久保田徹、ミャンマー「不思議な街」での拘束を振り返る

12月22日「大竹まことゴールデンラジオ」(文化放送)、大竹メインディッシュのコーナーにドキュメンタリー映像作家・久保田徹さんが登場。現在26歳、大学生時代からミャンマーを取材してきたという久保田さんが、今年7月、現地で拘束されたときの様子を語った。
久保田徹「(今年7月、ミャンマーで)僕が逮捕されたのはデモの現場だったんです。僕は当初、デモを撮影するつもりで行ったのではありませんでした。いま近づくというのはかなり危険、ということは知っていたし。ある程度、距離を置けば自分は大丈夫、安全だと思っていて、それは間違っていなかった。ただ現場に入っていろんな話を聴いていると、ヤンゴンという街がすごく……奇妙だったんです」
大竹まこと「あ、そう……」
久保田「ミャンマーってすごく戦闘が起きているんです。山岳地帯、国境の付近とかで。明かな内戦状態。ただミャンマーのヤンゴンという、昔、ラングーンと呼ばれていた最大都市、そこは奇妙なほど静かなんですね。クーデター直後にたくさんニュースで取り上げられたようなデモもできなくなっているので」
大竹「はい」
久保田「ここで人が撃たれていたとか思えないほどで、みんな普通に暮らしていたんですけど。そんな中でもフェイスブックとかに投稿しただけで逮捕されてしまって、10ヶ月ぐらいで出てきた、という青年に会うとか。路上で暮らさないといけなくなった人たちもたくさんいて、それはもう経済がだいぶ破綻しているということで」
大竹「外は静かに見えるんだけど。不思議な感じの街なんだね」
久保田「そうです。それを身をもって感じてしまうと、デモの現場に行かないといまのヤンゴンのちゃんとした姿を描けないのではないか、と思うようになったんです」
大竹「それでどんな状態で逮捕されたんですか?」
久保田「普通にデモしていれば逮捕されるので、若い参加者たちがどうしているかといえば、SNSなんかでこっそりネットワークをつくって、その人たちだけで時間と場所を共有して、ゲリラ的に集まる。1、2分ぐらいだけワーッとやってすぐ逃げるというスタイル」
ヒコロヒー「フラッシュデモと呼ばれるもの?」
久保田「はい。たまたま情報を入手して、その現場に行きました。かなり離れたところから、通行人のフリをしてこっそり撮っていたんですね。彼らが1分にも満たないような時間で去って行った。それを見届けたら、反対側に知らぬ顔で歩いて。脇道に入ったぐらいで後ろからクルマがワッときて」
ヒコロヒー「うわ……」
久保田「銃を持った男二人が来て、私服なんですけど、突きつけられて」
大竹「私服なの!?」
久保田「ええ。軍服でも警察の格好でもなかったんです。そのまま警察署に連れていかれました」
大竹「拘束されたときの心境は?」
久保田「まず『しまった』と思いました。とはいえ僕がうろついていたときから、恐らく観察はされていて。『こいつ怪しいな』と。そこは自分が甘かったなと思います」
放送では拘束されてからの状況、心境なども詳しく語られた。
同じ積極財政でも「狙いが違う」。サナエノミクスとアベノミクス
ニュースキャスターの長野智子がパーソナリティを務める「長野智子アップデート」(文化放送・月曜日15時~17時、火~金曜日15時~17時35分)、10月15日の放送にノンフィクション作家の常井健一が出演。高市早苗首相の掲げる経済政策「サナエノミクス」に現在について、城内実大臣へのインタビュー経験も踏まえて解説した。
常井健一「リフレ政策のリフレはリレーションの略で。簡単に言うとデフレから脱却するために金融緩和などによって需要を刺激して物価を適度に上げよう、という政策です。いわゆるリフレ派が主導した安倍晋三政権のアベノミクスでは、日銀による異次元の金融緩和が大きな柱でした。ところが現在、物価高が国民の生活を圧迫しています。日銀も金融政策を変えて金利は上がっている。そんな中、これまで安倍政権の継承を訴えてきた高市早苗政権の閣僚が、相次いでリフレ政策を否定していると」
長野智子「うん」
常井「特に城内実大臣は生前の安倍さんが高市陣営に送り込んだ参謀で。いまや自民党内に150人以上いる積極財政派のラスボスと目されています。実際、安倍さんに近かったリフレ派のブレーンたちを継承して7月の骨太の方針や成長戦略を策定してきた。当然、発言の真意に注目されているわけです」
長野「アメリカのベッセント財務長官が、リフレ生活はもう限界だ、やめるべきだ、と言いました。それに反応しているんですか?」
常井「まさにそれを(東洋経済オンラインの取材で)城内大臣に直撃して。『政権のスタンスはまったく変わっていない』と否定されました。強調していたのがサナエノミクスとアベノミクスの違いです。大きな違いは経済環境にあると。デフレ脱却のために大規模な金融緩和を続けたアベノミクスとは違って、いまは物価も金利も上がっています。政府としては『いつまでも異次元緩和を前提に経済政策を考える時代ではない』と言ってきたんです」
長野「なるほどね。だけどアベノミクスと同じ『積極財政』という言葉を掲げている」
常井「そうなんです。城内さん、『リフレ政策の局面は終わったが責任ある積極財政は続ける』と。アベノミクスは金融緩和によって需要を刺激することが柱でした。だけど今度のサナエノミクスは供給力だ、国内でモノやサービスをつくる力を強化するために官民で投資するんだ、と。同じ積極財政でもサナエノミクスとアベノミクスでは狙いが違う、ということですね。もう1つ、『米中の対立やパンデミックも経済環境を大きく変えた』と言っていて。東洋経済オンラインに掲載した発言を一部、ご紹介します」
長野「はい」
常井「『かつての小泉(純一郎)・竹中(平蔵)時代に象徴されるような新自由主義的な市場原理だけにゆだねる発想では、今日(こんにち)の経済安全保障や巨額の先行投資を必要とする分野に充分は対応できない、という現実がある』と。日本企業はひと昔前にコスト重視で、海外に製造拠点を移しましたね。あれが現在は地政学的に大きなリスクになっている、と指摘した。城内さんは『市場原理だけに任せる時代は終わった』と言い切っていて」
長野「ほう」
常井「こうした考え方は反・小泉という、大臣自身の独特な政治人生や色濃く反映されているな、という印象を持ちましたね。いまから21年前です。2005年の郵政選挙で当時、城内さんは1年生議員でした。郵政民営化に反対して、自民党の公認を得られず。無所属で戦った。そのとき小泉首相が送り込んだ刺客が、当時、財務官僚だった片山さつきさんですね」
長野「そうだったか」
常井「城内さん、片山さんに748票差で負ける。それから4年間、リュックサック1つで天竜川を上流から下流にくだるように選挙区をくまなく歩いた。今度は片山さんに7万票差で勝った。片山さんは静岡から追い出されて、参議院の全国比例に鞍替えしたんです」
放送では城内大臣と片山大臣の因縁、サナエノミクスのさらなる詳細などについても常井が語った。