佐久間宣行、『三四郎ANN0』に初出演! 秋の番組イベントに向けて決起集会も…

三四郎がパーソナリティを務める『三四郎のオールナイトニッポン0(ZERO)』(ニッポン放送)。6月14日(金)の放送は、TVプロデューサー・佐久間宣行さんとはんにゃ.・金田哲さんをゲストに迎えました。(ニッポン放送『三四郎のオールナイトニッポン0(ZERO)』2024年6月14日放送分)

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佐久間宣行を救済! はんにゃ.金田も駆けつける

スペシャルウィークを迎えた6月14日(金)の放送は、水曜日の『オールナイトニッポン0(ZERO)』パーソナリティを担当するTVプロデューサー・佐久間宣行さんと、はんにゃ.・金田哲さんをゲストに迎えました。

三四郎がブレイクするきっかけにもなったバラエティ番組『ゴッドタン』(テレビ東京)を手掛ける佐久間さんは、『三四郎ANN0』には初のゲスト出演。『佐久間宣行ANN0』は10月27日(日)に横浜アリーナで、『三四郎ANN0』は11月24日(日)に日本武道館で番組イベントを控えています。

多忙で「最近イカれてしまっている」という佐久間さんを救済するため、『三四郎ANN0』で番組イベントの決起集会を行うことに。佐久間さんはメインMCを務める『オールナイトフジコ』(フジテレビ系)の収録で番組後半からの合流となり、前半は「日本の元気印」として呼んだ金田さんと作戦会議を行う予定でしたが……。

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今年のNHK大河ドラマ『光る君へ』に藤原斉信役で出演している金田さん。『三四郎ANN0』の4月度スペシャルウィーク(4月19日放送分)では、翌日に大河ドラマ関連番組の地方ロケを控えていたため、ゲスト出演できなかったことを明かしました。三四郎からはロケ入りのスケジュールに疑問を持たれますが、金田さんは「NHKのロケ仕事は朝5時入り」といった主張を繰り返します。

『三四郎ANN0』で度々ネタにされている、NHKラジオに泥酔状態で乱入(※1)した件を弄られると、現在のNHK関係者に当時の醜態を知られたくないためか「"スプライト"20杯です」、「空きっ腹にスプライト20杯は糖質が凄いから」と弁明。その後も『光る君へ』の話題を軸に、三四郎に向けて"NHKマウント"を繰り広げます。

※1…三四郎が総合司会を務めた、NHKと民放によるラジオ特番『今日は一日“民放ラジオ番組”三昧~#このラジオがヤバい~』(2019年5月6日放送)での出来事。NHK-FMでレギュラー番組を持っていた金田さんは、当時出演していた舞台の打ち上げに参加後、NHKスタッフの勧めで泥酔状態の中、スタジオに乱入。2019年5月25日放送分の『三四郎ANN0』にゲスト出演した際には、「ハイボールを20杯ぐらい」飲んでいたことを告白。

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作戦会議そっちのけで盛り上がる中、番組後半には佐久間さんもスタジオに合流します。金田さんと佐久間さんの共演は、2022年10月に行われた『ドリエンライブ』(※2)以来とのことで、イベント後に起きた「金田交通」やイベントでの裏実況にまつわるエピソードも飛び出しました。

※2…2022年10月29日に開催された『佐久間ANN0』の番組イベント「オールナイトニッポン55周年記念 佐久間宣行のオールナイトニッポン0 presents ドリームエンターテインメントライブ in 横浜アリーナ」。相田さんは「しゅーじまん」名義で出演。

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佐久間さんの仕切りで、『ドリエンライブ』ではスベったかのように"編集"させられたと語る金田さんは、佐久間さんを「芸人を殺すディレクター」と称し、リスナーに注意を促します。はんにゃ.がレギュラーで出演し、佐久間さんがプロデューサーを担当していた『ピラメキーノ』(テレビ東京系、2009年4月~2015年9月)を例に出しながら、「フルーツポンチ、はんにゃ.が潰れたのは、佐久間さんが殺めました!」と主張しました。

続けて、金田さんは俳優業、川島章良さんはだしソムリエ、村上健志さんは俳句、亘健太郎さんは解体業など、4人が現在はお笑い以外の分野にも従事している点を説明した上で「みんな、佐久間さんが終わらせたんだ!」と再び力強く主張すると、三四郎も「(小宮)佐久間さんの"デス編集"でってこと?」、「(相田)能力不足ではなく?」と金田さんをアシスト(?)します。

金田さんの"口撃"に防戦一方の佐久間さんでしたが、最後は鬱憤を晴らすかのように「お前らの力不足だよ! 20代前半のお前らの力不足!」、「"ズクダンズンブングンゲーム"一本でやってただろ、お前!」、「『オールナイトニッポン』(※3)、途中からゲスト入れられてただろ、毎週!」とバッサリ"編集"していくのでした。

※3…『はんにゃのオールナイトニッポン』。はんにゃ.(当時:はんにゃ)は、2010年4月から2011年3月まで『オールナイトニッポン』火曜日を担当。

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番組イベントに向けての決起集会はどこへやら、番組後半のほとんどは金田さんと佐久間さんによる言葉の応酬で盛り上がりました。悪口で強いパンチを放つ金田さん、弄りに対して的確な"編集"で切り返す佐久間さん、状況に応じて2人を泳がせていく三四郎。『三四郎ANN』シリーズならではの"珍味回"に相応しい放送となりました。

