田中眞紀子×久米宏 世の中を変える政治

TBSラジオで毎週土曜日、午後1時から放送している「久米宏 ラジオなんですけど」。
6月13日(土)放送のゲストコーナー「今週のスポットライト」では、元衆議院議員・田中眞紀子さんをお迎えしました。

田中眞紀子さんは1944年、東京都生まれ。早稲田大学時代は演劇サークルで久米さんとご一緒でした。1993年の衆議院議員選挙に無所属で立候補し、トップで初当選。その年、自民党に入党。村山富市内閣(自さ社連立政権)で科学技術庁長官(94年)、小泉純一郎内閣で外務大臣(2001年)を務め、その後、民主党に移り、野田佳彦内閣で文部科学大臣を務めました。このコーナーには、自民党を離れて無所属だった2006年12月にご出演いただいて以来、13年半ぶり。どんな対面になるかと期待半分、コワさ半分…。すると、新型コロナウイルス感染対策のフェイスシールドをつけてご登場の眞紀子さん。「そうきたか…!」という面持ちの久米さん。そこから激しいジャブの応酬となりました。

防コロナ・アクリル板も吹き飛ばす迫力

「あ、フェイスシールド外したんですか?」(久米さん)

「あげましょうか?」(田中さん)

「いや、いらないです。それは今日のために?」(久米さん)

「そう! あなたと私が口角泡を飛ばして喋りまくったらば、とくかく飛沫感染がすごいでしょ」(田中さん)

「ぼく、さっきご挨拶に行ったらフェイスシールドをしてらっしゃるんで、今日は助かったなと思ったんです(笑)」(久米さん)

「お互いによかったわね(笑)」(田中さん)

「外しちゃったんでびっくりしちゃった、直接お顔を見ちゃったので」(久米さん)

「また始まった(笑)」(田中さん)

「アクリル板とフェイスシールドがあったら二重でしょ。安心してたの。それが、フェイスシールドだけになってしまって、やや心許ないんです」(久米さん)

「こんなアクリル板ね、吹き飛ばしますよ、きっと。本気で喋ったら(笑)」(田中さん)

13年半ぶりの登場!

今回、田中眞紀子さんは、いまの政治にいろいろ言いたいことがあるということで、のっけからエンジン全開。久米さんとのやり取りは丁々発止、侃々諤々、ハイスピードのかけあい時事漫才、30分間一気に語りつくしました。

・新型コロナウイルス禍あって、いいことは何だったか。効率至上主義がスローダウンせざるを得ない状況になって、見えてきたのは「クオリティ・オブ・ライフ」「人生の価値」
・新型コロナ感染で世界中のいろいろな制度が確実に変わる。
・政治家が方向性をしっかり考えて政策立案を役人に任せたら、優秀な人たちはしっかり働く。けれど、いま官庁のキャリアたちはやる気をなくしているようだ。それは政治家が悪い。
・政治が何も指針を示さず責任を取らなかったら役人も民間も誰が仕事をするのか。
・田中角栄元総理を金権政治家と批判しておいて、いまがいちばんバラマキをやっている。
・こんなにメディア規制をやっている国はない。
・アメリカと中国のせめぎ合いの間で日本は何をやっているのか。米国「51番目の州」になっている。
・日本はアジア諸国やヨーロッパ諸国と緊密になって、自分の足で立てる国にならない限りどの政党の誰が指導者になっても立ち行かない。
・日本がまずやるべきなのは経済、財政再建。無駄な歳出の見直し。例えば国・地方の議員の定数、待遇、歳費を改める。防衛費も見直す。
・炭素税やデジタル課税など、時代の先を見た新税を導入すべき。
・大企業の内部留保を金融取引に回すように政策誘導すればいい。
・中小・零細企業、弱い人たちを支える経済政策が必要。
・沖縄県議会議員選挙が終わったとたんに普天間基地の辺野古移設工事再開、民意はどこにあるのか。日米地位協定も見直すべき。
・いま政治家はウソばかりついてごまかしている。それに役人が付き合っている。

