“ひまわり娘”伊藤咲子、夫婦愛の証は「貯めたマイルで海外旅行」

歌手の伊藤咲子が9日の東海ラジオ『井田・三丘の歌謡曲主義』(毎週土曜14:00~16:00)にゲスト出演した。伊藤のデビュー曲「ひまわり娘」の発売が1974年、今年でデビュー45年を迎えたことになる。伊藤は「デビューの時は、まさかまさか(45年後に)歌っているとは思わなかった」「60歳過ぎて(歌っている)なんてね」と話した。

インタビューの中で「こだわっていること(もの)などを『○○主義』で表すと」と聞かれた伊藤は「私は『JAL主義』」と答えた。JALの航空機利用にとどまらず、カードはLALカードに集約し「光熱費、コンビニでの買い物ほか、何から何まで」と徹底している。そのため、今では、ステイタスのランクが真ん中ぐらいまで上がり、優先搭乗やラウンジ利用が可能になったとのこと。

以前からマイルを貯めていた伊藤「ステイタスを手に入れたことで、マイルの貯まるスピードが加速し、さらに、主人にも家族会員になってもらい、主人も主張が多いので、どんどんマイルが貯まる。このマイルをもとに二人でまた海外旅行に行こうかと話しているところ」だそうだ。

伊藤は、夫婦ともにゴルフが趣味で「(海外に出かけたら)三日はゴルフ、一日買い物、一日観光の5泊7日かな。そこでもカードを使うので、またマイルが貯まる」と嬉しそうに話し「二人で頑張ったご褒美にどこに行こうか話をしている今が楽しい」とも。

伊藤のデビュー曲「ひまわり娘」を始め、伊藤の代表曲の大半は、作詞家・阿久悠の作品である。伊藤は、阿久について「デビュー当時の所属事務所が同じで、他の歌い手に比べ一緒にいる時間が多く、娘のようにかわいがってもらった」といい、思い出のひとつとして「ひまわり娘」のレコーディングの時の話をした。

この曲のレコーディングはイギリス・ロンドンで行われた。当時、伊藤は15歳、レコーディングはうまくいったが、そのあと、ホームシックかかってしまった。家族に早く会いたいと泣いていた伊藤を気遣い、阿久は、朝、昼、晩、3食、3日間、当時はまだ少なかった日本食の店を探して連れて行ってくれたそうだ。

その「恩師」阿久の作品を、シングルとしては約30年ぶりに歌うことなり、5月29日に発売した。タイトルは「静かに、愛が飛び立つわ」。伊藤は「(阿久と)こんなに早くお別れするとは思っていなかった。どうやって恩返しすればいいのかとずっと思っていたところ、今回の話があった。心を込めて歌い続けて、しっかり恩返ししたい」と話した。カップリング曲「きっといい恋できますね」も阿久作品。さらにボーナストラックとして「ひまわり娘」が収録されている。

井田・三丘の歌謡曲主義
放送局:東海ラジオ
放送日時:毎週土曜 14時00分~16時00分

※該当回の聴取期間は終了しました。

周防正行「サイレント映画について大変な勘違いをしていました」

黒木瞳がパーソナリティを務める番組「あさナビ」(ニッポン放送)に、映画監督の周防正行が出演。最新映画『カツベン!』の題材となったサイレント映画について語った。

ニッポン放送「あさナビ」

黒木)今週のゲストは映画監督の周防正行さんです。周防監督の5年ぶりとなる最新作映画『カツベン!』が全国公開中です。『カツベン!』は、映画の始まりの時代を駆け抜けたスーパースターである、活動弁士の話なのです。

周防)日本に初めて映画が入って来たときに、「Motion Picture」という言葉をそのまま訳して「活動写真」と呼んだのですね。そのときは、まだ映画に音がなかったのですよ。スクリーンの横に人が立って、写っているものの説明を始めたのです。最初は物語映画ではなかったから、何が写っているかとか、どうして動くとか、まさに“写真が動く”ということは始めてのことだったので、世界中で流行るわけです。当時、日本ではそのように説明する人が、最初の日の上映からいたのです。

