三四郎・小宮、感染防止のため笑わずにお客さんがとるリアクションを目撃「すごい時代になったな」

8月14日(金)深夜、お笑いコンビ・三四郎の小宮浩信と相田周二がパーソナリティを務めるラジオ番組「三四郎のオールナイトニッポン」(ニッポン放送・毎週金曜25時~)が放送。小宮が最近の芸人の営業事情を語った。

先日、営業で大阪へ行ったという三四郎の2人。この営業は本来、ゴールデンウイーク(GW)中に行われる予定だったが今回まで延期になったと小宮は語る。

小宮:(営業は)住宅展示場でやるわけよ。大阪駅に着いたら、イベンターさんと合流して。

相田:うん。

小宮:本当は、GWの時期だったから、程よい暑さぐらいでお客さんも結構入ってるわけよ。でも、このご時世っていうのもあるし、暑いっていうのもあるし。イベンターさんは、『お客さんがあんまり入ってないかもしれないですけど、頑張っていきましょう。こういう時期ですけど、ありがとうございます』みたいな感じでおっしゃってくれて。そのイベンターさんをパッと見たら、全身がちょっと黒ずくめで、50代ぐらいの方なんだよね。それで数珠も付けて、マスクも黒い。ちょっと怪しいマジシャンみたいな感じで。

相田:ははははは(笑)

小宮:『あれ!? これ、大丈夫な営業だよな?』とか思って。

相田:しゃべり方は、すごく、パキパキしてたけどね。

小宮:それで、イベントの会場に着いたら、おばさんとかが待っててくれて。僕らが来るってことでさ。単独ライブのTシャツを着てくれていたりね。

相田:おばさんって言うなよ! そんなハッキリと。おばさんじゃないだろ!(笑)

小宮:お姉様か、お姉様。でも、そっか、僕らも相応の年になったわけだから。

相田:僕らもおじさんだしね。

小宮:そうそうそう。それでまあ、イベンターさんがちょっと怪しい方だったので、ちゃんとした所の営業かなと思い、これまでにどんな方が(営業に)来ていたのか気になってさ。イベンターさんに聞いて。紙みたいなのがあったから、よく見たのね。

相田:うん。

小宮:過去に来た芸人さんのメンバーね。そうしたら、相席スタート……『おお』、天才ピアニスト……上沼(恵美子)さんのモノマネをされる、大阪の方。『そうか、そうか、ちゃんとしてるな』って。『だったら、みんなもイベンターさんもうれしいよね。だって、三四郎だもん。この2組に比べたら上だもんね』って思ったりして。

相田:いやいや……(笑)。良くないな、ちゃんと言うのも……。

小宮:他の人が上過ぎてもイヤだし。ちょっとプレッシャーっていうもあって。仮に下過ぎても、『なんで、こんな所に来なきゃいけないの?』って思っちゃうじゃん? 僕らも(笑)

相田:いやいや、思わないですよ?

小宮:だから、『ちょっと上だな』と思っていたら、もう1個あって……霜降り明星の色紙があって。『え!?』と思って。時期も2019年1月20日って、バッキバキの時期。M-1を取りたての。『すごい人が来てるな~』みたいな。

相田:そうか~。

小宮:それと比べられたら、『人の数が少ないんじゃないか、と思われるのでは?』と思ったりしてさ。『まあ、でもこの時期ですから』みたいな感じも出してさ。

相田:この時期のせいにしてね(笑)

小宮:でも、結構お客さんも入ってくれてね。ちゃんと間隔を空けて、ソーシャルとかも徹底して。みんなマスクをされて。(MCの)アナウンサーの方は、呼び込みの時に『テレビでお馴染みの三四郎さんです。面白かったら、笑うとかではなくて、大きな拍手をしてください』って。ちょっとまあ、やりにくい感じではあるんだけどね。すごい時代になったなっていう。

相田:全部、拍手なんだよね。だからなんか、『上手いことを言った』みたいなね、全部(笑)。東洋館の師匠方みたいな。

小宮:そうそうそう。だから、(ネタで)『過去、ドラマに出たことがあるんですよね。皆さん、知らないですか? 「99.9」っていうさ』って僕が言って。そうしたら相田がさ、『ああ、役を言ってあげなよ』って言ったら、『じゃあ……連続放火魔です』みたいな。『連続放火魔かい!』ってツッコみが入ったら、みんな拍手。