三四郎のオールナイトニッポン0(ZERO)
放送局:ニッポン放送
放送日時:毎週金曜 27時00分~29時00分
出演者:三四郎(小宮浩信、相田周二) ゲスト:佐久間宣行、金田哲(はんにゃ.)
番組ホームページ
公式X

X(旧:Twitter)ハッシュタグは「#三四郎ANN0」

※放送情報は変更となる場合があります。

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radiko編集部

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止まった時計に、また命を。関西から茨城へ移り住んだ68歳が紡ぐ時間

6月10日は「時の記念日」です。誰もが年齢を重ねるほど、時が経つのが早く感じるものです。最近は終活を意識して、人生に残された時間を考えている方も少なくないでしょう。今回は終活を始めたつもりが、忙しい毎日を送ることになった、時計屋さんのお話です。

湯川貴弘さん

それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。

東京駅から常磐線の中距離電車で1時間あまりの茨城県牛久市。JR牛久駅前のショッピングセンターにオレンジ色の看板の時計修理専門店があります。お店の名前は、「町の時計屋さん 匠」。開店4年あまりですが、その高い技術に、修理が1年2か月待ちになるほどの人気です。

ご主人の湯川貴弘さんは、兵庫県のご出身で、1957年生まれの68歳。シベリア抑留から引き揚げてきたお父様が開いた時計の専修学校「湯川時計学院」で、高校に通いながら時計の技術を学び始め、23歳からは自らも教壇に立っていました。

物心ついた時から時計に囲まれて育ってきた湯川さんですが、ものづくりに憧れたのは、車のプラモデルと、アニメ「チキチキマシン猛レース」がきっかけ。作るだけでは飽き足らず、自分で作ったプラモデルの車同士を思い切り衝突させて、どこに力が加わると、どう壊れるのかを調べることに興味を持ちます。

プラモデルを作っては壊し、作っては壊すことで、車の複雑な構造を把握した湯川さん、ものづくりの基本を、プラモデルを通じて体で憶えていきました。自然と興味・関心も時計へと向いて、お父様と一緒にお店と学校を支え、やがてお父様から受け継いでいきました。

「直した時計を手にすると、お客さんが喜んでくれるんです。その喜ぶ顔を見たいという気持ちだけで、修理を続けてきました」

町の時計屋さん匠

そんな湯川さんでしたが、60歳を過ぎた頃、体調を崩してしまったことをきっかけにいわゆる「終活」を始めることを決意、自分のお店を閉めてしまいました。そして、自宅を売り、長年使い込んだ時計の修理道具も一切処分してしまった湯川さんの脳裏に、ふと、こんな考えがよぎります。

『一度きりの人生、せっかくなら、全国から条件に合う住まいを探してみようか?』

2020年、湯川さんはインターネットで北海道から沖縄まで物件を探し始めました。検索条件は「雪があまり降らない」「コンビニ・スーパーが近い」「鉄道駅が近い」の3つ。予算内でこの条件をクリアできる街は、いったいどこか???パソコンの画面に現れた街は……なんと!茨城県取手市でした。

『茨城県ってドコ?大阪の茨木市しか知らんけど、牛肉より豚肉を食べる機会が増えるくらいで、まあ、何とかなるんじゃないか?』

湯川さんは、還暦を過ぎて初めてふるさと・関西を離れ、遠く離れた関東での暮らしを始めましたが、気になったのは、やはり時計です。近所の時計屋さんに電池の交換をお願いしましたが、その作業内容に、どうも納得がいきませんでした。

『お客様のためになる、ちゃんとした時計屋さんが、街に1軒ぐらいはないといけない!』

奮い立った湯川さんは、改めて時計の電池交換が出来る小さなお店「町の時計屋さん 匠」を、取手駅の近くで開きます。最初は電池交換を行う程度でしたが、茨城でも湯川さんの腕の良さが評判を呼んで次第にお客さんが増え、いろいろな時計が持ち込まれるようになっていきました。

「ほかの時計屋さんはどこも直してくれないんです。ご主人ならきっと、出来ますよね?」

そう頼み込まれると職人の血が騒ぐ湯川さん、改めて修理用の道具一式を揃えます。縁あって、取手から郊外の牛久に移転すると、さらに持ち込まれる時計が増えました。実は牛久周辺、まだまだ農家が多くて、昔からの蔵が残っているお宅も多いんですね。その蔵のなかで眠っていた古時計が、お店に運ばれてきたというわけなんです。

大正生まれの時計を修理する湯川さん

日々、100年物の、レトロなぜんまい仕掛けの古い時計と格闘する湯川さんですが、電池で動くクォーツ時計の修理にも対応するなど、時代に合わせ、腕も磨いています。時計メーカーに部品が無くなってしまったら、自らの3Dプリンターで、部品を手作りして、修理してしまいます。

「時計は、結婚の記念で買い求めたり、形見として親から子供に受け継がれたりする、まさに人生の相棒のような存在なんです。そんな大切な時計の針が再び動き始めると、皆さん、涙を流して喜ばれます」

そして湯川さん、時計の鐘が鳴り響くお店で、笑ってこう話してくれました。

「終活を始めたつもりが、前より忙しくなって、今は『時計』に追われてます」

関東・茨城でもまた、様々な人の思いが詰まった時計に、新たな命を吹き込み続けます。

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