黒木)つまりは紙芝居みたいに「こういう物語ですよ」と、ト書きも言えばセリフも言うという…。

周防)最初は単なる出来事が写っていました。駅に列車が到着するとか、工場から人が出て来るとか。それがやがて物語を持つようになって、弁士は物語をきちんと説明することを始めました。こういう文化が根付いたのは日本だけなのです。アメリカやヨーロッパでも説明する人が立った記録はありますが、職業としては説明していません。アメリカ、ヨーロッパは生演奏の音楽だけで魅せていたのです。

黒木)『カツベン!』はオリジナルの作品ですが、どうしてこれを映画にしようと思われたのですか?

周防)僕が浅はかにも、ずっと無視をして来たから。

黒木)え?

周防)大学生のときに、サイレント映画をたくさん観ていました。そのときはサイレント映画だから音がない状態で、活動弁士の説明も音楽もない、まさに無音の動く画を観るというのが、サイレント映画の見方だと思っていました。活動弁士がいることも、音楽があることも知っていたのですが、それを無視していたのです。サイレント映画なのだから、サイレントで観ないと監督の意図は伝わらないのだと、ずっと思って生きて来た。でもつい最近、僕の助監督をして下さっていた片島章三さんが「こんな本を書きました」と、この映画の元になる台本を読ませてくれたのですね。

黒木)いつも周防監督は、ご自分でシナリオをお書きになりますよね。

周防)自分のシナリオではないのは、今回が初めてです。

黒木)そのシナリオを読まれてどうだったのですか?

周防)「僕はなんて勘違いをしていたのだろう」と思いました。当時、明治の終わりから大正昭和の始まりにかけて、無声映画をサイレントで観ていた人はいなかったのです。当然、映画監督は自分の作ったものが上映されるときに、生演奏があり、誰かの説明が入るとわかって撮っていたのですね。要するに、監督がサイレントで観てもらうことを前提に撮っていなかった。それを僕はサイレントで観ていたのですよ。「これはいけない」と。それも僕は映画監督なのに、なぜ日本映画史の重要なことを無視して来たのだと思って、大反省です。音がない状態で物語をつくり上げるというのは、映像を作る人間としての最高のテクニックだ、技術だと思っていたのです。それこそが映画の基本と言うか、映画の本質だろうと。

黒木)それが180度変わったわけですね。

周防)変わりました。

黒木)活動弁士という方々がいて、初めてサイレント映画は成り立つのだと。

撮影・下村一喜

周防正行(すお・まさゆき)/映画監督

■東京・目黒区出身。1956年生まれ。
■立教大学在学中に、高橋伴明監督の助監督を務めるようになり、以降、若松孝二監督や井筒和幸監督の作品に助監督として携わる。
■1984年に小津安二郎へのオマージュを含んだピンク映画で監督デビュー。
■1989年に『ファンシイダンス』で商業映画初メガホン。
■1992年の『シコふんじゃった。』で、日本アカデミー賞最優秀作品賞をはじめ、最優秀監督賞、最優秀脚本賞を受賞。
■1996年には大ヒット作『Shall We ダンス?』公開。日本アカデミー賞で作品賞・監督賞・脚本賞など13部門を総なめ。
■2006年には痴漢の冤罪裁判を描いた『それでもボクはやってない』、2011年にはバレエ作品を映画として収めた『ダンシング・チャップリン』、2012年には終末医療を題材にしたヒューマンドラマ『終の信託』、2014年には花街で成長する舞妓の姿を描いた『舞妓はレディ』を監督。
■最新作は、2019年12月13日公開の『カツベン!』。大正時代に全盛だった無声映画を個性豊かな語りで彩った「活動弁士」が主人公。活動弁士を志す青年・俊太郎を成田凌が演じ、ヒロインを黒島結菜が演じる。

ENEOSプレゼンツ あさナビ(12月9日放送分より)
FM93AM1242 ニッポン放送 月-金 6:43-6:49

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