死刑制度のあり方を、じっくり考えてみる必要がある

10月15日の「大竹まこと ゴールデンラジオ」(文化放送)では、アメリカ・テネシー州での死刑執行にまつわるニュースを取り上げた。

件の死刑囚は、致死量の薬物を2回注射されながら生き延び、病院に搬送された。
青木理は「今回の失敗は、死刑制度や刑事司法の根幹を問う」と語る。
一度失効して失敗した死刑は再執行してもいいのか。薬物注入による障害等が出た場合は誰がどう責任を負うのか、そもそも責任を問えるのか。薬物投与は残虐な刑罰に当たらないのか……。

青木理「先進民主主義国で、死刑制度を維持しているのは、アメリカの半分くらいの州と日本だけなんですね。イギリスのエコノミストという雑誌は『アメリカの死刑失敗という陰惨な記録』という論評記事を出して、日本についても言及していました。
そもそもアメリカは死刑は薬物が中心ですが、日本はご存知の通り絞首刑。これは明治初期、憲法も議会もなかった時代の太政官布告で決められたものを未だにやっていて……最高裁は残虐じゃないって言ってるけど、本当に残虐じゃないんですかっていう。
それ以前の問題として、死刑とは国家が人の命を奪うわけですから、適切に行われているのか、失敗が起きれば失敗じゃないかとある種外部からきちんとチェックできるように、アメリカでは記者の立ち会いなんかが行われているわけですけど、日本の場合は手順や現場は全部隠されている。
それを考えると、今回のアメリカの死刑失敗は異例だけど、チェック機能があるがゆえに公に議論の対象となりますけど、日本の場合はどうなんでしょうね。制度の是非は置いたとしても、こんなにチェックができないことを考えると、もしかすると日本の方がもっと異様なことが起きてるんじゃないかと考えさせられる。死刑自体は僕は廃止するべきだと思うんですけど、あり様はこれでいいのか。もう少し我々はじっくりと考えてみる必要があるのかなと」

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