福岡市と北九州市は「対照的な政令市」地下鉄開業40周年を機に考える

櫻井浩二インサイト ©RKBラジオ

7月26日、福岡市営地下鉄は開業して40周年の節目を迎えた。


九州経済を研究している長崎県立大学教授・鳥丸聡さんは、レギュラーコメンテーターを務めるRKBラジオの朝の情報番組『櫻井浩二インサイト』で「福岡一極集中という過密・過疎対策を考える節目の年であるべき」とコメントした。


福岡市営地下鉄は、九州における福岡一極集中の歴史を象徴する交通インフラの一つです。福岡市が政令市に昇格したのは、49年前の1972年。当時の人口は89万人でした。そのわずか3年後の1975年には100万都市へと成長しました。そのころの市内の公共交通機関といえば、西鉄バスと西鉄電車。あと路面電車も西鉄でした。それと国鉄ですね。それだけだと(100万人の人口に)耐えられないということで、地下鉄の検討に入っていきました。

一方、当時福岡県内では、北九州市の方が人口が多い107万人でした。そこから減少に入っていくんですが、地下鉄開業のタイミングは、福岡市が北九州市の人口を追い越して、九州ナンバーワン都市になったときでもありました。その北九州市では、人口がもうピークアウトをし始めていた1985(昭和60)年に、モノレール小倉線が開業しました。福岡市は人口増加局面で地下に活路を求めて、北九州市は人口減少局面で空中に活路を求める。真逆の都市インフラ整備を進めることになったんです。

北九州モノレールが開業した1985年っていう年は、実は北九州市にとっての厄年とも言えます。プラザ合意で1ドル240円が1ドル120円、つまり2倍の円高になりました。北九州市というのは、重くて分厚い素材を世界に輸出することで成長してきたわけですが、その強みにとどめを刺される結果になった。対照的に、福岡市の博多港は軽くて薄くて小さい、衣料品とか加工食品をアジアから輸入する港であり、極端な円高で博多港の取扱量が飛躍的に増えました。何から何まで対照的な二つの政令市という構図です。

福岡市営地下鉄は開業後も延伸され、現在は空港線・箱崎線・七隈線の3路線になり、2019年の1日の乗車客数は47万人と開業当時の11倍以上に増えています。この40年の間に、エポックメイキングと呼べる動きが2回ありました。1回目は、1983年にJR(当時は国鉄)筑肥線と相互直通運転を始めたことです。これによって、糸島方面の活性化に大きく寄与しました。乗り入れ駅の姪浜駅は、1日の平均乗車人員2万2000人。これはJR九州で第3位の鹿児島中央駅(1日2万人)を上回ります。筑肥線がなかったら、九大の伊都キャンパス移転というのはなかったかもしれないですね。そして2回目の大きな動きは、まだバブル景気の余韻が残る1993(平成5)年、博多~福岡空港の開業です。福岡ドームの開業と同じ年で、新幹線だけでなく、飛行機でも広い範囲から福岡のエンタメ機能を求める人たちがどんどん集まるようになってきました。

良い話ばかりのようですが、このまま放置しておくと、福岡一極集中がどんどん進んで、影の部分つまり、過疎と過密の格差が拡大していきます。すると、過密に対してはどこまで地下鉄延伸するなどの過密対策にも過疎対策にも税金を投入しなければいけません。だから、「ほどほどに過疎とほどほどに過密」なところが共存していくような県土構造を目指さないと、財源が持たなくなります。地下鉄40周年というのは、どこまで過密・過疎対策し続ければいいのか、というのを考えなければならない、節目の年でもあります。

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