古いけど新しい。大阪・関西万博の「挑戦」に邦丸・内藤が寄せる期待

野村邦丸アナウンサーが大将を務める「くにまる食堂」(文化放送・毎週月~金曜9時~13時)。3月27日(木)の最初のコーナー「ニュース一番出汁」では、邦丸アナとパートナーで俳優の内藤剛志が、まもなく開催される大阪・関西万博のシンボルである「大屋根リング」について期待を寄せた。
野村邦丸アナ「大阪・関西万博に出店する回転寿司チェーンの『くら寿司』が、長さ135mの回転レーンを備えた万博会場の店舗を報道関係者に公開しました。世界から多くの人や 物が集まる万博らしく、各国を代表する料理との出会いが楽しめるということで、この店舗、定番の寿司ネタとともに、万博に参加するおよそ70の国と地域の料理が提供されるということです。
大阪・関西万博、開催までこちらもカウントダウンが始まってますけども、これいいですね、くら寿司の135mの回転レーン。新聞の写真にはマグロ、イカ……その隣にメキシコ料理のタコスが」
内藤剛志「色んな国の料理がレーンを回るっていうことですね。僕は一日消防署長で行きますけど」
邦丸「あっ、万博?」
内藤「万博行きます行きます。5月あたりに。ちょっと日にちは今、わからないけど。会場の中に消防署が多分あるんだと思います」
邦丸「臨時消防署がね」
内藤「そこの一日消防署長をやります。どういう風にするのか、これから打ち合わせですけど。だから、万博がどんな感じかそれで観られるなと。一日警察署長は何度かやったことがありますけど、消防署長は初めてなんです」
邦丸「ただ、関西万博って面白いなって思うのは、火星の石だとか、このくら寿司の135mのレーンとか色々いわれてるんだけども、一番の目玉っていうのは、万博会場の周囲を作っているシンボル、木造の大リングです。未来を見据えた万博なんだけども、おそらく誰もが注目するのが、会場に入る時出る時、あるいは周囲を見回すと、木造の大リングが構えていると」
内藤「だから『新しいものって何だ』って話になりますよね。木造だから古いってわけでもないっていうことじゃないですか。僕、1970年の大阪万博、当時15歳だったかな? 行きましたけど、それは完全に新しいものでしたね。つまり未知なものが並んでいるのが大阪万博でしたよ。今回は、そういう意味でシンボルを木造で造るっていうのは、知らない材料で作ってあるものが新しいわけじゃないっていうことですね」
邦丸「『温故知新』っていう四字熟語がありますね」
内藤「そうそう。また、話が長くなりますけどすみません、やりますか?」
邦丸「『温故知新』について?1分半でやって!」
内藤「いやいや無理無理無理(笑)。でもホントそう思います。新しくなくてもいいものってたくさんありますからね。全部否定するのもイヤだし。ただ、新しいものを否定する感覚もいやなんですよ。せっかく同時代に生きてるんだから、万博を拒否してしまうのもつまらないとは思いますね」
邦丸「おそらくね、行けば楽しいんだと思います」
内藤「そうそう、そう思う。だから全然知識無かったけど、木で出来た万博のシンボルにはものすごくワクワクしています。『あ、これが新しい木の使い方か』と思えたら最高でしょ?」
戦後81年でつくっていきたい「新しい戦後」
大竹まことがパーソナリティを務める「大竹まことゴールデンラジオ」(文化放送・月曜日~金曜日11時30分~15時)、10月15日の放送に評論家で近現代史研究者の辻田真佐憲が出演。10月16日に発売となる著書『「戦後」とは何だったのか 未来を変える日本現代史』にちなみ、「戦後」とは何なのか、人々はそれにどう向き合えばいいか、解説を展開した。
大竹まこと「難しそうな本(10月16日発売『「戦後」とは何だったのか 未来を変える日本現代史』)ですけど、そんなことないんですか?」
辻田真佐憲「ないと思います(笑)。昨年が戦後80年ということで『「あの戦争」は何だったのか』という本を出しまして。これが電子を含めて11万部、行った感じで。80年でひと区切りがついて、今年で81年。戦前が77年でした、明治維新から敗戦まで。もう戦後のほうが長いんです。長いほうの戦後は学校の教科書でもそれほど扱っていない、意外と『これ1冊!』みたいな本がなかった。それに合わせて今年は“戦後とは何だったのか”と。タイトルも重ねてきました」
大竹「日本情勢や世界情勢、国会など、すべてが混乱しているように見えます。どの辺から手をつければ、新しい戦後みたいなことに近づいていくんでしょうか」
辻田「時代の切れ目が来ている、というふうに考えるべきでは、と。戦後ってずっとダラダラと続いている、というイメージがあると思うんですね。敗戦のとき、焼け野原になってすべてが失われた。8月になる度に強調されます。でもその結果、あの印象が強すぎて、それ以降に大きな変化がなかった、という印象が強くなった気がする。1945年の8月が悲惨だったことは事実です。ただそれ以降もいろいろな切れ目があったはずだと」
大竹「うん」
辻田「戦後の切れ目は認めたうえで、これまでの平和を、どういうふうに現代に対応させて維持していくか、と考え方を変えていくほうがいいのでは、と。そう思って『新しい戦後』という言い方をしたんですね」
青木理「タモリさんが数年前に『新しい戦前が来るんじゃないか』といったことをおっしゃって。僕も含め多くの人が、なんとなしに頷いたところはある。新しい戦前にしないために、新しい戦後を考察してつくりあげていかなくてはならない、ということでしょうか」
辻田「いまの我々って戦前か戦後かという二者択一になっていると思うんです。戦後を否定すると『戦前に戻ろうとしている』『戦前回帰なんだ』という批判が起こる。当たり前ですけど我々の世界は戦前か戦後かの二者択一ではない。別の選択肢だってあるはずで。たとえば戦後、中国は相対的に経済力も軍事力も弱かった、冷戦構造のもとでアメリカが日本に配慮してくれたなど。いろいろな条件があって戦後の平和や経済平和があったと思う」
大竹「うん」
辻田「でもその条件ってほとんど変わってしまっているわけです。中国は日本の遥かに先を行っています、冷戦も終わっています、と。アメリカは日本に様々な要求をしてくる。時代が変わっていることをまず認める必要があるのでしょう。でもそれは戦前に戻ろう、ということではない。戦後の良い部分がたくさんあったはずです」
大竹「はい」
辻田「変わったいまの環境の中で、どう守っていくのか、育てていくのか、発展させるのか。こういう観点が必要だと思うので、後ろ向きの『新しい戦前』よりも『新しい戦後』を今後、積極的につくっていこう、と。そういうメッセージを、今回の本には込めました」
このあとも「戦後」について辻田が語った。