2026年9月6日(日)は「一粒万倍日」! 天恩日・母倉日も重なる開運日の過ごし方【開運カレンダー】

2026年9月6日(日)は、「一粒万倍日」「天恩日」「母倉日」が重なる開運日です。六曜は「先勝」で、「先んずれば勝つ」とされ、午前中は吉、午後は凶とされます。今回は、9月6日の暦の意味や、開運につながる過ごし方を紹介します。



■2026年9月6日は「一粒万倍日」!

9月6日は、吉日のひとつとして知られる「一粒万倍日」です。

一粒万倍日は、「一粒の籾(もみ)が万倍にも実る」という意味を持つ日。わずかなものが大きく育つとされ、何かを始めるのに良い日といわれています。

新しいことを始めたり、仕事や勉強で目標を立てたり、将来につながる行動をスタートしたりするのに向いている日と考えられています。

一方で、借金や無駄遣いなど、増えてほしくないものを始めるのは避けたほうがよいという考え方もあります。

■「天恩日」も重なる開運日

9月6日は「天恩日」にも当たります。

天恩日は、「天から恩恵を受ける日」とされ、吉事に用いると大吉とされる暦注です。結婚などのお祝い事にも良い日とされています。

一粒万倍日と天恩日が重なる9月6日は、新しい一歩を踏み出したい人にとって、縁起を担ぎやすい日といえるでしょう。

■「母倉日」も重なる

さらに9月6日は「母倉日」でもあります。

母倉日は、母が子を育てるように、天が人を慈しむ日とされる吉日です。何事にも吉とされ、特に婚姻や家の建築などに良いといわれています。

「一粒万倍日」「天恩日」「母倉日」と3つの吉日が重なるため、9月6日は9月の開運日として注目したい日のひとつです。

■新しいことを始める

一粒万倍日の意味を生かすなら、以前からやってみたいと思っていたことを始めるのがおすすめです。

資格の勉強を始める、仕事で新しい目標を設定する、運動を習慣化するなど、将来につながる小さな一歩を踏み出してみましょう。

大きなことを始める必要はありません。「今日から始める」と決めて、実際に行動に移すことがポイントです。

■大切な人との時間を過ごす

天恩日や母倉日は、慶事や人との縁を大切にする日としても捉えられます。

家族や友人とゆっくり過ごしたり、普段お世話になっている人に感謝を伝えたりするのもよいでしょう。

特別な予定を立てなくても、「ありがとう」と言葉にするだけで、気持ちを前向きに切り替えるきっかけになります。

■「先勝」は午前中を意識して

9月6日の六曜は「先勝」です。

先勝は「先んずれば勝つ」とされ、一般には午前中が吉、午後は凶とされます。そのため、暦を気にする場合は、大切な予定や行動を午前中に入れるという過ごし方もあります。

ただし、六曜はあくまで暦の上での考え方。予定を無理に変更する必要はありません。自分にとって都合のよい時間帯を優先しながら、縁起を担ぐ目安として取り入れるとよいでしょう。

■2026年9月6日の暦まとめ

●9月6日(日)

六曜:先勝
吉日:一粒万倍日・天恩日・母倉日

2026年9月6日は、「一粒万倍日」「天恩日」「母倉日」が重なる開運日です。新しいことを始める、将来のための行動を起こす、大切な人との時間を過ごすなど、前向きな一日にしてみてはいかがでしょうか。

※暦の吉凶や過ごし方にはさまざまな考え方があります。ここで紹介する内容は、古くから伝わる暦の考え方に基づくもので、特定の出来事や結果を保証するものではありません。
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「バスの運転士」の一言が、10年前の記憶を呼び覚ました―ラジオが結んだ、不思議な再会

先日、ニッポン放送では『上柳昌彦 あさぼらけ スペシャル ~あけの語りびと~』をお送りしました。実は8人の方を取材させていただいたのですが、皆さんのお話が、どれもドラマがあって、ご紹介しきれませんでした。

※イメージ画像

そこで、ご紹介できなかった4人の方を、4週にわたって、『あけの語りびと』でお届けしています。今週は3人目の方です。不思議なご縁で繋がるラジオネーム「すみちゃん」の物語です。

7月28日に発生した「令和8年熊本地震」。その翌日は水曜日だったので、いつもの『あけの語りびと』は、急遽お休みして、熊本からメールを送ってくださったリスナーさんに電話をつなぎました。

実はその方、10年前にもお話を伺っていたんですが、いただいたメールでは、同じ方だと分からなかったんです。お話の中で、『10年前、バスの運転士だった…』と聞いた瞬間、「あっ、あの時の!」

私の脳裏に、10年前の記憶が、鮮明に蘇ってきたんです。不思議なものですね。「バスの運転士」という言葉が、10年の時を経て、私の記憶の引き出しを開いてくれたんです。

熊本市にお住まいのラジオネーム「すみちゃん」は、50歳です。ラジオを聞くようになったのは、中学三年生の冬。受験前にインフルエンザで寝込んだ時、枕元で聞いたラジオが、とても面白かった。それが、ラジオとの出会いでした。

当時、熊本ではニッポン放送が聞けなかったので、窓際にラジオを置いて、向きを傾けたりして、雑音の中、聞いていたそうです。

「そうそう、上柳さんの声を初めて聞いたのは私が高校二年の時でしたね。こちらのローカル番組が始まる前の、夜7時10分から20分だけ、熊本放送(RKKラジオ)で、『花の係長 ヨッ!お疲れさん』がネットされていたんです。東京のラジオ局は、めちゃくちゃ面白い!と思って聞いていましたよ」

高校へ通う電車の中でもポケットラジオで聞くほど、ラジオ好きになったすみちゃんは、大学を卒業すると教員免許を取り、中学校の「技術」の教師になりました。本棚を作る木材加工や、電子製品のはんだ付けなどを教えていたそうです。

しかし、教師の仕事は勤務時間が長く、生徒や保護者への対応など、さまざまなことが重なり、別の道を考えるようになります。

子どもの頃から乗り物が大好きだったすみちゃんは、36歳のとき、市内バスの運転士になりました。始発バスを担当する日は、朝5時過ぎには発車前の点検作業を始めます。

「朝早く起きるのは、やっぱりつらいんです。眠い目をこすってラジオをつけると、あれ?上柳さんの声が流れてきたんです。『あ、うえちゃんの番組が始まったんだ!』と、朝の楽しみが生まれましたね」

ところが、番組スタートから3週間後、2016年4月14日夜9時26分、熊本地震が発生しました。その夜、地震の様子をメールで知らせてくださったすみちゃんに、翌朝、スタジオから電話をつないだんですね。

あの電話から10年が経った今、バスの運転士さんをされていないと伺って、どうされたのか、ちょっと気になって、お話を伺うと、体調を崩されたとのこと…。検査を受けると腎臓の機能が低下していて、今は週に3回の透析を受けています。昼間の仕事は難しくなって、夜、ガソリンスタンドの事務をされています。そこでは、ラジオが聞けます。

オールナイトニッポンから「あさぼらけ」へ…「明け方、ラジオから、うえちゃんの声が流れてくると、ああ、そろそろ今日も仕事が終わりだなぁ、って思うんですよ。今は、ラジオから聞こえてくる、うえちゃんの声が、ホッとする一日の締めくくりになっています」

ラジオネーム「すみちゃん」、今朝もお仕事、お疲れ様です!

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