などなど。

いまも政治の動きを追って分析し、本を出版するために原稿を執筆しているという田中さん。びっしり書き込んだメモを何枚もスタジオに持ってきていました。

政治は素晴らしいツール

「私、政治っていうものは、現実を変えられるし、夢を実現できる素晴らしいツールだと思っているんですよ」(田中さん)

「本当は政治はそうなんです」(久米さん)

「だから私は政治が大好きで、政治がいちばんすごいと思っているんです。政治がやっぱりすごいなあと思って、いつもいつも頭を動かしてるの」(田中さん)

「世の中を変えられるってことは、国民の人生を変えられるんです、政治って」(久米さん)

「そう! 世界を平和にできる。1回しかない人生で困っている人を救うことができるんです、政治家が利口で、本気になって命がけでやれば。命もかけてない、お金ばっかりばらまいたり。そんなことしなくていいから、さっさと辞めてくれって、そういう人は」(田中さん)

「ほんと、政治家が馬鹿だと日本人が不幸になるんですよ。それが分かってないんでねえ」(久米さん)

「この7年間で失ったものは大変大きい。私、本を読んで、今日はいい言葉をお知らせしようと思って。難しい言葉。『怯懦(きょうだ)』。臆病で意志が弱い人なの。だから、『あなたは怯懦な性格です』って言って質問を終わればいいんですよ、予算委員会で。臆病で意志が弱い人が強がりをやっているのがいまの内閣。もうイヤだと私は思ってますよ」(田中さん)

「なるほど。それは予算委員会全体がしーんとするでしょうね、誰もわからないから」(久米さん)

「そう。だいたいそんなとこでございます」(田中さん)

「気が済みましたか。もう1回、立候補したらどうです?」(久米さん)

「そう、お互いにやろうか、2人で(笑)。『早口党』でも作ったらいいかな」(田中さん)

眞紀子さんからのサプライズ

フェイスシールドでの登場から始まって一気呵成、嵐のようなの30分でしたが、さいごに田中眞紀子さんから久米さんへのサプライズ。

「あ、花束だ!」

「そう。ラブレターをつけて」

「これ眞紀子さんの字ですか? きれいな字を書きますねえ」

「そうよ、顔と同じよ。心もそうよ」

お互いに照れ隠しか、さいごも冗談めかした会話でしたが、田中さんがスタジオに持ってきたのはバラの花束。それも、13本の黄色いバラ(放送では15本とおっしゃっていましたが、13本です)。その意味は「永遠の友情」。素敵なプレゼントでした。

田中眞紀子さんのご感想

楽しかったです! 学生時代からお互い変わらないですね(笑)。今日は願いが叶いました。

 

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危機からの逆転! 宮崎の「道本食品」が“干したくあん”で奇跡の事業転換を果たした裏側

株式会社ジャパンエフエムネットワークが制作する全国JFN系列22局ネットで放送中のラジオ番組「となりのカイシャに聞いてみた!supported by オリックスグループ」。意外とあなたの近くにある、地元で活躍するカイシャ。「そこに辿り着くまでの話」や「事業への想い」など、明日へのヒントになる話から、地域のお気に入りスポットまで、地域に密着してお届けする企業応援ビジネスバラエティプログラムです。パーソナリティは小堺翔太が務めます。今回は、エフエム宮崎アナウンサーの奥山真帆がパートナーを担当。

10月17日(土)の放送では、道本食品株式会社 代表取締役社長の道本英之(みちもと・ひでゆき)さんをゲストにお招きして、干したくあん作りの歴史や生産者とのつながりについて話を伺いました。


(左から)パーソナリティの小堺翔太、道本食品株式会社 代表取締役社長の道本英之、アシスタントの奥山真帆(エフエム宮崎)



◆干したくあんの伝統を受け継ぐ道本食品

道本食品は、宮崎県産の大根を100%使用した干したくあんを約60年にわたって製造してきました。宮崎ではおなじみのメーカーで、「たくあんたくあんみんなで食べよう♪」というCMのフレーズも地元の人々に親しまれています。道本さんによると、このCMは自社で曲と歌詞を制作したもので、秋冬にしか放送していないものの、地域に定着しているといいます。

