守るためにも、日本のスタジアムを応援フラッグでいっぱいにしたい!』

そう思った影山さんは、会社勤めを辞め、自ら応援フラッグを作る会社を興します。地元・埼玉の浦和レッズの熱いサポーターたちとつながると、話が盛り上がって、今までにない幅50メートルのビッグフラッグを作るプロジェクトが始まりました。

影山さんが手掛けたビッグフラッグの数々

参考になったのはもちろん、影山さんが長年培ってきたデパートの垂れ幕のノウハウ。パソコンもあまり普及していない時代、設計図を元に1枚1枚刷毛で塗る手作業でした。ただ、ビッグフラッグを作っても、出来栄えを確かめられる広いスペースもなければ、対応してもらえる競技場もありませんでした。

ようやく人前で披露できる環境が整ったのは、2001年のJリーグ・レッズ対マリノス戦。埼玉スタジアム2002のこけら落としの試合でした。影山さんたちがドキドキ見守る中、ピッチに大きく真っ赤なフラッグが広げられると、スタンドからは「オーッ!」と地鳴りのような歓声が沸き上がりました。

翌日から、影山さんの会社の電話は、様々なチームからの問い合わせで鳴りやまなくなりました。

「私たちもレッズみたいな、熱い応援をしたいんです!」

数ある問い合わせの中に、情熱のこもったメッセージを届けてくれた人がいました。それは、プロ野球・千葉ロッテマリーンズの応援団の方々でした。影山さんは、競技の違いを乗り越えて、新しい応援スタイルが広まっていくことに、喜びを感じながら、さらに大きい幅75メートルものビッグフラッグを作り上げました。

このフラッグが、千葉・幕張のスタジアムの応援席に広げられると、今度はプロ野球チームの関係者からの問い合わせが相次ぎました。こうしてサッカーではレッズ、野球はマリーンズから始まったビッグフラッグによる応援は、今や多くのスポーツに広まって、当たり前の存在になりました。

蕨市の盛り上げにも活躍する影山洋さん

そしてこの春、影山さんは、東京ドームで行われたメジャーリーグのカブス対ドジャースの開幕戦でも、大役を任されることになりました。それは、初めての国旗。試合開始前のセレモニーで使われる、幅30メートルの日の丸と星条旗の製作でした。

国のシンボル・国旗に汚れを付けたり、穴を開けたりすることは決して許されません。3月10日に納品した後も、影山さんは毎日毎日東京ドームに通って、抜かりのないように、細心の準備をしました。そして、メジャーリーグ機構の厳しいチェックもクリアして、開幕当日を迎えます。

ベーブ・ルースから大谷翔平まで、日米の野球・90年の歴史の映像が流れて、無事に大きな日の丸と星条旗が現れると、影山さんも胸が熱くなりました。

『あの王さん・長嶋さんが躍動した後楽園球場を継いだ東京ドームで行われる、かつてない野球の試合で、自分の本業で関わることが出来ているんだ!』

そして、このメジャーリーグ開幕戦の興奮も冷めやらぬなか、今度はサッカーの日本代表が、8大会連続のFIFAワールドカップ出場を決めました。実は影山さんには、まだまだ大きな夢があります。

「いつか、サッカー日本代表がワールドカップの決勝戦を迎えた日の朝、富士山の近くで、おっきな富士山をバックにおっきな日の丸を掲げて、選手にエールを送りたいんです!」

亡き親友への思いを胸に生まれた、日本におけるビッグフラッグによるスポーツ応援。その応援文化のパイオニア・影山さんの夢は、きっと叶う日が来ると信じて、さらに大きく膨らみ続けます。

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