村上春樹「17歳の少年が、どうしてこんな渋いレコードを選んで買うことになったのか…」今となっては“一生もの”になったレコードとは?

作家・村上春樹さんがディスクジョッキーをつとめるTOKYO FMのラジオ番組「村上RADIO」(毎月最終日曜 19:00~19:55)。2月23日(日)の放送は「村上RADIO~村上の一生ものレコード~」をオンエア。村上さんが大事にしている「いつまでも聴いていたい」 “一生もの”の貴重なレコードを紹介しました。この記事では中盤3曲について語ったパートを紹介します。



◆Arthur Prysock / Count Basie『Arthur Prysock / Count Basie』より「What Will I Tell My Heart」
アーサー・プライソックは日本ではあまり知られていませんが、ビリー・エクスタインの流れを汲む黒人歌手で、深いバリトン・ボイスでアメリカ本国ではずいぶん人気を博していたようです。ジャズというよりはクルーナーに近い歌手です。

でも、このカウント・ベイシーとの共演盤では、気持ちよく軽快にスイングするベイシー・バンドをバックに、しっかりジャズっぽく決めています。ちょうどコルトレーンをバックにしたときのジョニー・ハートマンみたいに。

聴いていただく曲は「What Will I Tell My Heart」。君と別れたこと、相手が他人なら、なんとでも言い訳できる。でも僕自身のハートに向かって、いったいどう説明すればいいんだろう? うーん、切ない失恋の歌ですね。

僕はたしか17歳のときに、神戸の元町商店街の日本楽器でこの輸入盤を買い求めました。17歳の少年が、どうしてこんな渋い内容のレコードを選んで買うことになったのか、そのへんの経緯はよく覚えていませんが、とにかくこのレコードをすっかり気に入ってしまい、長年にわたる僕の愛聴盤になっています。伝説的録音エンジニア、ルディー・ヴァン・ゲルダーの録音がとりわけ素晴らしく、とくにフレディ・グリーンの刻むリズム・ギターがくっきり明瞭に聞こえるところが、なんとも言えず良いです。

◆James Taylor『Walking Man』より「Walking Man」
永遠の好青年、ジェームズ・テイラー。僕は彼の作品はだいたい全部揃えていますが、中でもいちばん好んで聴いているのは「Walking Man」だと思います。
リチャード・アヴェドンのモノクロ写真を使ったレコード・ジャケットも秀逸だけど、中身の方も素晴らしい出来です。何度聴いても心がじんわりと和みます。まるで居心地の良い座り馴れた椅子に座ったみたいな。
収められたオリジナル曲はどれもそれぞれに、するめのような長持ちのする味わいがあるし、デヴィッド・スピノザのアレンジも見事です。ブレッカー・ブラザーズもバック・バンドに入っています。1974年の録音、この時代の最良のサウンドがレコード全体にぎっしりと詰まっているみたいです。

◆Members Of The Vienna Octet『Mozart Clarinet Quintet K. 581 / Divertimento In F K. 247』より「Clarinet Quintet K. 581:I.Allegro」
モーツァルトの室内楽曲で“一生もの”として選びたいものは、なにしろいっぱいあります。カルテットの「ハイドン・セット」とか、弦楽五重奏曲とかね。でもクラリネット好きの僕としては、最終的にはやはりイ長調のクラリネット・クインテットを選びたいと思います。いかにもウィーン風のたおやかな雰囲気を持つ名曲です。クラリネット協奏曲もいいですが、こちらの方が音楽の構造がより立体的に見通せて、何度聴いても飽きません。

そんなわけで、この曲、優れた演奏はたくさんあるんだけど、いかにもウィーンという風情が濃く漂う、ウィーン八重奏団メンバーの演奏したレコードを選びました。肩の力がすっと抜けていて、でも音楽の背骨は半端なくまっすぐ伸びています。ウィーン八重奏団はウィーン・フィルハーモニーの楽団員で構成された室内楽団で、ここでは名手アルフレート・ボスコフスキーがクラリネット・ソロを受け持っています。1963年の古い録音ですが、実に聴き飽きしないんですよね、これが。頭から尻尾までピュアなモーツァルトが詰まっています。「クラリネット五重奏曲」の第一楽章「アレグロ」を聴いてください。

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2月23日(日)放送分より(radiko.jpのタイムフリー)
聴取期限 3月3日(月)AM 4:59 まで
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<番組概要>
番組名:村上RADIO~村上の一生ものレコード~
放送日時:2月23日(日)19:00~19:55
パーソナリティ:村上春樹
番組Webサイト:https://www.tfm.co.jp/murakamiradio/
村上RADIO
放送局:TOKYO FM
放送日時:2025年2月23日 日曜日 19時00分~19時55分
公式X

※該当回の聴取期間は終了しました。

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野口聡一“定年目前”で退職「収入、生きがい、肩書き…」著書『50歳からはじめる定年前退職』を出版した理由とは?