同社の看板商品「日向漬」は、昔ながらの製法で作る干したくあんです。一般的なたくあんが生の大根から作られるのに対し、干したくあんは大根を約2週間、日に干してから漬け込みます。道本さんは「元々それが従来の作り方だった」と説明する一方、「大根を干す作業には手間がかかるため、現在では宮崎県や鹿児島県などで作られる限られた産業になっている」と話します。

大根は干すことで水分が抜け、保存性が高まるだけでなく、味わいにも違いが生まれます。道本さんは「パリパリッとした食感が生まれ、旨味や甘味が凝縮されます」と、その特徴を紹介しました。

続いて話題は、道本食品の創業から現在に至るまでの歩みに移ります。道本さんの祖父はもともと広島県の江田島で農業を営んでいましたが、新たな土地を求めて宮崎へ移住。1937年に、サツマイモを原料とする甘藷(かんしょ)デンプンの工場を立ち上げました。道本さんは「質の良いサツマイモが豊富に収穫できる地域であることに着目した事業だったようです」と、宮崎での創業の背景を語りました。

しかし、1960年代半ばになると、海外から安価な甘藷デンプンが輸入されるようになり、事業の継続が難しくなります。そこで新たに取り組んだのが、干したくあんの製造でした。その背景には、祖父の故郷である江田島の食文化がありました。

道本さんによると、江田島の対岸・呉は当時軍港であり、江田島はそこへ食料を供給する拠点としての役割を担っていました。その供給食料のひとつが「干したくあん」だったといいます。こうした歴史的な縁もあり、甘藷デンプン事業の維持が難しくなった際、農家に「次は干し大根を作ってほしい」と協力を依頼。これを機に、同社は干したくあん作りへと大きな事業転換を果たしました。

新たな作物への切り替えには、農家の理解と協力が欠かせません。小堺が生産者との信頼関係について尋ねると、道本さんは「深い絆があったんだろうなと思います」と話し、農家との強いつながりがあったからこそ、転換を円滑に進められたのではないかと語りました。

◆干し大根の栽培を支える生産者との絆

干したくあん作りに適した環境が整っているのが、宮崎県の田野町です。道本さんによると、海抜約100メートルの台地にあり、冬場の日照時間が長いうえ、「霧島おろし」と呼ばれる霧島連山から吹く乾いた西風が大根を上手に乾かしてくれるといいます。

田野町では、大根を干すためのやぐらが地域の風物詩にもなっており、イルミネーションを施すなど、景観を盛り上げる取り組みも進めています。道本さんは「世界で宮崎でしか見られない風景」と、その独自性を強調し、世界中の人々にも見てもらえるよう情報を発信したいと話しました。

一方、大根づくりには台風という大きなリスクがつきまといます。種まきは「9月20日前後から10月10日ごろまで」におこなう必要があり、この時期を過ぎてしまうと大根が十分に育ちません。道本さんは、過去に台風で蒔いた種や生えたばかりの芽が流されてしまった際のエピソードを振り返ります。

当時、農家に「もう一度、種を蒔き直してほしい」と依頼したところ、農家からは「今から蒔いても、もう大きくならならんよ」と心配されたといいます。それでも諦めずに再播種をお願いした結果、無事に大根は生長し、必要な出荷量を確保することができました。

小堺が農家との信頼関係について尋ねると、道本さんは「直接農家の人とやり取りをしています」と説明。ときには厳しい意見をもらうこともあるそうですが、日頃から対話を重ねることを何より大切にしているといいます。道本さんは「本当にありがたい存在です」と、パートナーである生産者への深い感謝を口にしました。

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音声版「となりのカイシャに聞いてみた!」
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<番組情報>
番組名:となりのカイシャに聞いてみた!supported by オリックスグループ
放送エリア:TOKYO FMをのぞくJFN全国22局ネット
パーソナリティ:小堺翔太
番組Webサイト:https://jfn.co.jp/lp/tonarinokaisha/
番組公式X:@tonarinokaisha
番組公式Instagram:@tonarinokaisya


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