相田:ははははは(笑)

小宮:『拍手って! 良いって思われてる?』みたいな(笑)

相田:『うまいぞ~』って(笑)

ネタ中、ボケると笑いではなく拍手が起きるので、少しやりにくさを感じたという小宮。相田もその様子を、浅草・東洋館に出演している師匠たちの舞台みたいだったと表現した。

戦後81年でつくっていきたい「新しい戦後」

大竹まことがパーソナリティを務める「大竹まことゴールデンラジオ」(文化放送・月曜日~金曜日11時30分~15時)、10月15日の放送に評論家で近現代史研究者の辻田真佐憲が出演。10月16日に発売となる著書『「戦後」とは何だったのか 未来を変える日本現代史』にちなみ、「戦後」とは何なのか、人々はそれにどう向き合えばいいか、解説を展開した。

大竹まこと「難しそうな本(10月16日発売『「戦後」とは何だったのか 未来を変える日本現代史』)ですけど、そんなことないんですか?」

辻田真佐憲「ないと思います(笑)。昨年が戦後80年ということで『「あの戦争」は何だったのか』という本を出しまして。これが電子を含めて11万部、行った感じで。80年でひと区切りがついて、今年で81年。戦前が77年でした、明治維新から敗戦まで。もう戦後のほうが長いんです。長いほうの戦後は学校の教科書でもそれほど扱っていない、意外と『これ1冊!』みたいな本がなかった。それに合わせて今年は“戦後とは何だったのか”と。タイトルも重ねてきました」

大竹「日本情勢や世界情勢、国会など、すべてが混乱しているように見えます。どの辺から手をつければ、新しい戦後みたいなことに近づいていくんでしょうか」

辻田「時代の切れ目が来ている、というふうに考えるべきでは、と。戦後ってずっとダラダラと続いている、というイメージがあると思うんですね。敗戦のとき、焼け野原になってすべてが失われた。8月になる度に強調されます。でもその結果、あの印象が強すぎて、それ以降に大きな変化がなかった、という印象が強くなった気がする。1945年の8月が悲惨だったことは事実です。ただそれ以降もいろいろな切れ目があったはずだと」

大竹「うん」

辻田「戦後の切れ目は認めたうえで、これまでの平和を、どういうふうに現代に対応させて維持していくか、と考え方を変えていくほうがいいのでは、と。そう思って『新しい戦後』という言い方をしたんですね」

青木理「タモリさんが数年前に『新しい戦前が来るんじゃないか』といったことをおっしゃって。僕も含め多くの人が、なんとなしに頷いたところはある。新しい戦前にしないために、新しい戦後を考察してつくりあげていかなくてはならない、ということでしょうか」

辻田「いまの我々って戦前か戦後かという二者択一になっていると思うんです。戦後を否定すると『戦前に戻ろうとしている』『戦前回帰なんだ』という批判が起こる。当たり前ですけど我々の世界は戦前か戦後かの二者択一ではない。別の選択肢だってあるはずで。たとえば戦後、中国は相対的に経済力も軍事力も弱かった、冷戦構造のもとでアメリカが日本に配慮してくれたなど。いろいろな条件があって戦後の平和や経済平和があったと思う」

大竹「うん」

辻田「でもその条件ってほとんど変わってしまっているわけです。中国は日本の遥かに先を行っています、冷戦も終わっています、と。アメリカは日本に様々な要求をしてくる。時代が変わっていることをまず認める必要があるのでしょう。でもそれは戦前に戻ろう、ということではない。戦後の良い部分がたくさんあったはずです」

大竹「はい」

辻田「変わったいまの環境の中で、どう守っていくのか、育てていくのか、発展させるのか。こういう観点が必要だと思うので、後ろ向きの『新しい戦前』よりも『新しい戦後』を今後、積極的につくっていこう、と。そういうメッセージを、今回の本には込めました」

このあとも「戦後」について辻田が語った。

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