脳科学者の茂木健一郎がパーソナリティをつとめ、日本や世界を舞台に活躍しているゲストの“挑戦”に迫るTOKYO FMのラジオ番組「Dream HEART」(毎週土曜 22:00~22:30)。 4月19日(土)、26日(土)の放送ゲストは、宇宙飛行士の野口聡一さんです。19日(土)の放送では、野口さんの著書「宇宙飛行士・野口聡一の着陸哲学に学ぶ 50歳からはじめる定年前退職」(主婦の友社)についてお話を伺いました。


野口聡一さん



1965年生まれの野口さん。東京大学大学院を修了後、IHI(旧・石川島播磨重工業)入社後、1996年にJAXAの前身であるNASDAの宇宙飛行士候補者に選抜。3回の宇宙飛行に成功し、15年間での船外活動は4回。世界で初めて、3通りの方法(滑走路、地面着陸、水面着陸)で帰還したとして、ギネス記録に認定されています。

また、2021年に野口さんがISS国際宇宙ステーションでショパンの「別れの曲」を生演奏した動画「宇宙からのショパン生演奏」でYouTubeクリエイターアワードを受賞。2022年6月にJAXAを退職し、現在は合同会社・未来圏の代表、国際社会経済研究所の理事、東京大学特任教授などを通し、講演活動や大学での教育、研究活動を精力的におこなっています。

今年2月には、著書「宇宙飛行士・野口聡一の着陸哲学に学ぶ 50歳からはじめる定年前退職」を出版しました。定年を前にJAXAを退職し、自らの未来を切り開いた理由と、その舞台裏を公開。モチベーションの低下、収入の不安、アイデンティティの喪失――定年を迎える50代が直面する“三重の悩み”を解決するための生き方を提案しています。

◆50歳からでも自分の生き方を見直す

茂木:野口さんといえば“THE 宇宙飛行士”ですが、今回のご著書タイトル「宇宙飛行士・野口聡一の着陸哲学に学ぶ 50歳からはじめる定年前退職」にはビックリしました。すごい本が出ましたね。

野口:ありがとうございます。人生100年時代ですので、宇宙飛行士であってもやはり人生のターニングポイントで「我々はどう生きていくか」と悩み、50歳からでも自分の生き方を見直して、またタンクに燃料を詰めて打ち上がっていけると(いうことで、この本を出版しました)。

茂木:うまいことおっしゃいますね(笑)。野口さんは、エリート中のエリートじゃないですか。宇宙飛行士の選抜も、数百倍の倍率で……。

野口:そうですね。なれる確率が非常に低い仕事であるのは、間違いないと思います

茂木:その野口さんが定年前退職されたというのは、ちょっと意外ですね。エリートならではのものだけでなく、みんなに通じるような悩みもあったのでしょうか?

野口:はい。結局は収入、アイデンティティ、モチベーションの「三重沈下」。これは宇宙飛行士であっても、NASAみたいな巨大な組織のなかで働くという意味では一緒なので、実は我々も、会社で苦労されているみなさんと同じような悩みを抱えているんじゃないかと(思いました)。

茂木:野口さんは長期滞在もされましたし、EVA(船外活動)もされました。それから、15年のブランクを越えて、また宇宙に行かれましたよね。

野口:そうですね。「15年のブランクを超えて船外活動をした」ということで、ギネス記録をもいただいています。

茂木:それだけのことを成し遂げた野口さんは、オリンピックで言えば金メダルを何個も獲ったようなことをされていて、宇宙飛行士としての活動を辞められるという時点ではやっぱりいろいろ考えられたんですね。

野口:そうですね。もちろん私も、プロフェッショナルとしては恵まれたキャリアだと思います。いろいろな人に助けていただいて記録も作ったし、行きたいところに行けたという気持ちはありますが、だからといって毎日幸せであるわけではない。

つまり、そこは別なわけですよね。年齢を重ねるにつれモチベーション、我々の場合は「宇宙に行く」というのがモチベーションですが、会社で働いている人だといわゆる「出世」ですよね。それが我々の親世代は年齢とともに自然に出世して、それが「モチベーション」となり、肩書きが増えていって「アイデンティティ」となって、最後に「収入」、お金も増えるという3点セットで実現していたわけですよ。

でも、我々の世代はそうではない。それは単に贅沢を言っているだけではなくて、モチベーションになっている出世がなくなってくることで、生きがいそのものがなくなる。

茂木:なるほど

野口:そして、アイデンティティ。「肩書き」を失うと、人生の居場所がなくなるということにつながるわけですよね。最後に収入ですが、もちろん多いに越したことないけれど、結局ほとんどの人は月給しかないわけですから、それが上がらないと生活の基盤が成り立たない。そうすると、知らないうちに人格も、居場所も、生きる糧も会社に全部持っていかれているんじゃないのと。「それじゃあ、よくないね」というのが、この(本を書く)出発点だったんですよね。


野口聡一さん、茂木健一郎



4月26日(土)の放送も、引き続き野口さんをお迎えしてお届けします。

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4月19日(土)放送分より(radiko.jpのタイムフリー)
聴取期限 4月27日(日)AM 4:59 まで
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<番組概要>
番組名:Dream HEART
放送エリア:TOKYO FMをはじめとするJFN全国38局ネット
放送日時:毎週土曜22:00~22:30
パーソナリティ:茂木健一郎

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