ミャンマーの暮らしを伝える高校生「一過性の話題にさせない」

TBSラジオ『森本毅郎・スタンバイ!』毎週月曜日~金曜日 朝6時30分から放送中!

7時30分過ぎからは素朴な疑問、気になる現場にせまるコーナー「現場にアタック」

連日ウクライナの惨状が伝えられていますが、世界ではウクライナ以外にも様々な危機が起きています。ウクライナのニュースに隠れがちだけど、依然として厳しい状況にある世界に目を向ける動きについて、取材しました。

★「映画を観て、ミャンマーを知る」 上映4月22日(金)まで

それは昨年2月に軍事クーデターが起きた「ミャンマー」の市民を支援しようという動きについて。まずは、「映画を観て、ミャンマーを知る」というイベントを実施している、映画監督の藤元 明緒(ふじもと あきお)さんに伺いました。

「政治的に苦しい状況が続いているミャンマーへの支援企画として、ミャンマーに関連する映画を全国18ヶ所で同時期に上映するイベントです。具体的な支援内容としては、チケット代からの配給収益の一部と、各映画館に設置した募金箱への協力金を合わせて、クーデターの影響で困窮するミャンマー市民への生活支援金となるように寄付を行うという企画ですね。元々妻がミャンマー人でして、自分にとっても、ミャンマーっていうのはすごい大切な場所なんですよね。そんなミャンマーで昨年軍事クーデターが起きて、すごい不安になりましたし、映画であれば映画を観るっていう敷居が低くて、支援の入り口を作ることで多くの方に参加してもらえるのではないかと考えて、上映イベントを企画しました。」
(映画監督 藤元 明緒さん)

4月16日(土)~22日(金)の期間開催されている、映画の上映会です。2本立てで、前半は16分の短編ドキュメンタリー『白骨街道ACT1』。後半は、1時間40分の長編映画で2018年に公開された映画『僕の帰る場所』。

特に『僕の帰る場所』は難民申請中の在日ミャンマー人家族の実話を基にしたストーリーで、母国へ帰るか、日本に残るか、なかなか申請が認められない中での家族の葛藤を描いており、ミャンマーの問題は日本と地続きで、自分自身も当事者の一人であると感じる作品となっています。

映画の撮影が行われたのは、2014年の軍事政権下で、政府による検閲が入りながらの撮影。昨年2月の軍事クーデター後、一緒に映画を撮った現地のプロデューサーは不当逮捕され、現在も拘束されているようです。

「映画を観て、ミャンマーを知る」。ポレポレ東中野ほか、全国18館の劇場で上映中(4月22日まで)

「かるた」でミャンマーの魅力を伝える高校生

藤元監督は「映画だと敷居が低い」とお話していましたが、もう一人、ミャンマーを身近に感じてもらおうと、行動に移した高校生がいます。現在16歳、高校2年生の野中 優那(ゆな)さんのお話です。

「ミャンマーの人々の暮らしや文化、歴史を伝える「ヤンゴンかるた」を作りました。私自身が2年間、ミャンマーに住んでいたので、主要な観光地も入っていますが、マイナーで旅行客は行かないような所も入ってます。私、実は百人一首が大好きで、結構恋の歌とかも好きで、短い文言っていうのがキャッチーなんじゃないかっていう風に思ったから。ただただ話を聞いたり、教科書を読むだけって正直つまらないなって感じることも多くて、遊びながら学べるっていうのはすごくいいなって思いますし、かるたなら、日本人ならルールおすすめする必要がないですし、子供から大人まで同じように遊べるので、かるたがいいんじゃないかなって思いました。」
(野中 優那さん)

日本生まれの野中さんは、中学2年生から卒業までの2年間、父親の仕事の都合でヤンゴンに住み、現地の日本人学校に通っていました。そして昨年、帰国してから「ヤンゴンかるた」というオリジナルかるたを製作。44枚ある写真の札のほとんどは、野中さんと兄弟が現地で撮影したものだそうです。

特に力を入れたのが、かるたに同封されているブックレット。写真の解説やエピソードを紹介したコラムなど、大学教授や通訳の協力を得て、入念に校正も行っています。

さらに、かるたの印刷には、クラウドファンディングで300万円もの資金を集めて、今は日本各地で、かるたの体験会を行っています。今月末から、かるたの一般販売も計画しているということでした(1つおよそ3000円)。

そして、この活動の背景には、野中さんのミャンマーでの体験があります。昨年2月、クーデターが起きて、アウンサンスーチーさんが拘束されてから、軍の圧力に負けずに市民がデモに立ち上がったこと。人々はコロナに対して自粛ができても、民主主義に対しては自粛はできないんだと、強いエネルギーを感じたそうです。

ミャンマーを忘れ去られた地にしない

翌月の3月、軍の弾圧が酷くなり、父親を残して帰国することになったのですが、空港に向かう道中、銃撃戦に巻き込まれたらどう身を守るか、家族で真剣に話し合ったと話していました。日本に帰国後、昨年4月から日本での高校生活がスタートした野中さんですが、実は、同級生からのある一言に違和感を覚えたことを教えてくれました。

「「危ない国から帰って来れてよかったね」って言われて、それにすごい違和感を覚えました。帰ってきたからもう関係ないと言われている気がしたです。でもその時、私自身、アフガニスタンのタリバンの問題とか、ウクライナの問題とか、積極的に知ろうとしてきたかなって思った時に、同じように無関心だったんだと気づきました。なんで私達は教科書で貧困とか紛争のことを学んでいるのに、自分事として捉えられないんだろうと思ったとき、それは、そこで実際に生きている人々の顔や息遣い、そういった生命のストーリーを知らないからじゃないかという風に思って、高校生の私にはお金も力はないけれど、私が知ってるミャンマーのことを皆に伝えることはできる、と思ってヤンゴンかるたを作りました。ミャンマーのニュースが報道されてても、ウクライナのニュースが報道されたら人々の関心はそちらに向いてしまうと思うんですけど、やっぱり一番大事なのは、「話題で終わらせないこと」かなっていう風に思ってます。」
(野中 優那さん)

「話題」で終わらせないためには、悲惨な状況を伝えるだけでなく、その国のファンになってもらうこと。そのための「ヤンゴンかるた」で、ミャンマーの人が、優しくて、真面目で、素敵な国だったことを伝えて、その穏やかな日常を生きてきた人たちが、今、ミャンマーで戦っていることを知って欲しいと、そんな願いが込められています。

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