作曲家・浜圭介のヒット曲で綴る『原光隆の歌謡曲主義』

「昭和の名曲が生まれた背景には、その歌を作った作家たちのドラマがある…」このフレーズで始まるのが「昭和のうたびと」。東海ラジオ『原光隆の歌謡曲主義』(日17:00~18:00)の中で毎週午後6時から(6時40分まで)放送しているコーナーだ。昭和から平成、令和へと歌い継がれている名曲とともに、作家の人生を紐解いている。

番組では、昭和の名曲を残した作詞家・作曲家を、概ね2週に渡って取り上げている。1月23日と30日は作曲家・浜圭介を特集する。浜が生まれたのは、1946年、場所は、旧満州の捕虜収容所。1歳のとき引き揚げ船で舞鶴へ。青森に住み、その後、北海道・札幌に移住した。

孤独な少年時代、音楽との出会い、上京のきっかけ、挫折と復活、奥村チヨとの結婚…。23日の曲は、浜が作曲家として注目されるきっかけとなった奥村チヨの「終着駅」。北海道で過ごした日々から生まれた「石狩挽歌」。スランプから脱出するきかっけとなった「舟唄」ほか。30日は、森昌子や桂銀淑の代表曲などを紹介する。

原光隆の歌謡曲主義
放送局:東海ラジオ
放送日時:毎週日曜 17時00分~19時00分

※該当回の聴取期間は終了しました。

島太星「芸能人してるなぁ」刺激的な超早起きと山奥生活で大忙し

こんな場所でロケしてました。 ©STVラジオ

北海道を拠点に活躍のウイングを広げるボーイズ・ボーカル・ユニット「NORD」(ノール)の島太星が絶好調トークを展開するSTVラジオ『島太星のぽっぷんアイランド』。4日連続で夜中の3時起きと、本人いわく「芸能人している」太星、今回はリモート収録です。

今回のお仕事はテレビのバラエティ番組の収録で、詳しい内容はまだヒミツのようですが、普段の生活とはかけ離れた”山奥”での生活を送ることになり、とっても刺激的だったようです。オープニングは、その話から。

太星:僕が泊まってた所ね、都心部から何キロも離れてて、山(の中)にあって、コンビニに行くのに山を下って30分くらい歩かないと行けないような場所で。(泊まってたのは)コテージのような場所で、しかもその中にひとつだけロビーがある、みたいな感じで、コテージからロビーに行くまでにも5分くらい歩かないと行けないみたいな感覚。

太星:夜も、山なんで街灯もほとんどなくて、スマホ(の灯り)で歩きながらロビー行って、喉が渇いたらロビーで水を買うみたいな。だからコンビニもここ4日間くらい行ってなくて、きょう東京に帰って来たんですけど、その時に「現代に帰って来た」みたいな感覚で、すごく何か感動しましたね。

太星:すごく良い経験をできたなと思います。だから尚さら、コンビニがすぐ近くにあったり、飲食店がすぐ近くにあったりして、現実がすごく有り難いなと思う毎日です。こんな経験、本当に人世でいちども経験したこと無かったんじゃないかと思いましたね。すごい楽しかったなぁ。勉強になりました。

これ以上は詳しく話せないようですが、いったい全体、太星はどんな所に泊まってロケをしていたのでしょう。東京から数時間程度の場所かと推測できますが、「コンビニまで歩いて30分」なら北海道にもそんな場所はたくさんありあそうな気も…。ちなみに今回の写真が、そのロケ場所だったようです。このテレビ番組の放送も楽しみです。

今回は、リスナーさんからのメールをたくさん紹介しています。先週の放送で紹介した、手術をすることになった幼稚園児の女の子のママさんからも御礼と報告のメールが寄せられました。手術も無事に終わり、この放送がある22日に退院だとか。今夜も、太星の声を聴いてくれたかな?。

STVラジオ『島太星のぽっぷんアイランド』(毎週土曜 23:00~23:30)

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