Q:9区というのは予定通りだったのか。
A:往路の中で走りたかったが、半年間足に痛みがありながら走り続けてきた中で、完璧な状態になることがあまりなく、正直厳しいと思った。最後までみんな信じてくれて、9区という形になった。往路の主要区間で走ることが自分の仕事だったかなと思う。
Q:後半、追う展開を脱却できずにいたが、気持ち的に奮い立つものは。
A:正直、先頭に関しては無理だろうなと思っていたので、前の方に集団がいたので、それを越せるなと感じた。(前の集団に)つかずにどんどんいって、行ける所まで行こうと、心理的にはプラスに働いた。
Q:前半から突っ込んでいたが、後半への不安はなかったか。
A:4年間で最後の箱根駅伝なので、やってきたことを出すだけだった。動かなくなっても、最後は気持ちで動かすと思っていたので、後半に残しておこうとは思わなかった。前半から攻めないと区間記録(98回、同期の中村唯翔選手がマークした1時間7分15秒)は超せないと思っていたので、そういう意味でもあまり後ろのことは考えずに、今自分の出来るベストを出し続けたという感じだった。
Q:給水のときは宮坂キャプテンとどのようなやり取りを?
A:「お前がヒーローだ」と言ってくれた。この学年には凄くお世話になったし、怪我が多くて申し訳ない思いが強かった。最後、キャプテンを胴上げしたかった。あの声掛けのおかげで、もう一度踏ん張ることができた。自分に力をくれたと思う。
Q:中村唯翔選手(4年)持つの区間記録に迫っていたが、最後原監督からかけられた言葉は?
A:あと何分という話があった。なかなか思うように足が動かず、去年のエースの方が強かったなという思いがある。
Q:4年生としての意地を見せられた走りだったと思うが、どうか。
A:前半攻めていたので、最後きつくなるのは分かっていた。きつくなったところで、どれだけ気持ちを出せるかという所だと思っていたので、4年間やってきたことをぶつけることができたと思う。
Q:横田俊吾と過ごしてきた4年間は。
A:中学校の頃から、よきライバルとして、友として、切磋琢磨してきた。高校は別々になってしまったが、意識しながら、彼がいるから頑張れるという部分もあった。まさか大学で同じチームになるとは思っていなかったので、本当に嬉しかったし、また四年間一緒に切磋琢磨できるんだなと思った。あれよあれよという間に4年間たったが、濃い時間を過ごしてきたなと思い、感謝の気持ちでいっぱい。彼がいたから自分も頑張れたし、つらいときは支え合うこともできた。感謝しかない。
Q:4年生は一人もやめなかった。どんな世代だったのか。
A:仲が良く、ライバルとしてお互いが意識し合うという良い関係だった。ただの仲良し集団というのではなく、兄弟のようで、他の学年には負けない絆があると思う。
Q:後輩たちへは。
A:圧倒的なチームになってほしいというのが一番。他大学も力をつけてきていて、今回もこうして負けてしまって、力の差を見せつけられた。来年以降、圧倒的な走りをして、強さを見せてほしい。